~第三舞台講筵~
更新
……さて。
夕籠火遠理と遭遇した居酒屋に戻って来たものの、
早速台本とは違う展開になってしまった。変だな。私の登場の仕方が悪かったのか?
予定であれば入店した私を店員役の遠江ルミナが出迎えてくれて、案内された席はへべれけになっているOL役の飛騨黎泉と、カップル役でイチャついている夕籠火遠理と千野慧生に挟まれていて非常に飲みづらい場所だわ、と苦言を呈するはずだった。
持参していた台本を読み直す。その後、飛騨から仕事上の愚痴を聞かされ乍ら、夕籠達の惚気話に憤懣が蓄積し、私は無辜惨禍の魔女として覚醒する……。
「ああ、そっか。先程の悲喜の彼岸Ⅲで、私が魔女っぽい異能を発動したからか。非連続な物語を受け入れている割には整合性を求めているのかしらん」
元々設定されていた舞台講筵の構想と、その間に実現した物語とで齟齬が発生している。ということは、この台本を修正するべきだろう。
「四人とも近くにいるのでしょう? 集合して頂戴」
私が呼び掛けると、カウンター奥にある調理場からゾロゾロと三人の登場人物達が現れた。一人足りない。
「飛騨黎泉は?」
「役作りのため焼酎のボトルを一本空けたら、泥酔したようです。裏で潰れています」
正常なストーリーが起動され得ない別の理由を、夕籠火遠理が補足してくれた。
「駄目な大人ね。さて、どうしたものか」
「行方御嬢様、提案がございます」と、千野慧生が挙手した。
「貴女の場合、提案が実行に直結すると思うけど」
「形式上、段階を踏ませてください」
「ふむ」
反論も見当たらないため肯い、掃除済みで整列された椅子に座った。他の三人も対座し、私の隣に来た遠江ルミナが口を開いた。
「結局これって、元々予定していた第三舞台講筵のイベントが不発に終わったということでしょ」
「ご明察です。ルミナちゃんの把握能力にはいつも感服しております」
「その割には行方ちゃんに次いで、ないがしろにされた登場人物だったがな」
与えられた境遇を託つ遠江ルミナに、同類の縁を感じる。作者の私事都合により、私達は不完全なヒロインを強いられている。
「で、千野さんの提案とは?」
夕籠火遠理が会話の本題を結び直す。主人公としての責任感を背負っているかのような風つきに、私の一人称で進めて大丈夫なのかと不安になってしまう。一応成り行きだったとは云え、舞台講筵は私が語る規律であったが為、今回も私が語り手となっているのだ。啻に、時間軸上ようやく世界=内=存在として正式に登場可能になったから堂々とした一人称にシフトされているが、彼にその権利を譲るべきだろうか。
「おや? 手白香さん、何か難しいことを考えていらっしゃいます?」
と、夕籠火遠理に顧慮的気遣いをいただいてしまった。彼に余計な心配をかけさせたくはないが、念押ししておこう。
「千野慧生の提案を伺う前に一つ確認があるわ。舞台上の引率は夕籠火遠理を中心にしてもらって構わないけれども、台本を所持している私が前回の舞台講筵より継続して語り手になっているの。それで、何か不都合が発生しないかしら?」
他の三人は顔を見合わせ、沈黙内で審議した。
「ま、別に問題無いと思うけど。『神の視点』以外なら、誰が喋ってもこの物語は進むさ」
遠江ルミナの許しを素直に飲み込もうとしたが、意味深な点を危うく見過ごす処だった。
「逆に言うなら、『神の視点』……要は純然な三人称だと物語が進行しないってことなの?」
「んー、どうなんだろうなあ。わっかんないや」
分からないとはどういうことか。投げやりになっている遠江ルミナの発言は漠然としているが、全く理解し得ない訳でもない。
不安定で茫とした思惟迷宮で道草を食っている場合ではない。無意味な言論には無意味に措かせてもらう。
「変な質問で脱線させて、申し訳ないわ。千野慧生の提案に戻りましょう」
「承知です……が、行方御嬢様の人格は『悲喜の彼岸』に属する手白香行方寄りのままでよろしいでしょうか?」
物語が進むほどに、メタの侵食が容赦なく牽強に登場人物達の意向を捻じ曲げてくる。
「その判断は私に委ねずとも、千野慧生……あなたの個我で整理がつくんじゃあないかしらん」
「かもしれませんが、念のため訊いてみただけです」
「そう」
熟考して、私の裡に有する彼岸を跨ぎ、刹那の会議を済ませた。
「やっぱりこのままでいいわ。いつなんどき、冷酷な敵が必要になるか分からないから」
「承りました」
「わっかりましたー」
千野慧生と遠江ルミナは快諾したが、夕籠火遠理の顔は晴れない。どうしたのか、と探ると意外な答えを得た。
「僕としては……温かみのある手白香さんの方が好みなのですが」
「……」
彼から目を背けて、息を止めた。脳内にて再会議が始まった。唯々諾々とした意思表示は避けたいが、これもまた作者・千野慧生の構築したプロットの一区間だと思うと己の無力を痛感してしまう。
世界外にいたとされる手白香行方の性質に手を伸ばす。掴みはしたものの、今は私の肉体と拒絶し合い、放すと同時に霧散していく。どうやら私がこの中で最も、現実即架空の精神から遠のいているようだ。
「千野慧生、どうして私だけ同一人物内の性格を
「難儀な立ち回りで申し訳ございません。邪悪なラスボスの色合いがどうやら残存しているようでして」
「だったら、貴女の匙加減で夕籠火遠理の求める私にしてくれないかしら」
「恐縮ですが、お断りさせていただきます」
頑迷な作者だこと。今すぐにでも彼女を魔女の力で惨殺しても構わないが、それもまた私に許されていない越権なのだ。
……待てよ?
「よく考えなくても、現時点でのラスボスって私じゃあなくって千野慧生、貴女じゃないの」
「どうしてそうお思いになりました?」
「神に等しい采配で、必然なる偶然性を演じているからだわ」
「ふむ」
腑に落ちたような様子で、千野慧生は笑みを浮かべた……が。
「貴女の作者的権限を破壊しない限り、この物語は終焉を迎えないわ。ならば早かれ遅かれ、貴女は私達に屈して共同的に物語を紡ぐことになるわ」
咄嗟に出た私の弁証が、彼女を凍りつかせた。
しかのみならず、夕籠火遠理と遠江ルミナも硬直した。各々が完全に停止した。
これは……無辜惨禍の魔女が可能とする異能?
いや、違う。そんな神秘的な因果で片付けてはならない。
これまでの物語を辿れば……自ずと理由的積極的偶然が闡明にされるはずだ。
時の流れが途絶えた舞台にて、私は作者の意志を止揚させる。
「つまりは、禁忌中の禁忌に抵触したが故のエラー……それと、構想の涸渇も連関しているわね」
卓上に台本を広げ、本来的な第三舞台講筵の内容を凡て十字抹殺し、更新せられた世界線で要求せられる舞台講筵を今から書かねばならぬのだ。
既在の物語へ続く通路はとっくに封鎖されていた。戻っていると錯覚しているだけで、現在という時は更新せられた過去。
ようやく大業を任された感じがする。私という存在を欠けたら初めてこの物語の先が虚無になる展開に、架空乍らの意義を覚えた。
「私は書かされていない。自らの恣意と意図を混在的に働かせて、前進してやるのだわ」
ものの数十分の間で、更新版第三舞台講筵の台本を記述し終えた。是より舞台演技に入るが、予め申し伝える事項として私は常に台本を片手に持つ形の演者とさせていただく。一言一句暗記している自信が無いが為のことだ。
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