第7話

  7、


 空調がよく効いた一室に、第五五派遣隊北洋州分遣隊の四チームが招集されている。簡素な椅子が並べられ、デスクはない。一同はチームごとに腰を下ろし、ブリーフィングが開始されるまでのひと時、低い声で雑談している。学校の教室程度の広さのブリーフィングルームは、それ専用に作られたわけではないが、もっぱら分遣隊各チームのブリーフィングに使用されている。天井には蛍光灯、窓にはブラインドが下ろされ、さらにスラットも降りているから、外の様子は全く見えない。見えたところで、まことに無愛想な駐屯地の風景がそこにあるだけなのだが。部屋の正面は一面が巨大なプロジェクターで、入力ツールであるライトペンを使えば自由筆記もできる。必要な情報を表示されることもできるし、Iidを使って動画を見ることもできる。その機能も学校で使われているものとほとんど同じだった。だからここは一種の教室だ。生徒たちはそろいの制服を着て、教師役の上官が登場するのを待っている。チャイムは鳴らない。事前に知らされている時刻五分前には上官が現れて、「授業」が始まる。

「今度は何かな」

 私の隣には南波少尉。席順は決まっている。階級順。同階級ならば先任が前に座る。ここが学校と決定的に違う。この教室では生徒同士や生徒と教師が話し合うことはない。授業はいつも教師から一方的に行われ、生徒が考える場を与えてくれない。軍隊とはそういう場所だ。教師が生徒に与えるのは命令だ。それに疑問を挟む余地はない。下命されればそれに最適な行動で応えるだけだ。

「海峡の向こうへ南下するってことはないだろうな」

 隣席のチームC、柄垣少尉が表情を一切変えずに言う。

「まあそれはないだろうな」

 南波が受ける。腕を組み、鷹揚な表情をわざと作ってみせる。

 しばし、南波と柄垣は三つ四つの言葉を交わしていた。会話には聞こえないレベルの情報交換。私の左隣は南波少尉だが、右隣は空席だ。第二中隊に属するチームは四つ。チームEは現在存在しない。中隊の隷下がいきなりチームというのも相当に変則的な編成だが、各チームのリーダーが少尉なのがその特異性をある程度説明しているかもしれない。少尉はふつう小隊長だからだ。ようするに、一チーム四人で、通常二〇人で構成される小隊規模の作戦を要求されているということだ。

「集まっているか」

 授業開始五分前になったということだ。中隊長の樋泉大尉が顔を出した。隙のない軍服姿。教室の生徒全員が瞬間的に立ち上がり、敬礼。脱帽しているから挙手の敬礼はしない。大尉が「休め」と続け、私たちは着席した。この部屋で日直は必要ない。

「紹介する。情報担当の大別刈(おおべつかり)少佐だ。情報本部から派遣されている」

 部屋に上背の高い、しかしさほど鍛えられた筋肉を感じさせない男が入ってきた。ふたたび一同は起立し、敬礼。

「情報担当の大別刈だ。今回の作戦を説明する。よろしく」

 言うが早いか、黒板代わりのプロジェクターに衛星から撮影された静止画が表示される。同時に部屋の灯りが絞られる。

「国境付近だ。センターライト降下作戦、風連奪還戦、およびS号作戦……敷花防衛戦で、敵の主力は国境線南北十キロ圏から撤退しつつある」

 衛星画像の中央部分がズームされる。ライブ映像ではなく、静止画だ。シェルコヴニコフ海に面した東岸地域で煙っているのは、私たちが脱出し、八九式支援戦闘機がとどめを刺した縫高町だろう。南北に細長い椛武戸島のほぼ中央部でくすぶっているのが帝国領土最北の都市である敷花市だ。人口四万人の炭鉱都市だが、炭鉱設備そのものを標的にした同盟連邦軍に一時占領された。市民は事前に大多数が逃れていたが、彼らにもう帰る家はない。六四式戦闘爆撃機が炭鉱もろとも破壊しつくしてしまった。

「発電所の奪還が成功したことで、当地のエネルギー供給そのものを帝国が支配しているのは大きい。送電は条約により同盟側にも流れている」

 だから同盟軍は全力を挙げて発電所の奪取に乗り込んできたのだ。くすぶっている敷花市の南側にある灰色に焼け焦げた一帯が風連発電所だ。風連発電所の奪還作戦と敷花防衛線はセットになっている。負けてはいないが、決して勝ってもいなかった。北方戦域全体に言えること。それは、戦線が著しく膠着状態に陥っているということ。

「友軍は、戦車連隊を主力にした一団が当地を制圧している。今のところ散発的な戦闘が発生しているが、君らが遭遇したような大規模な戦闘は発生していない。とりあえずは、だ」

 画像がさらにズーム。友軍部隊が展開しているのがわかる。国境を越えて同盟ともつながっている区間高速道路のサービスエリアが、陸軍部隊の宿営地と化していた。戦車部隊に補給部隊が確認できる。大別刈少佐がコマンドパッドを操作すると、ズームしていた画像がふたたび引きの画に戻る。戦車や歩兵戦闘車を主力にする機甲部隊からだいぶ離れて、自走砲を装備する砲兵隊が展開しつつあるのが一瞬見えた。戦車が槍の穂先ならば、自走砲などの野戦砲部隊は遠方から砲弾を雨あられと降らせる投石機のような存在だ。戦闘機は滞空時間が限られているが、地上に展開する砲兵部隊は火力を投射できる持続時間が桁違いだ。だから今でも砲兵部隊は最前線から頼りにされる。

「鉄道や道路などのインフラは、あえてこちら側からは攻撃していない。わかっているのか、向こう側も積極的にそれらを標的にはしてこない」

 そうだろう。いずれ戦争が終結したら、当地を実効支配する側が結局補修せざるを得なくなるのだ。破壊された都市を修復するのに道路を啓開するところから始めるのでは気の遠くなるような時間がかかる。血管が切れれば、臓器は死ぬ。

「大規模な戦闘がおこっていないということは、どういう状況かはわかると思う」

「戦力の再編成。反撃の準備」

 南波少尉が発言。

「そのとおりだ。我々も同盟側もだ。戦況的には、国境を挟んで南北二十キロのエリアでは、我々が優位に立っている。だが、それは一時的なものだろう。再展開しつつある敵部隊から戦闘能力を奪わなければ、一気に逆転されるだろう。大陸で同盟軍が移動している姿が確認されている。本国から増援が向かってきているということだ。合流されれば、やっかいだ」

「けっきょくは大陸から海を渡ってくるわけでしょう。それをつぶせばいい」

 瀬里沢が言う。

「もちろん、敵増援部隊に海は渡らせない。だが、椛武戸に展開している敵部隊を無力化できれば、全島を帝国が実効支配することもできる。そうすれば、戦況は大きく変わる。増援部隊を送り込んでくる理由も消滅する」

 本当に帝国政府がそこまで考えているようには思えなかった。どちらかといえば、戦力の逐次的投入をしているように感じられるほどだったからだ。それは戦闘では絶対に行ってはいけないことだ。

「盛大な戦闘は、機甲師団や空軍に任せる。君たち五五派遣隊の任務は、よくわかっていると思う」

「祭りの輪には入りませんからね」

 南波は言いながら、だんだん姿勢が崩れてきている。授業が始まり、集中力が早くも切れかかっているだらしのない男子生徒の姿のように。

「神輿を担ぐのは君たちの仕事ではない。祭りの会場の目星をつけたり、これから祭りだというのに会場に居座っている邪魔者を消すのが君たちの仕事だな」

 誰も返事をしなかった。いまさら自分たちの存在理由を述べられたところで、返答のしようがない。

「戦車には戦車を投入する。地上施設をアウトレンジして破壊するのは八九式支援戦闘機や六四式戦闘爆撃機の仕事だ。戦場に身一つで乗り込んでいく君たちは、正面から敵の拠点に乗り込んでいくような真似はしまい」

 もちろんだ。

「今回も敵の拠点は攻撃しない。後方を攪乱する目的で小規模の目標を叩く」

 南波が横で小さくつぶやいた。「わかってるよ、毎度のことだ」。

「敷花と風連を奪還し、君たちの活躍で発電所は確保できた。だが、洋上のハイドレート採掘基地を我が方は失い、国境に近い縫高町の港は廃墟になった。風連奪還戦に従事したのは、南波少尉のチームDか」

 南波は右手を肩の高さに挙げて答礼。

「作戦詳細はチームごとにこの後説明する。ここでは作戦そのものの概要の説明だけにとどめるが、いいか」

 異議なし。あるわけもない。

「今回は、物理的な敵拠点そのものは破壊しない。先ほど言ったとおりだ。具体的には、敵の人的要素を分断する」

 南波がまたつぶやく。「全然具体的じゃないじゃねえか」。

「戦車部隊を動かすのは何か。……瀬里沢少尉」

 チームAリーダー、瀬里沢少尉をライトペンで指し、少佐が問う。

「燃料」

 ぶっきらぼうに瀬里沢が答える。

「私は『人的要素』と言ったはずだ」

 少佐は瀬里沢の人を食ったような口調に、気分を害したふりで対抗した。声音は出来の悪い生徒を諌めるような色を持っていたが、表情は全く変わっていない。

「俺たちと同じ、人間ですよ。敵の主力戦車なら、一両あたり四人。乗組員(クルー)だけならね」

「乗組員がいなければ、戦車は動かないか」

「予備員(バックアップ)がいくらでも控えているでしょう。ウチらも同じだ」

「そうだな。ではバックアップを消したらどうなる」

「当面は、戦力にならないでしょうよ。燃料があっても、動かす人間がいなければ、戦車なんてクズ鉄だ」

「そうだ」

「なんですか、これは。初心者向けのクイズですか。駐屯地公開行事でもあるんですか」

「瀬里沢少尉、口が過ぎる」

 樋泉がたしなめる。だが、瀬里沢は悪びれることもない。

「さっさと具体的な作戦概要とやらを説明してもらえませんかね。俺たちは前線に行きたくてたまらないんだ。ヘリを待たせてるんですよ」

 それはウソだが、私も南波少尉も同じ気持ちだろう。情報担当のこの少佐は、瀬里沢以上に人を食ったようなブリーフィングを行っている。

「戦車部隊であれば、乗組員を消す。戦闘機部隊であれば、パイロットを消す。それが今回の作戦だ」

 口調はそのまま、気分を害した風もなく、大別刈少佐が言う。

「今までもやってきました」

 南波が挙手してそういった。こちらは少佐を揶揄するような口調ではなかった。ただ、事実を述べただけ。

「間接的に、だ、南波少尉。あくまでも私たちの目標は、敵の戦車部隊であり、戦闘機部隊だった。君は、敵の戦車を攻撃するとき、乗組員を殺そうと意識しながら対戦車ロケットの発射レリーズを引くかね」

「いえ。そんなことを考える余裕もありません」

 皮肉をこめた返答だったろうが、少佐は南波にちらりと視線を向けただけで相手にしなかった。

「敵が敵たる所以(ゆえん)は、敵を構成しているのが敵軍……北方会議同盟連邦軍の軍人と兵隊であるということだ。その集合体が戦力を持つ。正面装備を操る最前線の兵士も、兵站を担当する後方支援部隊も同じだ。軍隊は人が動かす。国家が動かすのではない。私たちはときおり、そのことを忘れてしまう」

 少佐は講義の口調だ。言い慣れているのだろう。だから私にはそれがただの言葉遊びに聞こえる。

「で、何をすればいいんですか、我々は」

 静かに聞いていたチームBの野間少尉が言う。

「四チームそれぞれで、敵の人的リソースを破壊する」

「具体的には」

「チーム別に説明する」

「その衛星画像は何ですか」

 野間少尉の言葉には直接答えず、少佐は振り返り、ライトペンでマーキングを行う。

「同盟軍の地上部隊は、北緯五十度線……国境からわずかに北側へ後退している。敷花から五十キロ足らずの場所に、兵站基地を設けた様子だ。旅団規模の地上部隊が再編成されつつある。まずは、ここだ」

 衛星画像にポインターが円を描く。五十度線は東西に椛武戸のほぼ中央部で帝国と北方会議同盟連邦を区切る。だが、言い古された言葉のように、国境線は見えない。衛星画像で見ても、そこには深い森林や平野、そして山地が見てとれるだけだ。小さな町が点在しているが、衛星画像を見ただけでは、それが帝国の町なのか、同盟の町なのかの判別もできない。もともと先住民(イルワク)が広く住んでいた土地で、帝国も同盟もそういう意味ではあとから押し入ってきた存在だ。陣取り合戦を北の果ての南北に長いこの島で繰り広げているにすぎない。

「ここに、同盟空軍の前線基地がある。もともとは小さな空港があった場所だ。敵戦闘機部隊が二個飛行隊。高射部隊の存在も確認されている。空港設備には傷をつけたくない。ここだ」

 ポインターが海岸近くの平野部で円を描いた。画像がズームされ、北東から南西へ一本の滑走路があるのが確認できる。近傍には集落。およそ都市とは呼べないほどに小さな規模の。あとは森。

「敵水上部隊に関しては、洋上で展開しているから、我々陸軍の管轄ではない。当面は、今説明した二つのポイントだ」

 ズームしていた画像が元の縮尺に戻った。南波がつぶやく。「全然点(ポイント)になってないじぇねえか」。ごもっとも。

「ようするに、敵の地上部隊と空軍勢力の戦力をどうにかしようってことですか」

 瀬里沢がぞんざいな言い方をした。

「ようするに、そういうことだ」

 少佐が答えた。

「どうするんです。駐機している戦闘機をつぶすんなら、それこそ空軍に頼めばいい。滑走路に穴を開けなくても、飛行機だけ壊してくれるでしょう。八九式なら」

 瀬里沢。やる気があるのかないのかわからない言い方で応えた。

「さっきも言ったとおりだ。敵の前線基地の正面ゲートから鬨の声をあげて突入するような作戦は、君たちには似合わないだろうし、やらないだろう。目標は、戦闘機を飛ばすパイロットだ。敵パイロットを消してもらう」

 深いため息をついたのは南波少尉だ。けっきょくそういう仕事だ。俺たちは首狩り部隊だ。

「敵勢力の分布から言って、四チーム中三チームが敵地上部隊、一チームを敵空軍戦力へ振り分ける」

「一チームですか。バックアップなしか」

 ずっと黙っていたチームCの柄垣が言った。独り言に近い音量で。

「君らに予備員(バックアップ)が必要か」

 少佐が鋭い視線を柄垣に向けた。

「おまかせします」

 柄垣は礼を失しない程度の不服をにじませ、短く言った。

「チーム割はこの後、知らせる。全員、この場で待機」

 話は終わりだ。全員が素早く立ち上がり、敬礼。少佐は小さく答礼。

「よし、チーム割と詳細は俺から説明する」

 樋泉大尉が大別刈少佐を引き継ぎ、プロジェクター前に立った。合わせるように照明の照度が戻る。

「なんだかよくわからん作戦だ」

 南波がつぶやいた。

「いつものことだ」

 私が答えた。

 作戦はいつも、手短な説明から始まるのだ。任務完了までは途方もない時間を要して。


 一週間後、任務に合わせた訓練を終えて駐屯地を出、最後の休息に丘から見下ろした港に、重巡洋艦の姿も駆逐艦の姿もなくなっていた。南から吹き込んでくる風は暖かく、宿舎を出る私の頬をなでる空気は微かだが甘い匂いがした。どこかでひっそりと咲いているに違いない花の匂いだ。

 夢を見たような気がしていた。

 悲しい夢だったと思う。

 断片的にでも何か思い出せないかと思ったが、目覚めたときに見えた天井の白さと、窓から差し込む陽射しの暖かさにすべてが消えた。思い出そうとする努力もやめた。思い出す必要がないと思ったから、私は「夢の録画」を怠った。それでいいと思った。ただ、止めどなく涙が溢れて困った。子どもが泣くように、大粒の涙が次から次へと私の目から流れ出した。夢の記憶は残っていないのに、そのときの感情だけは残滓として私の涙腺を刺激し、夢は確かに存在感を主張しているのだった。

 私は身繕いをして、ドアから出るとき、ふと部屋を見渡した。いや、見渡すほどの広さもない。本来は二人部屋。両側の壁にベッドがあり、その手前側に無愛想な木製のデスク。相部屋だった彼女……チームBの嶋田准尉……はもう二度と戻らない。北東自治域からやってきた嶋田はお国訛りも抜けきらず、きれいな目をしていた。私たちが『センターライト降下作戦』に出撃する直前、敷花(しきか)市防衛戦に参加して、そのまま帰ってこなかった。

 デスクはきれいに片つけられていた。ベッドにはマットレスが載っているだけで、シーツも布団もブランケットも何もない。小さなロッカーも空っぽだ。私たちは、いつでも私物を実家へ送り返せるように荷造りさせられている。そのへんもシステマティックになっているのだ。嶋田の私物はだから、たいして同僚たちの手を煩わせることもなく、すんなり送り返されたに違いない。私が出撃する前は、まだ彼女の残り香のようなものがあったが、今はもう何も残っていない。

 いずれ私もそうなるのだろうか。

 私は私生活というものにさほど興味を抱いていないせいもあるのだが、デスクもロッカーも何もかもが素っ気なく、整えられたベッドを無視すれば、この部屋に生活感は漂っていなかった。

 いつから私は刹那的になったのだろう。

 帰れない可能性を考えはじめてからだろうか。

 南波は、部屋を散らかり放題にして出発するという。わざと片つけもせず、ロッカーの中もデスクの引き出しの中もめちゃくちゃで、私物の整理もまったく手を付けない。彼は孤独な神を信じることもなく、験を担ぐ習慣もないという。けれど、私から見れば、部屋を片付けもせず、また戻ってくることを前提に生きている彼の生活そのものが、やはりなにかに支配されている気がしてならないのだ。南波は強固に否定するだろうが。

 わずかに嘆息してから、私は部屋を出た。

 出撃前の最終ミーティングはすでに終わらせていたから、待機室で南波と顔を合わせたとき、彼はもう装備を調えつつあった。私も倣い、武器担当から今回の作戦で使用する装備一式を手渡された。

 CIDSは新品。私の「体調」と癖に合わせて調整が済ませてある。これを怠ると、作戦中に私が囁いても、南波の耳に意味のある言葉として届かなかったり、サブ窓が私の視界正面に開いてしまうことになる。戦場で倒れた仲間から即座にCIDSを調達できない理由はそこにあった。使用者に特化した微調整が必要だからだ。そしてその微調整は戦場(フィールド)では行えない。私のパーソナルデータは軍のサーバーに保存されていて、やはり専用のツールを使って私自身が「読み聞かせ」を行うことで、それはダウンロードできる。その設備はあえて前線には設置されない。それなりの設備が要求される。前回のバックアップポイントまでの情報が、CIDSにロードされ、新品の機材は私のものになる。

 チェストハーネス、メルクア・ポラリスMG-7Aセミオートマティック拳銃。拳銃と自動小銃のの予備弾倉、バックパックには戦闘糧食(レーション)その他の戦場お役立ちグッズが詰め込まれて、ずっしりとした重さが気を引き締める。ベンチに座った南波が自動小銃をいじくり回していた。

 ヘッツァー4726。前回の風連奪還戦で私たちが使用したタイプの口径違いだ。今回はメンバー全員が三〇口径……七.六二ミリバージョンを使用することになった。歩兵部隊などの一般部隊ではほとんど配備されていないタイプで、ごく一部の選抜隊員や特殊任務に就く部隊に配備される。七.六二ミリ口径は反動も大きく弾薬もかさばるため、とりわけ近接戦闘が想定される一般部隊などではほとんど使用されない。連射のコントロールも難しいからだ。だから特殊作戦などで登場する。私たちはその特殊任務に就く部隊であり、今回の作戦の方向性がそれで何となく分かった。

「見敵必殺ってことかね」

 南波が光学照準器をのぞき込んで、CIDSとのリンクを調整していた。照準に関しては個々人がそれぞれ事前に零点規正(ゼロ・イン)を行っているので、問題はない。

「七.六二ミリなんて久しぶりだ」

 私もベンチに腰かけ、銃口の方向に注意しながら構えてみる。五.五六ミリ版の4716と基本的なフレームやレバー類の操作系は変わらないが、銃身(バレル)は太く、長い。弾倉も大きいので、銃本体側の弾倉受け(マグウェル)も広い。もちろんマグウェルは弾倉交換しやすいように、ファネル状に広がっている。全体的に4716よりは重く大きいが、弾薬の威力もまた七.六二ミリライフル弾は大きい。銃口エネルギーは五.五六ミリ弾の三倍ほどだ。弾道も非常に素直で命中精度も期待できるが、なによりの違いは、その打撃力に尽きた。三〇口径のライフル弾を被弾したなら、おそらく衝撃でもう身動きができなくなる。身体の末端ならまだしも、基幹に近いところに命中すれば一発でノックアウトだ。たとえるならば、五.五六ミリ弾ではクマを手負いにするだけだが、七.六二ミリならば斃すことができるということ。対人であればなおさらだ。撃たれたことはないが撃たれたいとは思わなかった。

「気が進まないか」

 口数少ない私に南波が笑う。

 敵が占拠した建物を制圧したり、拳銃弾でも届きそうな近距離での戦闘でなら、三〇口径など必要ないし、こんなに全長の長い銃は不要だ。この銃は野戦向きなのだ。今回の作戦は、比較的長距離の交戦域を想定している。そして、発砲したからには、南波の言うとおり、一発で相手を仕留める必要があるのだ。怪我をさせるのではない。一撃で射殺だ。

「近接航空支援(CAS)を要請して爆弾を降らせる方が気が楽だな」

 南波。まだ小銃に弾倉は装着していない。これから私たちは、ヘリコプターに乗って移動する。北へ向かうのだ。ふたたび。

「もうあの金切り声は聞きたくない。なにが『癇癪娘』だ」

「俺も嫌だな、あれはな」

「でも、」

 太い銃身をひと撫でする。拡張レールにフラッシュライトとCIDS連動の側距器。アンダーレールにフォアグリップは今回装備しない。くるくる左右にスイッチングしたり姿勢を変動させるような戦闘を考慮していないからだ。そもそも4726……三〇口径は連射に不向きだ。連射したところで第二射目以降の命中精度は期待できないのだ。弾をばらまくなら別だが。ただ、弾倉には二〇発の弾薬しか入らない。フルオートで発砲したら二秒足らずで空になる。

「最終的には、空軍を呼ぶわけだろう」

 南波を見る。笑ってはいなかった。

「それは最終オプションだ」

 奪還できなければ破壊せよ。……今回の作戦は奪還ではなかったが、作戦遂行上問題が生じた場合や、事実上作戦が失敗した際は、再び八九式支援戦闘機を呼び、「目標」を粉砕する手はずになっている。

「最初からそうすればいいんだよ」

 蓮見が4726を手に私の隣に腰かけた。蓮見の目を見、私は嶋田を思い出す。二人の目が似ているからだ。パイロットの目。それに近い。澄んでいるのだ。蓮見の長いまつげの向こうに、黒々とした瞳がじっと私を向いていた。妹と言って差し支えない年齢差。まだ学生の雰囲気があるが、蓮見もまたあの地獄の訓練を卒業している。この小さな体と愛らしい顔のどこにそのエネルギーがあるのだろうかと私は不思議に感じる。

「なにも私たちが行く必要なんてない。最初からあの『癇癪娘』をバラ撒けばいい」

 陸軍の一般部隊から、GBU-8自己鍛造誘導爆弾は「癇癪娘」のあだ名で呼ばれているらしい。誰が名付けたのか、私は同意できなかった。あれは癇癪ではない。断末魔の叫びだ。あるいは、気のふれた魔女が鎌を振りかざして襲ってくるような、そんな声だ。できれば二度と聞きたくなかった。

「『癇癪娘』で済めばいいがな」

 南波。

「しびれを切らして『母さん爆弾(ママボム)』でも落とすかな」

 蓮見。彼女は符牒やあだ名の類が好きなのだ。八九式支援戦闘機には搭載できず、より大型の六四式戦闘爆撃機か重爆撃機でなければ使用できない大型の爆弾GBU-2。

「それはちょっとな。今回の作戦では使用しないだろう。趣旨が違う」

私たちは発電所に絵本の読み聞かせをしに行くわけでもなければ、鉄橋を落としたり街を奪還しに行くわけでもないのだ。間接的に敵の戦闘機を飛行できなくする。そういう作戦。

「無駄口は十分だな、」

 南波が立ち上がる。

「行くぞ」

 南波が言う。銃を提げ、まっすぐに背筋を伸ばし、歩き出す。

 蓮見が私を見ている。まぶたでうなずく。私も立ち上がる。桐生が水を飲んでいた。蓮見が桐生をつま先でつつき、桐生は飲み干したボトルを床に置き、立ち上がる。

 表では四機のヘリコプターがローターを回している。空軍の前線基地から乗った汎用ヘリコプターとは若干仕様が違う。ローターブレード先端は屈曲しており、極端に騒音が少ない。テールローターはダクテッドファン。これも従来のものと比較すれば無音に近いほど騒音がない。ターボシャフトエンジンも消音改造が施されており、一般部隊のヘリがトラックなら、このヘリは高級車だ。値段もそれくらいに違うらしい。黒く塗られた外観はまがまがしさすら漂っており、のっぺりとした印象は、そのままレーダーを乱反射させる塗装と構造になっている。レーダー技術が発達し、どれだけ欺瞞措置を施したところで、戦闘機も爆撃機もそれらから逃れる術を持たなくなっている現在だが、「見えやすい」よりは「見えにくい」ほうがいいのだ。

「武運長久を、」

 乗り込む際、ドアガンを構えるクルーが私たちに呼びかけた。私は蓮見と並んで座る。向かいの席に南波と桐生。桐生は細い目をさらに細めて、眠っているように見えた。

「離陸する」

 機長の声がヘッドセットに届く。

 離陸。

 私はヘリコプターの隔壁に背をあずけ、上半身だけ脱力させた。そう。余計な力は、私たちの仕事に必要ないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る