第6話:デザインは君がメインで(M)

 三鷹南口のドイツ料理屋に入って、1時間が過ぎた。

 トモミはいい具合に酔いながら、本日4杯目のヴァイツェン――白ビールを飲み干した。

「羽多レイコには、明日メールしておいてよ」

 不敵な笑みを浮かべながら、トモミはコナツに言った。

「提案資料作成して、近日中に持って行きます、って」

「それは良いけど、何かネタあるの?」

 コナツは心配そうに訪ねた。

「ある、1つはオンラインポーカをベースにしたカードゲーム。もう1つは、ブラックジャックをベースにしたカードゲーム。加えて、株式会社フィックスの最大の強みであり、お客さんがこれぞフィックスと言えるRPG体験を組み合わせる。最大のウリは仮想現実でのロールプレイングだな。シナリオをなくして、カードゲームを体験する部分に仮想現実と、ロールプレイングを組み合わせるんだよ。とてもシンプルだけど、王道のRPGを体験できること。これが目指すべきポイントかな」

「トレーディングカードゲームみたいなものですか? 遊戯王とかのような」

 ソフトドリンクを飲んでいたミサキが聞く。

「近いかな。だけど、プレイヤーは、最初に戦士、魔法使い、僧侶と言った職業を選ぶんだよ。選んだ職業によって使うカードの効果が変化する。戦士と魔法使いでは、同じカードでも戦略が変わるし、戦い方によって有利不利が変わる。ただ、RPG体験として、戦士をずっと演じ続ければ――つまりプレイヤーのレベルが上がれば、そのハンディキャップを乗り越えることが出来る」

「プランナー工数が結構掛かりそうね」コナツは話を聞きながらブツブツと呟いた。

 トモミはコナツのつぶやきを木にせずに続けた。

「羽多レイコがウチの強みはサーバ周りって話したけど、RPG体験を強化するために、このゲームでもマルチ要素を入れる。最初は3on3がいいかなって思ってるけど、戦士、魔法使い、僧侶のパーティVS戦士、戦士、魔法使いのパーティとかね。ランダムマッチングもいいけど、フレンドとマッチングってのが主流になるかな。最大6人でポーカをするイメージ。勝敗はチップを稼いだほうが勝ち。細かな仕様は後で詰めるとして、キーワードはRPGの雄であるフィックスが放つ最大の仮想現実RPG=VRPG! 中身はともかくとして、売れそうな――引きがある感じがあるだろ?」

 トモミは満面の笑みを浮かべ、楽しそうに話し続けた。

 コナツは話の流れを遮らず、トモミに相槌を打ち、ミサキは頭の中でどんなふうに遊ぶのかイマジネーションを膨らませていた。

「まだ、仮想現実RPGってジャンルが確立されてないし、ヘッドマウントディスプレイみたいなものを使うわけじゃなく、実際にプレイすることでその世界に浸れる=仮想体験が出来るっていうのは、無い試み。そして、大切なのは、人間の錯覚を利用して、ゲームと現実がリンクしてゲームの世界が現実とイコールにさせる……。イコールに出来たら、かなり強い売りになると思う」

 熱く語るトモミの湧き上がる興奮は、理解できないながらもミサキに伝わってきた。店内の喧騒の中で、トモミの声だけが鮮明に聞こえてくる。

 相槌を打ってトモミから話を引き出していたコナツも、目を怪しく光らせてほほ笑みを浮かべていた。

「カードゲームはリソースを量産するのが大変だけど、何か考えあるの?」

 コナツの質問に、トモミは待ってましたとばかりに白い歯を見せた。

「そこは、株式会社フィックス先生に頑張ってもらうんだよ。過去のフェザーファンタジックのキャラや、ダンジョンクエストのモンスターを登場させる。フェザーファンタジックⅢパック、Ⅶパック。ダンジョンクエストⅤのパックとかね。使えなかった場合は、トランプみたいにシンボル+数字になるかな。基本は絵で売るんじゃなく効果で売ることになるから、シンプル案でも良いんだけど、ヒットさせるならフィックス先生のリソースを使わせてもらわないとね」

 そこまで話したトモミは、ふいにミサキに視線を向けた。

「そして、ジョブのアートは、ミサキ。君にやってもらう」

「え? えええええ!?」

 突然話を振られて、ミサキは大声を上げて立ち上がった。店内のお客さんも、その声に一瞬静まりミサキに視線が集まる。当のかなは、視線が集まっていることにも気づかずに、わなわなと震えながらトモミを凝視した。

「良いんですか!? いきなり描かせてもらって?」

 ミサキの質問に、トモミは首を傾げた。

「ん? だって描くためにこの会社に入ったんでしょ?」

「そうですけど、雑用とか、モブとか、もっと経験を積んでから、段階的に描かせてもらえるようになるのかと思ってました。それに今いるデザイナーの人とかは……」

「今のメンバーでもやれないことはないけど、新鮮さがないし、デザインできなくはないけど、ちょっと難しいかな。ま、ミサキに描かせてみて駄目だったら外すけどね。やる?」

「やります!」

 トモミの言葉の上から被せて返答するミサキに、トモミもコナツも吹き出して笑った。

「良いね、そのがっつき具合い。こういうのは、結局運でしか無いからさ。やりたくてもやれない人とか、最初に描いた人が居座り続けて、新しい芽が出ないとか、他のメンバーに光が当たらないとか、チャンスすらない人が多いんだよ、ゲーム業界は」

「そうなんですか?」

「そうだよ。だって、もしあたしがメインデザイナーだったら、仕事取られたくないもん。ミサキに仕事渡す前に、あたしが取っちゃうよ。でも、あたしはゲームをデザインする方だし、若いセンスを育てたい方だから、ミサキにやらせて見るんだよ。その代わり、明日からしんどいよ~、覚悟しなよ!」

 トモミはそう言って、脅すように料理にフォークを突き立てた。

 ミサキは思わぬ抜擢に、体の力が抜けて、椅子にへたり込んだ。

 自分の絵でご飯を食べる。好きなゲームを作ってみたい。そのふたつの願望を叶えるために、上京した初日にいきなりふたつの懸け橋となるチャンスが降ってきた。その時、ミサキは本当に自分は運が良いと浮ついた気持ちになっていた。

 コナツはトモミと、ミサキの様子を見ていて、運ではなくある必然でもあると確信していた。小規模の開発チームでは、出来る人がやらねばならない。新人も、ベテランも関係ないのだ。やるべきことをやる。チームの最大の目的はゲームを制作することであり、自分の自己満足や自己啓示欲を満たすことではない。ゲームは全部が組み合わさって初めて完成度が高まる工業商品である。一部のグラフィックデザイナーや、シナリオライターが自分の仕事エリアの中でとどまって、自分のテリトリーを守る様になっては完成度が著しく低い商品になってしまう。

 トモミの狙いは、おそらくミサキを入れることで、既存の――MITAKAGemes内の社内の固定観念を壊そうという狙いがあるのだ。キャラクターデザイナーはあの人、メインプログラマーはあの人と、創業5年で役割が固まってきた。それは技術的な成長でもあるけど、柔軟性の欠如。ミサキが仮に失敗したとしても、社内のグラフィックデザイナーの意識を変えることができれば、発売前にメインデザイナーを変えて、立て直すことは十分にできる。

 コナツは大役を任されたと思いこんで放心状態のミサキを見た。

(ミサキちゃんには、試練ね)

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