第18話
十八、
パーソナルビーコンは出発前に一度発報した。
CIDSのビーコンは、自然界をありふれて飛び交っている様々な電磁波や光線の類に限りなく近い周波数に偽装されているため発信源を特定される危険性が少ない。送信側と受信側が共通した言語を持っていなければ解読できないのだ。風連奪還戦で発電所の原子炉を封印した暗号と考え方は同じで、一種の読み聞かせなのだ。ビーコンが発信する内容に規則性や意味はまったくなく、受信側がそれを「理解」して初めて信号になる。ビーコンはさらに、私たちの体内に埋め込まれている生体認証チップと連動しているから、偽装もできない。コードの組み合わせは無限と言えた。
私たちは「街道」を進んでいた。
村を出て二時間。
南波たちとはぐれて迷走したあの日のように、周囲の風景はまったく変わり映えしなかった。背丈ほどの茂みと、ぽつぽつと立つハルニレの木。遠方には針葉樹林体の黒々とした波があり、ときおり潮のにおいが混じる海側は、まさに草の海だった。道がなければ、あたりに目印らしいものは何もなかった。
変わり映えのしない風景が一変したのは、それから半時間ほど南下した先、「街道」が海岸線に寄り添い始めてからだ。
油の匂いが強烈に漂っていた。
風が強く、波が砕け、海岸線沿いは靄がかかったように飛沫が散っていた。砂浜が見えたが、どす黒く染まっていた。流木に交じって、様々な漂着物が波に洗われていた。
私たちは立ち止まらず、それらを横目に歩いた。
漂着物は、友軍……海軍の兵士たちだった。無数の兵士たちの亡骸が、海岸線に打ち揚げられ、波にもまれている。辺りに漂う臭いは、艦船のガスタービンエンジンの燃料の臭いだ。鼻を突く。あの夜の戦闘で撃破、撃沈されたものだ。十日以上たつというのに、臭いは戦場のそれだった。無残な亡骸がごろごろしているのも戦場の風景そのものだった。
海岸線からわずかに沖合には、無残に腹を裂かれた駆逐艦が座礁していた。対艦ミサイルの飽和攻撃を受けたあと、ここまで流れてきたのだろう。艦橋構造物などで友軍の船だとすぐにわかる。それも一隻だけではなかった。潮流がそうなっているのだろう。流木があたり一面に流れ着いているのがその証左だ。腹を向けて転覆している艦、その向こうには、艦橋をほとんど失った重巡洋艦が見える。
「姉さん、」
「行こう。……戦線は芳しくないようだな」
「国境線の向こうまで、こんな具合だったら」
「巻き返しているさ。きっと、」
「希望的観測?」
「希望を持たないで歩けるか」
「わかったよ」
やがて、「街道」は海岸線から離れた。
湿地帯を縫うように、しかし確かな足場の道が続く。歩いているのは私たちだけだが、ここをどれくらいの人間が、どれくらいの時間、歩き続けたのかが、その固さからうかがえた。
休憩を取りながら、また数時間歩いた。
国境線まではセムピたちは彼らの足で三時間程度だと言っていた。せいぜいが二十キロもない程度の距離のはずだが、「街道」は曲がり、ときに北へ引き返し、また南へくねる。遠いと思った。
蓮見と道端に座り、戦闘糧食を食べた。
また、歩いた。
空は青かった。
ずいぶんと低い場所を、真っ白い雲が流れていき、その後、驟雨が私たちを打つ。だが、驟雨は五分しないうちに去り、また眩い初夏の日差しが戻る。ふと、登山をしているような気持ちになる。変わりやすい天気は高所のそれに似ている。植生も近い。名前もわからない小さな花が咲いていた。鈴のような花弁が、風に揺れていた。
私たちは歩いた。
日が傾き始めていた。
そして、異変に気付いたのは、蓮見が先だった。
「姉さん、」
蓮見は私を呼ぶと同時に肩に手を置いた。「待て」のサインだ。私は瞬間的にしゃがみこむ。
「なんだ、」
「おかしい。何かいる」
言われるが早く、私は据銃し、光学照準器を素早く振る。そう、潜水艦が潜望鏡深度に浮上し、艦長が素早く潜望鏡で周囲三六〇度を警戒するように。凝視する必要はない。ぐるりと周囲を光学照準器で警戒する。異常な「なにか」は私にはわからない。
「なにも、いない」
「いたよ、わかる」
「友軍(フレンドリー)か?」
「CIDSに反応はないの?」
「なにも」
「じゃあ、敵だよ」
「どこに」
「一六時」
進行方向に対して一六時の方角。絶対方位よりいまはそれがわかりやすい。
私は銃を振る。伏せ撃ちの姿勢で。二脚がないので、左ひじを地面に立て、左手のひらの上に、被筒(ハンドガード)を載せる。茂み、ハルニレ、朽ちた戦車、茂み。
「見えない」
「姉さん、エコーロケーションは」
「使えない」
「こんなときに」
「そうだな、」
「動かないほうがいいって」
「私には何も感じない」
「姉さんが、」
「勘が鈍ったか」
「私の思い違いかもしれない」
「いや、」
照準器を覗いたまま、もちろん、親指はすでに小銃のセレクターレバーを「SAFE」から「SEMI」の位置にしている。いつでも撃てる。
「<THINKER>かもしれない」
蓮見がつぶやく。嫌なことを言う。
「まさか、」
「そんな匂いがする」
「匂い?」
「私の勘」
「信じるよ」
「そんなあっさり」
「人間の感覚は、」
光学照準器とのアイリリーフを適正位置に取って、私は銃を構え続ける。まるで私が狙撃手(スナイパー)で、蓮見が観測手(スポッター)だ。いや、いまはそれに限りなく近い。
「人間の感覚は、精密ではないけれど正確なんだ。お前を信じるよ」
「ありがとう」
「規模は、」
「小隊程度だと思う。草を踏む音がした」
「そんな音が聞こえたのか」
「サーシャの家は音なんてしないから、耳がよくなったんだよ」
「そういうことにしておくよ」
「動いた、あそこ」
私の隣で蓮見も伏せ撃ちの姿勢を取っている。
「蓮見、お前が索敵してくれ。私は、」言いながら体をひねる。「周囲を警戒する」
二人で同目標を探る必要はないしそれは危険だった。蓮見が代わりに私が追っていた十六時方向に銃を向け、私は転がるように蓮見から離れると、伏せ撃ちの姿勢を保ったまま、周囲の警戒を開始した。
「本当に小隊規模か、全然見えない」
私。
「と思うけど。もうちょっと少ないかもしれない」
「車両は随伴していないか?」
「いたら姉さんだって気づくはずだよ」
「確かに」
歩兵戦闘車や戦車の類が近傍にいることがいちばんの脅威だった。それにしても、と思う。衛星の支援が受けられないとは、これほど心細いとは。周囲の状況が自分の五感以外にわからないのだ。CIDSが完璧ならば、それこそ空軍の早期警戒管制機の情報だって受け取れる。敵の戦闘車両の配置、台数もだ。それが今はできない。
「まったく、ここに釘付けか」
私は伏せたまま、光学照準器に目を凝らして言う。
「通り過ぎてくれればいいけど」
「いち、に、……やっぱり小隊だ」
「後続はあるか」
それよりも、いますでに私たちのすぐ近くに敵が展開しているではないかと、私は恐怖に近い緊張を感じていた。
「後続はなさそうだけど、」
「どっちへ向かってる」
「北」
「北?」
「うん、北」
「なんで南へ向かわない」
「知らないよ。北へ歩いてる」
「あっちに友軍部隊でもいるのかな」
「どっちの、」
「こちらのさ」
「ついていく?」
「それも一つの案さ。でも無理だ。わかってるだろう」
「わかってる」
「やり過ごそう」
「見逃してくれるかな」
「蓮見も捕捉できてるか」
「捉えてるよ」
「撃つなよ」
「撃たないよ」
「距離は……、一キロ……もうちょっとか」
「届かないよね」
「向こうが対物(アンチマテリアル)ライフルでも持ってたら終わりさ」
「戦闘ヘリコプターを呼ばれたり、」
「そうだな。近接航空支援を要請されたら、私たちは終わりだな」
「こっちが要請できない?」
「どうやって。ビーコンを出すのがやっとなのに」
「わかってるよ。知ってて訊いたの」
「蓮見、戻ってきたな」
「知らないよ。イルワクの服、もらってくればよかった」
「高泊に戻ったら、通販サイトで注文してやるよ。携帯電子端末(ターミナルパッド)があればなんでも手に入る」
「どこで着るの、」
「駐屯地で着ればいい。南波が喜ぶ」
「少尉が?」
「あいつは、そういうのが好きだからな」
「南波少尉が好きなのは、姉さんだよ」
「蓮見、冗談言えるくらい戻ってきたんだな」
「違うの?」
「見失うなよ、敵を」
「遠ざかってる」
私たちはそのまま、敵部隊の通過を待った。
一キロ。
小銃弾では、弾を届かせるのがやっとの距離だが、戦場では至近距離といっていい。捕捉されれば多勢に無勢だ。国境を越えるなど夢物語になる。
「姉さん、警戒!」
私は再び転がり、蓮見に並ぶ。そして、銃を構える。
光学照準器を覗く。
「くそ」
蓮見に答えるより早く、私は毒づいた。
気づかれた。敵が明らかに隊列を変え、こちらを向いたからだ。
「いち、に、さん、」
「蓮見、連れてきて悪かったな。村に残せばよかったよ」
「いまさら、」
私は短く息を吸い、そして吐く。ゆっくりと、口をあけたまま。引き金に人差し指を載せる。
ああ。
私はまた、人を殺す。
もう一つの感情が私の前面に出てくる前に光学照準器の照準を調整。この距離なら、クロスヘアを目標より少々上に合わせなければ。そして私は引金を引く。
発砲音。反動。空薬莢が飛ぶ。遠い。当たる気がしなかった。一キロは遠すぎる。第二射。さらに弾のおじぎを考慮して、クロスヘアは目標のかなり上で撃った。肩に衝撃。マズルブラストで草が散る。
弾丸は超音速。
第二射、命中せず。
隣で蓮見が撃ちはじめた。セミオートで、連射する。
「近づけるな、」
「無理かも」
私のすぐ上を銃弾が掠めた。鋭い音。いやな音だ。
「奴らは三〇口径じゃないな、」
「アウトレンジできるかな?」
「どっちみち遠すぎる。弾は届くが当てられない」
私は蓮見の肩を二度叩く。立ち上がれ、ただし、屈んで走れ。
蓮見が応え、俊敏な機動で茂みに駆ける。なんだ、できるじゃないか。足は治っているんじゃないか。私は一拍置いて続く。銃弾が追ってくる。
「蓮見、」
私は短く言うと転がり、銃を構え、撃つ。撃つが、茂みばかりが邪魔をして、標的は見えない。が、それは敵も同じことだ。敵の銃弾はまだ私たちを捉えてはいない。
距離、変わらず。
接近するのは愚だ。向こうもそう思っているだろう。
「声がしないな」
「<THINKER>だよ、姉さん」
「気持ち悪い奴らだ」
続けて発砲。機関銃がほしいと思った。
「姉さん」
「なんだ、」
「感謝するよ」
「何がだ」
「こういうのが、私は好きなんだ」
蓮見の横顔を一瞥すると、どこか吹っ切れたような顔をしていた。
「知ってるよ」
「夢を見ていたんだ」
「なんの話だ」
お前、夢なんか見られるのか、続けて言いそうになったが飲みこんだ。第二世代選別的優先遺伝子保持者<PG>たちは夢を見ない。
「イルワクの村の話が、夢の世界みたいだったってこと」
「ああ、」
「私が何をしていたか、教えてあげるよ」
「後にしてくれよ」
「いま言いたい」
「仕方ない、聞いてやる」
「朝起きて、私は、サーシャとキッチンで朝食を作るんだ。こんな、かわいいエプロンをつけて、卵を割って、パンを焼くんだ」
「はっ」
「サーシャと出来上がった朝食を、テーブルを挟んで一緒に食べるんだ」
「ああ、」
「おいしいね、って」
「お前、イルワクの言葉、いつ覚えたんだ」
「言葉なんか通じないよ。でも、サーシャが言ってることはわかるんだ」
「それで、」
発砲、発砲、発砲。
「サーシャがつくろい仕事をするんだ。そういう仕事をしてるんだ。私は、椅子に座って、サーシャの手伝いをしていた。考えられる? 銃を撃ってる私が、陸軍准尉の私が、つくい仕事の手伝いだよ」
「たぶん似合ってるよ」
「見てないくせに」
「で、」
「お茶を淹れて、二人で飲むんだよ。で、二人で畑に行って、種をまいた」
「なんの種だよ」
「トマト、ナス、ジャガイモ」
「イモは違うだろう、」
「そう?」
私はセレクターを「FULL」に切り替え、二点、三点バースト射撃。空薬莢が散る。
「イモは、種イモを土の中に埋めるんだよ。お前、畑仕事したことないな」
「あるわけない、私の家は、出水音では名家なんだから」
「嘘をつけ」
「本当だよ、うちは、代々武家の流れなんだ」
「それは初耳だよ」
「言わなかっただけ。どうせからかわれる」
「だから、イモの植え方も知らないんだな。お前は育ちが良さそうだと思っていたよ」
「で、午後になったら、またつくろい仕事の手伝いをして、サーシャと村の小さな店に出かけて、夕食の準備だよ」
「店なんてあったのか。……お前、ここを乗り切ったら、一人で村に帰れ」
「いやだ」
「見逃してやる。部隊には、戦闘中にお前を見失ったと報告する」
「冗談じゃない、」
蓮見もバースト射撃して弾倉交換。私は残弾数が気になり始める。
「なんでだ、お前、村娘が似合っていた」
「姉さんこそ、」
「なんだ、」
「姉さんこそ、あの服、似合ってた。かわいらしかったよ。ああ、入地准尉もふつうの女の子なんだって思った」
「やめてくれ」
「本当だよ」
「お前、私と村では会わなかったじゃないか」
「何回も見かけてる。姉さんが私に気づかなかっただけだ」
「そんな」
「姉さんは、いつもなにか考え事をしているように歩いてた。私がすぐそばの畑で、サーシャと草むしりをしているのに、姉さんは無視して歩いて行った」
「そんな馬鹿な」
「本当だよ。……姉さん、ここは危ないよ、」
敵の銃弾が掠め飛び、少し後ろの土がはじけた。弾着。私は身をかがめて短く走った。蓮見が続く。道から離れると足場が悪い。
「姉さんだって、村娘そのものだった。見せたかった」
「見たくない、私は、私なんだ」
「私だってそうだよ」
「村へ帰れ」
「私は、部隊に戻る」
「そんな気、失せていたくせに」
バースト射撃。ボルトがホールドオープンする。弾切れ。すかさず弾倉交換。ショウキからもらった弾薬が湿気っていないことを祈る。マグウェルに弾倉を叩き込み、レシーバー側面のボルトストップボタンを叩くように押す。ホールドオープンしていたボルトが前進し、ショウキがくれた弾が弾倉から薬室に送り込まれる。引金を引く。衝撃。空薬莢が飛ぶ。ショウキ、ありがとう。きちんと撃てた。あんたの弾だ。
刹那、私と蓮見の間の土がはじけ飛ぶ。
「敵、十時!」
蓮見が叫ぶ。
「挟撃?」
「分かれたんだ」
「くそっ」
私は反転、弾丸が私たちを狙った方角へ点射。手ごたえがまったくない。
空が青い。
なぜかそんなことを思った。
空耳を聞いた気がした。
誰だ?
「蓮見、呼んだか」
「なに?」
「あれは、まるで、」
南波の声が聞こえた、気がしたのだ。
私を呼ぶ、南波の声が。耳の奥で CIDSから。
『モールリーダーから、モール〇一、聞こえるか』
モール。
私たちのチームのコールサイン。
モールリーダー。……チームの指揮官。南波少尉。
「蓮見!」
私は強く叫んだ。敵に聞こえても構わない、それくらいの大きさで。
「姉さん?」
『モールリーダーからモール〇一、感明どうか、応答しろ』
南波だ。南波の声だ。
はじめは幻聴を疑った。けれど、いまははっきりと聞こえる。CIDSのヘッドセットの奥から。空電音に交じって、はっきりとした南波の声が聞こえる。私は応える。
「モール〇一からモールリーダー、こちら、〇二と健在!」
「姉さん、どうしたの?」
「聞こえるんだ、南波だ、南波少尉だ!」
『モールリーダー、モール〇一。捕捉した。動くなよ、……トモ、姉さん!』
南波少尉の声が、はっきりと耳を打つ。
生きていた。信じていた。
南波は、生きることしか考えない。
「モール〇一、モールリーダー、……どこにいる。我々は包囲されている。支援を求む!」
『仕方のない奴らだぜ。これより敵部隊を掃討する。〇一、〇二とも現在地を維持、動くなよ。上空から支援する』
南波の声が途切れると同時に、激しい銃撃音が響き渡る。続いて、ローター音。ヘリコプターだと気付いたのは、断続的な射撃音が続き、敵の銃撃が止んでからだった。
八二式戦闘ヘリコプター二機。七七式汎用ヘリコプター一機。地を這うように、私たちの前に現れ、通り過ぎる。戦闘ヘリの一機が素早く上昇し、一機は低空をホバリングした。機首のターレットに装備した三十ミリ機関砲(チェーンガン)が火を噴いた。断続的な射撃音。残存する敵部隊の掃討。上空の一機は警戒。その中を、通過した七七式汎用ヘリが接近する。スライドドアを開け、ドアガンを構えたクルーの姿が見える。
「南波少尉、」
蓮見がつぶやく。
「そこを動くな!」
南波の肉声だ。
「姉さん、待ってろ!」
私たちは伏せ撃ちの姿勢から、半身を起こす。
「敵部隊の制圧完了、脅威判定レベルは現在二に低下。念のため、近接航空支援(CAS)を要請する。そこの二人、なにぼさっとしてるんだ。早くこっちに来い!」
すさまじいダウンウォッシュ。
私は駆ける。蓮見も駆ける。
南波の顔が見えてくる。ドアガンを構えながら、白い歯が見える。
「バカども、探したぞ。CIDSをなんで十日以上切っていた! 敵にとっ捕まっていたのか」
汎用ヘリが着陸。駆け寄った私に、南波が右手を差し出した。私はその手をつかむ。強い力で機内に引き込まれた。
「イルワクの村にいた」
「イルワク? なんだ、ホームステイか」
「そんなところだ」
「元気そうだ、蓮見、生きてたか! 拳銃よこせ。自決禁止だ」
蓮見もまた南波に腕を引かれた。機内に飛び込むと、蓮見は南波にしがみつくように抱きついた。
「おいおい、勘弁してくれ。何があった。足は大丈夫か」
「少尉、……ありがとう」
「そうだな、感謝しろよ。……モールリーダーからレラ〇一、ここは用無しだ。行こう、」
パイロットが親指を立てた。南波はドアガンを構えたまま。汎用ヘリのターボシャフトエンジンが途端に回転を上げ、機体は上昇する。急激に高度を取らないのは、敵部隊の後方からの支援射撃の餌食にならないためだ。ヘリコプターはとかく弱い乗り物だ。
「航空優勢は一時的なものだからな。急いで戦域から脱出する。海へ抜けてくれ」
南波がパイロットに言う。
「了解だ」
ヘリは機体をひるがえすように、草の海を行く。
見ると蓮見は、脱力したように、ベンチシートに寄り掛かっていた。床には空薬莢が散らばっている。まだうっすらと火薬の匂いがする。
「久しぶりだな、姉さん」
「南波少尉……、ただいま」
私が言うと、南波は普段と変わらず、真っ白い歯を見せて笑った。
私たちを乗せた七七式汎用ヘリコプターは、『白鳥』の愛称がある。だが、優雅に北の空を舞う白鳥とは程遠い無骨な機体で、私たちの装備品や戦闘車両にも施されている電子迷彩は、低空飛行時に目立たないよう、地形の色彩を追随するよう、様々な色に変化する。白鳥というよりは、海底の砂地にひそみ身体の色を巧みに変えていく魚類のようだ。
ドアガンを南波は構え、外を警戒している。私はベンチシートに身体を預け、外を眺めていた。機体を大きく傾けた七七式ヘリは、私たちを拾い上げると、急激に上昇し、しかし二十メートルほどに達すると、速度を上げて海岸を目指した。
「艦隊が沿岸まで接近しているんだ」
南波が言う。
「お前と分かれたあの晩、てっきり全滅したと思っていたよ」
私。
「北洋艦隊の一部がやられたのさ。内陸からの対艦ミサイルの飽和攻撃だ。空母から攻撃隊がしらみつぶしにしたはずなのに、まあ、それは無理な話だったようだぜ」
「あの晩、戦闘を見たよ」
「どこで見た」
「どこかの草っ原」
「俺は、畔地(くろち)の陣地にいたよ」
「あれでよく助かったな。海軍の九六式輸送機(バス)はそんなに頑丈なのか」
「ご想像通りさ。いや、見えていたのかな。お前と蓮見を『投下』して、ほどなく俺たちは湿地帯に投げ出されたよ。地面が柔らかかったから、機体はごろごろ転がりやがった。だから助かったのさ。輸送機はあえなく大爆発。そういうわけだ。あれからまっすぐ西へ向かった。四時間で友軍の機甲部隊と合流できた」
「たったの四時間で?」
「ああそうさ」
「南へ向かったのは間違いだったのか」
「結果的にはよかったんじゃないか。俺たちはあの夜、まともに寝られなかった。戦車は弾を撃ち尽くすほどに走り回ってくれたからな」
「地上戦?」
「国境あたりで足踏みしていた敵の部隊が北上してきたんだ。挟撃さ。空軍の支援がなければ、俺たちは高泊まで戻れなかった」
「南波、いまはどこから来たんだ」
「国境の南二十キロ」
「いったん高泊まで戻ったのか」
「三日かかったさ。部隊を再編制して、縫高町の北のはずれまで戻った。それがおとといだ。お前と苦労して奪取したあの町は、ようやく友軍勢力下だ。もっとも、建物らしい建物はろくに残っちゃいないが。橋も完全に川の中だ。……懐かしい話だな。あのときだったな、文字を持たないなんちゃら族の話をしたのは」
「そんなに時間はたっていない」
「俺にはもう何年も前のような気がする」
「私にはついこの間の話だ」
「時間ていうのは、」
南波がドアガンから身体を離した。すでに機体は海の上だ。
「時間ていうのは人それぞれ、相対的に流れているってのは本当なんだな」
「それは体感的な問題だろう。時間の流れは、この星の上にいる限りは絶対的なものだ」
「そうと言い切れるか」
「違うのか」
「リンゴは赤い。じゃあ赤い色を説明してくれ。そういう話だよ」
「なんか違う気がするな」
「どこも違わない。時間も、感覚も、ぜんぶ主観的なものだよ。私は南波の一時間を体感できない。南波が見ているリンゴの色を説明できない。時間の流れは確かに時計を眺めている限りは絶対的なものかもしれない。けれど、個々人にとってそれがまったく同じ尺度かというと、それはわからないよ」
「理屈っぽいのは相変わらずだな。安心したよ。それでこそ入地准尉だよ」
「なにがだ」
「イルワクの村にホームステイなんかやらかして、すっかり自然人に戻ったかと思っていた。お前、本当にイルワクの村にいたのか」
「いた」
「よく帰ってこられた」
「その前に、あの戦闘からの生還を褒めてくれ」
「戻ってきて当たり前だ。蓮見とお前ならきっと帰ってくると思っていた」
「私も、南波なら、」
私はヘルメットを脱いだ。スライドドアから吹き込む風は潮くさい。髪が乱れた。
「なんだ、」
南波がこちらを向いている。どこから湧いてくるのかわからない生命力にあふれた目。この男なら、ターニャの家に招かれたところで、夕食の鍋を一人で空にし、ベッドで大の字になり、翌朝には家を出ていくに違いない。
「お前なら無事だと思っていたよ」
「当り前さ。だが、戦車部隊にくっついて歩くのはもうごめんだな」
「徒歩行軍か」
「歩兵戦闘車(IFV)は満員だったんだ。あれの天井(ルーフ)に乗る気はしないからな」
「足並みが揃わなかったろう」
「前面から派手に撃ちこまれた。航空支援のない陸上部隊なんて、弱っちいもんだぜ」
「どうやって前線から後退したんだ」
「簡単さ、」
蓮見をちらりと見る。眠っていた。ヘルメットがかしいでいた。だが、手に持った4726自動小銃は離さない。
「部隊そのものが敵の攻撃をかいくぐり、後退したんだからな」
「撤退したのか」
「海軍さんが言っていた通りさ。敵のプラント攻撃に失敗したんだ。投入していた全部隊は一時国境の南まで戻るよう下命された。それに、砲撃支援をするはずだった艦隊までやられたからな」
「被害の状況は」
「重巡洋艦、二隻が沈んだ。一隻は大破。駆逐艦三隻沈没。空母一隻中破。空母が沈まなかっただけよかったな。戦艦は被弾したが、航行に支障はなく、高泊まで戻ったよ」
「で、いま展開している艦隊は」
「南大洋にいた第一艦隊さ。第二航空艦隊とセットで北上し、北洋艦隊の主力と合流して総攻撃する手はずだったのに、合流する相手がやられちまったから、とりあえず沖合で様子見。空母が二隻いるから、この間のようにはいかないだろう」
「海軍は何を考えているんだ」
「変わらずさ。敵のプラントを攻撃するのさ」
「なぜ私たちに奪取命令が出ないんだ」
「敵の部隊が強力すぎるのさ」
「それはいつものことだ」
「規模がデカすぎるのさ。向こうも北極艦隊がおいでになってる」
「艦隊決戦でもするつもりか」
「アウトレンジされて終わりだ。お船はな」
「手に入れられなければ破壊せよ」
「そういうこった」
「航空攻撃主力で行くんだな」
「いや、強襲揚陸艦も来ている」
「着上陸作戦か」
「だから、俺たちがこんなに早く姉さんたちを迎えに来られたんだ」
「陸軍も越境して?」
「二二師団の戦車大隊が国道を北上中さ。というか師団そのものが北上中。空軍も幌住(ポロスム)の空港を前線基地にしちまった。八九式支援戦闘機と八一式要撃戦闘機が二個飛行隊ずつ展開してる」
「本気ってことだ」
「そう、俺たちはいつだって本気だ」
「で、このヘリコプターはどこに向かってるんだ」
「洋上から、北へ向かう」
「北!?」
「南に帰ってどうするんだ」
「私たちを迎えにきたんじゃなかったのか」
「救出しに来た。そう思ったのか」
「違うのか」
「半分当たってる。姉さんのパーソナルビーコンが十日ぶりに復活した。俺はすぐにでも救出に向かいたかったが、たかだか少尉ごときの上申で、戦闘ヘリに七七式を飛ばすこともできない。ところがだ。プラント攻撃の前衛に、われらが五五派遣隊に出撃命令が下ったとしたらどうだ。姉さんにかわいい蓮見を拾い上げることも可能ってことだ。そういう流れだ。俺たちはこのまま、プラント攻撃の前線へ向かう。だから姉さん、休暇はもう少し後回しだ。悪いな」
「私は、いいさ。……蓮見ががっかりするな」
「蓮見も元気そうで安心したよ。……顔つきが変わったな」
眠り込んでいる蓮見を眺めて、南波が感心したように言う。
「そうか」
「険が取れた」
「だから心配なんだ」
「イルワクに取り込まれたか」
「……可能性はあるかも」
「本当に?」
「さあ……銃は撃てるようだから、とりあえずは大丈夫だろう。でも、今回はお前に張り付かせてやりたい……。私は不安だ」
ヘリは洋上を低空飛行。陸上でたとえるなら、地形追随(NOE)飛行に近い。波頭がすぐ眼下で砕けている。しぶきがメインローターで巻き上げられ、虹が見える。レーダーを避けるため、海面を舐めるようにヘリコプターは飛行していた。ひどく揺れる。機体は高度に制御されているが、パイロットの技量による部分もかなり大きい。空は晴れているが、波はうねりをともない、機体をレーダーから隠すにはちょうどよい状態だろう。
「どこまで行くんだ」
「またぞろ海軍さんの世話になるのさ」
「海軍第七二標準化群(ナナニー)とまた共同作戦か」
「いや、」
南波は私を向き、白い歯を見せた。
「もうすぐ見えてくる」
窓の向こうに顎をしゃくってみせた。私のCIDSが正常に機能していたなら、機体を透かして進行方向をビジュアルIDできただろうが、いまはそれができない。南波はそれを見透かすように私に言う。
「姉さんのCIDS、よく動いているな。どうしたんだ。修理したのか。俺のはEMPで回路を焼かれたぜ」
「予備パーツをもらったのさ」
私は小銃の棹桿を一度引き、薬室から弾を一発抜き、それを南波に渡した。
「なんの真似だ」
受け取り、そして表情をしかめてみせた。
「イルワクの村で猟銃の弾でももらってきたのか。ずいぶんと年季の入った弾だ。賞味期限が心配なところだな」
「私たちに配られているのと同じ弾さ。ただし、七年落ちだ」
「七年落ち? イルワクの連中が、俺たちの弾薬でも横流ししてんのか」
「もらったのさ。味方(フレンドリー)に」
南波は揺れるキャビンにあっても、身体を動揺させない。基礎体力がけた違いに抜きんでている証左だ。動揺を身体の基幹部分で吸収しているのだ。私から渡された弾薬を一瞥した南波は、そのまま私にそれを返してよこした。
「撃てたのか」
「ちゃんとね」
「大したもんだ」
「戦車の中に缶詰めになっていたのさ」
「そうか。弾の缶詰か。面白い。だが、ついたら、ちゃんとした弾をやる。そいつは海に捨てちまえ。命を預けるには心もとない」
「洋上プラットフォームか何かに拠点があるのか」
「まあ、それに近いな。姉さんのCIDSも新品に交換できるぞ。パーソナルデータは本部から転送できる」
「調整する時間があるのか」
「人間側がなじめるかどうかだな。それ専門の機材が揃った場所さ」
「……空母?」
海軍と聞き、洋上の拠点、ヘリコプターが降りられる場所といえば、それは空母だ。だが、この空域は海軍も艦載機を飛ばし、必死に航空優勢を保とうとしている真っ最中だ。陸軍のヘリコプターを受け入れる余裕があるのだろうか。
「空母みたいなもんだ」
機体が上昇した。海面すれすれの飛行から、着陸態勢に入ったのだろう。波頭が遠くなる。これだけ荒れた海の上を飛んだのだ。機体は入念に洗浄しなくてはならないだろう。
旋回。上昇。そして、機体の動揺が収まる。
旅客機よりはわずかに大きな窓に顔を近づけると、南波の言った「洋上の拠点」が目に入った。全通甲板。突き出た艦橋。やはり、空母か。いや、それにしては、私が知っている海軍の正規空母よりはサイズが小さい。シルエットも違う。
「強襲揚陸艦か、」
「そういうことだ。海軍さんのやる気がこれでうかがえるだろう」
強襲揚陸艦。
奪取された島嶼や着上陸作戦で活躍する艦艇だ。ヘリコプターから戦闘車両、連隊規模の陸上部隊まで格納でき、その戦力を投射できる。戦闘機は搭載しないが、それは艦隊の中核を担う空母が行う。空母部隊が航空優勢を確保した状態で、敵地に切り込んでいくのがこの船というわけだ。
「陸軍の戦車も載ってるぜ。俺たちは水先案内人みたいな役割を指示された。先行して桐生と瀬里沢のチームがもう到着してる。姉さん、あんたを拾えてよかったよ。貴重な戦力だ」
「休ませてはくれないわけだ」
「休む?」
ヘリはゆっくりと飛行甲板に接近。パドルを手にした甲板員が誘導している。さすがに揚陸艦ほどの巨体になると、甲板は波浪による動揺はあまりないようだ。見える水平線が一定の位置にある。
「姉さん、あんたが休むなんて考えられない。俺以上にタフなあんたが」
「買いかぶりすぎだ」
言うと、南波は口を開けて笑った。私はその表情にひどく安堵した。救出されて初めて、帰ってきた、そう感じた。
「着いたぜ、姉さん。蓮見を起こせ」
着艦したヘリコプターのドアを南波が開ける。途端にダウンウォッシュと潮くさい風が巻き込んでくる。蓮見を見ると、姿勢はそのままだったがすでに目を開いていた。
「蓮見」
私は彼女を呼ぶ。
「行くぞ」
「また、始まるんだね」
「そうだ」
ヘリから降りた南波に私も続く。
爆音。
艦の上を、意外な低さで機影が横切る。海軍の七四式戦闘機の四機編隊。反攻が始まった。そういうことだろう。私はショウキを思う。そして、あの村を思い出す。両軍が再び衝突するのなら、あの村はどうなる。動物たちに向けられている彼らの銃の、その照準は、いったいどちらに向けられる。
わかりきったことだった。
彼らに敵対するすべてに、彼らの銃口はむけられるのだ。
知らせたいと思った。
シカイ、あなたの村は、もうすぐ戦場になります。それを止める力は、私にはありません。だから……。
彼らは村から出るだろうか。
南波が私を呼んでいる。私の後ろに蓮見が続く。飛沫が散る飛行甲板の上を、私は歩く。
武運長久を。
お決まりの言葉で私たちはそれぞれのチームに分かれた。
私と蓮見は、艦内の補給処で新品のCIDSと交換した。南波の言ったとおり、新品と交換しても、調整に時間はほとんどかからなかった。パーソナルデータは電子的に保存されており、衛星を介したリンクで、それなりの装備さえ整っていればダウンロードが可能なのだ。あとは、実際に装着した状態での音声チェック、視度、視差の調整程度だった。三十分もかからない。私の装備をチューニングした担当官は手慣れたしぐさで、余計な言葉を一切挟むことはなく、4726自動小銃の光学照準器とのリンク調整も素早かった。光学照準器の動作確認も行ったが、本体の機能そのものは健在だった。すると、同盟軍のEMP攻撃で焼かれたのは、CIDSの回路だけのようだった。
「指向性が強かったのか」
「そうとも考えられますね」
曹長の階級章をつけた調整担当官は、私に目線を合わせず、手元に集中しながらそう答えた。
「対策は」
「してます。安心してください」
海軍の艦艇にありながら、その部屋は完全に陸軍の匂いが充満していた。補給処の作業者たちもみな陸軍の武器科の人間だ。強襲揚陸艦そのものの運用は海軍が行うが、乗り込む上陸作戦部隊は陸軍の管轄だ。海軍は大規模な陸戦部隊を保有していないからだ。艦隊の防空はもちろん海軍自前の空母艦載機が行うが、戦域全域の航空優勢を確保するのは空軍機であり、ここでは三軍の機能が絶妙に溶け込んでいた。
「弾薬を補給したら、格納庫に集まってください。みんなが待ってます」
私はショウキからもらった弾薬をすべて担当官に渡し、代わりに汚れひとつなく整然と弾薬箱に詰め込まれた七.六二ミリ弾と弾倉を受け取った。弾は十発ごとにクリップでまとめられているので、弾倉への装填は簡単だった。
「姉さん、欲張るなよ。今回は機関銃(SAW)もちゃんとある」
装備をまとめる私に、南波が笑う。見ると、チームAから移籍したという田鎖がリンクベルトでつながれた七.六二ミリ弾をじゃらじゃら言わせながら、分隊支援火器である九二式機関銃を調整していた。
艦はゆったりと動揺していた。波が高いようだ。艦体はゆったりと上下していた。
「姉さん、船は嫌いか」
「揺れるのが嫌なんだ」
「こんなもの揺れているうちに入らない。揺れていると思うからいけない。ここを船だと思わなきゃいいんだ。高泊の駐屯地さ。そう信じ込めば、人間の頭なんてものは簡単にだまされる」
「自分自身に?」
「誰だって自分自身に正直に生きてるわけじゃないだろう」
「どういう意味だ」
「正直すぎちゃ、この世界は生きづらいのさ」
意味深げなことを言うと、南波はチームの輪から一歩外へ出る。
「チームDはここに再編成された。編成完結だ。入地准尉も蓮見准尉も無事に戻った。目標は、さっきのブリーフィングのとおりだ。俺たちは敵プラントのゲートを確保し、目標を特定させる。その後は、空軍機がプラントを消す。そういうことだ」
格納庫は他チームがひしめき合うようにし、それは上演前の劇場のような、いや、コンサートホールのような、不思議な高揚感と熱気が巻いていた。ヘリコプターのローター音にエンジン音が耳に届いてくる。
「いくぞ」
全員がうなずく。
「武運長久を」
南波が控えめに言う。
「武運長久を」
そして全員が復唱する。
飛行甲板に上がる階段は、潮をかぶっていた。海は鉛色。空は鈍い曇り空。風は初夏を忘れたような冷たさ。ヘリコプターがローターを回して私たちを待っている。七七式汎用ヘリコプターの群れと、スズメバチを思わせる戦闘ヘリコプターの群れ。タンデムシートの戦闘ヘリコプターは、機体下部に長い砲身を持った三十ミリ機関砲を持つ。まさに蜂の一刺しだ。高い初速と破壊力を誇る三十ミリ機関砲は、装甲車両なら一撃で撃ち抜く。飛行甲板への階段を上がりながら、艦隊が一斉に艦対地ミサイルの射撃を始めるのを見る。垂直発射装置(VLS)から、多数のミサイルが上空に放たれている。CIDSには、海軍艦載機が上空を哨戒している様子が表示されている。今回は戦艦の主砲はまだ火を噴いていない。大方、私たちの作戦がある程度進んだ時点で砲撃を開始する算段というところだろう。
「上陸舟艇で行くのかと思った」
小さくつぶやくように私は言う。本来ならば射撃音にヘリコプターのエンジン音にローター音で絶対に届かない私の声。
「いつの時代の話だ」
すぐに南波の声が耳を打つ。電子的に増幅された南波の声。
「揚陸艦には上陸舟艇が格納されているだろう」
「今日は出番はない。空から行く」
「また落とされるのはごめんだ」
「そしたらまたイルワクの村でステイすればいいさ。今度は居場所が分かったからな。俺が迎えに行ってやる」
南波の声が懐かしく思えた。離れていた時間は二週間足らずだというのに。
「蓮見、生きてるか」
「生きてるよ」
「お前、後悔しているんだろう」
「なにが、」
「イルワクの猟師村」
「姉さんに連れ帰されたんだ」
「やっぱりそうか」
「帰って来てよかったさ」
「嘘を言え。村に戻りたかったら、この作戦が終わったら落としてやる。お前の人生相談をしてやれないのが心残りだがな」
「冗談じゃないよ」
「そうか、このまま行くか」
「私は、……あそこで暮らすのは、……いやだ」
「それは本音か」
「本音だよ」
「さっき交換したCIDSは新型だ。声に出さなくても、お前の考えが伝わる仕掛けなんだぜ」
「ウソ、」
「嘘だ」
潮まじりの風を受けながら、南波が白い歯を見せた。蓮見は応えず、飛行甲板を早足で行く。ヘリコプターが待っている。乗り込むと、両サイドのスライドドアが閉められた。ドアガンは露出したままだ。ドアを閉めるということは、機速を稼ぐため、抵抗を極力なくすためだ。
「急ぐからだ。今日は頼もしい護衛(エスコート)もいるからな」
私の考えを読んだように南波が言う。本当にCIDSの新機能なのか、私はほんの一瞬だけ疑う。そんなはずはなかった。同盟軍の<THINK>のような伝達装置をまだ私たちは実用化していない。南波の当て推量だ。それが鋭いだけだ。本来私たちの身体に備わっているもの。精密ではないが正確な私たちの「感覚」。研ぎ澄ませていくと、機械のような正確さと、コンピュータのような速度を得るのだ。理屈を思いつく前に。
合図らしい合図もなく、三基のターボシャフトエンジンの甲高い叫びが大きくなる。私は機内で身体を保持しながら、急上昇に備えた。
武運長久を。
声に出さず考えてみた。南波に伝わるだろうか。彼の横顔は、私を向かず、操縦席方向をにらむように黙っていた。
機は海面高度にして二十メートルほどを矢のように飛行した。随伴する護衛の八二式戦闘ヘリコプターと、私たちの七七式汎用ヘリは、四百メートルほどの間隔で編隊を組んでいた。護衛機(エスコート)は四機。二機が低空、二機は上空を監視する。当該空域には前線航空管制機も務める空軍の八一式要撃戦闘機四機一フライトが空中戦闘哨戒中。さらに南方一〇〇キロのシェルコヴニコフ海には、早期警戒管制機(AWACS)が空域全域を把握している。
私たちの上空を、対地ミサイルがすさまじい速度で追い抜いて行く。高度差はかなりあるはずだが、飛翔速度とかすかに曳くロケットモーターの煙に接触しそうな錯覚すら覚える。弾数は数えられないほどに多い。ミサイルが向かう先が私たちの上陸目標地域だ。かつて戦艦が上陸支援に行った艦砲射撃の代わりを、いまは精密誘導可能なミサイルが担う。そう、敵の指導者のトイレだって狙える。
機内にビープ音が響く。副操縦士の声が耳を打つ。目的地上空まで、十五分。
「準備はいいか!」
南波が口を開き、よく通る声で嬉しそうに言う。機内全員がCIDSを装備しているから、共通チャンネルで通話すれば声を張り上げる必要はなかったが、これから戦闘地域に赴く兵士たちがささやき合っているのも違和感があるだろう。南波は無理やり場を盛り上げようとしている。
「蓮見、いいか。拳銃はあるか」
「大丈夫」
「自決用じゃないぞ。わかってるな」
「しつこいよ。わかってる」
憮然とした声音の蓮見の表情を見る。目は、イルワクの村に絡め取られる前の彼女のものに近い、そう思いたかった。私の中で、蓮見をあの村へ置いてきたほうがよかったのではないかとの疑問がよぎる。シカイは蓮見に二度と銃を持たせるなとも言った。なんとなく私もそれには同意したい気持ちもあった。彼女にとっての幸せとは、こうして次から次へと作戦に従事し、疲弊し、ターニャが縫い物をするのと同じ頻度で銃を撃ち、警戒し、非日常を続けることなのだろうかと思う。翻って、その疑問は私自身にも当てはまる。けれど、私はこの道を選んだ。
「姉さん、」
南波の声。低い声。
「なんだ」
「俺は、あんたが心配だ。……蓮見よりも」
チャンネルを限定して話しかけてきていることが、CIDSのモニタリングウィンドウに見て取れた。特別な操作は必要ない。ディスプレイ上に小窓を表示させ、視線入力でコマンドを選べばいい。視線入力は慣れが必要だが、誤作動の危険性も訓練で排除できた。
「なぜ私が心配なんだ」
「目つきが違うからだ。蓮見より分かりやすいぜ」
「どう違う」
射るような視線を感じる。南波の視線は変わらない。肉食動物が獲物を狙うような、鋭利な刃物を思わせる視線。ミサイルシーカーや光学照準器のレンズ部のような無機質なものとはまったく違った、動物の目。
「本当は、准尉。あんたのほうが猟師村に残りたかったんじゃないのか」
「そんなことはない」
「断言できるか」
「できる。なぜなら、私は帰ってきた」
「なぜすぐに戻らなかった。蓮見のけがの具合なら、十日もかからず、半分の時間で原隊に復帰できたはずだ」
「予想より、蓮見の傷は、重かったのさ」
「あんたの見立てか」
「そうだよ」
「あんたはファーストエイドの技量はあっても、衛生兵(メディック)の技量はない。なぜそう判断できたんだ」
「蓮見と話した」
「ずっと一緒にいたのか」
一瞬、返答が遅れた。それをきっと、南波は見逃さないだろう。
「いや、何日かは別々にいた。私たちを受け入れてくれた家が別々だった」
「入地准尉らしくもない。無警戒過ぎる。国境を越えているんだぞ」
帝国の領土ではない、そういう意味だ。北方会議同盟(ルーシ)連邦の息がかかっている危険性を私は無視した。そういう意味だ。南波の口調からはくだけた感情がなくなっていた。私のことを階級で呼ぶ。いまは仕事中。上官としての質問。
「本当は海軍の強襲揚陸艦なんかじゃなく、高泊の分遣隊司令部へ戻れればよかったんだ。准尉。けれど仕方がなかった。あんたのパーソナルビーコンを受信して、二人を救出するには、この作戦を利用するしかなかった」
「わかる」
「あんたにも蓮見にも、再教育(・・・)が必要だった。いや、言葉が悪いな。再訓練だ。休養ともいう。いや、調律(チューニング)か。激しい曲を弾いた後はギターもチューニングが狂うからな」
南波が装備の最終チェックのため、両手を動かしながら言う。
「結果的に、俺たちは多少のリスクを背負った。あんたと蓮見を拾うために『寄り道』したからだ。チームはもう編成完結していたし、海軍のフネを経由して、キャンプから直行してもよかった。そうしなかった理由は、……姉さん」
転調するように、南波の声音がやさしくなる。私は虚を突かれ、手が止まる。
「あんたのうんちくをまた聞きたいと思ったからだ」
言って、南波は白い歯を見せた。
「心配だ。入地准尉。あんたが。けど、頼りにしてる。准尉、姉さん。頼んだぜ」
南波は小銃から右手を離し、大げさな動作で修飾し、私の左腕を一度、二度、たたいた。
私は黙ってうなずいた。
海岸線を越えた。
針葉樹林が主となる森林地帯が眼下に広がる。あちこちから黒煙が上がっていた。友軍の艦対地ミサイルの弾着だ。これが道案内代わりになっている。
「上陸支援の艦砲射撃を海軍は提案してきたよ」
南波がドアに近寄りながら、チャンネルをオープンにして言う。
「断ったのか」
田鎖と同じくチームAから移籍してきた瀬里沢が言う。長身。痩身。絶対に目が笑わない男。
「前回の件があるからな。最後の最後でいよいよ困ったら助けてもらうさ」
「チームDは何かとあるからな。能都(のと)と真(ま)潟(がた)が戦死して、チームAが俺と田鎖だけになってお前ら(チームD)に吸収合併されたのが運のつきだ」
と、瀬里沢。皮肉めいた口調だが、やはり顔はまったく笑っていない。そうか。チームAは苦戦したのか。能都と真潟にはもう会えないのか。ろくに話をしたこともなかった。ほんの少しだけ残念に思うことで彼らを悼んだ。
「編入できて光栄だと思え」
南波が無表情に答える。
「どのみち、この作戦が完了したら、北洋州分遣隊は再編制だ。お前だっていつまでもチームDのキャプテン面はしてられないだろうよ」
「大尉(Captain)面なんてしていない。俺は少尉(Second Lieutenant)だ」
「わかってるよ、南波少尉。あんたが先任だ。お手柔らかに頼むぜ。俺はあんたの部下のままで死ぬ気はないからな」
南波がスライドドアを開放した。エスコートの八二式戦闘ヘリコプターに護られながら、私たちの乗機は森林地帯にわずかに拓けた草地に着陸する。ロープを使ったリペリングは行わない。ヘリコプターのキャビンクルーがドアガンを構えた。機体の降下は速い。およそ着陸態勢に入った姿勢とは思えない。まるで墜落だ。エレベーターが急降下するような、身体の内側を持ち上げられるマイナスGを感じる。身体が浮き上がるのを、機体につかまりこらえる。
「タッチ・ダウン」
パイロットのコール。ダウンウォッシュで草が波打つ。背の高い草だ。
「よし、行け」
南波がコール。瀬里沢、チームCから移籍した日比野(ひびの)、蓮見、私の順で飛び出す。続いて、田鎖、最後に南波。六名編成……いわゆる分隊規模……は五五派遣隊としては変則的だ。チームはだいたい二の倍数で組まれるが、通常は四名体制が多い。今回は分隊支援火器を装備した田鎖と、その支援の日比野がいるからだ。
頭上でローター音に交じって射撃音が弾ける。戦闘ヘリコプターの三十ミリ機関砲(チェーンガン)が火を吹いている。私はCIDSの索敵モードをスーパーサーチからミドルレンジに切り替える。友軍ではない目標が森林で確認。
「いるぞ、オールステーション、射撃準備」
私たちを降ろした汎用ヘリコプターは、降下したとき以上の勢いで急上昇。ウィングマンを務める上空警戒中の八二式戦闘ヘリコプターがにらみを利かせていた。
下方警戒担当の八二式はローター翼端からうっすらとペイパーを曳いている。湿度が高い、そう感じる。三十ミリの射撃が続く。火線の向こうで松の木がなぎ倒されていく。CIDS上に警戒表示。敵の歩兵部隊の存在が確認できる。装甲車や戦車の類はいないようだ。衛星からのリンクでも、周囲十八キロに警戒すべき機甲部隊はいない様子だった。だが、敵はいる。索敵する必要もなく、意外なほどの近距離に。
田鎖が伏せ撃ちの姿勢で九二式機関銃の射撃準備。私たちは散開、適度な距離を取る。
「プラントの外側ゲートが近い。これを目標アルファとする。方位二七〇。田鎖、蹴散らせ」
返事の代わりに、九二式機関銃の射撃が始まる。空薬莢が散る。毎分一〇〇〇発を超えるサイクルで七.六二ミリ弾がばら撒かれる計算だが、田鎖は短いバースト射撃に徹している。それでも猛烈な勢いで空薬莢が散る。
「蓮見、そのままCIDSのNAVモードの誘導で前進。姉さんがバックアップ。さん、にぃ、いちだ。いいな」
「了解」
「よし、さん、にぃ、いち」
私は走った。その前に蓮見。俊敏な動き。なんだ、蓮見。走れるじゃないか。
茂みに飛び込むようにして、射撃体勢。素早く銃を左右に振る。光学照準器の中に敵の姿を探す。戦闘ヘリコプターの機銃ターレットは射撃手(ガナー)の視線を追随するが、CIDSの選択した目標を追尾し続ける機能はない。銃を持っているのは私の腕だからだ。
三十ミリ機関砲の射撃が続いている。発射サイクルはさほど速くないが、初速は私たちのライフル弾をはるかに上回る。もちろん威力もだ。
『敵残存勢力掃討中。目標脅威低下確認』
八二式戦闘ヘリコプターの射撃手がコール。敵車両は上陸支援の対地ミサイルと海軍艦載機による攻撃であらかた片ついているようだ。残っているのはそれら戦闘車両クルーや、随伴する部隊のみという状況なのがCIDSに表示されていた。
私たちは急ぎ前進した。
「瀬里沢、日比野、方位〇一〇へ二百メートル」
二人の背中が見える。私と蓮見は、後方の田鎖、南波と前衛二名の中間位置にいた。
「モールリーダーからレラフライト、目標のディフェンス・ライン突破」
南波の報告で、戦闘ヘリの射撃が中断される。二機の八二式ヘリは高度を上げ、警戒態勢を取る。スタブウィングの対地ミサイルは温存されている。戦車の天敵は戦闘ヘリコプターだ。擱座しつつも完全に死んでいない戦闘車両がいれば、彼らがそれを叩く。
「モール〇二、モールリーダー。アルファ、ビジュアルID」
瀬里沢の声だ。
「よし、入地(モール〇五)、蓮見(モール〇六)、全方位警戒。瀬里沢(モール〇二)と日比野(モール〇四)がアルファを越えたら、そのまま続け」
「了解」
私が答える。
「姉さん、左」
蓮見の声を待たず、私は絶対方位にして二七〇、進行方向左側を走りながら向き、光学照準器が捉えている射線をCIDS上に見ながら、単射で目標を撃つ。敵二名、距離、四百。人間は電子制御された戦車と違い、行進間射撃はもっとも不得手とする。当たるとは思えなかったが、射撃の効果として、敵に頭を上げさせないことがある。ともかく、銃弾が自分を狙って飛んでくる間、立ち上がり姿をさらそうとする兵士はいない。
針葉樹林体を瀬里沢と日比野の二人が抜けた。遮蔽物は何もないが、上空からは八二式ヘリが援護している。三十ミリで撃たれることを想像したくない。おそらく痛みを感じる時間も与えられず、人間の形を保つこともできず、砲弾を浴びた瞬間に死ぬ。
「モールリーダーからレラフライト。脅威はあるか」
『レラリーダーからモールリーダー。アルファ周辺に敵脅威なし。脅威判定レベル三に低下』
「了解」
ゲートが見えた。ゲートといっても、たいそうな門構えがあるわけではない。直径五十センチほど、高さ三メートルほどのポールが二本立っているだけだ。その向こうに簡易舗装された道が続く。プラントの入り口の一つだ。入り口というか、裏口か。別部隊がほかのゲートからほぼ同時に侵入し、プラントの出入り口を封鎖する。プラントの制御室を占拠するのは先行したいずれかのチームだ。「読み聞かせ」をするまでもなく、プラントの制御装置を再起不能な状態まで破壊し、脱出する。それで終了だ。
「モール〇二・瀬里沢からモールリーダー。南波少尉、アルファ突破」
呼吸が相当に上がっているはずだが、それすらCIDSは補整している。だから、瀬里沢の声は落ち着いたトーンだ。
「モール〇六・蓮見、行け」
私の声に蓮見が動きで応える。駆ける蓮見の足元の路面が散った。
「撃たれてるぞ!」
私が叫ぶ。
『レラリーダーからモールリーダー、脅威出現。支援射撃を実施する。一時退避』
「待てるかよバカ」
南波が毒づく。
それに構わず、三十ミリ機関砲が発射される。三発に一発は曳光弾だ。蓮見が駆け抜けたあとを、光線のような軌跡が幾筋も過ぎる。遅れて射撃音が追う。ヘリコプターのオンステージ時間はさほど長くはない。四機一単位のフライトは、他の四機とマスフライトを構成しており、弾薬、燃料残量を調整しながらローテーションで上空から私たちを支援する。
「モール〇五・こちら入地、警戒中。敵、方位二四〇、距離五百、目標六、随伴車両なし」
私は森林帯を抜ける直前で匍匐、光学照準器を振りながら、確認する。五百メートルは至近距離といっていい。プラント警備の部隊だろう。この程度の距離なら、私の4726自動小銃でも狙えるが、イルミネーターで目標を指示、空から攻撃してもらったほうが早い。
『モール〇五へ。目標確認。攻撃開始』
三十ミリ機関砲の射程は長大だ。ホバリングしているヘリコプターはほぼ空中に静止しているから、命中精度も恐ろしく高い。間髪を入れず、再び機関砲弾が敵を殲滅する。もはや戦況は一方的だった。
「オールステーション。前線管制本部から第二次攻撃予告が来た。着弾まであと二分だ。遮蔽物があれば身を隠せ。全員、耳をふさいで口開けておけ」
敵地上施設及び地上部隊の掃討は徹底される。私たちの上陸により、さらに詳細な目標データを得た水上艦艇や空中戦闘哨戒中の作戦機が二次攻撃を行うのだ。
「そのままプラントも破壊してしまえばいい」
蓮見の声だ。
「手に入れられなかったら、だ」
南波が答える。
「どうせ壊すんでしょ」
「施設そのものを破壊しに来たわけじゃない。制御系を壊しに来たんだ」
「どう違う」
「車のエンジンそのものを破壊するのと、コンピュータを破壊するの、修理はどっちが簡単だ?」
「そういう話?」
「そういう話だ」
来た。轟音。水上艦艇からの攻撃ではない。ターボファンエンジンの、雷鳴にも似た排気音。私はCIDSの索敵モードをスーパーサーチに切り替える。TDボックスが友軍機を示す青で表示される。四機編隊の八九式支援戦闘機。もはや前線ではおなじみになった双垂直尾翼に後退角の小さな主翼。
「『癇癪娘』をばら撒く気じゃないよな」
日比野のつぶやき。
それに答えるように、上空からすさまじい金切り声が響く。GBU-8自己鍛造爆弾の投下だ。親となる弾頭から分離した子爆弾が空気を切り裂く音。私は縫高町の廃墟を思い出す。子爆弾そのものも全地球測位システムによる座標設定を用いて正確に誘導される。誘導弾や爆弾の命中精度をあらわす半数必中界(CEP)は一〇メートル以内だ。親弾頭に内蔵される子爆弾は作戦に合わせて交換できるユニットタイプだ。上空で分離し、場合によっては、投弾された時点での位置エネルギーと投下母機の持つ速度に、自身が装備するささやかな推進機のエネルギーを合わせて、音速を超える弾速を出す。炸薬そのものの威力のほか、運動エネルギーも破壊力に華を添えるのだ。
爆発。
伏せた地面から衝撃波が伝わる。軍楽隊のパーカッションユニット。場違いだが私はそんなものを思い出す。口を開き耳をふさぐのは、衝撃波から鼓膜と内臓を守るためだ。一瞬CIDSの表示が乱れる。散発的だった敵の射撃は、嘘のようにおさまった。
「最後の仕上げってわけだ」
日比野の声。あたりには硝煙の強い臭いと、土煙が立ち込めている。
『敵脅威、消滅。脅威判定レベル二』
ヘリコプターパイロットのコール。
「よし、オールステーション、アルファでリグループ」
南波が土煙の背後から駆け寄ってくる。私たちはゲートを過ぎ、衝撃波でひっくり返ったらしい同盟軍の装輪装甲車の影で集合した。装甲車は疲れて横たわったカメの類を思わせた。緑を基調とした森林迷彩に被弾経始を考慮したごつごつとしたシルエットがそれを思わせた。乗員の姿はない。先ほど私たちに銃撃を浴びせてきたのが彼らだったのかもしれない。車載機銃の銃身がぐにゃりとねじ曲がっている。
「突入するのか」
私は南波に問う。他チームの動向は、通信を制限しているので逐一はわからない。
「五分待つ」
上空を擦過していく八九式支援戦闘機の編隊が見える。翼端から濃密なヴェイパートレイルを曳きながら。
「悠長だな」
田鎖が九二式機関銃を抱えるように立っている。リンクベルトで五〇発単位でまとめられた弾薬を纏いながら。田鎖のバックパックには、予備弾薬と予備銃身がつめこまれている。それだけでもうんざりするほどの重量だが、ただでさえ屈強な田鎖の下半身を重点に、バッテリー駆動の人口外骨格(パワーアシスト)を装着しているので、六十キロを優に超える装備を携行する田鎖は、その半分の重量の装備しか携行しない私たちと機動性ではほとんど変わらない。
「モールリーダーから『ルピナスヘッド』、目標アルファ確保。繰り返す、……」
前線管制本部へ南波が戦況報告を上げる。コールサインはルピナス。北洋州の初夏を告げる野花。線路わきや道路わきに美しい群生を作り出す花。なぜそんな可憐な花の名を軍事作戦に使うのか、私は参謀に詩的センスを誤った方向に活用している人間がいるのだと理解していた。
『ルピナスヘッドからモールグループ。状況確認。そのまま待機』
「了解」
南波の返答にすかさず私たちは警戒体形を取る。ヘリコプターのローター音がまだ聞こえるから、私たちの間隙をついて敵の部隊が襲いかかってくることはないだろう。私たちが敵を発見する前に、高度百フィートで哨戒する八二式戦闘ヘリがまっさきに脅威判定をするからだ。戦闘ヘリコプターとはいっても、高性能のレーダーと射撃手、パイロット合わせて四つの目玉、それが四機が戦闘地域を警戒しているのだ。
「手ごたえないな」
瀬里沢が表情なく言う。CIDSで顔半分を隠しているので、口元しか見えない。声音以上に瀬里沢は無表情だった。
「俺や入地准尉、そこの蓮見はいやな記憶が蘇るってところだぜ」
南波は4726自動小銃をローレディに構えたまま。いやな記憶とは、あの同盟空軍のパイロット村だという触れ込みで私たちが襲いかかった壮大な罠の話をしているのだ。いや、あるいは風連奪還戦のことか。私たちが参加したミッションで、優勢だと信じていた戦況があっさりひっくり返されたことなど枚挙にいとまがない。そしてそれは帝国陸軍が無能だからではなく、そもそも戦闘というものはそういうものなのだ。思いどおりには絶対に行かない。ではどうするか。思いどおりに事が運ぶよう、強引に作戦を進めるだけだ。
「プラントはどうするんだ」
田鎖が言う。
「ぶっ飛ばすんでしょ、どうせ」
すねたような口調は蓮見だ。息が上がっている。全力で走ったからだ。そして、その程度で息が上がるのは、イルワクの村で休息を取りすぎたからだ。
「プラントは無傷とはいかない。最初の航空阻止作戦でかなりの損傷を出している」
南波。
「なぜ木端微塵にしないのかね」
瀬里沢。
「できなかっただけだろうよ。プラント本体は地下にあるからな」
ああ。海軍の士官が言っていた。破壊しきれなかったから、この作戦に彼らはきっと固執しているのだろう。今回のミッションは海軍と陸軍、どちらが主導権を握っているのか。空軍ということはない。空軍力は作戦上最も重要な位置を占めているが、それは手段としての位置であり、空軍が作戦そのものを立案し突っ走ることはないからだ。
「今回も連中、出てくるのかな」
蓮見が右手を銃把から離し、二、三度手のひらを握っては開きしてつぶやく。
「誰のことだ」
南波。
「<THIKER>」
「そっちか。俺はてっきり、海軍の第七二標準化群(ナナニー)のことかと思った」
「あいつらは、もうどっかその辺にいるんでしょ」
「いるだろう。そもそもあの揚陸艦は、連中の手駒のはずだ」
「ムカつく」
「お前、あいつらが嫌いか」
「口だけ。突っ走るだけ突っ走って、私たちを危険な目に合わせた」
「お前、うれしいんだろう? それこそ、お前の好みのギリギリの世界だ」
「私が希望したわけじゃないもの」
「それはプロセスの問題か。誰かの作戦に巻き込まれるのはいやか」
「少尉はどうなのさ」
「俺は、」
南波は首をゆっくりとまわした。関節が鳴る音がした。
「俺はどっちだってかまわないさ。仕事だ。好きでやってるんだ。みんなそうだ」
なぜか南波は私を向いた。CIDSで顔の上半分の表情はわからないが、どう考えても笑っている。みんなそうだ、の「みんな」が誰を指しているのか、何となくわかった。
「私はもういいんだ。天国の入り口を見られたから」
私は応えてみる。
「なんだ、姉さん。もういいのか。もう帰りたいのか」
「そんなことは言ってない」
「そう聞こえたぜ」
「前に話したワタスゲの原のことだ」
「見たのか」
「一緒に蓮見と歩いたよ。なんのことはない、北方戦域の最前線は、そういう場所がたくさんあるんだ。オチはそんなところさ。広々としたお花畑だ。ギリギリの戦闘状態からあんな場所に叩き落されたら、天国への入り口だと頭が思いたくなっても仕方がない」
「姉さんはそう思ったか」
「思わなかったよ」
「さすがだな」
「とにかく、原隊に復帰することだけを考えていた。蓮見はヘロヘロで、敵はどこにいるのかもわからない。CIDSの回路がイカれて。CIDSがないとあんなに不安を感じると思わなかった。そっちのほうが発見だよ。戻ったら訓練メニューを変えなきゃならない」
「俺たちもだ。運よく友軍と合流できたが、機甲部隊もCIDSの回路をやられていた。どうもある一定の強い指向性のあるEMP攻撃だったようだ」
「信じられないが」
「だが事実だった。姉さんのビーコンが復活したのには驚いたよ」
「戦車の対EMP防御が半端じゃないってことにも私は驚いた」
「そうだな。戦車の中にいた連中のCIDSはほぼ無傷だったからな。けど、俺たちは戦車の装甲を着て動くわけにはいかない。せいぜいが田鎖のアシストレベルだな」
田鎖は八キロプラス弾薬の重さをもろともせず、平然とした顔をしている。
「五分たったぞ」
私が言い、南波が答えようとした瞬間、すさまじい大音響があたりに響き渡った。
「……!」
南波が瞬間的に何かを言ったようだったが、まったく聞こえなかった。私たちは反射的に地面に伏せた。爆撃か、あるいは敵砲兵部隊の支援射撃だと思ったのだ。だが、爆音ともいえるその大音響はおさまらなかった。
腹の底まで響くような音だった。
戦士としての本能が、その場の全周囲を素早く警戒するために身体を動かしたが、砲撃ならば音量の変化があるはずなのに、音は一定の大きさで、しかも暴力的な大きさで、全方位から響き渡っていた。
「なんだこれは」
私は叫んだ。普段ならば全員の耳に届いたはずだ。どんな呟きでも、声にならない声だとしても、CIDSが増幅、補整してそれぞれの耳に情報を届けるからだ。なのに、私の耳にすら、自分の声が聞こえない。
南波がハンドサインを送ってくる。全員、不用意に立ち上がるな。その場で伏せていろ。発砲も禁ずる。わかった。しかしこの音の暴力の中で、正常な射撃など絶対に無理だ。
果てしなく長い時間が経過しているように感じた。
大音響は続いていた。
伏せた私の目の前で、砂粒がダンスしている。大出力のスピーカーの前に置いたグラスの中の水のように。
ふとCIDSの機能を確認するが、すべて正常だった。空を見上げれば、上空を戦闘哨戒している戦闘機をTDボックスが追っている。友軍を示す青。が、ふと視線を変えると、ゲート向こうの森林地帯から黒煙が上がっている。一、二、……三。もう考えるのも嫌になってきた。八二式戦闘ヘリコプターが「撃墜」されたのだ。この大音響に。おそらくパイロットの耳も襲われたのだ。
私は恐慌に陥らないよう、必死になっていた。もはや自分の精神を律することにほとんどの意識を集中せざるを得なかった。南波をはじめ、チームは全員がすぐそばにいた。しかし意思の疎通を図れない。全員がいまや音の拷問に耐えている。そう、音は拷問になりうるのだ。大音量による拷問は、心を破壊するという。効果的で確実に、短期間に。
聞きかじりの知識。私はそれをいま実体験していた。
音は止まない。
もう何分経過しただろうか。
今襲われたら、終わりだ。
CIDSに警戒表示が出た。具体的な脅威目標の指示もなく、ただ、「警戒せよ」の標示。
わかってる。
この音はなんなんだ。私は目を開いたまま、銃から手を離さず、一歩踏み外せば狂気に支配されそうな心を、唸るような声を上げながらこらえた。
涙が流れていることに気づいた。
辺りを支配しているのは、やはり狂気だと思った。
私は這うようにして南波に近づいた。
蓮見は銃から手を離し、両手で耳をふさいでいた。
田鎖が鬼の形相で九二式機関銃を構えていた。
空気がびりびりと振動しているのがわかった。
私はすでに、自分の聴覚が今後喪われる恐怖を感じていた。
CIDSのモード切替を視線で行おうと努力したが、私の目は言うことを聞かない。視線が泳ぐ。ダメだ。
おそらく、音の洪水が沸き起こってから、五分とたっていなかったと思われた。爆発的に私たちを襲った音は、やはり唐突に終わった。
残響が上空へ響いていく。そのとき、私は聴覚がまだ残っていることに気づく。しかし、すさまじい耳鳴りがした。
「南波!」
私は叫ぶ。ありったけの声で。だが、耳に分厚い蓋をしたように、私の声は思ったほどに響いてこなかった。
「全員、不用意に立ち上がるな。その場で警戒」
南波の声。怒鳴っているような口調はわかったが、スピーカーの音量を絞ったようにしか聞こえない。
「音響兵器だ……」
蓮見が呆然と言う。CIDSが補整しなかったら、まったく聞こえなかったはずだ。
耳鳴りは、私の感覚が慣れたせいなのか、それとも実際に収まりつつあるのか、小さくなってきていた。
「音響兵器?」
瀬里沢が近寄ってくる。匍匐しながら。
「そんなもの、」
「いまのがそうだよ」
蓮見も涙を流していた。
「全員、耳は聞こえるか」
南波。五人を見まわし、言う。
「なんとか」
私。
「耳鳴りがすごい。スタングレネードをイアマフなしで食らった感じだ」
田鎖は言うと、大きく口を開いて鼻をつまんだ。耳抜きの動作だ。
「レラフライト、こちらモールリーダー、感あるか、明どうか」
南波がヘリコプター部隊に通信。返事はない。
「墜ちたよ。見えた」
私が彼らの代わりに答える。
「全機か」
「三機墜ちたのが見えた。あとはわからない」
「CIDSに反応がない。四機全滅だ」
瀬里沢が耳をしきりに指で触りながら言った。
「ヘルメットは脱ぐな。引き潮だ……いやな予感だ」
南波が瀬里沢を抑えるように言う。狙撃を恐れている。周囲十八キロに脅威目標は存在しないはずだ。私は小銃弾による狙撃よりも、もっと大規模な反撃の可能性を考えていた。
「音響兵器なんて、存在するか。どうやって運用するんだ」
田鎖が蓮見に鋭く言う。
「現実にさっきのがそうじゃないか。なによりの証左だ」
「あれだけの大音量を出す機械を、車両で運搬できるかよ」
「そんなことはわからない」
「とにかくだ。蓮見の言うとおり、同盟側の攻撃なのは間違いないだろう。音響兵器なんて聞いたこともないが、先ほどの奴は自然現象ではない。明らかに俺たちを攻撃したんだ。第二波に備えたほうがいい」
南波は言うとすぐにヘルメットの横側、CIDSのイアフォン部分を耳に密着させた。砲撃など、騒音が激しい場合の通信能力確保のため、ヘルメットの耳の部分は簡易的なイアマフの構造をしている。普段は使用しない。外界の音に敏感でいられなくなる。しかし、いま二次攻撃を受けた場合、全員が急性難聴に見舞われるのは確実だった。そのまま聴覚を永久に失う可能性もある。私も南波にならい、イアマフをせり出させて固定した。
視界に赤のフラッシュ。CIDSが警告レベルを上げた。直接的脅威が迫っていることを示す警報だ。
「……敵、攻撃機……接近」
距離、五十マイル……九十キロ少々……を切っている。目標多数、接近する速度が速い。マッハ一.八。
「オールステーション、艦隊が対空戦闘に入る。その場を動くな」
南波が叫ぶ。耳鳴りのフィルターがかけられているが、CIDSの増幅でそれなりに聞こえる。危機感のある声。
「こうなると思っていたよ」
つぶやきも増幅される。これは瀬里沢だ。
私はCIDSの索敵モードをスーパーサーチに切り替える。衛星、そしてシェルコヴニコフ海の後方を飛行している早期警戒管制機からの情報、それらを調理し、適切な情報を抽出して表示される。敵航空部隊が急速に接近中。友軍が航空優勢を確保し、臨時の防空識別圏を設定しているそのすぐ外輪に迫っている。おそらく、前線基地から空軍の八一式要撃戦闘機がいままさに次々と全力で離陸しているだろう。空中戦闘哨戒中の作戦機も同様だ。
プラント上空を飛行していた戦闘機は「音」の損害を受けなかったようだ。速度と高度、そしてヘリコプターとは比較にならない気密性がなせたのだと思う。視界に、「撃墜」された友軍機の情報はないからだ。八九式支援戦闘機が洋上へ退避するのが見える。八九式はあくまでも地上目標の殲滅や、敵水上部隊の進行阻止を目的に開発された戦闘機で、空対空戦闘に特化してはいない。身軽で小回りの利く機体で、低空での操縦性を優先するため、翼面荷重も低い。結果機動性も高く、格闘能力に優れる機体だが、重武装にエンジンパワーにものを言わせる八一式要撃戦闘機とは空戦能力で敵にならない。GBU-8自己鍛造爆弾を投下した彼らは、護身用の短距離空対空ミサイルと対空機関砲しか持たないのだ。
「八一式……」
蓮見の声に彼女の姿を見ると、ヘルメットを左手で押さえるようにし、小銃を左手で確保し、苦しげな姿勢で匍匐したまま空を見上げていた。私も同じように彼女の視線を追う。スーパーサーチにしたCIDSが、八一式要撃戦闘機の姿を捉える。といっても肉眼では見えない。高度はおそらく三万フィート前後、敵攻撃機と同じように超音速巡航(スーパークルーズ)。私が確認できるのは、ディスプレイ上に捕捉された友軍を示す青のTDボックスで囲われた「なにか」が高空を駆け抜けていく姿だけだった。
私は昨日……いや、今朝までのイルワクの村での数日を思い出す。
どちらが現実だったのか、と。
どちらも現実だ。時系列的に事象が進んでいるだけだ。記憶が新しいぶん、「目標アルファ」の前で詳細不明の「音」に襲われ、地面に伏せている「いま」が生々しい。イルワクの村の風景や、ターニャとかわした言葉が遠くに感じられるのは、濃密すぎるいまの時間が、それだけ脳を刺激しているからだ。あちらが夢の世界だったわけではない。私が実体験した現実の一部だ。
けれど、と友軍機が敵へ向かって一直線に消え去っていく様子を、自分の目で見ることもできず、「戦闘情報」としてただ視認しているいまの私は思う。イルワクの村での出来事が夢ではなかったと言い切れる自信はあるのかと。それはばかげた疑問だった。たんに、私をとりかこむいまの状況が、ここ数年来私の日常の風景だから、平穏で平淡だったあの数日間の現実感がないだけだ。
あのワタスゲの原で私と蓮見は行き倒れ、イルワクの村は存在せず、この戦闘は、私が黄泉へ向かう道中、私の脳が勝手に作り出した物語だとしたら。
ありえない。
絶対にありえない。
昨日までの私が知りえない情報が、いまの私の周囲にはもううんざりするほど散らばっている。だからこれは現実だ。五分後には死ぬかもしれない現実だ。
わずかな時間だったと思う。私の意識は分離していた。目は周囲の状況を確認しているし、右手から銃は離れていない。だが、私は自分の意識の中を探った。この世界が私の外側にあるものなのかどうかと、答えがあるはずもない問いにたいする答えを、私の中で探していた。南波が私を呼んでいることに、だから数瞬、気づくのが遅れた。戦闘中なら……いまも戦闘中なのだが……致命的な時間。
「入地准尉、どうした。負傷したのか」
南波が私のすぐ横にいる。CIDSのディスプレイをヘルメット上部に跳ね上げ、肉眼で私を見ている。まっすぐに。動物のような獰猛な、しかし血の通った瞳で。顔は汗ばみ、土埃があちこちにこびりつき、出撃前に塗りこんだ迷彩と混じり、白目がやたらと目立つ。
「准尉」
返答をしない私に、南波は右手を銃から離して私に伸ばし、私の頬に触れた。つかむように。
私は返答する代わりにCIDSのディスプレイ部を南波と同じく跳ね上げた。ロックを解除すれば、ヒンジはとても軽く、小指を使ってでもCIDSは跳ね上げることができる。見た目はごついが、ヘルメットが航空要員用並みに軽量化しているため、全体としての重量はさほどでもない。その分、小銃弾を正面から受けると、このヘルメットは割れる。
「姉さん、敵が来る。……俺を見ろ。俺だ」
「……大丈夫」
グローブ越しにも、南波の手のひらの体温が感じられる気がする。
「どうしたんだ」
耳鳴りのせいだと思う。
「耳鳴りがひどいか。俺の声が聞こえるか」
聞こえる。
「よし、ここを離れる。制御室は友軍が確保した。プラントは向こう一ヶ月は再起不能だ。……姉さん、ミッションはここまでだ。敵が来る。空からだ」
「帰るのか」
「ここを離れる」
私はうなずく。
「よし」
南波は二度うなずき返し、私の頬に触れていた右手で私のCIDSを降ろす。上げるときはロックを解除するが、降ろすときは、かちりと音がして簡単に固定される。私は左手の親指を立ててみせた。連邦合衆国の兵士がするように。サム・アップ。それを見て南波も自分のCIDSを降ろし、中腰で私から離れた。
「オールステーション。周囲十八キロに敵地上部隊の脅威はない。が、敵航空部隊が急速に接近している。当地上空まであと二分もかからない。八一式がインターセプトしているが、撃ち漏らしたやつらがここに来る」
「どうやってここから離れる。そこの転がってる装甲車を戻すか」
田鎖が九二式機関銃を抱えて駆け寄る。中腰で。いくら敵地上部隊の脅威がないと判定されても、背筋を伸ばして歩く気がしない。
「洋上で待機していた七七式ヘリが健在だ。呼び戻す」
「護衛もなしにか」
「モールリーダーからルピナスヘッド。作戦中断指示を受領。レラフライトのエスコートを要請する。こちら、全員健在、繰り返す……」
『ルピナスヘッドからモールリーダー。レラフライトは〇四から〇七がダウン。〇一から〇三、〇八が向かう。十五分待て』
「了解した。聞いたか、エスコートは残ってる」
南波が全員に下命するように了解を告げる。
「やれやれだ。結局、前回のお前たちと似たような展開になったな」
瀬里沢は自分の4726小銃から一度弾倉を抜き、残弾数を確認するようにしてまた銃に戻した。意味のない動作だが、彼なりのスイッチの入れなおしなのだろう。
「前回とは違う。行きも帰りも頼もしいエスコートがいる」
「敵攻撃機が迫っているのにか」
「こっちへ向かってる敵機は25型戦闘攻撃機だ」
CIDSの敵情報表示。同盟空軍25型戦闘攻撃機の編隊。総数一七機。一分前まで二四機だった。友軍の八一式が七機を撃墜した。
「プラントは広い。ここは裏門の裏門だ。本体は方位三六〇へ九キロも行ったところだ。西側ゲートに二二師団の部隊が展開中だから、敵攻撃機はそっちに向かっている」
「そんなことは俺にもわかる。だが、分かれてこっちに来たらどうする」
「歩いて帰りたいのか」
「そうは言っていない。安全が確保されない」
「瀬里沢、先任は俺だ」
瀬里沢も少尉だ。だが現在のチームD指揮官は南波だ。
「キャプテン面があとで後悔しないか」
「なにを言っている」
「俺は入地のように、わけのわからん猟師村で魂抜かれるのはごめんだ」
「私は魂など抜かれていない」
たまらず私は反論する。
「あんたは南波にかわいがられているみたいだからな。そもそも俺はあんたと蓮見のピックアップにも反対した。敵勢力下で何日過ごしたんだ。隔離(スクリーニング)して再起動(リブート)させないと危険なはずなのに」
私は二の句を継げない。確かにそうなのだ。敵勢力下でさまよい、捕虜にこそなっていないが、しかし私のパーソナルマーカーはずっと沈黙したままだった。ようするにどこで何をしていたのか、私の主観的な言葉でしか、私自身の状況を説明できない。ほんらいなら、私たちは後方へ送られ、瀬里沢の言うとおり他の隊員からは隔離され、徹底した思想テストが行われ、その後あらためてリブート……肉体も精神も再起動するのが正しい手順だ。南波はそれを省いたと責められている。
「いまここで論議しても始まらない」
南波はまっすぐに瀬里沢を向いている。
CIDSに脅威接近の警報。
遅れて地響き。
「伏せていろ」
言われる前に全員が遮蔽物を探して伏せている。敵攻撃機による爆撃だろう。数秒たってから爆発音が届く。距離はある。CIDSの表示、敵残存勢力、25型戦闘攻撃機が八機。八一式要撃戦闘機十二機が敵編隊を攻撃中。
「近い、」
蓮見が鋭く叫ぶ。
亜音速で低空を25型戦闘攻撃機の編隊が急接近している。だが針路は微妙にこちらからずれている。被弾しているのだ。黒煙を曳きなんとか上昇しようとしている姿が肉眼で見える。二機。背後にけし粒のような大きさで友軍機。空中戦は、大洋戦争の以前ならばともかく、彼我の距離は数マイルの隔たりを持って行われる。黒煙を曳いた敵機のうち一機の左主翼が付け根からもげた。左側の揚力を失った機体は急激に回復不能の横転に入り、高度の余裕もない状況で、そのまま森林に突っ込むしかなかった。光。爆音。
「敵航空勢力は分散している」
蓮見が先ほどのような姿勢で空を仰いでいる。
「防空識別圏外に敵の新たな勢力だ。同じく速い」
スーパーサーチにした私のCIDSの戦闘情報ウィンドウにも脅威が表示されている。敵の二次攻撃隊だ。迎え撃つため、友軍の空母から防空戦闘機部隊が次々と飛び立った。東の空に友軍機を示す青の表示が一気に増加する。
「瀬里沢、まだここは俺たちの空だぞ」
「そういうことにしておいてやる」
『レラトランスポート〇一からモールリーダー。「アルファ」に接近中。脅威判定がレベル三に上昇。玄関先まで迎えに行くことはできない。大通りまで出てきてくれ。位置を示す。NAVモードに切り替えろ』
七七式汎用ヘリコプター機長からの声。
「モールリーダー、了解。……蓮見、空を見てる場合じゃないぞ。NAVモードに切り替えて先発しろ。瀬里沢、入地、日比野、続いて行け。俺と田鎖があとからだ。といっても離れるな。タクシーとは違う。連中は長いこと待ってくれないぜ」
「わかった」
蓮見が素早く立ち上がり、駆けだした。急ぎ、私と瀬里沢が続く。瀬里沢の表情は例によって顔の下半分しか見えない。そぎ落としたような頬に、口角が上がり気味の口元は笑っているように見えるが、瀬里沢は笑わない。田鎖と同じチームに所属していたが、チームAのメンバー同士が仲がいいとは聞かないから、南波をリーダーとするわがチームDとはまた毛色が違うのだろう。同じ性向のメンバーばかりを均一にそろえたチームは存在しない。遺伝子と同じだと誰かが言っていた。一定のレベルを超えたあと個々に求められるのは多様性だと。
「止まるな、走れ!」
南波が怒鳴る。耳鳴りが収まって来ていた。
だが、イアマフを装着し、「音」の再襲来に備える私たちに、風の音も敵機の轟音も響いてこない。あくまでも情報としての音だけだ。臨場感がそっくりフィルタリングされた音。だからだろう。
私はこの現実がイルワクの村と地続きになっていると、確かな実感を伴って存在しているような気がしなかった。
蓮見の走りに迷いはなかった。CIDS上に、戦闘機が目標へ誘導されるようなステアリングキューが表示されているからだ。地雷が埋設されている可能性があれば、哨戒機や衛星による分析結果をそこに表示させ、もっとも安全と思われるルートを提示してくる。もっとも、表示されるのは視覚的情報だけで、今回のような「音」に対する脅威判定までは行っていない。今後、ソフトウェアがどうバージョンアップされるのかはわからないが、いずれ、「音」への警戒情報も表示されるかもしれない。「音響兵器」など、誰が思いついただろうか。
蓮見は迎えのヘリコプターが着陸を予定する場所まで誘導されている。ヘリコプターは、自身がその場所を決めるのではなく、やはり前線航空管制機や哨戒機の情報から、安全と思われる場所に誘導される。
『レラトランスポート〇一からモールグループ。当機は間もなく着陸態勢に入る』
イアマフを通して、ヘリコプターのローター音が届いてくる。往路よりもはるかに低空をヘリは飛行してきていた。
『当該地域に敵地上部隊の脅威なし。脅威判定レベル三。このまま着陸する』
ダウンウォッシュがすでに草や枝、土を巻き上げている。針葉樹は枝をしならせ、おそらくはざわめきを発しているだろう。私たちには聞こえなかったが。
汎用ヘリをガードしているのは、往路と同じく二機の戦闘ヘリコプターだ。もともと八機が作戦に参加していたが、四機は「撃墜」されてしまった。いま、二機が汎用ヘリをエスコートし、もう一機はやや後方、やや高空を警戒飛行中。もう一機の姿はなかったが、墜落したとの情報はなく、おそらく洋上に退避したか、揚陸艦まで戻ったのだろう。
『急げ、長くは留まれない』
七七式汎用ヘリが着陸。着陸したとはいっても、降着装置が地面に触れている程度だ。荷重をかけられない建造物の屋上などに接近する際にこうした着陸方法が選ばれる。ほとんどホバリングに近い。今回はしっかりした地面の上に着陸しているわけだが、これは駆けだそうとする人間がつま先立ちしている感覚に近い。
蓮見は走る勢いそのままできないに飛び込んだ。すぐに私が続き、日比野、瀬里沢、田鎖、そして南波が乗り込んでくる。
「全員収容、行ってくれ!」
「了解だ」
パイロットは返事と同時にコレクティブレバーを引く。三基のターボシャフトエンジンのパワーにものを言わせ、機体は一気に浮き上がる。機体が浮上したのち、すかさずパイロットがサイクリックスティックを引くのが見える。急上昇しながら、機体は急激に機首下げの姿勢になり、加速する。南波がスライドドアを勢いよく閉めた。
「蓮見、落ちるなよ」
南波が笑ってみせる。蓮見は呼吸を整えながら、先ほど私がしたように、親指を立てた。
「南波少尉、災難だったな。耳は大丈夫か」
操縦席の向かって右側シートから、副操縦士(コパイロット)が振り向き、話しかけてくる。
「なんとか聞こえているよ」
南波は機体内壁にもたれるように座った。
「そっちこそ、四機も墜ちた。あんたらは平気だったのか」
「距離があった。俺たちは海の上だったからな。『音』はしっかり聞こえた。最初は何かわからなかった」
「いまはわかるのか」
瀬里沢が訊く。
「窓から見えるなら、プラントを見てみるんだな」
コパイロットは前方に向き直り、腕を伸ばして左前方を指し示す。離れつつあるプラントエリアの一部が、低空とはいえ展望として開ける。
「……爆撃でもしたのか」
南波がスライドドアの複層アクリル製窓から外を覗き、言う。
私も南波に並ぶ。
同盟が整備を進めていたというプラント施設は、その大部分が地下構造だと事前に知らされていた。揚陸艦を発つ前に衛星からの偵察写真も見た。なだらかな牧草地か、風雪によって樹木が発達しない丘陵か、そんな地形で、地上部分に施設らしい施設はほとんど露出していない構造をしていた。プラント内部の換気を行う無味乾燥的な塔が規則的に並ぶほか、作業員用の小ぶりな建物がいくつかあるだけだった。
それが一変していた。
巨大な穴、と呼んでもさしつかえないほどのクレーターが穿たれている。
「爆撃というより……」
瀬里沢がつぶやく。
「中から崩れたみたいだ」
蓮見が続ける。
そうだ。大出力の地下核実験を行ったあとのようだ。地中に大きな空洞があり、それが崩壊したあとのような。
「蓮見が言ったとおりだったのかもしれん」
南波。
「本当に音響兵器だったっていうのか」
瀬里沢が南波に問い返す。
「スピーカーみたいじゃないか。あれ」
「そんな馬鹿な話があるか。移動もできない、ただそこに据え付けてあるだけの兵器なんて聞いたこともない」
「そこにあるのは、そういう類のものに見えないか」
「実際そうなんだ」
コパイロットが応える。
「なんだって?」
瀬里沢がかみつく。
「本部はそう判断した。まったくありえない。あんたの言うとおりだ。移動もできないし、だいたい規模がでかすぎる。こんな使い方しか考えられん。おそらく、俺たちの作戦と最終的には同じことを考えたんだよ、あいつらは」
「同じこと?」
蓮見が問う。
「俺たちの……帝国軍は、敵目標を奪取する作戦を実施するとき、最終的なオプションとして何を用意する?」
「奪取できなければ、破壊せよ」
「蓮見准尉、ご名答だ」
コパイロットが皮肉めいた笑いをもらす。彼もこの機体もエスコートの戦闘ヘリも、陸軍第五五派遣隊隷下にある。私たちの作戦上、最後に採られるオプションは、癇癪を起こした子どもが自分のおもちゃを取られまいとして、破れかぶれに自ら壊すがごとく、奪取できなかった目標は、総攻撃して破壊する。
「あのプラントは、連中の虎の子だったんだろう。どういう目的の施設なのかはよく知らないが、稼働テストの模様はつかめていた。高エネルギーを発生させる、一種の発電所みたいなもんだったようだ」
「リングみたいな構造は、加速器か何かか」
南波はもう窓から視線を外していた。
「そうだろうな。こんな僻地の島でな」
「あっさり自分でぶっ壊しちまったってことか」
「壊れたかどうかは知らんが、とりあえず近寄れなくなった。……見えなくなるぞ。もういいか」
「もういい」
「敵さんが自爆したがっているんなら、だ」
南波がコパイロットを向き、言葉の続きを待つ。
「わが軍が手助けをするそうだ」
「なんだって」
「結局、奪取できなかったわけだ。俺たちは」
「ああ」
「だから、完膚なきまでにこのプラントを破壊するそうだ」
「攻撃するのか」
「敵の第三波が確認された。大陸の基地から、またぞろ大群が押し寄せつつある。だから帝国三軍による総攻撃を行うそうだ」
「いつだ」
「俺たちが手近な前線基地か、海軍さんの揚陸艦に戻るよりも早くだ。だから急いでいる。味方の弾は食らいたくないだろう」
「もうすぐに実施するのか」
「そうだ。南波少尉、そのCIDSで戦闘情報を閲覧してみろ。そっち方面の警戒情報がいくらでも出てくるぜ」
「気の早いこった」
南波はそう言って内壁にもたれたままだった。
「対象地域は」
瀬里沢が訊く。
「自分で調べないのか」
「あんたに訊いたほうが早そうだ」
「北緯五十度以北ほぼ全域になる。もっとも、核攻撃以外でそこまで大規模な攻撃はできないから、ある程度的を絞ったものにはなるんだろうが。展開していた地上部隊は即時撤退を開始したよ」
「このあたりを猛攻するのか」
私は思わず身を乗り出して訊いていた。
シカイ……、ターニャ。あの村がある。
「地形が変わるだろうな。上層部は怯えているのさ。あのプラントみたいに、森の地下に何があるかもわからない。衛星から地面の下は覗けない。だったら、掘り返してみればいい。そういうことなんだろう」
「マルナミ、後ろばっかり向いていないで助手の仕事をしろ」
機長が低くコパイロットをたしなめた。円波と呼ばれたコパイロットは南波と同じ少尉の階級章をつけている。
「了解キャプテン」
機長(キャプテン)は実際に大尉(Captain)の階級章をつけている。私の位置からは表情が見えない。低空を背の高い樹木の梢をかすめて飛びながら落ち着いている。その機長に私は呼びかける。
「このまま洋上へ出るのか、機長」
「すぐには出ない。敵航空機の脅威判定がレベル二以下になるまで、遮蔽物のない洋上には出られない」
「途中、寄ってほしい場所がある」
「なにを言っている」
機長はこちらを向かない。当たり前だがウィンドシールドを向いたままだ。
「姉さん、何を言い出すんだ」
南波が私に向き、囁くように言った。CIDSが作動しているから、「ささやいているような普通の声」として全員の耳に届く。
「周辺住民(・・・・)への警告も行わないのか」
「このあたりに町はないぞ」
機長が返す。
「……イルワクの村がある。知ってるはずだ」
「入地准尉、よせ」
南波が私を制するが、かまわず続けた。
「集落が点在しているのは、確認されている。無差別攻撃みたいなことをするんなら、彼らに通告すべきだ」
私が言うと、機長が振り向いて言った。
「それは俺たちの仕事ではない。俺たちの仕事は、あんたらを安全地帯まで送り届けることだ」
「わかっている。それを承知で頼んでいるんだ」
「全部の集落にふれて廻るのか。すべての位置を把握しているのか」
「入地、やめておけ。疑われるぞ」
瀬里沢がいつのまにかCIDSを跳ね上げ、こちらをにらんでいた。
機長は前方に向きなおり、低い声で言う。
「准尉、なぜだ。いままでの作戦で、あんたは周辺住民全員へ、攻撃前に危険を通告してきたのか」
風連奪還戦。廃墟と化した縫高町。
事前通告などしていない。それは私たちの仕事ではない。
わかっている。
ターニャの家の風景が、見える。
過去の記憶としてではなく、現在の光景として。
縫い物をしている彼女の後ろ姿が見える。
ライフルを提げた男たちや、シカイの家の前にいた少女の横顔が、生きている映像として私には見える。
帝国軍の総攻撃が始まったならば、それらはすべて消える。
私と蓮見の記憶の中に留まるのみを許され、実体は消え去る。
「姉さん、……血迷ったか」
「違う」
「どう違う」
瀬里沢。
「姉さん……」
「蓮見、お前はどうなんだ。見殺しにするのか」
「やめてよ。……姉さんらしくもない」
「そうだ。入地准尉。姉さん、あんた前に言っていたじゃないか。シカを仕留めたとき、そのシカには子どもがいた。親子だったんだ。でもあんたは、小ジカも撃とうとした。でも、あんたはあんたの祖父さんに止められた」
谷あいの斜面。対岸に見えたシカの姿。スコープの中で、真っ黒い瞳が私を向いていた。引金を絞り、命中の確信をもって撃った。シカは倒れた。そのかたわらから、弾け出るように小ジカが現れた。私はその小ジカにも狙いを定めた。迷いはなかった。親を失った小ジカは、私が撃たずともやがて飢えて死ぬ。あるいは親の庇護を失い、ほかの動物に襲われて死ぬ。ならば、親を失った現実をまだ理解できない今のうちに、私が仕留めるのが、その子の幸せだ、と。
「知らせてどうするんだ。ヘリに乗せるのか。連中は文明から程遠い生活をしていると聞いた。奴らには自動車があるのか。集落全体で避難できるような手段があるのか」
南波がまっすぐに私を向いている。
「軍は動かない。揚陸艦は、難民船じゃない。戦場で命を拾おうと思ったら、ポケットだけでは足りないんだ。それは姉さん、わかってるはずだ」
「わかってる」
「じゃあなぜ固執する。あんたがステイした村に行くのはいい。だが、ここもそこも、帝国の領土じゃない。ここは同盟の領土だ。あんたが出て行ったあと、村には敵の部隊が駐留しているかもしれないんだ。そんな危険を冒して、俺はチームを動かすことはできない。入地准尉、あんたのリコメンドは却下だ」
「南波、」
「機長、聞かなかったことにしてくれ。このまま戻る。頼む」
機長は応えない。が、ヘリの進路も変わらない。
私は言葉を探していたが、見つからない。瀬里沢はすさまじい憤りを隠そうともせず、私を睨みつけている。日比野も田鎖は素知らぬ顔だ。蓮見はCIDSを降ろしたまま、唇を噛んでいた。
「姉さん、……高泊に戻ったら、休養が必要だ。付き合ってやる。……少し休め」
私は南波の穏やかな声音にも応えず、言葉を探していた。
ヘリは速度を落とすことなく、起伏をなぞるように、梢をかすめるように、飛行を続けていた。
「なぜ、あんたはそこまで猟師村に拘る」
南波がなかば投げ出すような口調で私に問う。
「無差別攻撃をしようっていうわけじゃない。そもそも脅威判定が下されていない地域を攻撃するほど、俺たちの火力は無限でもない」
「あのプラントのような地下施設がさらに存在する可能性があるんだろう。なら、……攻撃で地面を耕すしかないんだろう?」
「北緯五十度以北というだけで、椛武戸がどれだけの面積だと思う? 核攻撃は考慮されていないぜ」
南波はちらりと機長席に視線を走らせる。
「核攻撃なんてもってのほかだ」
「以前はやってる」
「あれは鉱山都市の機能を奪うためだ。攻撃した時点で民間人はいなかった」
「そういうことになってるだけ(・・・・・・・・・・・・・)だ。姉さん、あんたのいうことはダブルスタンダードだ。言葉が矛盾している。あの鉱山都市は無人ではなかった。運転員もいれば敵の軍属もいたぜ。けど攻撃は実施された。あんたは顔色一つ変えずにその情報を確認していたじゃないか」
「対象が違う」
「顔が見えたからか。鉱山都市はあんたも俺も派遣されたことがない。初期攻撃を実施したのは俺たちハケンじゃなく空挺部隊だった。結局奪還できずに消し去ったわけだが。その状況を、俺たちは高泊で眺めていた。スクリーンを通して。衛星が撮影した攻撃後の映像を見たんだ」
帝国軍は大陸沿海部に存在した敵の鉱山都市を一つ核攻撃で消し去っている。核出力は五十キロトン程度だから戦術核だ。八一式要撃戦闘機に護られた六四式戦闘爆撃機が空中投下式の誘導型核爆弾を使用した。高純度のレアメタルを産出していた鉱山は、周辺に中規模の工業地帯と、労働者や軍属が暮らす都市を形成していた。それでも人口は十万に満たない。北方会議同盟(ルーシ)連邦の政府発行の地図にすら載っていない閉鎖都市だった。もっとも、衛星軌道から兵士が携行する武器の種類まで判別できる現在、そっくり都市上空に蓋でもしない限り、そこに何があるのかはすぐにわかる。カモフラージュをしても無駄だ。
私たちが見ても何の変哲もない街だと判断する衛星画像を、専門教育を受け場数を踏んだ分析官たちはたちどころにそれを見破るのだ。高価な道具を効果的に操るには、高度な技術と高度な知識と豊富な経験がいる。そんな彼らが鉱山都市に脅威判定をした。本来は空爆で敵の戦力を無力化したのち、施設を地上部隊が奪取、少なくとも再建に半年以上かかる程度に破壊する作戦だった。だが、敵の反攻に遭遇し、友軍は撤退した。そして行われたのが、敵部隊もろとも鉱山都市をまさしく地上から消し去る核攻撃だった。
「私たち」はそうして、シェルコヴニコフ海に浮かぶハイドレート採掘基地や海上油田、敵の精製施設を消し去ってきた。現存しているのは縫高町作戦の前になんとか設備を封印したあの発電所程度だ。北緯五十度以北のめぼしい都市は、高規格道路から鉄道、空港施設までが破壊あるいは寸断され、機能しているところはほとんどなかった。膠着状態に陥った北方戦役で、以前と変わらないのは海と川と山と森、そしてさしたる軍事的脅威を判定されなかった小規模な村落、それはイルワクの猟師村をはじめとする、数十からせいぜい千人程度の住民が暮らす村や町などだった。
「敵は主要施設の秘匿化を進めている。地図に載っていないが上空からは丸見えなんて、冗談みたいな秘密都市はもう奴らは作らない。あのプラントを姉さんも見たろう。自爆して初めてその規模がわかった。目的すらよくわからない施設だったが、連中は何かをこの島で作っているんだ」
島と呼ぶにはあまりにも広い椛武戸。北端は北極圏に達する。陸上に国境線を引く帝国と同盟での面積比は一対三以上だ。もともと北方会議同盟(ルーシ)連邦の首都は大陸の東へ数千キロ隔たっており、このあたりは彼らが極東と呼び、本格的な開発が始まってからは二百年とたっていない。そういう意味では、私たちも同盟勢力も、イルワクたち先住民からすれば侵入者にすぎない。
「忘れ物でもしたのか」
円波少尉が振り向く。
虚を突かれて私は言葉を返せない。
「まさか俺たちを敵の真っただ中に誘い込んですり潰そうなんて考えてるわけじゃないだろう」
「当り前だ」
「なにを忘れてきたんだ」
円波少尉が私の目をじっと向いている。CIDSのバイザー部を下ろしているが、なぜか彼の目が感じられた。
「……日常」
考えるよりも先、私の口が勝手に音声化した言葉はそれだった。蓮見が私に向いたのがわかった。南波は変わらず、私を見つめている。
「日常?」
「……朝起きて、食事をして、空を見て、……今がいつなのか、ここがどこなのか、そういうことを考えて、……考えることを思い出したんだ」
「それはいつもやっていることだろう」
南波が言う。
「高泊でふだんしていることと何が違う。俺たちは飯を食うし、訓練が終われば夕日を見てきれいだと思うくらいの情緒は持ち合わせている。……それとは違うのか」
「都野崎にいたころ、私は、いまがいつの季節なのか、いつもわかっていた。柚辺尾にいたときも。紀元記念公園で桜を見た。夏になれば見上げるような入道雲を見た。雨が降る前には雨の匂いがした」
「それがなんなんだ。いまは違うのか」
「……知らないうちに、私は死んでいるのかもしれない、そう思っていた」
「バカなことを。姉さん、あんたは生きている。死人じゃない。あんたが死んでいるんなら、俺たちはなんなんだよ」
「実感がなかったんだ。……私は、都野崎の帝国大病院で何人ものパイロットから同じ話を聞いた」
「あの世の入り口の話だろう」
「ワタスゲの原だ。一面の」
「あんたはそこを歩いてきたんだろう」
「そうだ」
「それと、あんたの生き死ににの話とどう関係があるんだ」
「私は来世も天国も信じちゃいない。南波、あんたと同じだ。祈ればすべてが許されるなんて都合のいい信仰も持っていない。死んだら機能停止。物理的に考えたら、それが自然だ。電子機械が沈黙するのと同じ。自分が自分だと認識する機能が消滅するだけ。魂なんて存在しない」
「俺も同感だ」
「不思議に思ったんだ」
「なにをだ」
「ワタスゲの原さ。私の生まれた柚辺尾の、ちょっと町はずれに行ってもワタスゲは生えている。湿地があれば」
「そうなのか。そうだとして、何が不思議なんだ」
「ワタスゲが咲くのは、初夏なんだ。いまくらいの季節」
「花だからな」
「花が咲いたあとの種子飛ばしなんだけど。……わからないか。パイロットたちはみな、同じような風景を見たというんだ。戦線は膠着し、もう何年も北緯五十度線を挟んで戦闘は続いているのに、決まって帰還者が口にするのは、初夏の風景なんだ」
「たまたまじゃないのか」
「聞き取りをしている最初のころはそう思ったよ。でも、私たちが……研究室で聞き取り調査したパイロットは全員、同じ風景を見ていた。一人や二人じゃないんだ。同じ飛行隊のパイロットが一度に遭難したというならわかる。けれど、みんな違った」
円波がじっとこちらを向いている。
「なぜ初夏なのか。偶然なのか」
「冬に遭難したら、そのまま凍死するからじゃないのか」
円波が言った。ずっと話を聞いている。
「そういう与件を排除して、……全員に共通していたのが、私も歩いたあのワタスゲの原のイメージだったよ」
「姉さん、前に、空軍のパイロット……何て名前だったか忘れちまったが、蓮見みたいな女の子と話をしていたとき、言っていたな。軍が偵察機まで飛ばして、くだんの『天国の入り口』を探したが、それに該当する場所は存在しなかったって。矛盾してるじゃないか」
「イメージが違うんだ。私が歩いた場所は確かにワタスゲの群生だったけど、撃破されて擱座した戦車もあった。撃ち落とされて地面に刺さったみたいな飛行機の尾翼も見えた。十字架みたいだった。けど、あそこは天国とは程遠い場所だったよ」
「それと日常がどう結び付くんだ」
「私の場合は、地続きだったんだ」
「地続き?」
「南波たちと分かれてから、蓮見と歩いて行った。一本、湿原の端から南へ、ずっと道が続いていた」
「道?」
「道路じゃなく、道。驚くほどくっきりと、人がひとり歩く幅で、ずっと続く道だよ」
「そんな道があるのか」
意外そうな顔をして南波が言う。
「あった。蓮見と歩いたんだ。気づいたら、ワタスゲの原にいた。あのパイロットたちが言っていたような、見渡す限りのワタスゲの原だった。でも、私はそこが天国の入り口だとは思わなかった。疲れていた。とにかく国境まで歩こうとね。むしろ、朽ち果てた戦車のほうが脅威に感じたよ」
「案外まともな精神状態だったんだな」
「私を疑っているのか」
「瀬里沢じゃなくても、多少はな」
「心外だ」
「続けてくれよ。で、その風景がどうやってあんたの日常を喚起したんだ?」
「私が都野崎の病院で聞き取りをしたパイロットたちは、空中から突然ああいう場所に放り出されたんだ。突然彼らの日常は断絶されたんだ。円波少尉が言ったとおり、冬なら海に落ちなくても、十分に遭難する気候だから、初夏の印象が強くなるのは当たり前だと思う。……ワタスゲが一面に咲くのは、季節の中では短いんだ。ほんの数日、それくらいの短さなんだよ。ねえ南波、いままで北方戦役で戦死した味方の数は知っているか」
「知らないね。そうした数字にはあまり興味がない」
「一万三千人」
蓮見が短く答えた。
「蓮見、お前そういう数字には強いんだな」
南波のまぜっかえしに蓮見は応えなかった。
「傷病兵はその三倍以上だよ。戦闘中に行方不明になった兵士の数は二千名を下回らない」
「死者行方不明者数、一万五千人ってことか」
「メディア風に言えばね。けれど、死んだのと行方不明では天と地も違う。文字通りね」
「行方不明者は地面をうろうろしているかもしれないって?」
「自力で生還した者が、『帰還者』ってこと。……条件的には私も蓮見もそれに入るんだろうな」
「当り前だ。帰ってきたんだから」
「原隊に復帰しただけだ。『帰ってきた』わけじゃない」
「まだ姉さんは行方不明ってことかよ」
「どこへ帰るんだ」
「部隊へだ」
「部隊が私の日常?」
「蓮見流に言わせれば、非日常の連続かもしれないが。けど、俺にとってはこれが日常だよ」
「行方不明になって帰還した人数、知ってるか、蓮見」
「一割もいないんだよね」
「そうだ。そのうち、航空要員はさらにその半分以下だ」
「五十人くらいかよ」
「定義があいまいだから、行方不明者数にカウントされていない帰還者もいるようだけど。研究室時代に追跡調査しようと思ったけど、防衛機密とやらに阻まれて、せいぜいが帝大病院で聞き取りが許された程度だった。……みんな、現実感を失っていた」
円波少尉は機長に促されて私たちからは視線を外していた。南波だけがずっと私を向いている。
「あのワタスゲの原と、イルワクの村は、地続きなんだ」
「それが、あんたの忘れものだと?」
「柚辺尾の街とあの村は何も変わらない」
「全然違うんじゃないのか」
「同じだよ。人が生活している場所なんだ。……私はパイロットたちが迷い込んだワタスゲの原……天国なんてものがあるのなら、その入り口を探してみようと思った。全員が共通して同じイメージを持っていることにも疑問を感じたんだ。合理的に考えれば、遭難時期がみな似かよっていて、たまたま撃墜された空域が近かっただけかもしれない。洋上で撃墜されたパイロットの生還率は極端に下がるし、敵勢力下に降下すれば、すんなり帰国できるわけもない。悪天候時は航空作戦が遂行される率も下がる。結果的に、初夏の好天時の作戦で、有視界戦闘に陥ったパイロットの被撃墜率が上昇し、それで同じようなイメージが共有されるのかもしれない」
「俺はそれが真実だと思うけどな」
「じゃあなんで北方戦役で遭難したパイロットはみんな、精神科にぶち込まれているんだ。みんな、それまでの日常を忘れてしまったみたいに、元の生活に戻れている人間なんてほとんどいない」
「偵察機が見つけられない『入り口』がまだあるのかね」
「湿原は低地にいくらでもある。どこだって同じだよ。……私たちは、唐突に時間軸をぶった切られると、日常を認識できなくなるんだ」
「パイロットたちはそれだと?」
「私はそう思う」
「それと猟師村がどう関係するんだ」
「瀬里沢や、南波が危惧したとおり、……あの村に取り込まれそうになっていたのは私だったんだと思う」
私は抵抗した。そうだ、私は原隊に復帰することを、国境を越えることをただ第一に考えていた。あの村を拒絶しようとした。ターニャの家での最初の夜、それがこらえきれずにあふれだした。私はさらにそれを認めることを拒み、かたくなになった。結果、私の戦闘的な日常は、あの村で断絶された。
「私は……、高泊で訓練に明け暮れていた新人時代から、もういくつ目になるのかわからない今回の作戦まで、戦闘に参加するのが日常だと感じていた。空を見上げたり、風の中に匂いを嗅いだりするのも、戦闘行為だった。そうしないとやられるからだ。でも、私が陸軍に入った目的は、天国の入り口を探すことだった。それで、天国なんて存在しないって、自分に理解させようと思った。日常は私が死ぬまでだらだらと続くもので、それは北洋州から都野崎に出て、ふつうの学生として過ごしていたときも思っていた。
でも、北方戦役で……天国の存在が兵士たちの間で話題になっていると知って、私は気になったんだ。天国なんて日常じゃないだろう。そこで私の日常を断絶できるかもしれない。いや、反対だ。私の日常を、天国の入り口まで維持できるかもしれない、そうすれば、私の世界は、不変なんだって」
「それでわざわざ志願して、俺のチームに来たのか」
「そうだ」
「蓮見の動機のほうが、よっぽど明快で分かりやすい」
「そうだな」
「で、猟師村の件は」
「……日常を断絶できていない人間が一人いるんだ。彼を、……連れ帰りたい」
「……何のことだ?」
「私と蓮見のように、戦闘中に部隊とはぐれて、そのまま天国の入り口を通り過ぎて、もう一つの日常に埋没した兵士がいるんだ。私に弾薬をくれた男だよ」
「脱走兵か」
「脱走していない。行方不明の一人だ。二千分の一だ」
「初耳だ」
「弾薬をもらった話はした」
「イルワクの連中が友軍の装備を持って行ってるんだと思っていた」
「元戦車乗りだと言っていた。彼を連れ戻したいんだ。その戦車乗りはまだ、あの村で夢の中にいるんだ」
「今度は夢か」
「私と同じ、地続きで天国の入り口を通り過ぎた人間だよ。日常を断絶できなかったから……平穏な村の風景を拒絶したから、夢を見ているみたいに、今を日常だと認識できていないんだ」
「……姉さん。いまのあんたもそうなのか」
「どっちがどっちかわからなくなってくる」
「姉さん。……入地准尉。やっぱり戻ったらスクリーニングの上でリブートが必要だな」
「そう思う。……機長、だからお願いだ。寄り道してほしいんだ」
「南波少尉、……モールリーダー?」
機長が抑揚なく言う。
「南波、……未帰還者の救出だ。名目はできただろう。行ってくれ……私は帰りたいんだ」
「『こっち側』にか?」
私はうなずく。
「入地准尉。俺はチームの安全を担保できない限り、寄り道には同意しかねるぜ」
「あの村に敵の脅威判定をして、レベル二以下だったら……」
「敵脅威が確認できなければ、……機長、『ビンゴ』までの余裕は」
復路分の燃料がもつかどうかと訊いている。
「こいつは燃費がいい。まだ大丈夫だ。少尉、俺はあんたらの運送屋だ。危なくない程度に付き合うよ。そこの姉さんは言い出したら聞かないタイプだな」
「困ってる。いつも」
南波の言葉に、瀬里沢がうんざりとした表情を見せる。
「瀬里沢、わかってる。チームの安全を確保できない場合は、即座に引き返す。このわがまま姉さんを空中投棄してな」
「南波、」
「名目はその行方不明者の救出だ。……本当にそいつ、帰る気あるんだろうな」
「訊いてみればわかる」
ショウキ。いや、八田堀伍長。
悲しげな表情が思い出される。
私の思い違いだったら。彼にとって、イルワクの村はすでにそれまでの日常にしっかりと上書きされているとしたら。
けれど、私の日常は、あの村で、不自然な形で分断されているのだ。
私は、帰りたい。イルワクの村での数日を、完全に過去のものにして、だ。
ヘリコプターがバンクした。緩やかに。随伴する二機の戦闘ヘリコプターの機影が樹林にまだら模様を描いていた。
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