第14話:検討会~否定(K)

 株式会社フィックスの事業検討会議は定刻通り始まった。

 役員会議室に重役――開発部門の部長7名、経理部長、取締役5名が居並び、カナが配布した資料に目を通していた。

 ゲームの概要とビジネスモデル、それから予算と開発スケジュールを、レイコが滔々と述べていく。普段の自然体な言動が、この時ばかりは強張っていた。

「――以上が、本ご提案内容です。ご承認のほどよろしくお願いたします」

 レイコが、言葉を切った。

 重役たちは、渋い顔つきで、資料に目を通し続ける。

 最初に口火を切ったのは、白髪で目付きの鋭い副社長である。

「ロイヤリティのパーセンテージが高いのは? これは払いすぎでしょう」

「その代わりMITAKAGemesには、1人月を減らして貰ってます。当初の見積もりでは、80万のところを60万で動いてもらい、ゲームをヒットさせることで、利益を出してもらうように座組みを変更してもらいました。60万であれば、都心の中規模の人件費と同等でございます」

「VRPGにそれほど集客力があると思えませんねぇ。IPは使わずに新規ブランドを立ち上げようというのでしょ?」

「ですので、開発費を抑え投資リスクを抑えようとロイヤリティの割合を増やしております。実際にご提案したロイヤリティの割合でございましたら、当社の営業利益ベースでの利益率は確保しております。また新規ブランド故に開発費を抑えるのは失敗したときのリスクを――」

「現時点で失敗のリスクを持っている君に、我々が承認できると?」

 揚げ足を取るように副社長は強い口調で言い放った。

 レイコが反論しようとすると、あいだを割って、経理部長が口を挟んできた。

「あなたがこれまでの開発で使った金額は、ご存知?」

「正確にはわかりま――」

「全て赤い字で書き記して2億5208万円になります。これを全額回収し切る保証はどの程度見積もっているかしら? 今回の開発費を含めれば3億5000万円、会社に借金をすることになります。ただ失敗しただけでは許されないのですよ」

「現在、集客に使える手段は可能な限り使うことを想定しております。フィックスの会員150万人へのメルマガでの集客は、直近のタイトルで40%以上の登録と、登録者の内70%の7日継続率を記録しております。まずフィックスファンへの周知を強化し、ファンがこれぞフィックスのゲームであるものを制作することで、近いの数字を出すことは難しくないと考えております」

 副社長はレイコの言葉に反論した。

「その数字はIPものでしょ? 新規ブランドでどれだけの成果が出せるか怪しいものよ。それにこのキャラクター絵、全然フィックスぽくないわ。もう少しハード調なイラストのほうがウケるんじゃないの?」

「イラストにつきましては、プリプロ時の検討材料と致します。現時点では、ご提案ベースでございますので、そのイラストで確定とはこの場で言うことができません。また、本作のウリは、キャラクターイラストではなく、フィックスのゲームの中に入り込んで、自ら冒険しているような体験ができることです。イラストは現状のテイストでも問題ないと判断しております」

「イラストはパッケージでしょ! それをわかっているの? フィックスのゲームとして認知させるなら、既存のIPに近いものを用意すべきでしょう?」

「そちらにつきましては、プリプロ制作物を御覧頂いてご納得いただけるようデザイナーと調整させていただきます」

 レイコは、副社長の荒々しい追求を平然と受け流し、しれっとした表情で応対した。

 副社長の意見は、カナ自身も感じるところがあった。所見で【可愛すぎるのでは?】と思ったのは事実である。果たして、レイコの言うとおり、体験を売るからイラストは問題ないのだろうか? カナには腑に落ちない問題であった。

 それまで黙っていた開発部長のひとりが、副社長に変わり話し始めた。

「イラストについては、プリプロの成果物を見て判断しても遅くはないでしょうね。ただ、ゲームの内容が凝りすぎていないかというところは指摘しておきたいですね。新しいブランドで、新しい体験をさせるなら、もっと要素に集中してよいのではないでしょうか? 頂いた提案資料ですと、マルチ対戦や、ポーカーの要素、合成、素材収集など、少し煩雑です。素材収集のみに絞ってプリプロ、本プロを進めていただいて、完成度が高ければ既存IPを乗せて改めて出しても良いのではないでしょうか?」

 その開発部長の意見を端的にまとめると、『要点を絞って実験して、成功したら既存IPに載せ替えさせろ』と言うことである。

 意味を理解するやいなや、カナはレイコよりも先に発言していた。

「実験で作っても、成功しません。やるなら新規ブランドを成功させるくらいの気持ちでやらないと駄目だと思います!」

 レイコの隣で静かに控えていたカナが突然発言したため、重役たちは、いっせいに顔を上げてカナに視線を向けた。

「あなたは?」

「あ、えっと――」

 我に返ったカナは赤面して、言葉をなくした。

「新卒です」さっとレイコがフォローを入れる。「新卒もやる気を出してますし、新しい試みを低開発費で行えるのは、既存IPのためにもなります。何卒ご承認をお願いいたします」

 論理も何もないが、レイコがつじつまを合わせたように会話を繋いで承認を求めた。

 重役たちは、それぞれ顔を見合わせた。

 カナが発言したことで、レイコへの集中攻撃の流れが分断されてしまったのである。そして、反対とチャレンジしてよいのではないかというふたつの意見が重役たちの意見を分け隔てた。既存の事業ばかり進めていても、いずれは衰退することが予想できる。であれば、会社のビジョンを有した新規事業を進めるのは道理である。重役の中で革新的な人間は、カナの言葉に心を動かされたのだ。

「プリプロは進めても良いでしょう」

 それまで発言しなかった社長が告げた。

「プリプロで、ウリとなる【フィックスらしいゲームの仮想現実体験】が本当に面白いのか、充分に検証してください。新規ブランドを検討しているなら、代理店を使ってABテストをしてもらっても構いません。数字で受け入れられるかどうかの評価を、成果物と合わせて提出ください。それを見て本プロに進めてよいかを判断いたします。プリプロのあと、1ヶ月の調査期間を設けてください。しっかりと調査した上で、進めてよいという判断材料が出ない場合はプリプロでプロジェクトを潰します」

 社長は、レイコとカナが自分の意思決定をしっかり理解しているか探るようにじろっと目を向けた。

 レイコは静かに「承知しました」と言った。

 カナも「わかりました」と、承諾した。




「すみません、勝手に発言してしまって」

 自席に戻ったカナはレイコに謝罪した。

「あーあ~、ぜ~んぜん平気。むしろ助かった。私がこれの前に、2本コカしてるのが気に入らないんだよ。でも、それは仕方ないんだけどね!」

 レイコは悔しそうに、資料をデスクに放り投げた。

「(しっかし、プリプロの1600万くらいポンと出してほしいよね。私より赤字垂れ流してるプロデューサが何人いるんだって話だよ、クッソー滅茶苦茶言ってくれちゃって)」

「ハハハ」

 レイコの恨み節に、カナは笑うしかなかった。

 一通り悔しがったレイコは、予算書をデスクに広げた。

「社長の発言内容、理解した?」

「調査城という話ですか?」

「調査はいいんだけどね。1ヶ月の調査期間中、MITAKAGemesをどう動かすかが問題なんだよなー」

「どういうことですか?」

 カナは質問の意図を読み取れず、首を傾げた。

「わからない?」

 レイコは意地悪するように眉をひそめた。

 そして、「じゃあ~、明日までの宿題ね! 答え合わせは、明日MITAKAGemesのコナツとうち合わせで!」と逃げるように席を立ってフロアから出ていってしまった。

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