「完全死刑制度の世界」前編

「どうも皆さん、お久しぶりです。パラレルでございます。」



 何も無い闇に差した光。その中心で深々とお辞儀をするのは、パラレルワールドの住人の伝記「ペーパートレイル」の売買を行う老人「パラレル」だ。



「さて、早速ですがペーパートレイルを披露したいと思います。」



 そう伝えるとパラレルは宙に手をかざした。するとそこから、分厚い辞典のような本が突如召喚された。金色の刺繍で「完全死刑制度かんぜんしけいせいどの世界」と記されている、高級感溢れるペーパートレイルだ。

 パラレルは召喚されたペーパートレイルに特に興味を示すことなく、ゆっくりと表紙をめくった。



 私が伝えたい部分まで、内容を省かせて頂きます。このペーパートレイルの主は「田ノ村 暁(たのむら あきら)」。これは、彼が警察官になって三年目の出来事です。彼の世界では年々犯罪の件数が増加し、数年前までは十数倍にまで膨れ上がっていたそうですね。

 そんな事態を重く見た政府は、大胆にもこんな制度を作ったそうです。それが、「完全死刑制度かんぜんしけいせいど」。罪を犯すと、その重さに関係なく、文字通り死刑にするという制度らしいです。もちろん、国民からの批判は凄まじかったそうですね。一時は東京の主要交通機関全てがストライキを起こすという緊急事態にまで陥ったとか。ですが、当時の政府はこれを白紙に戻す事はしませんでした。

 結局、完全死刑制度は現在の社会に根を生やし、人々の恐怖の根底にあり続けたそうです……



 。


 。


 。



「交番勤務は暇な時間が多いですね〜。」



 自らのデスクで頰杖をつき、大きなあくびをしながら田ノ村は呟いた。うっすらと涙の浮かぶ目を擦りながら時計を見ると午後三時を示しており、パトロールの疲れのせいか、それとも春のフワフワとした独特の雰囲気のせいか、強い睡魔が襲ってくる。

 すると、突然田ノ村の頬に冷たい感触が走った。「ウォッ!?」と思わず口から悲鳴が零れた。



「馬鹿か、暇って事は平和ってことだろが!」



 よく冷やされた缶コーヒーを二本持った、三十代くらいの警官が少し怒鳴り口調で田ノ村の呟きに答えた。彼の直属の先輩である「井尾いのお 大悟だいご」である。井尾は田ノ村の頬に付けた缶コーヒーを彼のデスクに置き、もう一本を自分のデスクに置いた。そして回転椅子に深々と座り、少し前のめりになって呟く。



「交番が忙しかったらシャレになんねーだろ? 俺らはこれが一番いいんだよ。」



 その言葉に、田ノ村はひどく感銘を受けた。



「さすが井尾さん! 警察官の鏡です!」



 田ノ村は井尾を褒め称えた。現代の警察官にはない理念を持っているからだ。

 現在では完全死刑制度が犯罪の抑止力になり、犯罪件数が急速に減少してきている。そのため、警察官が表立って活躍する機会は極端に減り、世間から「仕事をしない公務員」というレッテルが貼られていた。そのため、現代の警察官は「楽で稼げる仕事」という間違った認識が生まれ、正義感を持った警察官はほぼ皆無だった。

 しかし、井尾という男は違う。どれだけ世間から悪く言われても、街の平和を守るという指名を全うしようと、日々の職務に励んでいるのだ。もちろん、本人の口からその事が語られたことはない。しかし田ノ村は、彼の仕事に対する熱意を感じ取り、密かに尊敬の念を抱いていた。



「そんな事ねーよ。」



 井尾は田ノ村の頭を叩き笑顔を向けた。

 今日も平和だ。田ノ村はしみじみとその事実を心に感じ、井尾の缶コーヒーのプルタブが開けられる音に耳を傾けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る