第二話 太陽の浜辺
エクスは異変に気付いた。
いつもの霧と感覚が違う。
何も感じられないはずなのに、音はある、匂いもする。沈黙の霧とは対照的で、いうなれば混沌の霧、定まっていなくていろんな世界が入り乱れた、喧しいとも思える霧。
次第に霧は晴れていき、視界も明るくなってきた。
音も聞こえてくる、いつかの想区で聞いたのと同じ音。
そして霧が完全に晴れると、目の前には想像もしえなかった光景が広がっていた。
「ど、どういうことだ……!?」
一番初めに全員の思っていることを言ったのはタオだった。全員驚くのも無理はない、目の前には夜でも森でもない、正反対の浜辺が広がっていたからだ。
「……いつ来ても暑いわねぇ。眩しいし、変えちゃダメかなぁ」
前にいるアレンがそう呟いた。
「ね、ねぇアレン、これはどういうこと? なんで想区の中に霧が……?」
エクスが尋ねると、アレンは振り向いて淡々と話し始めた。
「この世界はあの霧で覆われている……いえ、霧しかないの。主人公が作ることで世界が出来上がる。唯、この世界に最初に出来て、唯一最初からあるのが私の居た城の世界。さっきの森は主人公が……セレンがやってきた森」
今まで見たことのない、霧で覆われている想区での出来事。四人は次に発せられる言葉を待っていた。
「ちなみに、あなたの運命の書には一体どんなことが書かれているのですか?」
待ちきれずに声を上げたのはシェインだった。
「この世界を作り、主人公の前に立ちはだかる。セレンが来た時から、私は城の中にずっといる、そういう内容よ」
「ちょっと待て、だんだんこんがらがってきたぞ、つまりどういうことだ?」
タオが頭を抱えだす。ため息をつきながらも話を続けようとしていたその時、四人の眼にはアレンの背後から迫ってくるヴィランの姿が見えた。
「アレン危ない!」
エクスはそう言ってアレンの後ろへ飛び出ると、すかさず栞を挟んだ。
いきなりのことでびっくりしたアレンだったが、視線を後ろへ向けて状況を把握した。
「お話はとりあえずここまでね」
右手を真横に伸ばすと、柄の部分からまたあの大剣が徐々に粒子を集めるかのようにして現れた。
シェインは目を輝かせながらそれを見ていたが、タオがたしなめて栞を挟ませる。
先ほどの森のヴィランたちよりも多かったのは気のせいだろうか、同等もしくはそれより少し多いほどのヴィランたちを蹴散らした。おそらくこの『世界』に隠れていたヴィラン全員が襲ってきたのだろう、シェインもあたりに気配がなく静まり返っていると言った。
全員栞を外し、アレンも剣をまた消すと歩きながら話を進めた。
「余計な邪魔が入っちゃったけど、さっきの続き。要するにこの世界はセレンの思うがままに作れるということ、この海も、この空も、匂いも、音も、温度も、色も、そこで泳いでいる魚や流れ着いている流木も」
「それってまるで――」
「――ストーリーテラーそのもの……ですね」
レイナの驚きを隠せないその言葉は、誰もが感じていた。それをよそにアレンは続ける。
「そして私は、そんなセレンの『この世界の』セレン」
「ストーリーテラーはこの想区に二人いるってこと?」
エクスも質問を投げてくる。アレンはそれにも冷静に、そして淡々と答えていく。
「『この世界』は彼女の作り上げたお話の世界。そして私は『お話の中』の彼女自身、代役と言ってもいいわね。彼女はこの世界に来ることはできない、空想、想像の世界に来ることはできないから、私が彼女の代わりに彼女の中で彼女の世界を、お話を作っていた」
四人の顔はいまいち冴えていない、そこでアレンは別の話を持ち出すことにした。
「例えば、あなたたち一人一人がお話を作るとする。そうねぇ、簡単に冒険ものとかでいいわ。エクス、あなたならどういうお話を考える?」
いきなり指名されたエクスは戸惑い、何も答えられなかった。ため息を一つ吐くと、今度はタオを指名した。
「う~ん、昔々あるところに一人のポンコツ姫がいて……」
「ちょっと! それもしかして私のこと馬鹿にしてるの!?」
また幼稚な戦争がはじまりそうだった。
「はいはい、そこまで。じゃあタオ? あなたにはその物語の情景が見えているわよね、その世界を作ったのはあなた、紛れもなくあなたよ。でもね、実際にあなたの作った世界にあなたが行ってあなたが世界を作ることはできない。だから、あなたと同じ役割の人物がその世界に自然とできる。それがもう一人の自分。この世界でいうところの私」
このたとえ話で、全員なんとなく理解はできた。そして、この想区の話の内容も少しわかったような気がする。つまり、主人公のセレンが作った物語において、物語を作った世界での創造者、神となるのがセレンの代わりとなるアレン。
エクスに置き換えてみれば、エクスの居たシンデレラのストーリーテラーが想区に現れた時の姿、と言える。
そして、この想区の物語はそんな世界に本人が現れた、といったところだろう。
そうなれば、さっきから大剣を出現させたり消したりするのも理由が付く。創造主なのだから、アレン自身も何かを創り消すことができる。
「なんとなくわかったよ、だからヴィランたちは君を狙っているのか」
「そう、たぶんそうだと思う。まったく、想像したことのないものが現れるのは怖いわね」
ストーリーテラーも同じことを思うのだろうか、そう考えながらエクスは浜に迫ってきては引いてゆく波を見る。透き通るような青の中に、魚と思われる影がいくつか見える。
先ほどまでヴィランたちと戦っていた場所だとは思えないほどのどかな場所だ。
「ちょっといいですか」
シェインがそういうと波打ち際まで歩いて行った。全員でその後をついていく。
海の水は冷たく、気持ちがいい。潮風もあり、ずっとここにいたくなる。
「やっぱり、あなたの言うセレンさんの力は、こういうことですか」
ずっと海の中を凝視していたシェインが口を開く。
「どうしたの? シェイン」
「お嬢、よーく見てください。魚がいくつか泳いでますけど、クマノミと一緒に金魚が泳いでますよ」
それを聞いた三人は一緒になって目を凝らす。それをアレンは面白そうに見ていた。
「……それがどうかしたの?」
「ったく、相変わらずだな。クマノミってのは海にいる魚、そして金魚は川にいる魚。一緒にいることがおかしいんだよ」
それを聞いたレイナは大きな声を出して驚いた。それを見たほかの全員は、笑いを堪えられずにいた。
「そう、それがセレンの、そして私の力。ありえないことも、存在しないものも、自由に創り消すことができる。物語を作るように。例えば、ここに浮き輪を浮かばせるとすると……」
また右手を出していると、その先にある波打ち際の水上に、橙と白が縞模様になっている丸い浮き輪が現れた。
「こんな風に創れる。ここを夜にすることもできるし、暑くすることも、魚を消すことも、サメを出すことだって出来るわ」
アレンが右腕を横に振ると、同時に浮き輪もきれいに消えてしまった。
「本当にストーリーテラーの様ね」
「さっきからいるあいつら……ヴィラン? それも出せるようになったわよ」
そう言って浜の方へ腕を差し伸べると、見慣れているいつものヴィランが四体ほど現れた。
「もう特徴を掴みましたか、さすがですね」
「観察は得意だもの」
アレンは一度降ろした腕をもう一度差し伸べ、出現させたヴィランたちを消そうとした。しかし、一向に消える気配はなく逆にどんどん増えていった。
「……あ、あれ?」
「あいつら本物じゃねえか!?」
タオの叫びで全員が栞を手にする。このヴィランたちがは残党か増援か、はたまたアレンによって創りだされ暴走したのか、何にしても戦う以外の選択肢はない。
現れたヴィランは意外と多く、ここに来た時と同量の敵だった。
「びっくりした」
「本物を召喚できるということです? アレンさん」
「そんなわけない……残党かしら」
「わかることはいつもの通りだったってことだけだな」
「そうだね……。さ! 遊ぶのもこれくらいにして、早く世界を調律しよう」
エクスの言葉で、一行はまた先へと進んで行った。しばらく砂浜を歩いていると、前方にまた霧が現れた。今度はどんな世界があるのか、沈黙の霧にも似たその霧の中を、アレン先導の元進んで行く。
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