第4話

 白菜が行ってしまって、僕と大村はトンネルの隣で壁にもたれて立った。並んで立った大村も、輪郭りんかくしか見えなかった。その大村は僕の耳に口を付けるようにして、

「見た目はそこそこだが、性格があれじゃあな」

「一体何を怒ってるんだ?彼女」

 僕も小声で答えた。その彼女は目の前の、棚の間にいるはずだった。けれど、見えるのは、懐中電灯の灯りだけで、それがふらふらと棚板や四隅の柱を照らしていた。

「知らねぇな。性的欲求不満って奴じゃないのか」

 含み笑いが気配で伝わってきた。僕が何か答えようとした、そのとき。

 棚の間に見えていた光が弾かれたように揺れた。そのまま真下に落ちて、軽い衝撃音が来た。意志を失った光が床を転る。

「おい!どうした?」

「青野さん、どうかしたのか?」

 返事はなかった。けれど、一旦床に落ちた光は何事もなかったように、浮かび上がった。

 灯りはそのまま棚の間を出て、ぼくらに近づき、ようやく、青野の姿が薄く浮かび上がった。

「青野さん?」

「なんでもない」

 戻ってきた青野は、顔を背けるようにして言った。不意に懐中電灯を大村に押し付ける。

「なんだ?」

「あんたが持ってればいい。持ちたかったんでしょう」

 大村はあきれたような顔付きになった。

「ああ。いいとも、俺が持つよ」


 僕は階段の一番下の段に腰を下ろしていた。少し離れて青野も座っている。今度は大村が棚の間に行ってしまったから、ぼくらは二人きりだった。

 階段の上から漏れてくる日差しは、弱くて背中からだった。だから、青野の表情までは分からなかった。彼女は黙りこんでいて、僕はとにかく気詰まりだった。

 僕は身体をねじって、階段の上を見上げた。

「遅いね。いい加減戻ってきてもいいんじゃないかな。えーと、あの……」

「…白菜…」

 僕は吹いた。

「なんだ。青野さんも〝白菜〟って思ってたんだ」

 彼女はうつむいたまま、「だって…」しばらくしてから不意に、

「わたしのこと、嫌なコだと思ってるでしょう?」

「いや……」僕は絶句しかけたが、「まあ…うん。何を怒ってるんだろうとは思ってた」

 青野は顔を上げて、僕を見た。ようやく表情が見えた。けれど、関係の無いことを言った。

「佐野…くんはこの地下壕について、いろいろ言われてること、ホントに何も知らないの?」

「ああ」

「……そう」

「なんか、いろいろあるみたいだな。そんなの知ってたら、応募してないよ。俺は君子危うきに近寄らず派だから。まあ2万円は魅力的だけど」

「うん」

「で、青野さんはどうして応募した?先輩からも、なんか言われたんでしょ」

「わたしは、そんなの信じないから」

「へええ」

「そう言う、なんか、その、ひとのこと分かったような言い方して欲しくない」

「ごめん」

「…いいけど」

「じゃあ、無知な俺に教えてくれよ。一体どんな噂が流れてるんだい?」

「それは――」

 そのときだった。

 大村の絶叫が地下壕に響いた。

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