第13話:事業検討会議へ(K)
カナは出社して、レイコとコナツのメールのやり取りを追っていた。
MITAKAGemesの坂上コナツに、開発費の見積再提出を依頼したあと、レイコはすぐに予算書の作成に取り掛かってた。予算書の概算が出来上がったところで、カナは帰宅したが、その後レイコはロイヤリティの表まで作成し、それをコナツにメールしていた。
そこから、カナが出社するまでのあいだに、ほとんど話が確定していて、スピード感に驚愕すると同時に、レイコの判断の速さに驚きを隠せなかった。すでに頭の中で計画をねっていたのかもしれないが、それでも当日の夜までに数千万単位の商談を進めるとは……。
12時過ぎにレイコが出社すると、彼女が作成した予算書を睨みつけて唸っているカナを見つけて、クックックと眠そうな目を笑わせた。
「わからなかったら、教えるよ?」
「もう少し頑張りたいです……」
カナはしびれるような頭痛と戦いながら呻くように言った。
「取っ掛かりを出しておくと、月額3000万を下回ったら撤退ラインにしてる。と言うかそのラインを下回ると旨味がないから、フィックスとしてはやる意味がないんだよね。だから、3000万を基礎にした上で、四半期の利益率は25%……。ま、その他の数字は適当に見て【どうしてこうなったか?】考えてみるといいよ。ロイヤリティもそれをベースにウィン・ウィンになるように調整してるからさ」
「は、はい」
レイコとコナツの調整で確定したロイヤリティは以下のとおりだ。
3000万円まで:8%
3000万1円から4000万円まで:9%
4000万1円から5000万円まで:10%
5000万1円から6200万円まで:11%
6200万1円から7800万円まで:12%
7800万1円以上:13%
仮に、毎月1億売り上げれば、MITAKAGemesに1018万円ロイヤリティとして支払われる計算になる。対して、フィックスは、1億円売り上げた場合、支払手数料や開発費、宣伝広告費、フィックス社内でかかる諸経費を引いた営業利益で2987万円の利益となっていた。リリース後4ヶ月でリリース前の開発費を回収し、その後は、2千万強の利益を出し続ける。
「予算書上はね」
そう言って、レイコは笑った。
「机上の空論。鉛筆ペロペロの成果かな。実際に億売り上げればいいけど、そうならずに失敗するゲームが多いんだよ。作り手が売れると計画しても駄目なものはぜーんぜん駄目。だけど、会社だから投資に値するかどうかを判断しないことには、身動き取れないわけさ」
レイコはそこまで話して、コピー用紙の裏紙を取り出した。
そこに、
株式会社フィックス
↓
プロデューサ
↓
開発会社
と雑に走り書きする。
「これ、お金の流れね。私が作った予算書と、MITAKAGemesが持ってきた企画書を【株式会社の事業検討会議】に提案して、プロデューサが開発費をもらう。そして、プロデューサが開発会社の制作したゲーム:成果物に対して問題ないと検収した場合、開発会社に報酬が支払われる」
「ハイ」
カナは、話を先読みしようと思考をめぐらした。
レイコは続ける。
「今の時点では、プロデューサつまり羽多レイコの財布には1円も入ってないため、MITAKAGemesと取引しようと検討しているが、まだ実際に取引できるかわからない。私がこの後、事業投資会議でゲーム開発をして良いと承認を貰ってはじめて、プロデューサの財布に約1億円が振り込まれて、開発が進められるわけだ」
「いつ、その会議があるんですか?」
「今日だ。だから、昨日深夜までコナツとロイヤリティの調整をしてたんだよ」
さも知ってて当然のように話すレイコに、カナは驚きを隠せなかった。
「今日って、どうして教えてくれないんですか!?」
「あれ、言ってなかったっけ? この間行脚したときに、事業検討会議に通すって言ってたけど……。あ! 日程知らなかったのね。ゴメンゴメン、それは気づかなかったわ。ま、いいじゃん。カナは会議見学してるだけだし、問題なくない?」
「それはそうですけど、心の準備が……。何時からですか?」
「18時くらい。プロデューサの最大の仕事だよ。会社からお金を引き出すのは。銀行よりは引き出しやすいけどね、ハッハッハ」
軽いノリで笑うレイコには、突っ込む気にならなかったが、ゲーム制作の大まかな概要が一瞬垣間見えたように思えた。
ゲーム開発も、基本の仕事の流れは製造業やサービス業などと同じなのだ。中小企業が銀行に融資を受けるように、プロデューサは会社から融資を受けプロジェクトに関わる人の給料を払いながら、利子を付けて会社に融資を返済する。
つまり、作るに値する商品・サービスかどうかを会社(銀行)が判断し、融資を決める。エンターテイメント商品・クリエイティブな商品だから、特別な印象を受けるが、そうではない。
カナは、レイコの言葉からエッセンスを抽出し、類推思考でその本質を理解した。
そして、
「楽しみですね。事業検討会議!」
目を輝かせてレイコに言った。
「へ?」
「ここから開発が始まるんですね!」
「え、そ、そうだね」
突然の変化にレイコは、珍しく戸惑っているようだったが、カナは気にならなかった。
真実の糸を見つけたような、そんな感動に興奮していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます