第11話:IP管理委員会(K)
「大きな会社になると、社内政治が非常に重要なんだよ」
レイコの話を聞きながら、カナは後をついていった。
フィックスのフロア内は敷居がなく、だだっ広い空間にデスク並んでいる造りになっていた。それぞれのデスクの上にはフィギュアやゲームソフトが積まれたりしており、特徴が出ているが、それ以外には目安となるものがなく、現在どこを歩いているか把握するのが難しかった。
「これからどこへ?」
「フェザーファンタジックのウェブサイトを管理してるプロデューサのとこ。何回か話したことがあるから、IPを利用する件で、フェザーファンタジックのIP管理者を紹介してくれるって」
カナは、レイコの言葉に目を輝かせた。
「それ知ってます、フェザファン管理委員会ってやつですよね。ネットで噂されてたんですけど、本当にあったんですね!」
「あぁ、IPが大きくなると、それに派生するタイトルがいくつも出来るんだよ。そうすると、個々の宣伝タイミングや施策内容がかぶらないように調整しないといけないんだ。例えばCMを打つにしても、同時期に流すとそれぞれで客を取り合うことになる――つまり、お客さんがどっちのタイトルの宣伝か迷ってしまって、集客につながらないから、CM期間をずらしてIPとして最大効率を測るんだ」
「そう言えば、年中CM見てる気がします」
「ブランドを維持するための方法だよ。CMを出し続けることで、ブランドの力を維持するんだ。食品業界とか、洗剤のCMとか日常用品のCMのほうが、ゲームのCMよりそういう暗示を狙って毎日放送してるよね」
レイコの説明に、カナは「確かに」と納得した。
「CMを打たないとどうなるんですか?」
「ブランド力が低下する。それだけ。IPがある一定以上大きくなると、そうしないと廃れてしまうんだよ。まぁ、普通のゲームだとそこまで大きくなる前に失速して自然消滅するんだけどね」
レイコは、フロアの一番端まで来て立ち止まった。
「確かこのあたり……」
「レイコちゃん、こっち」
きれいめな格好をした眼鏡をかけた女子が会議室から顔を出した。
「お、ユウミ、時間取らせてごめんね~」
手招きされて、レイコは会議室に向かった。
レイコとカナが部屋に入ると、ユウミの他にもう一人ブラックスーツを来た女性が座っていた。物腰穏やかなユウミと比較すると正反対な鉄仮面のような面持ちだ。
「紹介するよ、寺田マヤさん。フェザファンオンラインのプロデューサ」
マヤは、クチを結んだまま、会釈した。
マヤとユウミが並んで座り、その正面にレイコとカナが着席した。
「まさか、オンラインのプロデューサを連れてくるとは予想外だね」
「今なら、マヤさんが良いって言えば結構すんなり行くと思ってね」
ユウミは不敵な笑みをマヤに向けた。
マヤは、フーっと大きな鼻息を漏らし、どこか不機嫌そうだった。
そんな様子に臆することなく、レイコはユウミにかぶせるように言葉を掛けた。
「10年以上社内の営業利益No1を取ってるからね。今日はよろしくお願いしますね」
「No1?」
カナは、思わずその言葉に反応した。
「そうそう。当社の営業利益比の30%をフェザファンオンラインが8年キープしてるんでしたっけ?」
「37%です」
けだるげにマヤはレイコの言葉を訂正した。
その様子に、カナはプライドが高そうだと直感する。
「話、はじめて貰っていいかしら?」
苛立ちを隠さずにマヤが話を促し、レイコはヘラヘラとしながら提案書のコピーを渡した。
「怖かったですね。マヤさん……」
戦闘を歩くレイコに、カナは声をかけた。
「いやいや、まだあんなの子供だましだよ。もっとおっかない人、社内にいるからね」
レイコは顔をしかめながらそう言った。
謁見時間はわずか15分。
マヤは話をざっと聞くと、「悪くない」と一言だけ言った。
カナは、他にコメントがあるのかと耳をそばだてたが、それ以上の感想を聞くことはなく、さっさと会議室を出ていってしまった。
ユウミいわく、「第一段階完了」だそうで。他のフェザファン管理委員の行脚に進んで良いということらしい。残り9人の管理委員を納得させられれば、管理委員会にようやく提案できる権利が与えられる。つまり、マヤへの謁見は、管理委員会へ提案するためだけの通過儀礼という話だ。
「裏でネゴらないと、委員会に提案すら出来ないこの面倒な仕組みをなんとかしてもらいたいよね。ま、それだけフェザファンブランドの力があるってことだけど。フェザファンブランドなら、売れるとわかってるから、皆その甘い蜜を吸いたいと思っちゃうんだよね。だけど、安易にタイトルを増やせばただ衰退するだけ。そのために通過儀礼を増やして、ハードルを高くしてるんだ」
「時間の無駄ですね。素直に言ってしまって申し訳ないんですけど」
「無駄だと思うよ。ただ、皆そうまでしてほしいんだよブランド力が。車でも、服でも、購入するモチベーションはブランド力に影響される。お手々繋いで~、っていう日本人的な思考じゃなくて、ブランド力はその商品の魅力と、購入者への安心感をもたらすものなんだよ。フェザファンというブランド名がついていると、お客さんが安心して買ってくれる。それは売上増に非常に大きな影響を与える」
カナは、自分の生活を振り返って、特定ブランドで歯磨き粉から、洋服のブランド、食品を選んでいることに気づいて、何となく納得した。
ゲームもブランド力が問われていると。
「当たり前だよ。遊園地といえば、皆何を真っ先に思い浮かべる? 関東に住んでたらひとつしか思い浮かばないよね。それがブランド力だよ。さぁ、二人目を攻略しに行くよ!」
「ありえない、駄目駄目だね。フェザファンのカードゲームはすでにあるんだよ。それと被ってるじゃん」
5人目の行脚で、完全に企画を否定された。
レイコは食い下がらずに、終始穏やかに論理的に、既存のタイトルとの差別化を説明して、新しいジャンルで勝負すると伝えても、一切納得しなかった。
会議室を出るレイコの顔は、表面上穏やかだったが目が言っさ笑っておらず、キレているのが目に目て明らかだった。それでも、彼女は文句も言わずに我慢して自席まで戻ってきた。
「今日の収穫はゼロ。フィックスでもし既存のIPを使おうとするとどうなるか、良い経験したでしょ」
レイコは自虐的にそう言って疲れたため息を吐いた。
「ダンジョンクエストの方がまだありますよ」
元気づけようとカナがフォローするが、レイコは首を振った。
「話してなかったけど、メールで打診した段階でNG~。当初の予定通り新規で立ち上げることになるね」
「そうですか。残念です」
カナは、レイコの話を聞いて落胆した。
「仕方ないかな。もともと、新規IPを立ち上げる方向でMITAKAGemesとも話してるから、イージーモードじゃなくてハードモードで楽しもうってことさ。それに、新規立ち上げのほうが圧倒的に面白い。誰のご意見を聞かなくてもいいしね。自分の判断でヤれる。プロデューサやるんなら、圧倒的に新規の方がいいよ――売上の面で保証がない分、プレッシャーは半端ないけどね」
レイコは、空元気を出すように背伸びをした。
カナにすると、レイコの言っていることの半分も理解できていないのだが――つまり、新規を作ることも既存のIPを利用することも、何が違うかピンときていないのだが――、ひとつレイコに言葉をかけるなら……。
カナは、頭にひらめいた言葉をクチにした。
「レイコさん、私たちで新しいブランドを作ってしまえばいいんじゃないでしょうか?」
カナの言葉に、レイコは目を丸くした。
「いいね、その意気だ! 一緒に新しいブランド作ろう!」
既存のものが作れないなら、新しく作ればいい。社会の中に溢れる商品は、最初無名だった。しかし、皆そこからスタートしたのだ。何者にもすがらず、新しいブランドとして登場し、地位を確立した。
ゲームだって、同じように新しいタイトル・シリーズが登場している。売上の面で、売れるという保証がないのは仕方ない。だけど、それはブランドを使ったところで同じことなのではないか。成功の確率が高いと言うだけで、失敗することだってある。
「よし、このまま事業検討会議に提出して、予算を取るぞ!」
レイコは気合を入れて、自身のノートPCに向かった。
カナも新卒オリエンテーションを終わらせて、レイコと一緒に新しいブランドを作りたいと、そう願った。
「早く、早く仕事がしたい」
カナは小さく、しかしはっきりとつぶやき、オリエンテーションが行われている会議室に戻っていった。
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