第6話
いきなり、灯りが消えた。青野が息を呑む音が聞こえた。
完全な暗闇には重さがあった。まるで大波のように闇が上から覆い被さって、僕を押し潰した。本当に息さえできなくなりそうだった。
「くそっ。大村ぁ!」
「違う」大村が叫んだ。「こうすりゃあ、絶対分かるはずだ。トンネルは明るい」
「ああ、そうか…」
トンネルの開口は室内に正対する形で開いている。さっきも壁の中でほの白く輝いて見えていた。暗闇の中では燈台のように働くはずだ。絶対確実なトンネルの探し方だった。
頭では納得できても、僕はまだ少しむかついていた。多分、暗闇が恐かったのだ。
「おかしいな」大村つぶやきがすごく遠くから聞こえてきた。闇が濃すぎて距離感が掴めない。
「全然、見えねぇぞ」
僕は首を振って四方を見回した。不思議なことに、トンネルは浮かび上がっていなかった。
「雨が降り出したんじゃないのか」僕は言った。「今日の空模様はそんな感じだった」
「かもな。でも、それなら外は大荒れだぜ」
僕はうなずいて、それでは通じないことに気付いた。それこそ目を掌で覆っても何も変わらないのだ。自分は今、ほんとうに目を開けているんだろうかと、不安になってくる。
「もう、いいだろ。そろそろ点けてくれ」
「ああ。すまん」
灯りが灯った瞬間、僕は
僕は苦笑いを大村に向けたが、彼の方はもっと露骨な笑みを返してきた。
大村の視線を追って、僕は自分の左側を見た。
さっきから妙に痛むなと思っていたのだけれど、青野が全力で僕の二の腕を握りしめていた。
「青野さん」
目があった瞬間、青野は3メートルくらい、後ろへ飛び退った。
「だめだ!青野さん」
彼女の姿が闇に溶け込んでしまいそうになって、僕は慌てて叫んだ。手を伸ばしたのだけれど、青野は首を振るばかりで、どうしてもそれ以上近くは来てくれなかった。
「へへへへへへへ」
僕が
「それじゃあ、闇雲に壁まで歩くとしますか?」
僕はうなずいた。地下壕は
「この通路にしますかな?」大村は正面にあった通路に光を向けた。眉をひそめる。「ありゃ、壁が見えねえや」
「俺たち、偏った位置にいるのかな。それでも、壁が見えないなんて、そんな広さが……」
無言で大村は、反対側の通路に光を向けた。
懐中電灯の丸い灯りの中に空っぽの棚がどこまでも列なっているのが見えた。四隅の支柱と水平の棚板。それが造り出すリズムが、どこまでも、どこまでも。それでも最後は、力尽きて闇に溶け込む。
光の届く範囲内に壁は見えなかった。
そして、彼はそれと直交する通路に光を向けた。それから反対側へ。
どれも同じだった。
どこまでも、光が届く限り、棚が並んでいた。
壁は見えなかった。
ぼくらは
「どうなってんだ?」大村が言った。「地下壕ってこんなに広いのか?」
そんなはずはなかった。絶対に。
けれど、今それを言っても仕方がない。僕は棚と平行に走る通路を指差した。
「こっちか、こっちだ」
「ああ?」
「トンネルからは棚の側面が見えてた。だから、僕と青野さんは棚と平行の通路を来たはずだ。このどちらかだ。トンネルからここまで、大した距離があるはずはない。だから、少し行って、なければ引き返す。そうすれば――」
「必ず見つかる。よし、それで行こう」大村はうなずいた。「どっちにする?」
「どっちか……ああ、そうだ。足跡はどうだ」
「足跡?ああ、床に埃でも積もってれば、俺たちの足跡が残ってるかも知れないって?」
「探してみてくれ」僕は振り向いて青野を見た。「青野さん」
彼女は僕から見えるぎりぎりの位置に立っていた。僕が手を伸ばすと、彼女はまた首を振って後退った。僕は構わずに近づいて、青野の手を取った。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。分かるだろ。傍にいてくれ」
辛うじて分かる程度にうなずいた青野の手を取ったまま、僕は大村のところへ戻った。彼は床の一点を凝視していた。
「どうした?」
彼はノロノロと顔を上げ、虚ろに見える目付きで僕を見返した。
「どうした?足跡は見つかったか?」
「……足跡?」彼はぼんやりと言い、そこで不意に目が覚めたような顔付きになった。
「大村?」
「こっちにしよう」
いきなり、大村はそう言い、そのまま歩き始めた。
僕は唖然としたけれど、仕方がない。僕は青野を促そうとして、彼女も床の一点を見つめていることに気付いた。大村が凝視していたのと同じところだ。僕も見た。もちろん、闇しか見えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます