不器用なワルツを貴方と共に 9
屋敷の前に止まった車から私は急いで飛び降りる。
「ゆず様、どうしたんですかその姿は!」
あの場所から少し離れた場所でタクシーを呼び止め、運転手さんを説得して屋敷まで辿り着いたのだ。
―あんたその恰好・・・・・なにか面倒ごとなんじゃないか?
―必ず代金はお支払いします!だからお願いします。乗せて下さい・・・・・っ
「ありがとうございました!」
怪訝そうな顔をしながらもここまで連れてきてくれた運転手さんに頭を下げる
ここを離れてからどれくらい時間が経ったのだろう。
外はもう真っ暗になっていた。
「和恵さん、瑞樹・・・・!瑞樹を見なかった?」
「は・・・・・立花、ですか?」
見ていませんね、と言われ焦りが全身に広がるのがわかる。
嫌な汗が背中を伝った。
「瑞樹・・・・・っ」
勘違いであればいい。部屋に帰ったら「どうしたんですか」なんて呑気に笑っていればいい。
そんな事を考えながら祈るように、自室のドアを開けた。
「い、ない・・・・・」
連れ去られた時と、何一つ変わらない部屋の風景。
落胆しながら部屋の扉を閉め、手がかりを探すように廊下の窓から外を覗く。
するとここから丁寧に庭の掃除をしている人物の姿が見えた。
彼だったら、知っているかもしれない。
私は望みを繋ぐように駆けだした。
「みや、ぎくん・・・・・!」
「あんた、どうして・・・・」
宮木くんがまじまじと、私を見つめた。
「聞きたいことがあって」
「なに・・・・・」
「宮木くん、瑞樹を知らない?」
カラン、と支えられなくなったというように、箒が落ちる。
「宮木くん・・・・・?」
顔を覗き込むと、彼は真っ青な顔をしていた。
震える唇で宮木くんは告げる。
「・・・・・知ってる」
「知ってる!?瑞樹はどこにいるの?」
宮木くんの様子に、なんだか嫌な胸騒ぎがした。
「・・・・・屋敷の蔵にいるよ」
「蔵って、なんでそんなところに・・・・・」
「・・・・・そこに転がってると思う。もしかしたら死んでるかも」
は、っと吐く息を聞きながら、彼を見つめる。
「なんで・・・・・」
どうして宮木くんがそんなことを知ってるの?
死んでるなんて、そんな風に言えるの?
聞くべきはずの言葉がまるで声にならなかった。
「どうして・・・・・」
返事を聞くのが怖い。
「どうして死んでるなんて、そんなこと・・・・・」
その答えを、彼は知っているような気がしたから。
「俺が・・・・・あいつを刺したんだ」
「―――っ!」
「許さないっ・・・・・」
気が付いたら私は思い切り彼の頬を叩いていた。
右手が熱く、言葉が震える。
私は宮木くんを許さない。許せない。
―ごめん
消えてしまいそうな謝罪の言葉を、今は受け取る事が出来なかった。
庭の奥へ進んでいくと、ひっそりと建つ建物が目に入る。
この蔵は、父の骨董品置き場で普段から人の出入りはほとんどない。
「瑞樹・・・・・?」
埃っぽい空気が漂う蔵に入り、手探りで電球のスイッチを見つける。
明るくなったその瞬間、奥に人影が見えた。
急いで近づくと瑞樹が白い顔でぐったりと棚に寄りかかっている。
「瑞樹・・・・・!返事をして、ねぇ!」
頬を叩くと、その冷たさに息を呑む。
手も、首も、顔も冷たい。
恐る恐る彼の全身を見ると、お腹の横を抑える彼の手からは血が滴っていた。
白いシャツから乾いた血が滲んでいる。
「・・・・・ぁ」
―あいつ死んじゃうかもね
死ぬ・・・・・?瑞樹が?
「ねぇ、瑞樹。目を開けてよ」
蔵に響く私の声は、不安定な子供のようだった。
「一人にしないでよ・・・・・」
ボタボタと、涙がこぼれ落ちる。
途方に暮れながら瑞樹の腕を握りしめたその時、彼の指が僅かに動いたような気がした。
「ゆ・・・・ず?」
「瑞樹・・・・・!」
「ゆず、ですよね?」
「うん。待ってて!今、急いで人を呼んでくるから・・・・っ」
私一人じゃ瑞樹を運ぶことも出来ない。
彼の手を放そうとすると、弱々しい力で袖を掴まれた。
「え・・・・っ」
振り向くと、瑞樹が私を不安げに見つめている。
「みずき・・・・?」
「大丈夫、ですか・・・・・?その怪我は・・・・・」
「人の心配より自分の心配してよ」
「ゆずさえ無事なら、いいんです・・・・・」
「え・・・・」
そう言ったきり、再び目を閉じる瑞樹の腕に力を込めた。
「瑞樹の馬鹿」
私さえ無事ならいいって・・・・・そんなわけあるはずないじゃないか。
頬を伝う涙を強引に袖で拭い、急いで外へ出る。
向かう場所はただ一つ。
瑞樹を助けられるのは、あの人しかいないのだ。
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