Paper Trail

さいどばーん

第0話 パラレル

【ペーパートレイル】:その者が生きた証、又は足跡そくせきの証明。



 あなたは覚えていますか?自らが歩んできた道のりを。「知っているけど覚えていない?」確かに、幼少期の記憶など誰も覚えていません。しかし、記憶としては確実に存在しているはずです。その二本の足で立っているということを。自転車に乗る方法を。挫折する悔しみを。挑戦する勇気を。達成する高揚を。それらは全て、あなたが辿ってきた紛れもない事実なのです。

 でも、知っていましたか?その事実は記録されています。どこに、という訳ではなく、この世界が、空間が、時間が、あなたの一生を書き記しているのです。

 どうでしょう。もしその書き記された記録を見る事ができれば、覗いてみたいですか?いえ、あなたの記録ではありません。”別の”あなたの記録です。



 。


 。


 。



「ようこそ、みなさん。」



 どこまでも広がる闇、ここがどこなのか、全くわからないほど。その闇は光を飲み込んでいる。そんな闇の中から、声が聞こえてきた。男性の、重厚感のある、どこかしら紳士的な雰囲気を感じさせる声だ。



「はじめまして、私の名前は……特にはありません。」



 刹那、パッと闇に光が照らされた。光源を探してもどこにもない。どこからともなく光が差し、その声の主を照らしたのだ。その光に照らされて現れたのは、特徴的なスーツを着込んだ老人であった。立派な顎鬚を携え、右目の眼窩がんか片眼鏡モノクルをはめ込んでいる。その見た目は中世の上流階級の者のようだ。

 そして服装、これが最も目を引く。正中線を中心に線対称でスーツの色が違うのだ。半分は白、もう半分は黒。思わずリバーシを連想してしまう。その線対称の白黒はジャケットからパンツ、さらには靴まで徹底されており、唯一違うものといえば右目の白い片眼鏡と左手に持つ黒いステッキぐらいである。頭に被るシルクハットも白黒だ。そんなリバーシ人間が、闇から現れたのだ。



「ただ、彼らからは”パラレル”なんて呼ばれています。以後お見知りおきを。」



「……おっと、彼らとは誰のことなのか?そう聞きたそうな顔をしていますね。そういえばまだお伝えしておりませんでした。彼らとはすなわち、私の取引相手、つまり”世界”のことです。」



 パラレルと名乗った老人は淡々と言葉を紡いでいく。



「……ん?まだおわかりになりませんか?……失礼、自己紹介が私の呼称だけでしたね。」



 パラレルはゴホンと一つ咳き込み、再び胸を張って姿勢を正し、こう答えた。



「私は他の世界、つまりパラレルワールドから人々の”ペーパートレイル”を買取り、それをみなさんにお売りする卸売業者のような事をしております。」



 パラレルはシルクハットを脱ぎ、深々とお辞儀をした。



「さて、自己紹介も済んだところで、早速語らせて頂きましょう。」



 そう言うと、パラレルは空中に手を差し出した。すると、何も無い空間から本が出現し、パラレルの手に収まったのだ。某週刊漫画雑誌ほどの厚みで、表紙が厚紙で出来ている。いわゆる、図書館などに置いてあるような高級感のある本である。さらに、表紙には金色の糸で装飾されており、ますます高級な代物に思える。



「これはあるパラレルワールドに存在する者の、生まれてから死ぬまでを記したペーパートレイルです。今からこれをあなたに伝えましょう。」



 パラレルは本を開き内容を読み始めた。








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