[3] 反攻

 8月24日、南東部正面軍司令官エレメンコ大将はドン河の北に展開する3個軍(第1親衛軍・第21軍・第62軍)に反攻を命じた。その狙いは第14装甲軍団のルイノク回廊を排除することだった。

 第21軍と第63軍はセラフィモヴィッチ付近でドン河を渡り、イタリア第8軍を追い払うことに成功した。同時に第1親衛軍は、クレメンスカヤ付近でドン河に橋頭堡を確保した。3個軍はルイノク回廊の壊滅には失敗したが、同月28日までにハンガリー第2軍、イタリア第8軍の陣地に橋頭堡をドン河北岸に確保することに成功する。

 8月25日、第4航空艦隊による空襲が再び、市街地を襲った。ようやく、市内の婦女子に対して避難命令が下されたが、2~3隻の蒸気船が与えられただけだった。大部分の船舶が負傷兵の撤退と物資の運搬に割かれていたからであった。東岸への避難は3日間に渡って続けられたが、ドイツ軍の空襲と地上部隊は河面の船舶を容赦なく砲撃した。多くの船舶が砲撃を受けてヴォルガ河の底に沈められた。河は死人から流れ出した血で赤く染まり、黒炭のようになった死体が水面に漂っていた。

 8月29日、第48装甲軍団がアブガネロヴォから再び攻勢に出た。前日まで、第4装甲軍司令官ホト上級大将は夜間に装甲部隊をトゥンドトヴォの前線から外し、アブガネロヴォ付近に集結させていた。ホトの狙いは堅固な防御陣地を西から迂回し、高地全体を包囲するとともに第64軍を壊滅させることだった。空軍の支援を受けた第48装甲軍団はガブリロフカ付近で防衛線を突破し、第62軍・第64軍の背後に侵入した。

 8月31日、第48装甲軍団の斥候部隊がスターリングラード=モロゾフスク鉄道に到達し、市内へ撤退中の第62軍・第64軍の退路を遮断する絶好の機会が訪れた。

 B軍集団司令部は包囲を完了させるために、部隊をルイノクから南へ進撃させるよう第6軍に求めた。しかし、部隊の消耗と北に集結しつつある敵軍を考慮した第6軍司令官パウルス大将は攻撃に異を唱えた。その間にエレメンコは南東部正面軍に退却命令を下し、3個軍(第57軍・第62軍・第64軍)を市内を中心に深さ30キロの弧状地帯に押し留めることに成功した。

 スターリンは南東部正面軍の反撃を監督させるため、最高司令官代理ジューコフ上級大将を派遣した。しかし合流した多くの部隊が満足に武装しておらず、資材は何もかも不足していた。ジューコフは電話で攻撃を1週間遅らせるよう、スターリンを説得せざるを得なくなった。その間に、南東部正面軍に最大の危機が訪れる。

 9月3日、第6軍の第51軍団と第4装甲軍の第48装甲軍団がついに合流し、一気にスターリングラード市の西端に迫ろうとしていた。

 スターリンはヴァシレフスキーに電話を入れ、敵の現在地を知らせるよう命じた。ヴァシレフスキーは敵の戦車部隊が市の郊外に到達していると報告する。スターリンは怒りを爆発させた。

「一体、彼らは何をしておる?スターリングラードを明け渡せば、我が国の南半分は中央で分断されて守れなくなるじゃないか。それがわからないのか?スターリングラードの災難だけではすまないんだ。そのうち、水路も石油も失うぞ!」

 ヴァシレフスキーは出来る限り冷静に答えた。

「我々は脅威にさらされている場所に投入できるものはすべて投入しております。スターリングラードを失わずにすむ方法はまだあります」

 スターリンは今度、ジューコフに怒りをぶつけた。部隊が揃っていようがなかろうが直ちに攻撃を開始せよという命令だった。長々と電話で議論した結果、ジューコフはどうにかスターリンを説得して2日間の猶予をもらうことになった。

 9月5日、ジューコフの指揮の下、ドン正面軍として編成された第1親衛軍(モスカレンコ少将)と第24軍(コブロフ少将)による反攻が開始された。パウルスは増強させた第14装甲軍団を差し向け、ドイツ空軍は容赦ない空爆を浴びせた。その結果、第1親衛軍は辛うじて進撃できたが、第24軍は攻撃開始線まで押し返された。

 この反攻は失敗に終わったとはいえ、ぼろぼろになった第62軍(ロパティン中将)と第64軍(シュミロフ中将)が市内に退却する間だけでも第6軍を遠ざけることには成功した。反撃を指揮したジューコフはモスクワに帰る航空機内で、並々ならぬ決意を胸中に抱いていた。

 スターリングラードの郊外では、夜の冷え込みが急に激しくなった。朝になると、大草原に霜が降りた。水を張っていたバケツに一晩で薄い氷の膜が出来ていた。戦争2年目の厳しい冬が「宿命の都市」をゆっくりと覆い始めていた。

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