第4話:費用対効果(M)

「まったく……、新人を勝手に連れ回して」

 MITAKAGemesの社長大原キワコは、フィックスから戻ってきたトモミ、コナツ、そしてミサキを捕まえてオープンスペースに呼び寄せた。

 オープンスペースは、開発ルームの出入り口の横の空きスペースにテーブルと簡易椅子を備え付けた場所だった。打ち合わせに使うのも良いし、食事や、新作ゲームが発売されたときに社員が集まってプレイしてみるのも良い。

 3人は大原キワコの顔色をうかがいながら、静かに着席していた。

「篠田さんは、まだ入社手続きもしてないというのに……、欠勤かどうかもわからず心配していたのですよ」

「申し訳ございません」

 肩をすくめるミサキに、トモミが擁護しようと口を開くが、一足先にキワコが声を発した。

「トモミさんが連れ出したことはお見通しです。以後気をつけるように」

「わ、わかりました」

 トモミは素直に頭を下げた。

 隣りに座っているコナツも申し訳なさそうに目を伏せる。

「さて、お灸はこのくらいにして、フィックスの羽多さんでしたか。ご提案をしてきたのは?」

 大原は咳払いをひとつすると目つきを変えた。眼光が鋭くなる。

 コナツが、一通り説明をすると、キワコは不敵な笑みを浮かべた。

「ウチのサーバエンジニアの腕は信頼されているようね。初期投資を少なめにして進めることに異論はないけど、うちのメンバーにあまりが出るのがいただけない」

「最初の1ヶ月は兼任で按分を逃して、残り2ヶ月に人員を投入して、トータル3ヶ月ないし4ヶ月間の按分が予算内に収められれば――」

「それでは、本プロに入ったときにこちらの持ち出しが増えて、利益ベースで赤がでますね」

 コナツの提案に、キワコはピシャリと言い放った。

 その二人のやり取りをトモミの隣で聞いていたミサキは、トモミに耳打ちした。

「按分てなんのことですか?」

「え、按分知らないの?」

 ミサキの言葉にトモミがキョトンとした。

 ミサキの質問に答えたのは、キワコだった。

「ここで言う按分というのは、ひとりの人件費を、仕事で割った比率をいいますね。例えば、ミサキさんがAというプロジェクトと、Bというプロジェクトの仕事をひと月の間に半分ずつ行うと、それぞれのプロジェクトから、ミサキさんが半分ずつお給料をもらうことになります。この割合をAプロジェクトの仕事だけを行っていると、Aからお給料を支払われることになり、Bから支払われる割合はゼロになります」

 キワコはオープンスペースの近くにあったホワイトボードを持ってきた。

 講義をするように、黒ペンで要素を書きながら話をすすめる。

「MITAKAGemesでは、開発メンバーも経営状況をしっかり把握して仕事をしてもらうから、しっかり聞いておいてね」

「は、はい……」

 弱々しく返事をするミサキに、トモミが「メモとっておいたほうがいいぞ」と声をかける。

 メモ帳を取り出すミサキを横目に、キワコは話し続けた。

「個人では、経済状況――つ・ま・り、収入・支出・貯蓄状況を知って、欲しいものを買ったり貯金したりするのは当然のことですね。これは、個人だけに当てはまるのではなく、会社という組織においても、その思考はベースとなります。お客さんや、パブリッシャーから収入を得て、会社のメンバーのお給料を払い(支出)、将来的の投資や退職金のために、現金を増やす」

 キワコは組織という文字を強調して記した。

「組織のお金の流れは、個人よりも遥かに大きいです。当社のひとりあたりの人件費は平均すると50万円。この中にはミサキさんのお給料の他に、地代や各種光熱費などの諸経費も乗ってきます。社員数30人のため、ひと月にかかる費用は1500万円。1年では約1億8000万円の経費がかかってしまいます」

「1億8000万……、ピンときませんね……」

「そうでしょう。だから、ピンとくるように会社として1年間にどれだけ費用がかかるかを計画するのです。それが予算書と呼ばれるものです。当社はゲーム制作をすることで収入を得てますので、会社の予算の下のレイヤーで、各プロジェクトごとの予算書を作成します。これの主たる目的は人件費の計画です。全社員30人のうち、何人がどのプロジェクトに関わるのか。そして、そのプロジェクトでどれだけの利益を出すことが出来るのかを明確に……、数字に書き起こすわけです」

 会社>3つのプロジェクト>30人と、順に書き記されていく。

 そして1億8000万円を、3つのプロジェクトで分け合い、それぞれ10人チームで6000万円の取り分となった。

「理解できなければ、私に何回も質問していいからね」

 キワコは、ミサキにウィンクした。

「現在ウチでは1本のプロジェクトが動いていてそれに22人が関わっている。1つのチームに人間を固めることは、経営上のリスクではあるけど、今日行ってもらったフィックスよりも大きいパブリッシャが相手で、利益率も高いから問題ない。さて、現状ミサキを含めて8人が新規プロジェクト立ち上げに奔走してもらっているわけだ。今日フィックスの羽多さんが言ってきたのは、わかりやすく言えば5人規模のゲームを作りたい。という話をしてきたわけだ。とすると――どうなる?」

「3人余りますね」

「そう。余ったなら22人に加えればいいという話……、にはならないなぜなら、そのチームも最初に制作した予算書を元にプロジェクトを進めている。3人加えれば、そのプロジェクトに係る費用が増え、そのプロジェクトが稼ぐ利益率が減ってしまう。当社では各プロジェクト、20%の利益率を目標として頑張ってもらっている」

 キワコは黒くなってきたホワイトボードを一度まっさらに消した。

「難しくないからよく理解するように」

 ホワイトボードに22人と記す。

「22人の人件費は【1100万】。22人で1年間に掛けて1本ゲームを作った場合の当社の費用は【1億3200万】。22人で利益率20%を達成するためには【1億5840万】。差分にして【2640万円】稼がなければならない」

「2640万円(意外と少なく感じるのは、かかってる費用が大きすぎるからかな)」

 示された4ケタの数字に、ミサキは少し楽観視出来た。

「ソフト開発は、予め契約を結ぶため、報酬額は決まっている。そのため、報酬額から逆算すると最大何人まで投入できるかが見えてくる。報酬額・人件費・利益率などももろもひっくるめて計画を立てているため、会社という組織は破綻せずに回っているわけだが、ここで余った3人を22人に追加した場合、報酬額・人件費・利益率のバランスが崩れる。当社のキャッシュ状況では、余力があるとは言え、経営者としては厳格に進めたいというのが本音だ。そこで――」

 これまでのレクチャーが書かれたホワイトボードをまた真っ白に戻し、キワコはトモミとコナツに視線を移した。

「プリプロ期間の4ヶ月は兼任で予算を持つが、本プロは8人で動けるようにしてもらいたい。その上で、利益率20%を達成すること!」

 その言葉に、トモミとコナツはため息をついた。

「予想通りの反応です」とコナツ。

「本プロ8人はいいけど。繁忙期は、こっちに人、補充してくれるんでしょうね」とトモミ。

「人の補充は状況によるかな。出来る限り8人で頑張ってみてよ。もちろん、ロイヤリティを含めての利益率20%はNGですよ。ロイヤリティを含めるなら最低でも70%を目標としてください」

 ニッコリと満面の笑みを浮かべ、キワコは去っていった。

「鬼、悪魔め」

 その背中に、トモミは毒を吐いた。

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