[4] ドイツ軍の内実

 4月4日、「青」作戦の命令文書を完成させたヨードルは、さっそくヒトラーに提出して承認を求めた。ところが、内容を一読したヒトラーは顔色を変えてヨードルに詰め寄った。

「これは一体、どういうことか?」

 ヒトラーの機嫌を損ねたのは、攻勢の作戦指導に関する権限が南方軍集団司令官に大きく委ねられている点だった。作戦遂行上の重大な決定に、自ら関与できない状況を嫌ったヒトラーは、弁明するヨードルから「自分で調べるからよい」と言って文書を取り上げてしまう。

 4月5日、ヒトラーは自らの手で若干の手直しを加えた、正式な「青(ブラウ)」作戦の命令文書である「総統指令第41号」を下達した。

「東部戦線におけるわが軍の将兵の卓越した勇気と、犠牲を厭わぬ尽力により、わが軍は大いなる防御戦の成果を獲得した。敵は甚大な人的・物的損失を被り、冬季戦の初期段階での部分的成功に乗じたにもかかわらず、保有していた予備兵力のほとんどをこの冬の戦いで消費してしまった。

 よって、天候と地表の回復とともに、わが軍は主導権を奪取せねばならない。新たな攻勢におけるわが軍の目標は、いまだ残存するソ連軍の戦力を完膚なきまでに粉砕し、同時に敵の最も重要な戦争経済上の資源を、可能な限り失わせることである。

 全般的な意図としては、東部戦線当初の原則(敵軍事力の粉砕)を維持しつつ、中央戦域では現状維持、北部戦域ではレニングラードを占領してフィンランド軍と陸路で連絡し、南部戦域ではカフカス地方へと突進すること。順序としては、まず全兵力を南部戦域の主要作戦に向け、ドン河前面の敵を掃討し、次いでカフカス地方への油田群およびカフカス山脈の南への通行路を奪取する。

 作戦遂行の順序は、第1にドン河上流域のヴォロネジを占領。第2にドン河下流での突破作戦。そして第3にこの2つの兵力をスターリングラードで合流させることによる、敵兵力の包囲殲滅とする。ドン河の渡河については、橋の占拠などの好機を逃さず、臨機応変に対処すること」

 この攻勢のために、陸軍参謀本部はドイツ軍20個師団と枢軸国軍の21個師団に対して北部・中央部から南部への移動を命じていた。そのため、南方軍集団の参加兵力はドイツ軍で95万人、枢軸国軍で約30万人にのぼった。「バルバロッサ」作戦と同様、第4航空艦隊(レール上級大将)が航空支援を担当することとなった。

 機甲戦力は約1900両で、T34対策として長砲身50ミリ砲を装備したⅢ号戦車が約600両、長砲身75ミリ砲を装備したⅣ号戦車が約300両配備されていた。しかし、それでも南方軍集団が麾下の部隊に供給できる装備機材は定数の85%に留まった。

 また、ヒトラーは各枢軸国の首脳部に対して兵力の増強を要請した。ハンガリーとイタリアはそれぞれ3個軍団から成る第2軍(ヤーニ大将)と第8軍(ガリボリディ大将)をドン河流域に派遣した。

 枢軸国軍を構成するのはイタリア軍6個師団、ハンガリー軍10個師団、ルーマニア軍5個師団(実数は旅団程度)だったが、どの師団も人数、兵器ともに深刻な不足に陥っていた。なおかつドイツ軍と訓練と教義の点で、相容れないことが多かった。このような頼りない同盟国軍を基礎にして参謀本部が作戦計画を立てた事実そのものが、ドイツ軍がロシアの広大な大地を制圧するための兵力がいかに不足していたかを示すものである。

 しかし、悪夢のような冬季戦の後で、ドイツ軍は新たな増援を得て、自信を取り戻しつつあった。「青」作戦の総兵力は1941年6月の頃よりは低下していたとはいえ、指揮官たちは42年内にソ連軍を打倒できる自信があった。

 この時期、ドイツ軍の諜報はソ連軍がウクライナの奪回を目指すべく、ハリコフ南東に部隊を集結させているとの情報を掴んでいた。これを受けて、南方軍集団司令官ボック元帥は「青」作戦の発動前に、ハリコフ南部の突出部を排除する限定的な攻撃案を計画した。

「フリードリヒ」と名付けられたハリコフ南部の攻撃案は第6軍が北翼から、第1装甲軍司令官クライスト上級大将の指揮下に第1装甲軍と第17軍の選抜部隊を集めた「クライスト集団軍」が南翼から突進し、突出部のソ連軍を包囲殲滅するものであった。攻撃開始日は5月18日とされた。

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