第10話

「ここはどこだ?」

 大村がもう一度言った。僕は首を振った。

「分からない」

「ふざけんな。ここはどこだ?答えろ!」

「そんなこと、俺にだって分かるわけ無いだろう」

「うるせえ!」

 興奮した大村は腕を振り回し、それに連れて、光の輪があちこちを飛び回った。

 突然、青野が悲鳴を上げた。

「青野さん?」

 彼女は上を見ていた。

 一瞬、僕と視線を絡ませてから、大村は光を頭上に向けた。

 あり得ないことだった。光は何も照らし出さなかった。つまり、天井までの距離は少なくとも数百メートルはあることになる。そんなこと、あるはずがなかった。

 けれど、そのとき、なにかが、光の輪を過ぎった。

「ぅぐっ」

 大村がくぐもったうめき声を放った。

 僕は青野が棚の陰に見たものを思いだした。彼女はそれがなんなのか、説明できなかった。

 その理由が僕には分かった。

 それは自分の目が信じられなかったからだ。

 それは人でも、獣でも、怪物でさえなかった。

 それは魚だった。


 シーラカンスに似た、大きな魚が光の輪の中に、一瞬だけ浮かんだ。


 どのくらい、頭上を見上げていたろうか。

 ふと知覚の片隅を何かがかすめた。くぐもった音がして、同時に、灯りが、消えた。

「大村!」

 返事はない。気配も感じられなかった。

 小さな、けれど目を射る灯りが灯った。青野がスマートフォンを手にしていた。

「行ってみましょう」押し殺されたような声で彼女が言った。

 僕はうなずいて、手を伸ばし、青野は僕の手を掴んだ。

 画面の小さな灯りを頼りに、ぼくらはノロノロと進んだ。灯りの届く範囲内には、ぼくらの手と顔しか見えなかった。その外側に、あの棚の群れは今もあるのだろうかと、僕はいぶかしんだ。

 そのとき、スマフォの灯りが奇妙な物を照らした。

 高さが50センチほどの二本の筒のようなものが、並んで床から生えていた。側面は布目らしく、土台は……。

 土台が何かが解ったとき、僕は世界がぐらりと揺らぐのを感じた。

 スニーカーだった。

 汚れたスニーカーが二本の筒を支えていた。

 筒の正体は脚だった。

 いなくなった大村は脚だけを残していた。

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