第2話:株式会社フィックス(M)

 株式会社フィックス――。

 ゲームをプレイしたことはなくても、フェザーファンタジックやダンジョンクエストという名前は耳にしたことはあるという人は多い。全世界出荷本数2000万本の通称フェザファンと、国内出荷本数3000万の通称ダンクエソフトを有する最大手。ふたつのソフトの発売日には、全国区でCMを放送しされる業界屈指のソフトメーカーである。

 業界内でも、フィックス社内の自社開発メンバー及びパブリッシュメインのプロデューサ部隊は、Aランク以上の大学を出ていないと新卒では入社不可能と噂されるほどの高学歴揃いで、ゲーム業界のジャイアンツと言われていた。高学歴で、ホームラン狙いの大作をむちゃくちゃ販売するという意味でだ。


 三鷹始発の総武線各駅停車に揺られながら、ミサキは声を潜めて尋ねた。

「MITAKAGemesが潰れちゃうって、本当なんですか?」

 その問いに、コナツは目を瞬いた。そして、ジト目でトモミを睨みつける。

「どうしてそんな嘘をつくの?」

「えへへ、嘘じゃないよ。嘘だけど、嘘じゃない?」

「意味分かんない。意図はわかるけど、ダメよ。嘘は……」

 ふたりは通じあっているのか、ミサキだけ話しについていけず首を傾げた。その様子を見たコナツが顔をしかめつつ話し始めた。

「潰れないわよ。MITAKAGemesは」

「そ、そうなんですか?」

 コナツは頷いた。

「うちは創業から5年だけど、社内留保が6億あるから、何もしなくても3年は食いつなげるから大丈夫」

「それは大丈夫と、ウチでは言わないだろ」

 コナツの言葉に、トモミが噛み付いた。

 コナツは困ったように微笑んだが、諭すように言った。

「詳しいことは、追々話せるじゃない。入社1日目から追い詰めなくても大丈夫よ」

「だって、会社のビジョンを共感できるかどうかが重要なんじゃん……」

 トモミは口をとがらせてぶつぶつと納得出来ない様子だった。

 ミサキはふたりを見ながら、話の筋が読めず目をまんまるに見開いたまま固まっていた。それに気づいたコナツは、慌ててミサキの肩を揺すって、心配そうに顔を覗き込む。

「まだ全部理解できなくてもいいのよ。今は会社に現金の貯金がたくさんあって、潰れることはないって安心してもらえれば。ただ、トモミの真意を伝えると、貯金を削っていくと、会社のお金が無くなって、最終的に解散しなければいけなくなる――だから、貯金を削らないように、仕事を取りに行こうって言うことなの」

「ハァ……」

 親元を離れたばかりのミサキにはまだピンと来るものがなかった。学生時代バイトをしてキャッシュフローを体感していればすぐに理解できたのだが、その経験がないミサキは、容量をつかめない顔をしていた。そのことにコナツは気がついたのか、ニッコリと笑みを浮かる。

「多分1ヶ月か、2ヶ月生活してみたらわかるようになるよ、篠田さんは一人暮らし?」

「は、はい」

「なら、すぐに分かるかもね。お給料が収入。支出が日々の生活費。その差分が貯金。この3点は、会社のお金の流れと同じだから、意識しておくとMITAKAGemesの経営理念をすぐに理解できるようになると思うわ」

 コナツの落ち着いたレクチャーを聞いていたトモミが、横から悪巧みを考えてそうな顔を覗かせてきた。

「へー、ミサキは一人暮らしなんだ。じゃぁ、そのうちパンの耳で生活するようになるかもな」

 ニヤニヤと嬉しそうな笑みを浮かべるトモミに、ミサキが驚愕した。

「パ、パ、パンの耳だなんて、昭和の漫画みたいじゃないですか! なんて楽しそう!」

「嘘! 楽しそうなの?」

「嘘です。そんな生活大変なんですか?」

「嘘かよぉ」ミサキの返答に、トモミは肩を落とした。

 ふたりの会話に、コナツは顔をほころばせ「トモミがパンの耳で生活してるのは、おもちゃ買いすぎだからでしょ」と笑い声を上げた。

 ミサキは初対面ながら、人当たりのいい二人の雰囲気に打ち解けて、一緒になって笑みを零した。

 3人は電車に揺られながら、株式会社フィックスがある新宿駅に向かった。

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