ゲームメーカー ビジョナリーガールズ(GAME MAKER VISIONARY GIRLS)
オーロラ・ブレインバレー
第1話:いきなり倒産の危機?(M)
東京、三鷹駅の南口を出てジブリの森美術館方面に歩いた先に、篠田ミサキが入社するゲームメイカーがあった。
新潟の高校を卒業し、不手際が産んだ偶然から採用が決まり、就職が決まった。もともと専門学校か、美術系の大学に進学して、実力をつけてから就活をしようと計画を考えていたのだが、進学にかかる一切の費用を賄いきれなかったため、その偶然は渡りに船だった。
三鷹駅のバスロータリーを渡り、玉川上水を右手に井の頭公園に向かって並木道を歩いて行く。
ミサキの緊張を解くように穏やかな風が吹いていった。
しばらく進むと木々が覆いかぶさるように立ち並ぶ敷地が見え、そのとなりに窮屈そうにしている3階建てのビルが見えてきた。ベージュのレンガが打ち付けられた品のある佇まい。雨に打たれた後が残り、少し古びた印象もあった。
建物の2階の角に掲げられた青銅色の看板には、慎ましくMITAKAGemesと記してあった。
「裏手も木に囲まれてるのか……」
ミサキは、木々に囲まれた建物を見上げて感嘆した。
樹の葉が互いにこすれあって、上品な囁きのようだった。都会の割に思ったほど車の通りが少なく、木々の囁きに落ち着いて耳を傾けられた。
「よし、行こう」
ミサキは肩まで垂れ下がった黒髪を、ゴムでキツく結びあげる。無造作に下ろしていた学生時代から一歩踏み出すように――社会人としての気合を入れる儀式として、ミサキは髪を結い上げたのだった。それから一呼吸置くと、リュックサックを背負い直して勢い良く地面を踏み込んだ。
ビルの段差を登った時、自動ドアが開き、転がるように女性が駆け込んできた。
「わわわ、どいてどいて!」
「きゃ!」
社会人としての第一歩に勇んでいたミサキは、気持ちの上で強固なまっすぐスイッチをオンにしていたため、その女性を避けるという発想には至らなかった。
二人は正面衝突し、尻餅をついてその場に倒れた。
「イったぁ……」
ミサキは、段差の一番下で尻を撫でた。幸いリュックサックを背負っていたためと、それがクッションとなって後転することはなかったが、リュックの中身は確実に潰れてしまっていた。
「どこ見て歩いてんだァ!」
ミサキが顔を上げると、金髪の女性は腰を抑えながら、苦悶の表情を浮かべていた。
「す、すみません」
金髪の女子にいい思い出のないミサキは、慌てて飛び起きると、自分の尻が痛むのも忘れて、頭を下げた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫じゃないやい、腰痛が再発したらどうするんだ」
その女性は、ベソをかくような――どう見ても演技にしか見えない――声音で叫んだ。
(ヤバイ、もしかして治療費とかいきなり請求されちゃうのかな。東京コワッ……)
ミサキがどうして良いかわからずオロオロとし始めた時、またビルの自動ドアが開き、春色の洋装の女の人が現れた。金髪女性の荒々っぽさとは反対に穏やかな雰囲気だ。
「コラ、トモミが走って飛び出るから悪いんでしょ?」
その女の人は窘めるように、金髪の女性――トモミに言った。
「だってぇ~、急いでたんだもん!」
「もん、じゃないの」
その女の人は、ミサキに向き直ると、
「ごめんなさいね、あなたも大丈夫だった?」
と優しく声を掛けてきた。
「だ、大丈夫です!(ヤバイ、都会の女の人って、めっちゃきれい)」
垢抜けた雰囲気に気圧されて、ミサキの声は裏返った。
誰が見ても緊張していると見える、ミサキの様子に、その女性はくすくすと微笑みを浮かべた。そして、何かに気づくように目を瞬き、両手をぽんと叩いた。
「あら、あなた……、もしかしたら篠田ミサキさんじゃない?」
「え、あ……、はい。そうですけど、なぜ私の名前を?」
「履歴書を見せてもらっていたから……。話が前後してしまってごめんなさいね。申し遅れましたけど、私、MITAKAGemesの坂上コナツといいます。あなたが配属されるチームのプロジェクトマネージャーです」
「プロジェクト……、マネージャー?」
ミサキは言葉が理解できず首を傾げた。高校を出たばかりの少女が接することの少ない語彙である。それも仕方ない。
坂上コナツは優しく頷くと、一言「ゲームの開発進行を見る仕事」と付け加えた。
その補足を聞いても、ミサキはなかなかピンと来なかったが、金髪の女性トモミの雄叫びで思考が全て飛んでしまった。
「そうか! 君が期待の逸材ちゃんか! ちょうどいいじゃん、コナツ、一緒に連れてこう!!」
言うやいなや、トモミはミサキの手首をがっしり掴み跳び出した。
「ちょっと! 篠田さんまだ、入社手続きもしてないのよ!!」
コナツが慌てて止めに入るが、トモミはその手をかい潜り、玉川上水沿いに走りだす。
ミサキの悲鳴が上がる。
しかし、トモミはケラケラ楽しげに笑うだけで、
「大丈夫だって! それに、入社していきなり倒産の危機に巻き込まれるかもしれないのに、黙って入社手続きしたくないだろ!?」
「と、倒産!?」
「そうそう! クククッ」
ミサキはいま通ってきた道を逆走しながら、青くなった。
そんなミサキの顔を見て、トモミはニヤつき、その後ろからはコナツが血相をかいて追ってきていた。
「どこに行くんですか!?」
ミサキは息切れしながら、手を引っ張るともみの背に尋ねた。
「株式会社フィックス! フェザーファンタジックやダンジョンクエストで有名な業界の財布だよ!」
「ぎょ、業界の、さ、財布ですかぁ!?」
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