第11話

   十一、



 都野崎は広く標高の低い平野の南端に拓かれた巨大都市だ。本土に穿たれた湾に面しており、湾は広大で内海と呼んでよい面積がある。天然の良港がいくつもあった。また帝国最大の人口集積地であり、その規模は世界最大といってもいいものだ。都野崎市の周囲には無数の衛星都市が散らばっている。中世以前は草原が果てしなく続き、月も太陽も草原から出でて草原に沈むと詠われたほどの田舎だったようだが、いまから三百年ほど前にこの地を本拠とする強大なとある武家が政権を得、帝国を統一してからは激変し、世界最大の都市に成長した。三本の大きな河川と、大洋とつながるいくつもの汽水湖が都市圏東側に連なり、晴れた日に都野崎の上空を飛行すると、湖沼と内海が陽を鏡のように反射してまぶしい。

 私が生まれ育った柚(ゆ)辺(べ)尾(お)市とは文化も気候も何もかもが違う都市。私が北洋州を離れた理由……私はとにかく柚辺尾を離れたかったのだ。祖父の不器用だけれど温かいまなざしや、ユーリの朴訥な優しさ、そして厳しくも美しい北洋州の大地から。。

 なぜだろう。

 私なぜ、祖父や家族やあの森から離れたかったのだろう。

 そう、私は柚辺尾の街から、北洋州のあの気候風土から離れたかったのではなかったのだと思う。おそらく、森から、猟から、銃から、祖父から距離を置きたかったのだと思う。私はあの一時、たしかに銃を手にしたくないと思った。猟が嫌いになったのではない。私の裡に、猟へ行くごとに湧き上がってくる形容しがたい快感を、私自身が認めたくなかったのだ。

 親を失った子ジカ。

 それを仕留めようとしたこと。

 そして祖父に止められたこと。

 ユーリの青い目が悲しげに私を見つめていたこと。

 なぜか、ユーリが右手を添えていた大口径マグナム弾を発射するリボルバー拳銃の、あの秋の空を映したような蒼い銃身の色が印象深かった。

 硝煙の匂いもだ。

 狩猟の文化は現代の帝国にほとんど残っていない。もともとこの国は農耕を主とした農業国だった。だから、とりわけ射撃能力に秀でた隊員の多い第五五派遣隊に中にあっても、私のように十代から銃に触れていたという者はいなかった。

 七.六二ミリライフル弾の反動は大きかった。初めて撃ったとき、そのショックに驚きの声を上げる隊員は多い。けれど私は十代でそれを知っていた。

 本格的に自分のライフルを肩に山へ向かうようになる前、私は祖父から一通り銃の撃ち方を習った。

 立射、伏せ撃ち、膝撃ち、座り撃ち。

 半日で百発近い弾を撃たされた翌日は、肩が腫れ上がって激しく痛んだほどだった。陸軍制式の自動小銃と比べて、機構が単純だが堅牢そのものだった私のボルトアクション式ライフルは、重量が四キロほどで、猟銃としてはさほど重い部類には入らない。だから、弾薬の反動は身体で受け止めることになる。鼻を突くような硝煙の匂いも、やがて慣れた。祖父は私に言った。獣の匂いを感じろと。それは、獲物の匂いだけではなく、強烈な敵意すら漂わす最強の捕食者たるヒグマの匂いも嗅ぎ分けろという意味だった。森の中で人間はか弱い。ちょっとした天候の悪化、あるいは日没、あるいは北洋州最大の肉食獣、クマとの遭遇。経験と智慧を持たない人間は、二日と森の中で生きていくことはできないのだと祖父は言葉少なに私に説いてくれた。自然を知らない人間は、火を焚くことをしなければ、最初の夜を平静に乗り越えることすらできないのだと。祖父は言葉通り、森の中へ私を連れ出し、天幕の中でランプを消し、焚き火を熾すこともせず、自分の指先すらおぼつかない闇の中へ私を落としこんで見せた。祖父がすぐそばにいることもわからない、本物の闇。私は眠ることもできず、夜明けをシュラフにくるまってじっと待ったのだった。

 まだ十代だった。

 そうして、私は一歩一歩、祖父から森のこと、山のこと、野のことを教わった。

 罠を仕掛けて獲物を捕ること。そして、銃を使い、獲物を狩ること。

 私は銃そのものに対する拒絶感のような感情は一切持っていなかった。それは自分でも不思議だと思う。故郷で、私のような女の猟師は一人たりとも出会わなかった。だからめずらしがられ、かわいがられもした。もちろん揶揄もされたし、猟をやめるように私にやんわり説諭する人間もいた。

 しかし私は猟をやめようと思わなかったし、祖父やユーリと過ごす週末が待ち遠しかった。学校から帰宅すると、私は祖父のもとへ行き、祖父が仕掛け罠や愛用のライフルの手入れをする様子を眺めたり、作業を手伝ったりした。まったく苦痛ではなかった。同世代の少女たち、いや、少年たちですら経験できない貴重な時間を過ごしている優越を感じていた。銃の分解結合をひとりでまかされたり、金色に輝くライフル弾を磨かせてもらえるようになった日は、わくわくしてなかなか寝付かれないほどだった。

 初めてライフルを撃った日。

 もちろんその反動の大きさ、鼻を刺す硝煙の臭いにも驚いたが、なにより、撃った弾の威力の大きさに、自分自身がとてつもない力を得たような気がして、胸の裡から燃え上がるような感情を覚えた。狙った的には当たらなかったが、外れた弾がえぐった土煙りに驚いた。あたりに響き渡った自分の銃の射撃音に胸を打たれた。

 そして、初めて自分の銃で、自分の意思で、獲物を仕留めた日。

 自分の意思で、生ける命を斃した日。

 命を奪ったこと。

 戦場で初めて敵兵士を射殺した経験も、実は、十代のあの日、初めて獲物を撃ったときの経験の前では霞んでしまった。それくらいのショックが私にはあった。

 道具を持たなければ、一対一ではまともに戦うことすら難しい野生の生き物。それが、一挺の銃で有利に戦える。そして、命を奪う。私には当時から崇める神を持たなかったが、しかし、命を自由にやり取りできるのは、どこかにいるかもしれない、人智を超越した存在だけだと思っていた。それが、銃を使うことで、自分のような少女でも可能になってしまう。銃の持つ力に私はひどく心を揺さぶられていた。そして、山野をめぐり、自分が狙いを定めた獲物を根気よく追い、動きを読み、ときにはシカやクマになりきるようにして、探す。学校では絶対に経験できないことだと思った。そうだ。学校では命のやり取りについては教えてくれない。

 いつしか私は猟にのめり込んでいった。

 やはり祖父から譲られたナイフで、仕留めたシカを血まみれになって解体したときも、あたり一面に立ち込める血の匂いも嫌ではなかった。衣服が血や泥や自分の汗で汚れるのも気にならなかった。そうして、私は祖父の技術を着実に受け継ぎ始めていた。

 仕留めた獲物の数は覚えていない。数える気も最初からなかったのだと思う。一期一会という言葉は後で知った。私にとって、週末や長期休暇のたびに仕留める獲物一頭一頭が、すべてそのとき唯一の存在だった。手負いにしたこともあったが、祖父やユーリの助けも借りて、必ず仕留めた。それができるようになっていった。

 そしてあるとき私は気付いた。猟に、私が快感を得ているということに。

 それは命を奪う快感だった。

 獲物を仕留める快感だった。

 何にも代えがたい快感だった。

 そして、そのことに気付いた私は、さらに自分が猟に没頭していくのがはっきりわかった。

 いや、もしかするとそれは祖父に言わせると「猟」ではなかったのかもしれない。

引き金を引き、雷管が炸裂し、パウダーが燃え、弾頭が銃身を貫いていく。簡素なアイアンサイトで照準しても、私には銃弾が飛翔するその様子が分かった。撃った瞬間に当たるかはずれるかも。

 以前、南波に言ったように、私に射撃のセンスがあるとは今でも思わない。数を撃てば、訓練を積めば、誰でも銃弾は的に当てられる。光学照準器があればなおさらだ。ライフルは拳銃と違い、適切な訓練を積めばかなりの精度で的に弾を当てることができる道具だった。三百メートル先の動かない訓練用の標的など、呼吸を制御するまでもなく、誰でも当てることができるようになる。最初は針の先のように見えていた的ですら、三か月も練習すれば、「当たる気」がするようになる。

 私を猟へ駆り立てていったのは、自分自身の中に、標的の命を奪うことに対する快感がはっきり存在することに気づいたことだった。

だがやがてその快感に、嫌悪を伴いはじめていることにも気づいた。快感が成長しつつあったこと、そして自分が紛うことなく祖父の後継者としての資質と血を受け継いでいることにも。

 祖父は生まれながらの猟師ではなかった。祖父はかつて兵士であり、優秀な狙撃手だった。

 第五五派遣隊に入り、いくつもの作戦をこなし、名実ともに戦士となった今の私ならわかる。

 山でシカを追うより、森の王者と対決するより、敵の兵士を、自分と同類を狙うほうがよほど簡単だ。強力な友軍のバックアップもある。なにより、今の私の獲物は私と同じ人間だ。だからこそ、行動が読みやすい。人間にシカやクマの心は永遠にわからない。だから猟は難しい。しかし戦場は違う。言葉や文化が違ったとしても、敵は同じ人間だからだ。

 きっと祖父は私の資質を見抜いていたのだと思う。

 だから私も気付いた。

 自分の血に。

 後天的に強化された血。

 ……殺戮者としての血。

 戦士となった私は、たとえば戦場で親を喪った子がいれば、ためらいなく殺すだろう。悲しみを助長させる必要などないからだ。親を、子を、あるいは家族や友人を失った悲しみを打ち消すために、悲しむ主体を消す。それが私の考える優しさだった。悲しみも憎しみもなにもかも、その場で途切れる。逆の立場なら、親や子や家族を目の前で奪われ、そして、最愛の存在を奪った相手に報復する武器を持たないならば、その場で殺してほしいと頼むだろう。私は喪失感に打ちひしがれてその後の人生を過ごすほどに強くない。

 だから、私は皆殺しにするだろう。

 親を喪った子ジカを撃とうと引き金に指をかけたあの日。祖父にそれを諌められたあの日。

 あれがきっと分水嶺だった。

 距離を置く必要性を感じたのだ。我に返ったといってもよかった。私は数年間経験した猟生活の中で、裡に別の自分を育て上げつつあったのだ。弱くも残酷な自分自身の姿を、祖父は見えない鏡に私を映し、気付かせようとしたのだろう。だから、あのときの祖父の顔は悲しげに歪んでいたのだ。

 私は北洋州から離れようと思った。

 私はもともと、晩秋から初冬にかけての陰鬱極まりない風景が嫌だった。次々に葉が散り、色を失っていく山野の風景と比べるならば、真冬の降りしきる雪と民家の明かりや、凍てついて青く沈む夜のほうが好きだった。私はあの晩秋の風景からも逃れたいと思った。いやに静かで、けれど気が急いている北の大地の空気。秋の山は、誰もが気が急く。動物たちも。植物も。人間も。

 四季と対峙するより、愛でることができる地域に行きたかった。

 北洋州の支配者は依然として風であり雨であり雪であり森であり、動物たちだ。入植者も先住民たちも、常に自分たちよりも優位な自然と戦い続けてきた。大地は慈母ではなく、厳父だった。木を抜けば容赦なく命を奪われるのが北洋州の自然だ。いまもそれは変わらないと思う。しかし、海峡を一つ渡った内地は……都野崎は違った。土地の支配者は森や川や風などの自然ではなく、間違いなく帝国であり、そこに住む市民だった。

 今までの世界とは違う、また別の世界だ。

 都野崎に移り住んだのは帝大に入学した十八歳のときだ。

 何もかもが違って見えた。

 都野崎の広い通りは市街地を一直線に貫いており、三百年前に築かれた広大な城郭を中心として発展した都野崎には歴史があった。いや、歴史だけならば帝が居を構える京のほうが数段勝っている。数百年、千年を数える寺院、城壁、そして家々。丹野美春が教えてくれた京の街並みもまた、都野崎とは違った歴史を感じさせてくれた。だが、都野崎には京にはない活気があった。猥雑さと、昂揚感だ。

 私は紀元記念公園を一人歩くのが好きだった。帝国が建国されて二〇〇〇年を記念に作られたというやたらと広い公園だった。湖のような池の周りには桜の木がびっしりと植えられ、敷地内には博物館から動物園まで建っていた。賑わいもあったが、すこし外れは人気も多くなく、私のアパートメントからも近かったから、とくに用がなくてもときおりぶらぶら木の匂いをかぎに歩いた。大学の敷地からも近かった。市街電車が走り、最新の国産の乗用車が、カタログから出てきたそのままの色と形で数百台も通りを埋め尽くしていた。私は地方出身であることを隠さなかったから、大学の教室では外国人扱いをされた。言葉のアクセントの違いもずいぶん指摘された。都野崎の帝国大学は、国内では最高位に位置づけられる学府だったが、地方出身者は全学生の内の二割程度だったと思う。ほとんどが都野崎の出身か、あるいは近郊都市や自治域の人間で占められていた。私に分け隔てなかったのは京出身の丹野美春を含めて数名だったように思う。

 丹野美春は、私と同い年で京の旧家出身で、小柄だが聡明な瞳をした学生だった。知り合ったのは大学の教室でも食堂でもなく、紀元記念公園の高射砲塔の下だった。私は古本屋で名著とされる小説を数冊、市価の十分の一の値段で買い、それらを読むともなくパラパラめくっていた。本を読むのは猟の次に好きだったが、好んで名著といわれるたぐいの分厚い本を読みふけるような習慣も持っていなくて、だから学生になった私は、なんとなく気取ったふりをしていたのだ。高射砲塔を見上げる場所に並んだベンチに座って。私がそのとき読んでいたのは、ペーターゼンという作家が一〇〇年近く前に書いた「青い世界」なるタイトルの小説で、青年期を迎える少年たちの寄宿舎生活を繊細に描いた物語だった。やたらと分厚く、時間を持て余した閑人か学生以外はなかなか読了が難しいといわれている本らしく、柚辺尾で高等学校に通っていた時分から題名とあらすじだけは知っていた本だった。興味はあったが、柚辺尾にいたときは、小説を読むよりも、植物の植生を解説した本や、名のある猟師を描いた物語ばかり読んでいたから、「青い世界」は読んだことがなかった。柚辺尾を離れて初めて触れる気になったのだ。それ以上の動機はなかったように覚えている。もしかすると、学生らしい本を読もうと、そんな気持ちもあったかもしれないが、忘れた。忘れたことにしたい。

 丹野美春は春秋用の薄手のコートを着ていた。萌黄色。膝丈の。私は四季というより二季と呼ぶべき寒暖の激しい柚辺尾では用をなしそうにないそのコートが何やら珍しく思えて、高射砲塔を見上げている彼女の姿をしばらく眺めていた。

 砲塔の先端には、かつて三五ミリ対空機関砲が据え付けられていたと説明書きにはあったが、いま高射砲そのものはイミテーションに交換され、都市防空は高性能の地対空ミサイルが受け持っていた。だから紀元記念公園をはじめ、都野崎のあちこちに残る高射砲塔は史跡であり、この国が独立を保つにあたっての決意が具現化された遺物に過ぎなかった。月一度には防空訓練が行われているが、私がそれに参加した回数などたかが知れている。防空訓練自体は柚辺尾でも定期的に行われていたし、北方戦域により近い北洋州での訓練は、けが人が出るほどに真に迫っていたから、恒例行事化された都野崎の防空訓練などかったるく感じたのもまた事実だった。

サイレンが鳴り響くと、手近な地下鉄駅の入り口まで駆けていき、その時だけ開けられる分厚い対爆ドアを抜ける。そして、シェルター内に整列されられ、陸軍の担当官の指示に市民はしたがう。もっとも、陸軍に入隊し、帝国の防空体制を学んでからは、いまも月に一度行われている防空訓練にどれだけの意味があるのだろうと疑問を抱く。そもそも都野崎市は、近傍に空軍基地が一か所、海軍航空隊の基地が二か所あり、空軍は八一式要撃戦闘機、海軍は七四式艦上戦闘機を常に配備していて、地対空ミサイルを装備した高射部隊も三か所で空をにらみ続けている。それだけ高密度な防空体制を突くような無鉄砲がそうそう現れるとは思えなかった。だいたい北方戦域からは二千キロ近く隔てられているのだ。大洋の向こうには軍事同盟を結んだ国しかいない。攻めてくる敵そのものがいないのだ。だがあのころの私にそうした軍事的知識など皆無で、高射砲塔が史跡であることも知らなかった。京で育った丹野美春も同じだった。物珍しさから休日の散歩途中、石積みの塔を見かけてふらふらあの場所に歩いてきたのだ。

「空を撃ってどうするのかしら」

 丹野美春の第一声だ。私は今も思い出せる。

 紀元記念公園は中心部に広がるかなり広い池……公園として造成したのではなく、もともと存在する沼……の近隣に市民が集まる傾向があり、芝生と広葉樹と高射砲塔が点在するあの場所は、どちらかというと不人気スポットだったようだ。ベンチには私だけ、砲塔を見上げるのは彼女だけだった。だから、彼女の言葉が独り言でなければ、私に向けられたものであるのはすぐに分かった。

「撃ってるの、見たことあるのか」

 私が答えた。答えるしかなかった。放置してもよかったが、なんとなく答えた。私は今ほどに尖ってはいなかった。精神的に。

「見たことないわ」

「よく空を撃つものだってわかったな」

「書いてあるもの。銘板に」

 丹野美春は肩まで伸ばした髪を揺らして私に背を向けた。栗色の髪だった。

「読んだのか」

「読んだわ」

 私はベンチを離れて、彼女に歩み寄った。間近で見る高射砲塔は異様だった。砲座へ上がる出入り口は鉄の扉で、それはチェーンで厳重に閉ざされていた。頂上まで上がることができればさぞかし眺望もいいだろうと思ったのだが、市民に全面開放していないのは、緊急時にはイミテーションの機関砲からレーダー管制の本物の対空機関砲に素早く交換するため、いまも軍の管理下に置かれていることを知ったのはずいぶん後になってからだった。

「この塔、六十年も前に作られたのね」

「大洋戦争の前の話だ」

「この街は一度だって空襲に遭っていないのにね」

「そうなのか」

「不見識ね」

「私は……ここに来て間もないんだ」

「ここ? 公園? 都野崎?」

「両方さ」

「学生さん?」

 丹野美春が振り返る。まだ少女の面影が色濃い表情だった。萌黄色のコートの下は、淡い黄色のブラウスだった。

「あんたは?」

「帝大の学生よ」

「私もだよ」

 答えると、丹野美春は目を細めて微笑んだ。

「奇遇ね」

 きれいな声だと思った。言葉には西の……京訛りがはっきりとあった。テレビジョンやラジオや電子ネットで触れる西方言葉ではない、生の音。新鮮だった。

「何年生?」

「言ったろう。この街に来て、まだ二ヵ月とたっていないよ」

「ああ。そうね」

 私の言葉にさらりと応えると、丹野美春はまた高射砲塔を見上げた。

「高いわね」

「高いね」

 私も見上げた。

 空はうっすらと白く濁って見えた。どこまでが空なのかつかみづらいような雰囲気。私の知らない空の色。柚辺尾の街から見上げる、くっきりと輪郭がはっきりした空とは違う、ぼんやりと温かい空だ。

「あなた、北の出身かしら」

 丹野美春が言う。

「何でわかる。そうだよ、柚辺尾から」

「だって、お国訛があるもの。柚辺尾ね、ああ、知ってる。北洋州の州都」

「あんたは」

「京よ」

「首都から?」

「ううん、京のすぐそばの、……藤雅(とうが)という町。京佐電車で京からふた駅。京佐電車って、わかる?」

「さあ」

「佐摩坂(さまさか)と京を結んでる私鉄の電車」

「佐摩坂。行ったこともない」

「そうなの」

「京にも、佐摩坂にも行ったこともないさ。北洋州からは……遠すぎてね」

 丹野美春と私は並ぶと、彼女のほうがやや上背があった。それでも小柄な部類であることには違いがなかった。けれど、私が北方の荒れ地に生える草なら、彼女は旧家の裏庭で育てられた草花のような印象があった。着ていた彼女のコートの色のせいかもしれかなった。

「私も、北洋州には、行ったことはないわ」

「行かなくていいさ。いまは戦争中だ」

「北方戦役ね。……ここにいると、申し訳ないけれどおとぎ話のように感じる」

「私だってそうさ。戦線は椛武戸だ。北洋州本島の柚辺尾から戦線へはまだ海峡を一つ隔てるんだから」

「遠いのね」

「遠いね」

「でもあなたとは言葉が通じる」

「同じ国だから」

「そうね。同じ帝国だから」

「京か」

「なにか?」

「千年以上前から人が住んでいるっていうのか信じられないのさ」

「一三〇〇年よ。都野崎だって、六百年前にはもう町になっていたわ。一橋(ひとつばし)幕府が拓かれたのは四〇〇年前だけれど」

「柚辺尾は、開拓されてから二百年もたっていないよ」

「先住民(イルワク)がいたはずよ」

「今でもいるよ」

「会ったことが?」

「たくさんいるからな。めずらしくもないさ。目の青い連中もいるし」

 ユーリ。

「北方会議同盟(ルーシ)の……異人さん」

 丹野美春は、北方戦役での敵国、大陸の列強国、北方会議同盟連邦を、歴史的固有名詞で呼んだ。そして、「異人さん」と。

「めずらしい言い方をする」

「そうかしら」

 紀元記念公園は広い。もともとこの地方の特有の低湿地をそのまま生かしたレイアウトだから、起伏はないが緑が濃い。私の故郷の冷たい湿地とは違う。荒涼とした、絶望を絵に描いて額縁に入れたようなあの光景とは。

「ねえ、」

 丹野美春が私に視線を向ける。

「なんだ、」

「あなたの名前は?」

「入地(いりち)」

「下の名前は?」

「その前に、あんたの名前は?」

「ミハル。タンノ、ミハル」

 控えめな微笑みは変わらず。甲高くもなく特別低くもない声。上品という言葉そのものの立ち居振る舞い。私は初めて出会うタイプの人種である彼女に興味を抱いた。というより、好意を抱いた。

「ミハル」

「そう。丹野美春」

 丹野美春は、また何気ない風に首をあおり、高射砲塔を見上げた。

 暖かい風があった。

 私の頬を撫でた。

 彼女の髪が揺れた。


 丹野美春と夢の話をしたことがあった。

 知り合って二年目。都野崎に住んで二年目の春。

 紀元記念公園は満開の桜。

 私のアパートメントから大学へは、公園を突っ切るとかなり近道になるため、日々私は公園の周回道路を歩いていた。満開の桜の花が濃密に香るのは、決まって日が暮れてからだった。午後の講義をすべて終わらせて、南沢教授の研究室にちらりと顔を出し、翌年からの専門課程で引き続き南沢ゼミナールに所属するかどうかの希望調査も受けた。南沢教授は言語関連の論文が高く評価されており、私が南沢研究室に興味を覚えたのは、距離を置きたかったはずの北洋州……いつ果てるともしれない戦線が延々と続く北方戦役についての著書があったからだった。

 戦士たちは夢を見るのか。

 戦場で見る夢。

 非日常が日常になった彼ら、彼女らにとっての睡眠とはどういった意味を持つのか。なかでも短い睡眠時間に見るであろう夢について。

 北方戦役で血と危険と緊張に彩られた夢。

 柚辺尾は北洋州の中心都市だが、それでもなお北方戦役の最前線からは遠かった。前線は北緯五十度を前後し、北方会議同盟連邦と戦闘が続いていた。私が十代の頃は小規模な戦闘が定時ニュースで報道される程度だったが、次第に戦線は拡大し、膠着し、果てしない戦争に発展したのは承知のとおりだ。だが私は陸軍に入るまで戦場を知らなかった。

 戦場で戦士は夢を見るのか。

 満開の桜の道を歩きながら、丹野美春がつぶやいたのだ。

「私、夢を見たことがないわ」

 その頃の私は、第二世代選別的優先遺伝子保持者……Priority genetic screening children……いわゆる<PG>の存在を知らなかった。はっきりとその存在を知ることになったのは、陸軍に入ってからだ。半ば公然の秘密と化していた事実だが、しかし国民の間で<PG>の存在は黙殺されていた。

「トモ」

 無数のライトに照らされた桜の木々は美しかった。息を飲むほどに。

「トモ、」

 ミハルが私の名を呼ぶ。

 彼女の横顔。

「トモは、夢を見るの?」

 家族以外に誰も私の名前を呼ばなかった。丹野美春はけれど、私の名前を知ると、以来ずっと私を名前で呼んだ。朋(トモ)。私の名前。

「ミハルは、見ないのか」

 だから私も丹野美春を名前で呼んだ。

「夢って概念が、私はわからない」

「眠って、夢を見ないのか」

「眠ったら、朝になるだけよ」

「夢を見たことは、ないのか」

「ねえ、トモ、」

 丹野美春は……ミハルは、都野崎の明るい夜空に腕を伸ばすように枝を広げる桜の大木の下で立ち止まり、柔らかい風にふと散ってきた花びらを追った。

「眠ったら、暗いわ」

「暗い?」

「暗い。何もないの。気づいたら朝になるだけ」

 ミハルはあらゆる面で私の能力をしのいでいた。運動能力でも、学力でもだ。彼女が息を切らせている姿を見たことがなかった。大学校舎の七階まで駆けあがっても、ミハルは平気な顔をしていた。そして、山野をライフルを持って廻った私よりもずっと視力がよかった。待ち合わせでは常に彼女が先に私を見つけた。そして屈託ない表情で手を振った。なにより聡明であり、語学力にも長けていた。高等科ですでに西方の二ヶ国語を自在に操ったし、湾口域の言語に関しても、地域的に分化されていたそれらを、大学二年目の春にはかなりマスターしていた。そういうセンスが備わっているようだった。ポテンシャルが私とは明らかに違うと思った。

「トモ、ねえ、教えて」

 悲壮感など何もない表情。

「夢って、どんなものなの?」

 私は考える。

 夢を知らないという、にわかには信じられない彼女の言葉を額面通り受け入れて、はたしてその彼女に「夢」をどう説明したらよいのか、的確な言葉を探すためだ。

 私たちは歩いた。

 ミハルは私の言葉を待っている様子だった。けれど促すことをせず、時折私の表情を何気ない風でそっと見ながら、しかし主たる視線は桜を向いていた。濃密な花の香りがした。春の夜だというのに、風は暖かかった。柚辺尾の気候でならば、もう初夏のそれに近かった。私は列島の南北の隔たりを思った。思いながら、夢について考えた。

 夢を見ること。

 私にとって、夢を見ることはごく自然なことで、疑問に持ったことすらなかった。

 眠れば見られるもの。

 いや、『再生されるもの』。

 夢は「見る」ものではなく、「見える」もの。映像記録メディア(Iid)のように、個々が見たいものを選べるものではなく、眠ると降りてくるもう一つの世界。

 そう、世界だ。

 そこには厳然たる世界観がある。説明不要の、夢を見ている私たち自身が無言の前提として設定している世界観、舞台背景、その世界の法則。どんなに荒唐無稽でも、夢の中で私はその世界観を無条件に受け入れる。

「ミハル、」

 桜の木の下をしばらく歩いたのち、私はようやく口を開いた。

「世界だよ」

「何?」

「夢の話さ。もうひとつの世界なんだ。自分の中にある、もうひとつの」

「世界?」

「そう、世界」

 もう一つの世界。私たちの脳の内部にだけ構築される世界。

「夢を見ているあいだ、そこが私の『世界』。夢の中では夢だと思っていない」

「そうなの?」

 明晰夢という言葉はある。夢を見ている主観者が、『これは夢である』と認識した状態の夢。私は経験がなかったが。

「夢の中で『これは夢だ』と思わないから、そうしたらそこはもうひとつの現実さ」

 だから、

「面白くもなんともない。……ミハルは、どう思っていたんだ、」

「言われちゃったかな」

「どういうこと、」

「楽しいものだと思っていた」

「現実世界から離れて?」

 尋ねると、ミハルはうなずく。

「現実だと頭が認識してしまえば、夢も現実も同じだよ」

 大切な誰かが死ぬ夢。

 自分が死ぬ夢。

 目が覚めて、心から夢でよかったと胸をなでおろす瞬間。

 もしそういう世界を、あの感覚を知らずに生きてこられたのなら、私は夢を見られないという彼女たち、<PG>の素質をうらやましいと思う。夢の中に広がる世界は『もう一つの現実』であり、夢独特の不条理さも何もかも、それは私自身が眠っているあいだに体験しているもう一つの世界だからだ。脳が勝手に作品化した、起承転結のない物語。

「夢を見てみたいと思うのか、」

 私たちは周回路を、公園中心部に広がる池を望む場所まで来ていた。都心に近くありながらも、この公園は木立や土塁に遮られ、驚くほどに都市の喧騒が届いてこない。開園してから一世紀近くを経ているが、当時の都市計画がそのまま生かされている形だ。ただ、木々の向こうにきらきらと明滅する超高層建築の数々が見渡せる景色は、どこかそれこそ夢の中で私が見てきた、架空の街を思わせた。そういえば私は、ときどき夢の中で、都野崎や柚辺尾の街をさまよう。

「見られるものなら、夢を見てみたい」

 ミハルはじっと視線を水平に向け、視点は池を囲む桜の木、無数の桜の木、ライトアップされた夜桜に固定されていた。

「私は、」

 高層建築のルーフや塔、階層の途中で明滅するのは、赤いランプの航空表示灯。いわゆる衝突防止灯(アンチコリジョンライト)。幾重にも連なる高層建築街に、無数の赤いランプ。そして窓の明かり。窓の明かりの数だけおそらく人がいる。経済活動があり、生活があり、その分もしかすると夢もあるかもしれない。しかし、並んで桜を眺めるミハルのように、夢を見ない人々も少なからず存在するに違いない。丹野美春は自らそうだと積極的に肯定こそしなかったが、自分が生物学的エリートであることを理解し、受け入れているように思えた。

 <PG>の人々は、何らかの意思(・・・・・・)が介在して誕生したというのが暗黙の了解事項であり、いわば国家的、生物学的エリートである彼ら、彼女らは素質を生かして、国家中枢の機関や軍の職に就くといわれていた。ミハルもまた、そうした道を歩むのだろうかと、私は無数に並ぶビルを見て考えた。

「私は、夢なんて見たいと思ったことはなかったよ」

 ミハルの隣で、私はそっと芝生に腰を下ろし、いう。

「なぜ?」

 ミハルは立ったまま。声が遠くなる。ほんのわずかに。

「現実がつらいものだと前提して、」

 風が渡る。暖かい風。凶暴さのない風。肌を刺さない風。

「眠ってから、別の現実に放り込まれて、いい気持ちがすると思うか」

 私は率直な感想を述べた。そのとおりなのだ。私にとって、就寝中の夢は、必ずしも快いものではなかったからだ。

「トモは、」

 声がふっと近くなる。ミハルが私の隣の芝生に腰を下ろした。そのしぐさはやはりどこかに気品を感じられた。彼女に気品を与えた生活環境……少なくとも経済的は永久に困ることもなく、権力も権威も兼ね備えているであろう家柄そのもの……出自を思うと、申し訳ないが私は不快感を覚えずにはいられなかった。彼女が<PG>でなければ、そうした不快感も覚えなかったろう。彼女の生家を訪れてみたいとも思ったかもしれない。

「トモの夢は、いやな夢なの?」

 私はほんの少しだけ考える。

 いやな夢。

 いや。

 悪夢。

 端的に言うならそれしか言葉が思いつかない。

 悪夢だ。

「悪夢」

 だから私はそのまま答えた。

「わるい、ゆめ」

 ミハルが返す。

「そう。悪い夢だ」

「いい夢は?」

「ミハル、夢なんて、たいがいが悪い夢なんだよ。おそらくね。どんな夢でも」

「どうして?」

 言っていいのだろうか。躊躇、というより、逡巡。私の視線が数メートル先に落ちる。その過程で、私の視線はビル街からその夜景を鏡のように映す池を通る。美しいと思った。柚辺尾にはない景色だった。わずかな風に波紋を作る水面と、ライトアップされた桜。人の手で作られた風景。それもいいと思った。管理され、守られた風景だ。北洋州の風景は、ただ野放図に自然が自己主張をし、人はその片隅で営々と生活をする。ひっそりと。人口が増えたとはいえ、柚辺尾の街はやはり人より自然に支配されている。

「現実……いま私たちが話している世界のことを現実だっていうならね……、現実の世界よりも楽しい夢を見たとするだろう、」

 ミハルがうなずく。

「けれど目が覚めれば、この世界に帰ってくる。……楽しいか」

「……楽しくない?」

「楽しくないさ。現実世界と夢の世界の落差に打ちのめされるのさ」

「そうかな」

「そうなんだ。……私はね。たとえばミハル、悲しい夢を見たとするよ、」

「うん」

「目が覚める」

「うん」

「現実には悲しい出来事は、『まだ』ないわけだ」

「だったら、いい夢じゃないの?」

「けれど、夢の世界では悲しい体験をしているわけだよ……悪い夢さ」

 私が言うと、ミハルはちょっとだけ苦笑した。

「トモ、」

「わかってる」

 私も苦笑して見せた。

「結論はね、」

 私はずっとひとり考えてきたことを口に出す。

「現実は一つでいいんだ。……なぜ人の脳が夢を見るのか不可解だ。私にとっての現実は、」

 私はミハルを向き直り、右手で自分の胸を指す。

「私にとっての現実は、ここだけなんだ。二つも三つも、私には現実はいらないんだ」

 ミハルの目が私をまっすぐに見ていた。

 彼女の瞳……眼球の向かって右半球には、公園の桜、池、高層建築の明かりが映っていた。ミハルの目は恐ろしく澄んでいる。子供の目のようだと思った。そしてそれは、後々出会う<PG>の瞳に共通した色だということに、しばらくしてから私は気づくのだ。私の目とは違う色。

「それでも、」

 ミハルは立ち上がる。すっと。音もなく。

「私は、夢を見られるなら、見てみたい」

「ミハル、それが悪い夢でも見たいのか?」

「ねえ、トモ」

 私も立ち上がる。風が吹く。髪が揺れる。

「この世界が、……トモは、この世界が悪い夢だって、そう言ってるように聞こえる」

 ミハルの視線はまっすぐ前。私を向いてはいない。

「そうか、そう聞こえたか?」

「違うの?」

 丹野美春はまったく邪気のない、気品のある、静かな視線を私に向けていた。遠慮はないが、不必要な気づかいもない。もしかすると、<PG>が先天的に備えている機能の一つなのかもしれない。人心掌握もまた、国家中枢で活躍するためには十分必要な要素だからだ。そうした私の邪推を差し引いても、私は美春の視線がまったく嫌ではなかった。むしろますます私は美春が好きになっていた。その美春の視線を受け止めて、私は少しだけ逡巡し、答えた。

「そうかもしれない」

「なぜ?」

「ずっと、長い夢を見ているような、……いや、この世界が、実は夢で、私は醒めるのを待っているんじゃないかって、そう考えたこともある」

「……」

「目が覚めたら、どこか知らない……今の私は知らない場所の布団の中にいて、別の世界が広がっているんじゃないかって、そういうふうにね」

 本気で考えたことはなかった。誰しも一度は試みる思考ゲームだ。もっとも、これが行き過ぎると精神疾患扱いになってしまうようだが。自分が作り出した幻想世界に取り込まれて、二度と抜け出すことができなくなってしまう。

「トモは、この世界が嫌いなの」

「じゃあミハルはどうなんだ。この世界が、帝国が好きか」

「私は、ここしか知らない。いえ、私はまだこの世界の半分も知らない。だから、」

 彼女の視線が、私を向く。白と黒の境界のはっきりした、子供のような目。澄んだ瞳。そう、ガラス細工のような。いや、ガラス細工と呼ぶには美春に失礼だ。彼女の眼は生きていた。後日嫌というほど触れることになる、たとえばミサイルのシーカーヘッドに組み込まれた高性能レンズとは全く違う。構造は同じレンズだとしても、人の眼はなぜこうも雄弁なのだろう。私の眼はどんな色をしているのだろうか。そのとき、美春の眼を見ながら、私はそう思っていたような気がする。私の視線を受け、きれいな声で美春は答えた。

「私はもっとこの世界を知りたい。いろいろな場所を見てみたい……いろいろな言葉で綴られる世界を、私は見てみたいし読んでみたい」

 それがミハルが南沢研究室に向かわせた一つの動機だったと彼女は後に私に言った。世界はただそこにあるだけではなく、世界の住人が世界を定義づけ、様々な言葉で様々な物語を付加して、そうして歴史を作ってきたのだ。ミハルはそうした物語を一つ一つ知りたいのだと、私に話してくれた。

 紀元記念公園の池の畔に、いくぶん強めの風が吹いた。

 桜の花びらが散った。

 風に舞い、吹雪のように見えた。

 散った花びらは、無数の波紋を揺らす水面に落ちた。

 ビル街の夜景に、桜色の吹雪がちりばめられる。

「きれい……」

 ミハルがつぶやく。

 世界を描写する言葉。

 きれい。

 人にはそういう感覚がある。見たものを判断し、形容する言葉。ミサイルのシーカーヘッドは高性能レンズで入力された情報を処理し、破壊すべき目標を的確に選別するだろう。しかし、ミサイルは桜の花びらをきれいだと思わない。そういうアーキテクチャーを持っていない。ミサイルに自我はないからだ。

 きれい。

 私もそう思った。

 風に散る桜の花びらを、夜桜を、私もきれいだと感じていた。

 だから。

「きれいだ」

 風に散る無数の花びらと、水面に映るビル街の夜景を眺めて、私も口に出した。

 言葉は、……第三者に伝わり、そして共感を得て初めて意味をなすものだと、私はミハルの言葉をかみしめながら、思った。



 揺り起こされて、私は目覚めた。

 眠っていたことに初めて気づいた。

「入地准尉、姉さん」

 私は草むらで身体を九の字に折り曲げるようにして横たわっていた。4726自動小銃を抱くようにして。ハーネスの類はすべて外していたが、不自然な体勢で横になっていたからだろう、脇腹や背中のあちこちが痛んだ。

「蓮見、」

 私はなにかを振り払うように、頭を振った。そして眠かった。

 思い出した。

 三十分だけ休ませてほしい、私は蓮見に頼んで、自らの警戒を解いたのだ。

 静かだった。ずっと遠くに潮騒が聞こえた。

「あたりの様子は、」

 私は言いかけて、息を飲んだ。

 空が明るかったからだ。

「つい今……」

 蓮見も空を見上げている。時刻的に、まだ夜明けではない。

「高高度核爆発(HANE)……電磁衝撃波(EMP)攻撃か」

 私たちが見上げた空には、一面に見事な光のカーテンが舞っていた。オーロラだ。

 極地で見られるその現象を、私はまだ実際に見たことはなかった。Iidで見ただけだ。だが、人工的なものなら、風連奪還戦の前後で見た。電子機器類を盲目化するための戦術。小型の戦術核兵器を成層圏以上の高空で爆発させるのだ。大気圏外での核爆発なので音はしない。ただ、核分裂反応に伴う強力な電磁パルスが発生し、地上・上空問わず、電子機器を襲う。私たちのCIDSはじめ、戦闘車両から戦闘機をはじめとする航空機、その他もろもろ、あらゆる電子機器には電磁シールドが施されている。そもそも現在のEMP攻撃用核弾頭は、強い指向性を持たせている。ようするに、特定の電子機器を狙い撃ちにして無力化する技術開発に成功しているのだ。まったく、どこまでこうした技術は進んでいくのか。

「同盟軍の攻撃か……」

 味方がEMP攻撃をするとは聞いていなかった。CIDSの戦闘情報にも表示されていない。そうすると、考えるまでもない。二者択一、消去法。この攻撃を行ったのは、われらが愛する敵。北方会議同盟軍だ。

「やってくれる……」

 言いながら私はバイザーを下ろした。

「……ブラックアウトしてるんだ、姉さん」

 蓮見が信じられないことを言う。

「まさか、」

 CIDSは蓮見の言葉どおりブラックアウトしていた。見えるのは、人工のオーロラに照らされた荒涼とした海岸と原野。NAVモードにしていたはずのCIDSには、拠点への距離、方位、現在位置などの情報が表示されていたはずだ。駆動は薄板化された高性能燃料電池を使用する。原理的にこの短期間の作戦でバッテリーが干上がることはありえない。ディスプレイにはなにも表示されていなかった。いくら考えて(・・・)も、サブ窓もなにも開かない。電源が入っていない状態と同じだ。

「再起動できるか……通話は」

 蓮見は何も言わず、彼女のCIDSをセットアップ。だが、私の耳には何も聞こえない。彼女がささやいているはずの言葉が聞こえない。

「アウトプット、不可」

「まさか、」

「照準もできないのか」

 私は傍らの4726自動小銃を取り上げ、光学サイトを覗いた。レティクル自体はトリチウムを使った自己発光タイプで電源を必要としないが、モードを切り替え、近接航空支援時の目標選別を行うイルミネーターとしての機能には、当然電力がいるし、CIDSとリンクしなければその機能は使えない。だが、そもそもそのモード切替ができない。

「ダメなんだ、」

 蓮見も彼女のサイトを覗いて、唖然とした表情で私を向く。

「馬鹿な、対EMPシールドをしてあるはずなのに」

「もう一回再起動しよう」

 CIDSと光学照準器はリンクしている。CIDS側が生き返れば、照準器側を呼び覚ませるかもしれない。私と蓮見は、それぞれ4726自動小銃のコッキングレバーを引き、一発だけ七.六二ミリライフル弾を取り出す。ヘルメットを脱ぎ、CIDS本体横のアクセスパネルを開くため、ツメの部分にライフル弾の弾頭を挿す。ディップスイッチをマニュアルモードに設定し、一度電源を切る操作をする。通常はこの操作を戦場で行うことはない。基本的にCIDSは、作戦行動中、電源は入れっぱなしにするからだ。三十秒待ってから、電源を入れなおす。だが、アクセスパネル内側のパイロットランプが点かない。電源が入っているかどうかの確認が取れないまま、私はタッチセンサーになっている小さなディスプレイパネルに、私の個人認証コードを入力する。011471322701。だが反応しない。電源が入らない。

「……そんな」

 蓮見がつぶやく。薄明かりの中、彼女の顔色はいまだよくなかった。

「……信じられないが、ダメだな、」

 私がつぶやいた瞬間、背後の森林上空を切り裂いて、すさまじい勢いで何かが横切った。続いて衝撃波。飛翔体の速度は音速を超えている。蓮見が短く叫んだ。

「ミサイル!」

 とっさに伏せた。伏せながら、蓮見の肩をつかみ、茂みに押し倒す。

 ミサイルは一発だけではなかった。飽和攻撃だ。森林地帯の向こう側から、何十発も後続がある。CIDSが死んでいるため、警告も何もなかった。森林地帯から放たれたミサイルが向かうのは、……海だ。

「対艦ミサイル!」

 一瞬で海岸線を越えると、ミサイルはロケットモーターを使用するブースターモードから、ターボファンエンジンを使用する巡航モードに切り替わっていく。飛翔体はもう煙を曳いていない。

「艦隊が、」

 盛大に艦砲射撃を行っていた帝国海軍の北方艦隊が、おそらく水平線の向こうに遊弋しているはずだ。もし、彼らも私たちと同様に電子的目隠しをされているのなら、この飽和攻撃を回避できるすべはない。戦艦や重巡洋艦をはじめとする艦隊の近接防御システムは二〇ミリ対空機関砲だけだ。だが、レーダー管制もなしに超音速で飛行する対艦ミサイルを撃墜できるかどうか。私たちのCIDSが機能しないということは、まず間違いなく艦隊もレーダーや射撃管制システムといった基幹機能を失っているはずだ。視覚をマスキングされた艦隊にできることはさほど多くない。夜間、射撃手が目視で超音速で飛来する対艦ミサイルを狙えるかといえば、それは否、だ。

 私たちは茂みに伏せ、CIDSが機能しないまま、みずからの感覚器をフル稼働させようとしていた。身体機能の再起動だ。

 もしCIDSが生きているなら、衛星を介した通信が可能で、少なくとも三〇キロ以上離れた海上の艦隊に初期警告を行うこともできたかもしれない。だがそれは叶わない。私たちは傍観者となるしかなかった。

 閃光。

 閃光。閃光。閃光。

 無数の閃光が、水平線の向こうで瞬いた。

 私たちの上空を通過した飛翔体の数だけ、閃光が瞬くのだ。

 おそらく同盟軍は、海岸線からはるか内陸に入った秘匿化された陣地から、車載式の対艦ミサイルを大量に発射したのだ。着上陸作戦を行う水上艦への攻撃としては、これほどいやらしいものはない。戦闘機や攻撃機による航空阻止はより効果的だが、航空優勢を確保する必要がある。そして、戦闘機はいくら電波的に隠密化したところで、その大きさそのものは小型化できない。どうしても「見えて」しまう。作戦機を離着陸させメンテナンスする基地も必要だ。自機の防御も必要になる。だが、対艦ミサイルは違う。内陸部から狙うタイプなら、帝国陸軍でも装備している。巡航ミサイル並みに大型の弾体だが、航空機よりははるかに小さい。発射システムは効率化されており、機動車の類に分散して搭載できる。当然、普通の道路を走り、その気になれば小さなマーケットの駐車場や、学校の校庭からも発射できる。航空機から目標にされにくく、神出鬼没。そして対艦ミサイルの威力は、大きい。

 炸裂音。

 すさまじい炸裂音が届く。

 無数の。

 唐突に柚辺尾の夏を告げる花火の大輪を思い出したが、音圧はそれらの比ではなかった。

 高高度核爆発(HANE)によるオーロラはおさまりつつあったが、かわりに水平線の彼方が明るさを増していた。艦艇が炎上しているのだ。

 対艦ミサイル威力は想像以上に大きい。近年の対艦ミサイルはより高速化されている。命中まで超音速を保つものがほとんどだ。だから弾体そのものの運動エネルギーも破壊力にプラスされる。装甲の分厚い戦艦なら比較的持ちこたえるかもしれないが、喫水ぎりぎりを複数のミサイルで狙われれば、それとて保証の限りではない。対空戦闘能力に特化しつつあるミサイル巡洋艦や駆逐艦の艦体など、紙のようなものだろう。

「姉さん……」

 蓮見が私の腕をつかんでいた。

 彼女の身体はまだ小刻みに震えていたが、それが傷のせいなのか、眼前の光景によるものなのかは、私にはわからなかった。

 再び森の奥から飛翔体。空気を切り裂く激しい音と、ロケットモーターの轟音が耳を聾する。同盟軍は追い撃ちをかける気だ。いや、この場合は手負いの獲物の息の根を止める留め矢か。手負いの獣は何をするかわからないが、手負いの艦隊は何もできない。沈むに任せるだけだろう。私は船乗りの気持ちはわからなかったが、強力な砲撃支援が今後全く期待できなくなるであろうことはよくわかった。CIDSの機能が停止した今、国境までの正確な距離や方位もあやしい状況で、洋上から艦隊の攻撃が全く期待できなくなる不安は小さくなかった。絶対にフェイルしないシステムなどあり得ないはずだったが、私たちの装備はこうしてみると驚くほどに冗長性に欠けていたということだ。CIDSが機能を完全に消失する事態を、私たちは現在の作戦でほとんど想定していなかった。それだけ改良を重ねられ、CIDSには絶大な信頼性をよせていたからだ。だからコンパスすら私たちは持っていない。星座の位置で自位を割り出すしかないか? とにかく南へ向かうしかない。海岸線はこの地域、ほぼ南北にまっすぐ続いている。

「蓮見、立てるか」

 私は声に出す。囁きはもう用をなさない。言葉を言葉として、身体から絞り出す。洋上は眩いばかりに燃えている。艦隊のどれだけが失われるだろうか。

と、水平線の向こうで閃光が瞬く。かなり遅れて、炸裂音が響き渡る。ミサイルが命中した音にまぎれて、艦砲射撃と思われる重低音が届いてきた。

「蓮見、反撃だ」

 洋上の艦隊が……断末魔の反撃を試みているようだ。上空をなにか重い物体が転がるような音。ミサイルと比べるとはるかに弾速は遅いが、破壊力は引けを取らない艦砲の飛翔だ。そして、対地ミサイルが飛来する。私たちの上空を、超絶に進化した飛び道具が行きかう。私たちを無視して。森林地帯の奥に着弾、足元から衝撃が来る。音はわずかに遅れてやってくるが、果たして効果があるのかどうか、私たちにはわからない。CIDSがブラックアウトしている今、衛星がつかんでいるかもしれない敵部隊の位置など一切がわからない。いや、敵の高高度核爆発で、友軍の衛星も無事では済まなかっただろう。形勢はいっきに悪化しつつあるようだ。私は今、味方の艦隊の動向よりも、敵地上部隊の位置が気になり始めていた。不期遭遇した場合、手負いの蓮見と、消耗気味の私たちではどうしようもない。

「……行こう、蓮見」

 蓮見は立っていた。かろうじて。そう見えた。

「歩けるよ」

 私の視線を感じたのかもしれない。蓮見は言う。気丈に、と付け加えたほうがよいだろうか。だが、作戦行動中だ。立って歩くのは、生きるために必要なことだ。気丈であることは言うまでもない。

「休ませてもらって、感謝するよ」

 彼女への気遣いの代わりに、休息への礼を言った。三〇分でも休めば、身体はリフレッシュしてくれる。休息という区切りは、作戦行動中に必ずいる。私たちの訓練でもっとも過酷だったのは、期限をまったく知らされない科目だった。一つの行動について、一切の期限を知らされず、傍らに立つ助教もまた無言で、単純な反復行動を数時間にわたって続けさせられたもの。いつまでに、だれが、なにを、どのように、どうする。命令の五大要素というものがある。このうち、期限を切られないものがもっとも過酷だ。先が見えないからだ。だから、そういう意味でも休息は一つの区切りになる。

「ゆっくりでいい、行こう」

 そう、ゆっくりでいい。もちろん立ち止まるわけにはいかないが、進み続ければ、味方の拠点へは近づける。私たちのように槍の穂先のその穂先の役割だ。空軍や海軍のパイロットたちには専門の救出部隊がいる。だが、第五五派遣隊には、積極的に友軍部隊を救出するそれ専門の部隊はいない。ようするに私たちは自力で減退へ復帰するしかない。あらゆる手段を使ってだ。前進するにせよ後退するにせよ、作戦的明示がない限りはその場にとどまる必要性はない。

 茂みの中を行く。

 深い青い世界。まがまがしい光の帯は空から消えた。

 まだ、夜に支配された北限の地。

 西……海上から光が届くのは、友軍の艦隊が盛大に燃え盛る炎の灯り。うすぼんやりと夕焼けの名残のような色。

 仲間たちが燃えていく色。

 私は歩みを止めず、海に視線をわずかに向ける。

 水平線が燃えているようだ。

 雲が低いらしく、照り返しがさらに赤い。

 そして、黒煙。どろどろと大きな太鼓を叩いているような鈍い音が続く。

 小規模な閃光がときどき瞬くのは、艦体が爆発しているのだろう。被害は甚大に違いない。

 CIDSは沈黙したままだ。バッテリー自体が破壊されることは原理的にありえなかったから、回路か、あるいは基盤そのものが不調なのだろう。完全にEMPで焼かれたのだとしたら、回復は絶望的だ。私たちの機械はまだ、生き物の身体のように自然回復する機能を持っていない。技術本部は、特殊塗料を使用し、塗面が自然回復するような装甲を考案中だというが、費用対効果を考えると、交換してしまったほうが早いし安くすむ。交換できるパーツがあるならの話だが。

 私たちの身体は、モジュールやアセンブリ単位での交換は利かない。骨折した腕を新品と交換するとか、視力を失った眼球をユニットごと交換するといった荒業は、やろうとすればできないことはない。だが、野戦病院規模の設備では無理だ。手足を失った兵士が、自分の細胞から失われた部位を再生し接合する医療技術なら確立されている。だがそれはしっかりした恒久的施設が整備された軍病院での話。戦場(フィールド)では、兵士はいまも昔と変わらず、できる限り傷つかないように、手足(パーツ)を失わないように、そして、精神(ソフトウェア)がフェイルしないように、注意しなければならない。

 夢を見ること。

 誰かが言っていた。

 脳の不良セクタをスキャンして修復しているのが夢なのだと。

 私は都野崎の紀元記念公園の桜を思い出す。

 夜桜。あれは夢ではない。あれは現実だった。

 丹野美春と見た桜。水面に映った都野崎の超高層ビル街の夜景。

 美しかった。

 あれから毎年、と言っても大学在学中の四年だが、美春と二人で、あるいはほかの友人を交えて、または一人で、たびたび紀元記念公園の桜を見た。

 昼も、夜も。

 高射砲塔に手を触れ、その冷たさを感じながら、木立の向こうに並ぶ超高層建築を眺めて。

 けれど、極北の空の下、一時の休息で脳が私に見せてくれた都野崎の風景は、夢というより追憶そのものだった。記憶の再生。脚色などほとんどなく。

 それも夢なのだろうか。

 悪い夢だったのか、よい夢だったのか。

 少なくとも、いま現実は苦痛に満ちている。

 暖かい風の流れる都野崎の春は、椛武戸の荒々しく寒々しい初夏とは到底呼ぶにはばかられる風景からすれば、楽園に等しいものだ。

 丹野美春。

 彼女とはしばらく会っていない。

 私が陸軍に入り、一般部隊ではなく、第五五派遣隊に配属され、外界と遮断される生活を送るようになると、私信も著しく制限されるようになった。かつて私が使用していた個人IDはそのまま残っているが、アクセスするには、「外界」のサーバに接続する必要があり、情報漏洩を防ぐため、陸軍の端末からはそこへ接続することはできなかった。紙にペンで直接したためる手紙も軍の検閲を受ける。だから、私は彼女に手紙すら書かなかったし、私自身の所在も知らせていない。そして彼女から私への私信も届かないから、私は彼女の最新の居所を知らない。

 都野崎にいた四年間が夢だったように思う。

 むしろ、祖父やユーリとライフルを提げて山野を巡っていた柚辺尾での十八歳までの日々と今が、恐ろしいほど地続きでつながっていた。

 追う獲物が変わった。

 持つ銃が変わった。

 それだけだ。十代の私は週末や休暇に猟をするパートタイムハンターだったが、陸軍に入隊した私は職業的ハンターと化した。そうすると、言葉について学んでいた都野崎の帝国大学での四年間が異質に思えてくるのだ。

 歩きながら、索敵しながら、警戒しながら、その思考の片隅で、つかの間の休息で見せてもらったイメージを反芻する。……見せてもらった? 誰に?

 私に。

 夢はやはり現実とは区分できない。

 そこで私はふと思う。

 縫高町から脱出し、国道を南へ南波少尉と歩いているときに出会った、六四式支援戦闘機のあのパイロット。伊来中尉。彼女もまた夢を見たことがないと言っていた。

 丹野美春と伊来中尉の表情がオーバーラップする。

 では、追憶はどうなのだ。

 つかの間、追憶の世界に浸ることも、彼女たちは……<PG>の彼女たちは許されていないのか。

 追憶を手繰れないというならば、主観的な過去を持てないということではないか。<PG>は過去も持たないというのか。過去を悔やんだり、懐かしんだり、そうした機能も持たないのだろうか。それは人間と呼べるのか。あまりにも合理的すぎやしないか。

 蓮見の頭が私の数メートル先で揺れている。

「蓮見、行けるか」

 私は呼び掛ける。

 蓮見は左手の親指を立ててみせる。大丈夫だ、と。

 茂みを踏む音が聞こえる。

 他は静かだった。いや、海から聞こえる艦隊の断末魔の轟音を除けば。

 どろどろと遠い雷鳴のように、友軍の艦隊が失われていく音が聞こえていた。

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