第一話 満月の森
タオ・ファミリーことレイナ一行こと、物語の世界を調律して回っている四人は新たな想区へとたどり着いた。
「ここが次の想区ね」
「今度は森か…とりあえず人を探さないとね」
「姉御、下手に動くと迷いますよ」
「そうだぜお嬢、ポンコツなのにこの暗い森を歩いたら想区の中で一生迷うことになるぞ」
「…っうるさいわね」
全員がいるのは鬱蒼とした森の中、きれいな夜空に満月が浮かび、あたりを淡く照らしている。今立っている場所が、一本道のようになっているのが月明りでぼんやりとわかる。この中を気まぐれに、それこそ方向音痴の人間なんかが歩いたら、想区を出るか運がよくなければ一生彷徨い続けることになりそうだ。
「夜…か。人もいなさそうだし、やっぱり歩くしかないかなぁ」
「道は一本、右か左か、どっちがいいかねぇ。やっぱり大将の俺が決めるか」
「ちょっと! 何回も言ってるけど、リーダーは私よ!? 私が決める! 右よ!」
「お嬢、なんで大将が下の、それも方向音痴の言うこと聞かなくちゃなんないんだ? 左に行くぞ」
「ああ、また二人は……? シェイン、どうしたの?」
「右側からよからぬ気配がしますね……ヴィラン複数体がいるようです」
シェインの眼は、はるか遠くの獲物を狙っている鷹のように鋭かった。シェインのこの感覚は、いつもヴィランの把握に役立っている。この暗闇でも、それは問題なく発揮されているようだ。
エクスとシェインは幼稚な二人をしり目に右へと進んでいく。月明りは意外にも、慣れれば十分な光源となり、少し先にヴィランの影が見えた。
「進む方向はこっちで合っているみたいだね」
「そのようですね、足元にも二人分の足跡がありましたから。タオ兄、姉御、いつまでケンカしてるんですか、リーダーの座を争ってるなら働いてください」
シェインはそう呆れたように言い放つと、エクスに続いて手元の本、空白の書へと栞を挟む。
その後ろで未だに言い争っていたレイナとタオも、ヴィランを見ると競い合うように栞を挟んだ。
ヴィランの目の前に現れた四人のヒーローは、逃げる間を与えぬうちに倒していった。
ヴィランがいなくなると、また夜の森の静けさが戻ってきた。そこに響き渡るのは戦いが終わってもなお争っている二人の声だけ。エクスとシェインは気にも留めず進んでいく。
歩みを進めるうちに、静けさもあってか先頭の二人には散歩のような感覚が生じてきた。後ろの二人の会話を除けば。
「あんたは前々から生意気で、巫女は私なのよ!?」
「天然にも程がある性格のくせに、よく理由として言えるな」
「ちょっと二人とも、いい加減にしてよ!」
急に立ち止まって叫んだのはエクスだった。
「せっかく新しい想区に来て、世界を救おうとしてるのに来て早々にケンカばっかり、少し静かにしてよ! 夜だよ!?」
どうやらエクスが怒っているのはケンカに対してではなく、それによって夜の森の雰囲気を邪魔されることなのだとシェインは直感で感じた。確かに、ゆったりとするには良い想区だが、そこまで怒るほどのケンカのうるささだっただろうか。否、自分が慣れすぎていたんだろう、と心の中で結論付け、エクスと二人の反応をまじまじと見ている。
エクスがいきなり入ってきたことにより、二人の言い争いもいったん止まる。
「ま、まぁここらへんでやめにしとこうか、お嬢」
「そ、そうね」
こうして、二人の幼稚な長い長い言い争いは幕を閉じた。しかし、この物語に幕はまだ閉じられない。カオステラーがいるならば、幕が閉じきる前に調律しなければならない。
やっと通常通りになった四人は、静まり返った一本道を進んでいく。
「それにしても長いなぁ、これ本当に誰かに会うのかな」
「一応ヴィランが居たんですし、こっちで間違いはないはずです」
不安になりながらも進んでいる一行の耳に
「てりゃあああああ!」
という女の子の叫び声が聞こえてきた。
「シェイン、何か聞こえなかった?」
「姉御も聞こえましたか、どうやらこの先ですね。ついでにヴィランの感じもしますよ」
四人はすぐさま走り出した。声はだんだんと近くなり、目の前にヴィランたちが見えてきた。何かを取り囲むかのようにヴィランたちがいる中心に、さっきの声の主がいた。大剣を振り回し、必死にヴィランたちと応戦しているようだった。
「大丈夫かい!?」
エクスの声掛けで、大剣を振り回している少女が四人に気づいた。
「危ないから逃げてなさい!」
それと同時に、目の前にいたヴィランが四人に気づいたのか攻撃を仕掛けてきた。
すかさず栞を挟み、向かってきたヴィランを倒していく。もちろん、少女の周りにいたヴィランたちも、少女とともになぎ倒した。
周りにヴィランたちの姿はなくなり、安全だと確認したうえで栞を外す。エクスは、すぐに少女に駆け寄り話しかけた。
「大丈夫だった?」
ぐったりと倒れている少女は、大剣を支えにしながら起き上がろうとしていた。
「あ、ありがとう。……ところで、あんた達誰? 見たことないし考えたこともない顔だけど」
「旅をしててね。それで、こんな夜にどうして歩いてたの?」
「歩いてたんじゃない、逃げてたの。あの変な奴ら、私が考えたこともないし創ったこともないのに、城を占拠した挙句私まで追いかけてきて…。ところで、あなた、名前は?」
「ああ、ごめん忘れてたね。僕はエクス」
「私はレイナ」
「俺はタオ」
「シェインです…よろしく」
「なるほど、どうやらあなたたちが原因みたいね。…ところで、シェインさん? 何をしてるのかな?」
シェインはずっと少女の大剣をまじまじと見ている。
「シェインはそういうやつなんだよ、ちょっと見せてやってくれ」
「そんなことより、あなた達の目的は何」
そういうと、少女は支えにしていた大剣をエクスへと向けた。シェインもそれにつれて動く。
「ぼ、僕たちは、さっきのやつらを倒しているだけだよ。おかしくなった世界を調律して、元通りにするのが目的なだけで君に何かしようとかそういう…」
それを聞いた少女は少し考えると大剣を持つ手の力を緩めた。すると、エクスの目の前にあった大剣は持ち手のほうからだんだんと霧になって消えてゆき、何もなくなった。シェインも驚いたようだったが、どこか目の輝きが増しているように見えた。
「そうなの、ごめんなさい」
「い、今の、どうやったんですか? 剣はどこへ?」
「シェイン、やめとけ」
タオがシェインを抑え後ろへと引きずっていく、少女はそれを面白そうに見ていた。エクスは少し緊張がほぐれ、少女からいろいろ聞き出そうと思った。
「ところで、君の名前は?」
タオとシェインのやり取りを見ていた少女は、エクスのほうを向きなおして話を進めた。
「私はアレン、この世界の創造役、まぁあの子の代わりってところかな」
「え? じゃあ、あなたが主人公なの?」
「違う、私はどちらかと言えば主人公の敵役といったところかな。もう一人の主人公ともいえる」
「な、なるほど…」
「いわゆるラスボスですか」
「そうね」
全員なんとなく理解はできたようだった。
「で、あなた達が私を助けてくれるの?」
アレンは少し目を細めて四人を見回した。
「ええ、もちろんよ」
レイナの言葉を聞くと、スッと後ろを振り向き歩き始めた。
「私の城……つまり敵の拠点はこの先にある。街のことも心配だし、ついてきて」
その言葉にはどこか悲しい色があった。背中にもそれが滲んで見えてくる。
四人はアレンのその背中を静かについていった。少し歩いたのち、今まで見慣れていて見慣れない光景が現れた。
「レイナ……これって」
「おいおい、どういうことだよ」
「なんでこんなところに」
「想区の中に……沈黙の霧が……」
アレンの後ろで絶句が聞こえる。それもそうだ、少し前まで歩いてきた沈黙の霧は想区を取り囲むように現れる、正確に言えば霧の中に想区がある。まるで大海原にポツンとある島のように。
ゆえに想区の端まで行けば霧が現れるのだが、ずっと一本道を歩いてきたのにもう想区の端まで来てしまったのだ。非常に小さい想区とも思えるが、そんな想区は見たことがなければ考えすらない。
しかしアレンは当たり前のごとく進もうとする。
「ちょ、ちょっとアレン! この先は霧がかかってて危険よ!」
沈黙の霧の中は、普通の登場人物たちは移動できない。運悪く霧に入って運よくすぐに出てこれればいいが、そのまま不幸にも出てこないときは概念すら消え去りやがて死んでいく。
「霧がかかってるのは当たり前じゃないの?」
そういってアレンは霧の中へ入っていった。
「あ! とにかく追いかけよう!」
続いてエクス、シェイン、レイナ、タオ、と霧へ入っていった。
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