第15話:プリプロ短縮、絵を(M)
篠田ミサキと坂上コナツ、宮元トモミは総武各駅停車の座席に揺られながら新宿に向かっていた。
「結局、1人月60万にしたんだ」
トモミは、残念そうな脱力した。
「その代わりロイヤリティを上げてもらったから、いいもの作ってしっかりヒットさせましょう。株式会社フィックスの知名度と集客力を使って、現状ブルーオーシャンともレッドオーシャンとも言えないけどVR市場に乗り込めば、ロイヤリティで利益を充分に得ることが出来る」
「市場が形成されてないから、駄目な時は駄目だろうけどな、ハハッ」
トモミは、そう言って乾いた笑いを浮かべる。
――スマートフォンを使った、VR体験……、疑似仮想現実。
ミサキは、二人の会話を聞きながら、自分たちが作ろうとしているゲームの完成図を漠然と想像していた。
人間の錯覚を利用した、現実世界でRPG体験をするということ。言葉で話されても、実際にどんな体験になるのか理解できていない。しかし、もしRPGの世界に入り込めるなら、それは新しい体験になるのではないかという、期待感は持っていた。
3人が株式会社フィックスの応接に入るなり、羽多レイコ、安住カナが姿を表した。
全員が着席すると、レイコが堰を切ったように会話を切り出した。
「プリプロの承認が出たので、今後のスケジュールについて詰めたいのですが、1点プリプロで達成しなければいけない課題をあります。これがクリアできないと、弊社で本プロに進めることは難しい」
「課題?」
3人は怪訝そうに目を細めた。
「新しい市場に売り出すというところで、実際にプロジェクトのウリとなる【仮想現実でのRPG体験】が上手くゲームに落とし込めるのかを、プリプロ時に確認したいです。そのため、プリプロの成果物が上がってきてから1ヶ月ほど調査期間を設けて、ウリが再現できているかを検証したい」
「そのあいだの開発は?」
トモミは食いつくように問いかけた。
「ストップ、とするかを相談したい」
そのレイコの返答に、コナツが応答した。
「開発のメンバを遊ばせるわけにもいきませんので、その調査期間の費用はいただけると考えてよろしいでしょうか? 調査は御社の意向ですので、かまわないと思いますが、その間に追加開発ないし、アルファ版のクオリティアップをして、量産時に備えておきたいです。プリプロ費用にはその調査期間中の費用も加えていただかないと、弊社としては厳しいと思いますね」
「調査期間中の開発費は出せませんね……、残念ですが」
「それでしたら、プリプロ期間を1ヶ月延長して、プリプロ期間中に調査をするということではいかがでしょう?」
「いや、私はその逆を提案したい」
レイコの発言に、コナツはピクリと眉を動かした。
「……、現在のスケジュール上に、調査期間を含めると?」
「そう。最低限の要素を3ヶ月で制作して、プリプロ4ヶ月目で調査とα版を作成する……」
コナツは唇を噛んでいた。
ミサキは、その様子を横目で見て、かなりきつい提案がされたと直感した。プリプロ期間を短縮して作業をしろとレイコは言ってきているのだ。
それに対して、トモミが声を荒げる。
「期間内に、最小工数の制作、調査用のマスターデータの作成に、プリプロのマスターデータの作成! ムチャクチャ言ってるって自覚あるの? 延長の道を検討したほうが妥当でしょ!」
「現状、予算の承認は降りてます。延長するかどうかは、今後の進捗を見て判断します」
「話にならないね。MITAKAGemesから提出しているプリプロのスケジュールは、もともと最小工数を制作するスケジュールを組んでいるわけで、それを前倒せと言うのは、増員か、休出含めて対応しろと言ってるようなものだろう?」
トモミは、人差し指で机をトントンと叩きながら、苛立ちを隠さなかった。
その様子にミサキはハラハラしたが、コナツは至って冷静に、トモミをなだめる。
「現状のスケジュールを短縮できるかどうかは、再度工数と要素を洗い出して精査してみないことには、弊社側も判断がつきませんので、本日のところは保留とさせてください。しかし、仮に1ヶ月巻くことができたとしても、調査用のゲームが見た目として、御社水準に満たない可能性があることはご承知ください。あくまで、本作は人の錯覚を利用しておりますので」
「そこは承知してます」レイコは、コナツに向き直って応じた。
「また、延長の可能性があることも、予めご了承ください。精査をした上で、厳しい場合は改めてご連絡致します」
「わかりました」
レイコは首を縦に振って理解を示す。
コナツとレイコの大人なやり取りを横目に、コナツの隣りに座っていたトモミがやおら立ち上がって二人に向かって宣言した。
「プリプロに、3on3は入らない! サーバ周りの調整までしてたら絶対間に合わないから、ゲーム部分とRPG体験部分だけに集中する!!」
その言葉に、コナツもレイコも異論を上げなかった。つまり、当初予定していたゲーム部分とRPG体験部分、3on3部分の要素の内、ひとつを落とすことで、工数を減らすということだ。
ミサキはその判断が正しいのか、具体的にはイメージできなかったが、作業を減らさなければ間に合わないという緊張感だけは想像できた。
トモミは、ひとり立ち上がったまま、ぐるりと打ち合わせ出席者を見回した。
「もう話はお終いでいいかな? 会社に戻って仕様を見直そうと思ってるんだけど?」
「1点追加がある」
レイコが手を上げた。
「まだあるのか。もっと無理難題だったら起こるぜ」
もう怒ってますよと、ミサキは突っ込みたかったが黙っていた。
「いや、業務連絡で。プリプロ制作に係る業務委託契約書を締結したく、弊社の方でドラフトを作成するので、確認の上、問題なければ締結に進みたいと思っているが……、坂上さんにメールしておけばいいかな?」
「ええ、構いません。スケジュールは現状のスケジュールを記載するということで間違いないですよね?」
「それでOK。延長時は、覚書で調整します」
ふたりは、トモミの強い視線を受けながら、淡々と会話を進めた。
「他にないね! 終わるよ!」トモミがせっかちに足を鳴らした。
その時、レイコの隣りに座っていた安住カナがはじめて口を開いた。
「あの……」
カナは目を泳がせながら、おずおずとレイコに耳打ちする。
「絵のことは、言わなくても?」
「ああ~、今はいいよ」
絵という言葉に、ミサキはドキッとした。コソコソ耳打ちする姿に、不穏な気配を感じる。
それまで黙って話を聞いていたミサキも、口を割った。
「え、絵について何か言われたのでしょうか?」
レイコは「大丈夫、気にしなくて」と言うが、カナは少し物言いたげな様子だった。
「言いたいことがあるならいいなよ」
その様子を見ていたトモミが、カナに言い放った。
カナは、レイコとトモミを交互に見るだけで、決めきれないようである。
レイコが頭を掻きながら、「うーん」と呻いた。
「私の方で、まだ判断しかねてたから言わないでおこうと思ってたんだけど、プリプロの承認をもらう際、イラストについても言及があったのよ。株式会社フィックスっぽくないんじゃないの? ってね」
その言葉に、ミサキは息を呑んだ。
「私のイラストが駄目だったということでしょうか?」
「まだそう決まったわけじゃないよ」
「でも――」
ミサキは言葉が見つからなかった。実力不足は自認していたのである。言い訳をすることは出来ない。
口をつぐんでしまったミサキにレイコは、平坦な口調で話した。
「言ったように、私も判断に迷っているんだよ。重役どもは株式会社フィックスっぽいイラストのほうが新規市場でブランディングするなら得策と考えている。たしかにそれは否定しないが、新規市場だから、新しい才能で挑戦できると言うのも選択肢だと思う。お客さんがイメージする株式会社フィックスというブランドイメージが足かせになる可能性もあるわけだしね。言葉を悪くすれば、どんな絵でもヒットさせるのがプロデューサの役目でもあるし……、今は悩まずにプリプロに集中してもらいたいと思ってるんだよねぇ」
平板な調子で発せられたレイコの言葉一つ一つは、ミサキを追い詰めることもなければ、安心させることもなかった。ただ事実を話しているという様子である。
だから、ミサキは勇気を持ってレイコに言った。
「だ、駄目な時は駄目って言ってください」
レイコは、ミサキの勇気に頷いて応えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます