第2話
入り口を入ったところは、小さなホールになっていた。
扉は両開きで、上に明かり取りの小さな窓があった。日差しはそこからしか入ってこない。片側の隅にガラクタが束ねて、積んであった。
ホールには奇妙な匂いが漂っていた。不快というわけではなかった。けれど、似たものが思い付かないから、
「靴は脱がなくていいから」
白菜が言わずもがなを口にした。彼はそのまま、扉の真向かいにある狭い廊下へ入り込んだ。
大村と僕が続いて、更に、青野が足を踏み鳴らす様にして続いた。
廊下は暗かった。左右の壁には横に広い窓があったけれど、どちらも屋内へと開いていたからだ。開いたその先は実験室でいいだろうか、床がタイル張りになった、細長い部屋だった。
実験室の方には外へ開いた窓があって、辛うじて光が入ってきていた。
業者が掃除をしてくれた廊下と違って、実験室はそのままのはずだが、案外と片付いていた。
床のタイルが所々、割れているくらいだ。
そもそも、ものがあまり無い。ガランとした空間に、わびしさが漂っている。
それでも、気になったのは、大きな水槽だ。幾つも並んでいた。乾いた
実験器具なのだろうが、ちょっとなんなのか、見当も付かなかないものも、その脇に転がっていた。
「あれ、何だ?
僕と同じことを思っていたらしい、大村が口に出して言った。
「さあね」僕は青野を振り向いて、「どう思う?」
「何が」
「だって、君は理学部だろう」
「それがどうかして?」
「どうもしないけど、実験器具とかは専門だろ」
「わたしは数学科。実験なんかはしない」
青野はけんか腰で言った。何を怒ってるんだか。僕は肩をすくめて、
「そりゃあ、悪かった。忘れてくれ」
そう言って、僕は彼女に背を向けた。まったく、声なんか掛けなきゃよかった、そう思った。そのとき、
「先輩たちが変なことを言ってるのは、聞いたことがある…」
僕は青野を振り向いた。
「へえ?なんて?」
けれど、彼女は唇を噛んで、そっぽを向いた。僕が何か言う前に、白菜が言った。
「着いたよ。ここだ」
白菜が示したのは、廊下の突き当たりの天井の高い部屋だった。
20畳ほどの広さがある、ほぼ正方形の部屋で、正面と右手の大きな窓からは、曇った空と雑木林が見えた。ここの片付けも済んでいた。
崩落した壁は左手にあった。
鉛色の漆喰壁がアーチ状に崩れ落ち、そこから、オイスターイエローの古い漆喰がのぞいている。
地下壕への入り口は、古い漆喰のほぼ中央に開いていた。
入り口も上部がアーチになった馬蹄形をしていた。縁は煉瓦で組まれている。
「この建物は元から」白菜は独りで、拾った棒で床に図を描きながら話した。
「裏手にある丘の一部を削り取って、食い込むようにして建てられてるんだ。この壁はその丘に面している。階段の先はその丘の内部に伸びてるんだ」
白菜の説明には興味がないらしい大村が、ふらりと開口に寄った。
下の暗がりをのぞき込んでから、大村は顔を上げて、崩れた壁の残りに目をやった。手を伸ばして、むき出しになった壁の内部構造を突いた。
「煉瓦の上から漆喰で固めてある」僕と青野を見て、ニヤリと笑ってみせた。
「まるで、何かを封印してたみたいだな」
「下らないことを言わない」白菜が固い声音で言った。
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