第9話:初提案(K)

 MITAKAGemesの提案を受ける日、安住カナはオリエンテーションを終えたあと、羽多レイコの席で待機していた。他の社員も、忙しそうに仕事をしていて、フロア全体が活気にあふれている。金曜だと言うのに、就業後の飲み会に浮ついた人があまり見られないのが印象的だった。

「先方少し遅れるらしいから、パーラーで休んでていいよ」

 レイコがノートPCのキーボードを叩きながら言った。

 パーラーとは、株式会社フィックスの談話室である。社食も提供されており、多くの社員が休憩に訪れる。

「どのくらい遅れるのでしょうか?」

「うーん、1時間ほど」

「かなり待ちますね」

 腕時計に視線を落とすカナに、レイコが尋ねる。

「時間、大丈夫?」

「はい、一応予定はありませんから」

「最後の追い込みか、記入漏れを見つけたかのどちらかだろうね。よくあることだから、気楽に待ってよう」

 そう言って、レイコは椅子の背もたれに寄りかかった。

「羽多さん、質問してもよろしいでしょうか?」

「レイコでいいよ。何?」

「ゲームの開発って日常的に遅延するものなのでしょうか?」

「そうだねぇ」

 レイコは、頭に手をやり、背もたれを倒す。

「遅れる割合のほうが多いことは多いよね」

「それは計画性の問題ですか?」

「いや、考慮すべき問題の多さに起因するんじゃないかな。ゲームって、表示されるものはシンプルだし、操作もコントローラや画面タップで簡単そうに見えて、裏じゃ色んな要素が絡んでるし。企画提案だって、シンプルに『RPGが作りたいです』って言ってくるわけじゃなくて、ゲームを構成する要素を洗い出して、プレイヤはこういうプレイをして、どういうふうに遊びの幅を広げていくか。飽きさせないエンドコンテンツとの相性や、プレイヤが手に入れる資産とか、ひとつの要素が他の要素に重なって広がっていくから、穴がひとつでもあると、他の要素の修正も必要になったりするわけだ。特に、はじめの提案の段階で、要素の洗い出しと組み合わせをミスってしまったら、どれだけ頑張って開発してもつまらないものにしかならないからね」

「スケジュールに余裕を持たせても解消できないのでしょうか?」

「出来ない」

 レイコはきっぱりと言った。

「作ってるのが人間だから」

 そして、にんまりとカナに視線を向けた。

「テストで100点取り続けられないでしょ。君も。どれだけ秀才でも、どこかでミスをする。だから、どう挽回するかが肝心だよ」

「……挽回」

「ミスをミスじゃなくすチカラだね」

 レイコの言葉に、他の社員が反応した。

「良いこと言うね~。次は月商5億! 期待してるよ!」

「次は【コケない宣言】ってことでいいのかな!?」

 周囲の煽りに、レイコは赤面して慌てた。

「もう、うるさいよ! 私は心構えの話をしてるの! くっそぉ~……」

 レイコは立ち上がって、スタスタとフロアを出ていってしまった。

 オロオロするカナに、周囲の社員が声をかけた。

「イジメとかじゃなくて、煽りあってちゃかしてるだけだから、心配しないでね」

「本当にコケて同しようもない人はイジれもしないしねぇ」

 カナは、生返事をしてレイコの背中を見送った。




 時間つぶしに、ゲームをしているとレイコが戻ってきた。

「来たよ」

 そう言ってスマホをひらひら振った。

 ふたりは、そのまま応接室に向かった。

「提案内容が良ければ、そのまま作り始めるんですか?」

 カナは行きながら尋ねた。

「仮に良かった場合は、まずフィックスの社内で提案して予算を貰った上でGOサインかな。それがないと、作り始められない。まぁ、こちらの予算が下りなかった場合、MITAKAGemesが別の会社に持っていく可能性もあるかな」「え!?」

 カナは眉をひそめた。

「そんなことありなんですか?」

「なんで駄目だと思うの?」

「フィックスで作るから……、でしょうか」

 曖昧な返答に、レイコは腕組みをした。

「一応、コレも売買取引と同じなんだよね。まだ協業の契約を結んでるわけでもないから、向こうが考えた企画をどうしようと、向こうの自由なんだよ。例えばあるお店で1万円の仏像が売られてたとする。カナはそれがほしいけどお金がないから買えない。別の人がその仏像をほしいと思って、1万円を持ってきたら、お店の人はあとから来た人に売っちゃうよね」

「はい」

「仕事の基本は、価値の売買。開発会社が提案してきた企画内容が良ければそれを購入し、販売することで制作会社が投資した金額以上の利益を得る。もちろん、売買契約――と言うより業務委託契約になるけど、細かいことはとりあえず置いておいて――は、色々な形があって、開発会社が身銭を切って開発する場合もある。その場合は、ロイヤリティを多く受け取るような契約を結ぶ場合があるね。この辺りは、追々話すから、しっかりついてきてね」

 応接室の前について、レイコは話を切り上げた。

「今は出される提案に集中」

「はい!」




「VRとRPGで、VRPGか」

 レイコは興味深げに頷いた。

 カナも渡された資料を最初から読み直しながら、企画内容を振り返った。

 ポイントは、

  1)オンラインポーカをベースとしたカードゲーム

  2)仮想現実でのRPG体験

  3)フィックスのIPの最大活用

 の3点。

 その中で、レイコが難色を示したのは、3番目である。

「株式会社フィックスというブランドが持つお客さんのマインドを捉えて、RPG体験をする――既存のIPに登場する職業を持ってきてRPG体験をすることと、ポーカーをベースとしたカードゲームについては良いと思いますが、企画提案の段階で、IPを最大活用することを念頭に置くのは良くないですね。フィックスのIPを使えば誰だって儲けられます。IPを使わずにヒットさせられる魅力があるか、まず考えるべきではないでしょうか?」

 MITAKAGemesの宮元トモミは、その言葉に同意した。

「おっしゃることはわかります。今回ご提案した案件が、御社のIPを集約するのに適していると考えられたために、3つ目のポイントでIPの最大活用と記載してますが、本来そこにあるべきポイントは、3on3のマルチ対戦コンテンツだと思います」

「そうね」レイコは資料を読み返しながら「1と2の強みをさらに高める要素として持ってくるなら、3on3。御社のサーバ技術の強みも活かせる」

「何より、VRPGというジャンルがまだ確立されてないところに、一番乗りをすることにやるべき価値があると思います」

 レイコは思慮を巡らせるように、沈黙した。

 カナも、トモミの話を聞きながら、開発するに足るゲームか熟考する。

(目新しさはあるけど、それだけでは市場規模がわからないのでは? 新規参入の、ブルーオーシャンに見えて海がない可能性もあるし、それに……)

 カナは、資料に書かれている絵に疑問を持っていた。

(可愛さに寄り過ぎではないか?)

 そこに描かれている3頭身のキャラクターは、淡いタッチで子供っぽさのような幼さを感じた。ページをめくるとモンスターらしきイラストも何点か掲載されているが、印象が弱い。下手ではないが、イマイチである。

 最後のページに体制図が載っていた。プリプロ時のアートワーク担当は、篠田ミサキと記載されている。

(この子か)

 カナは、MITAKAGemes側の末席で黙ったまま一言も口を利いてない篠田ミサキに視線を向けた。

 ミサキは硬い表情のまま目の前の資料に視線を落としていた。目の下にうっすら隈ができている。あまり眠れていないのが明白である。2度めの再開で、カナはミサキの肌のきめ細やかさに改めて【子供っぽさ】を認識した。

(高校生か、高卒したてか。確か新卒と言っていたけど、高校卒業してすぐに就職したのか?)

 カナは女子らしい観察眼で、ミサキの年齢をほぼ特定していた。

(フィックスの新卒がオリエンテーションしているあいだ、彼女は寝ずにイラストを描いてたってことか)

 カナが中小企業特有のことかと、思案しているとレイコが「良し!」と声を発した。

「大筋は良いです。後はフィックス社内で検討しますので、回答はメールでご連絡します」

 レイコの言葉に、MITAKAGemesの3人は一瞬緊張を緩めるように息を吐いた。

 コナツが「今回の件、秘密保持契約を結んでも良ろしいでしょうか」とレイコに尋ね、「OK、ドラフトを送ってください」と答えて、打ち合わせは終了した。




 MITAKAGemesの3人を見送ったレイコは、嬉しそうに提案資料をペラペラとめくった。

「アタリかもね」

 ぼそっとひとりごちるのをカナは聞き逃さなかった。

「コレで作るんですか?」

「そうね。まずは社内のIPを使えないか重鎮行脚をしようかな」

「え? さっきはIPを使わないでって」

 打ち合わせのときと反対のことを話すレイコに、カナは驚きの声を上げた。

「開発には、そう言っておくもんだよ。IP使えるなら、使ったほうが儲けられる。とは言え、既得権益に浸ってるIP管理部門が素直に首を縦に振らないだろうから、ベースはIPを使わない方向でブランディングする事を考えてもらうわけ」

「私も、その行脚についていって良いでしょうか?」

 カナは、オリエンテーションのスケジュールがあと2週間びっちり入れられていることを思い出しながら、おずおずとレイコに聞いてみた。同じ新卒で、すでに仕事をしているミサキにアテられ、わずかだが焦りの色が出ていたのだ。

 レイコはその提案に嬉しそうに頷いた。

「人事には私の方から言っとくよ。途中で抜けることがあるって」

「ありがとうございます!」

「来週から忙しくなるよ~」

 そう言いながら、レイコの表情は楽しくて仕方ないというように、笑みが溢れていた。

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