第9話

 左右の棚の隙間に、当分に光を振り分けながら、大村は通路を進んでいた。今度は彼のペースは低かった。足を引きずるようにして、ゆっくりと進んでいる。

 青野は僕の隣を歩いていた。

「佐野くん」

「うん?」

「スマートフォン持ってる?」

「うん。さっき、青野さんが転んだときは、スマフォの光で探そうかと思った。ライト代わりに使えるアプリは入れてないけど、画面の明るさだけで充分でしょ」

「そうだね。でも、さっきは真っ暗でよかった……」

「……青野さんは?」

「持ってる」

 僕は考えた。青野もそうだと思う。

 確かに、白菜のスマフォは繋がらなかった。

 けれど、試してみて悪いことはないだろう。

 けれど、かなり恐い。繋がらなかったときのダメージは相当な気がする。

 けれど。

「柱が見つからなかったら、わたし、誰でもいいから掛けてみる」

「見つからなかったら?」

「大村くんが、柱なんか、ねぇじゃねぇかって言い出したら」

 その大村に聞こえないように、僕と青野は声を殺して笑い合った。

 そのとき。

 場違いなJポップが地下壕に響いた。


 懐中電灯を取り落としそうになりながら、大村がスマフォを取り出した。

「はい……はい、大村です。はい。……え?」

 その慌てぶりを見て、僕と青野は今度は大っぴらに笑い合った。

「佐野くん」

「うん?」

「覚えてる?佐野くん、わたしにホントにデート申し込んだんだよ。後悔してない?」

「青野さんこそ、承諾して後悔してませんか?」

「まあ、少し」

「なんてことだ。吊り橋効果がもう薄れてきた」

 そのとき、大村がぼくらの方に近づいてきた。彼の目付きを見たとき、ぼくらの陽気さは、終わった。

 彼はスマフォをいじると、怒鳴るよう言った。

「さっきの話、繰り返してもらえませんか」

「何を言ってるんだ」スマフォから中年の男性らしい声が聞こえた。

「君らはどこにいるんだ?」

「地下壕ですよ」大村が叫んだ。

「何を言ってる。杉本くんが電灯が点かないなんて言うから、わざわざ業者の人に来てもらって、行ってみたら、点くじゃないか。おまけに誰もいない」

 青野が不意に、僕の手首を掴んだ。

「君らも杉本くんも。どこに行ったんだね?ええ。学生バイトだからと、いい加減に考えているのかも知れないが、ちゃんと給料――」

 意味の無いノイズと化した通話を、大村は切断した。ぼくらをにらみつける。

「ここはどこだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る