第12話:見積りとロイヤリティ(K)
週明け、坂上コナツと篠田ミサキのふたりが株式会社フィックスにやってきた。
羽多レイコがプロジェクト全体にかかる見積りの詳細確認に呼び出したのである。
応接室に入ると、レイコはすぐに切り出した。
「頂いた提案で、有名IPを外したバージョンで、プリプロに進みたいと考えてまして、プリプロから本プロ・リリースまで、そしてリリース後の費用の話をさせてもらいます。提案資料の方には概算を記載いただいてましたが、月次の詳細を確認させていただきたく、本日ご足労いただいたわけです」
コナツはその言葉にA3の大きな紙面をレイコと、カナのふたりに渡した。
紙面の上部には線表が記載されており、毎月のプロジェクトに関わる人数が明記されていた。紙面下部には人数対月額費用が載っている。
(1人月が73万円で、プリプロ期間中はひと月365万……1095万)
カナはその金額が妥当か検討しようがなく、こんなにかかるんだと、目を瞬いた。
そんなカナと対象的に、レイコは目を走らせ鋭く指摘する。
「御社、三鷹所在ですが、1人月の単価が少し割高では? 周辺の地代を拝見したところ井の頭公園が近いとは言え、都心に比べると若干安いですし。設立5年めにしては、人件費の割合が多い気がしますが……、年齢の分布は高かったです?」
レイコの指摘に、コナツは平然とした調子で答える。
「うちは公園の隣に位置しているため、少し割高だったかと思いますね。年齢はそうですね。30代、20代が多いですね。平均をお伝えすることも出来ますが、隣りにいるミサキさんなど18歳で、著しく平均を下げてしまうので、あまり適当な指標ではないかもしれません」
「もう一つ気になるのは、本プロ時の期間。1年は掛けすぎ。7人体勢の期間が長過ぎるため、人数をかけて短くしてもらいたい、かな……。カードイラストはこっちで用意しますよ。その費用はガッツリ削っちゃっていいです。それから、サーバのコスト・保守もフィックスが管理するので予算からは外してください。基本的に開発費は、アプリ制作の人件費のみが対象で、サーバ周りまで含める必要はないです」
「承知しましたMITAKAGemesの強みとして、サーバ周りの技術力を評価いただいておりましたので、弊社で準備したほうが良いかと含めておりましたが、外させて頂きます」
レイコは、コナツの言葉を頷いて聞きながらも、納得していないようにボールペンをカチカチ鳴らした。
「別に開発費を叩きたいわけじゃないんですが、若干高いのが気になりますね。率直に言うと、何も利益無しで開発してもらいたいわけではないんですが、現状の人件費に含まれてる利益を、ロイヤリティに含めるよう調整できませんかね。ヒットを出して、儲けるほうがいいでしょう? それがウィン・ウィンの関係ですよね」
レイコはコナツを真っ直ぐ見ながら話した。
対するコナツも、一切引かずにレイコを直視する。
「御社のロイヤリティは、売上の5%と聞いてますが、変更いただけるという認識で確約いただけるということでしょうか?」
「現段階での確約は難しい。ただ5%をベースに、売上高に応じて係数を変更することは過去事例にある。例えば――
1000万までは5%(ロイヤリティ50万)。
2000万までは6%(1000円を超えた分にかかるため、60万)
3000万までは7%(ロイヤリティ70万)
――合計180万。仮に1人月73万で7人で頑張ったとすれば、月額の開発維持費511万で利益率30%で御社としても悪くないのでは? あくまで1人月73万で考えた場合の数字だから、本来の人件費から見ると、利益率はもう少し高いはず」
平静に見えたコナツの眉間にシワが寄った。
はじめて、考えあぐねいている様子だ。
「しかし売上高1000万では御社の利益がないのではないでしょうか?」
「もちろん例え話ですからね。最低3000から、4000万は欲しい。いや、正直に言えば億は欲しいですね。昨今の流れを見ると初期段階で、かなり宣伝広告費を積まないと行けない状況が見えてます。初期投資分をこちらが回収し利益をあげるには、最低億を超えてもらいたいです」
カナは話を聞きながら、改めて線表に書かれている、合計の人件費の金額を確認した。
5930万円。
これに広告費を加えて、1億かけたとしたら……。
かけた金額を回収するのに、どれだけの時間がかかるのか途方も無いような気がした。
仮に月額の売上が1000万円だった場合、開発費511万とロイヤリティ50万分をMITAKAGemesが持っていくため、439万がフィックスの取り分となる。そこから予算に書かれているサーバ費・素材制作費350万を差し引くと……、フィックスの利益は89万円しかないのだ!
かけた費用を回収するためには、113ヶ月間サービスを続けなければいけない。
(FXに賭けて、丁半博打した方がいいんじゃないのかしら……)
投資と考えたときのあまりにも現実的ではない数字に、カナはクラクラしてしまった。
(いやいや、1000万円しか売れなかったときの話だし。月次の売上が億になれば、もっと変わってくるはず)
ミサキもカナと同じように数字の計算をしていたが、MITAKAGemesの人件費を事前に聞いていたため、それほど慌てるようなことはなかった。
MITAKAGemesの人件費は平均50万円だ。
その上で利益率20%を上乗せし、人件費の最低単価は60万円がデフォルトである。
しかし、MITAKAGemesとフィックスははじめての取引であるため、最低単価が知られていないため、通常よりも多い金額で見積を提出していたのである。コナツもトモミも、73万円で通すつもりはない。しかし交渉することで、最低単価60万を65万にしたいとは考えていた。
(でもゲーム開発ってお金かかるんだなァ。データだけだからもっと安いのかと思ってたけど)
ミサキはそんなことを思いながら、のんきに資料の端に落書きを始めた。
隣のコナツは、眉間にしわを寄せて険しい表情のまま口を開いた。
「今この場で結論を出すことは出来ませんので、一旦戻って検討させていただきますが、開発費での利益を減らしてロイヤリティで稼ぐというところで、予めロイヤリティの割合を出していただくことはできますか? 口約束で、ロイヤリティを増やすから、開発費を落とすことはできませんので、メールベースで進めさせていただければと」
レイコは、コナツの提案に同意した。
「当然、こちらも数字をペロペロしないとどのくらい儲けられるかわからないからね。明日までに確定させてメールしますので、2パターンほど見積もりを出し直してもらえますか? 中間と、完全にロイヤリティで補填するパターン」
「2パターンも入りますでしょうか? 御社としては、後者の方をお望みでは?」
「それはそうだね」
コナツは冷ややかにレイコの提案を退けた。
その背筋が凍るような口調に、ミサキは(この人、ヤバイ)と恐怖した。
カナはコナツとレイコのやり取りを見ながら、ミサキが資料の端に落書きしているのを見逃さなかった。
(この人、何しに来たの?)
真剣に話を聞くわけもなく、話の内容をメモするわけもなく。3頭身のキャラクターを描いているだけだった。
メールベースで決めることを双方が確認し、打ち合わせが終わりに差し掛かっていても、ミサキの落書きをする手は止まらなかった。
「あの、ミサキって子。何しに来たんでしょうね?」
コナツとミサキを送り出してから、カナは開口一番そう言った。
「ん? 気になることあった?」
「ずっと落書きしてました」
「ハハハハ、あの子、絵描きだろ。つまんなかったんじゃないかな?」
レイコは特に気にする様子もなく、笑い飛ばした。
「だったら来なければいいのに」
「MITAKAGemesの方針かもしれないし。こちらが口出すことじゃないよ。そんなことよりもっと注目するところあったろ? 戻ったらちゃんと振り返っておけよ~」
話はちゃんと聞いてました、と弁解しようとしたが、レイコはスタスタと先に歩いていってしまった。
「でも、真剣な話し合いの場で……、失礼だと思います」
腑に落ちないカナは、レイコの背中に向かって不満を呟いた。
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