第26章:ヴォルガの黙示録

[1] 瓦礫と鉄の要塞

 10月5日、スターリングラード正面軍副司令官ゴリコフ中将が第62軍司令部を訪れ、スターリンの命令を伝えた。「市を守り通し、ドイツ軍に占領された地区を奪回せよ」との命令だった。チュイコフはその命令を無視した。第62軍の各師団は大きな損害を被って疲労も蓄積している上に、弾薬が底についていたからだった。しかし、エレメンコの説得もドイツ軍の更なる攻撃のせいで問題にならなくなった。

 10月6日、第6軍は「ジェルジンスキー」トラクター工場に対し、猛攻撃を開始した。第14装甲師団は南西から、第60自動車化歩兵師団は西から迫った。

 第16装甲師団は工場群の北にあるスパルタコフカを攻撃し、ソ連軍の生き残り(第112狙撃師団と第124狙撃旅団)を撃退しようとしていた。西岸沿いのひどく狭まった地区に第62軍は押し込まれ、最後には河に追い落とされると思われた。

 10月8日、パウルスはヒトラーに責め立てられていた。ヒトラーの意向に基づき、B軍集団司令部から下された命令は、同月14日までにスターリングラードの北部にさらなる攻勢をかけよというものだった。パウルスと参謀たちは、第6軍が受けた損害の大きさに愕然とした。予備兵力は第305歩兵師団(シュタインメッツ少将)しかなかった。

 10月の第二週になると、戦闘は小休止した。チュイコフはいぶかった。ドイツ軍は増援部隊を得て、総攻撃を加えるのでないか。第62軍の情報部はドイツ軍の捕虜を徹底的に聴取して、敵の目標がトラクター工場であるという結論を得た。

 チュイコフは危険ではあったが、「ママイの丘」の周辺から北部の工場地帯へ部隊を移動させた。この時、「最高司令部」はスターリングラード正面軍への砲弾の割り当てを減らすと通告した。チュイコフはこの通達に驚いたが突然、ある憶測が浮かんだ。大反撃の準備が着々とすんでおり、自分たちは今や巨大な罠の中の囮でしかないのではないか。チュイコフの気持ちは暗澹としたものになった。

 10月14日、第6軍は狭い前線で、北部の工場群に対する攻撃を開始した。第4航空艦隊は可能な限りすべての急降下爆撃機を出撃させた。砲弾はソ連軍の退避壕に炸裂し、焼夷弾は残っているすべてのものを焼き尽くした。

 戦闘は「ジェルジンスキー」トラクター工場への攻撃から始まった。北から進撃してきた第14装甲師団に対し、チュイコフはためらわず第84戦車旅団を差し向けた。工場の守備隊は死に物狂いの抵抗を行なったが、次々とドイツ軍に陣地を突破されてしまう。ドイツ軍の戦車部隊は第37親衛狙撃師団(ジョルデフ少将)と第112狙撃師団を切り離して孤立させた。

 10月15日、第14装甲師団はついにトラクター工場の背後でヴォルガ河に到達し、第62軍司令部は工場の守備隊と通信ができない状態に置かれてしまった。

 ドイツ軍の攻撃がこれまでとは違う規模で展開されていることを悟ったチュイコフは、慌てたように司令部の一部を東岸へ渡河したいと、スターリングラード正面軍司令部に要請した。しかし、エレメンコとフルシチョフはチュイコフの要請を拒否する。

 10月16日、第14装甲師団はトラクター工場の掃討を終え、北から「赤いバリケード」工場に向かって進撃を続けた。ソ連軍は東岸からカチューシャ・ロケット砲の一斉射撃を行い、瓦礫の中に隠されていたT34が火を噴いた。あるドイツ兵は手紙にこのように書き記している。

「こんな地獄で人間が耐えていけるのか、僕には理解できない。それなのに、ロシア兵は廃墟や穴、地下室、元工場の鉄の骸骨の中にしっかり腰を据えている」

 この日の夜、第138狙撃師団(リュードニコフ大佐)が東岸から増派され、「赤いバリケード」工場の北にあるあやふやな前線に投入された。船を降りて前進するとき、増援の兵士たちは「桟橋に向かって這ってくる大勢の負傷兵」の上を踏んでいかなければならなかった。

 増援部隊を輸送した船と一緒に、エレメンコが杖を突きながら第62軍司令部を訪れた。自らの眼で戦況を確認するためだった。埃にまみれた司令部の掩蔽壕で、チュイコフとともに守備隊長のジョルデフの報告を聞き入っていた。

 兵員のほとんどを過酷な戦闘で失ってしまったジョルデフは報告の最中に、感極まって泣き崩れてしまった。それにも関わらず、エレメンコはチュイコフに対し、第62軍の部隊に配られる弾薬の数はさらに少なくなるだろうと警告した。

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