不器用なワルツを貴方と共に 8
「どういうことよ!これ!」
三十分後、ツグミと合流した俺はその光景を信じられないような気持ちで見た。
「知らねぇよ・・・・・」
「知らないってなに!逃げられてんじゃないの」
「だから、知らねぇって」
床に散らばったガラスの破片と段ボールの山を交互に確認する。
まさかあいつがここまでして逃げ出すとは考えてもみなかった。
「どうすんのよ、あの子脅して金貰わなきゃ今までの計画が台無しじゃない」
「だから俺のせいじゃないだろ」
ヒステリックに叫ぶツグミを横目で見る。
「・・・・お前の方こそどうなんだよ、上手くいったのか?」
「当然でしょ。今あの子から報告があったわ。渡したナイフであの男のお腹を刺しちゃったらしくて、このまま死んだらどうしようって言ってた。可愛いわよね」
「あの執事、天涯孤独なんだろ。心配してくれるやつなんているはずねぇし、死んだらお前の男にでも処分してもらえよ」
「・・・・・でも残念。写真で見る限り、なかなかいい男だったのに」
「でたよ、男好きが」
「なによ、あんただって人の事言えない癖に」
同じ母親の腹から生まれてきたからだろうか。オレとツグミはよく似ている。
「とにかく、またあいつを探さないとな」
「今度はぬるい事しないでよね。監禁してでも金を貰って頂戴」
「怖い怖い。さすが、ヤクザの女。この倉庫だってお前の男が用意したんだろ」
「なによ。何人も女囲って、維持できなくなった借金男には関係ないでしょ」
「それを言うならお前だって男に貢いで借金抱えたんだろ。似たようなもんじゃねー?」
からかうようにそう言うと、するどい目つきで睨まれる。
「なによ、文句でもあるわけ?」
張りつめた空気が流れる。深いため息の後、最終的に折れたのは俺だった。
「悪かったって。ほら、探すぞ。あいつ屋敷に戻ったんだろ」
あんなに執事の安否を気にしてしていたんだ。どうせ屋敷に戻っているに決まってる。
そう口にしながら最後に見たあいつの顔を思い出す。
ここに無理やり連れてきた俺に対して、怯えるどころか対抗するように真っ直ぐにこちらを見つめるあの目。
少し見ないうちにあいつはあの女に似てきた。
元々顔つきは似ていたが、昔のように俺を見て一歩引いたような・・・・・腫物に触るような所が無くなっていた。
―寂しいんでしょ。直人君も、ツグミちゃんも。
なにもかもわかったように真っ直ぐな瞳。
俺はあの女・・・・・高科千晴が大嫌いなんだ。
「あ、直人君!」
「・・・・・なに」
彼女が屋敷に嫁いできたのは、俺がまだ学生の頃だった。
この屋敷に入り浸って父を誘惑した、図々しい女。
ツグミも俺も最初からあの女に良い印象なんて持ってなかった。
だが再婚は父が決めた事だ。父の判断が絶対的なこの家にいる以上、俺は従うしかない。
「ゆずを見なかった?」
「ゆず・・・・・?」
彼女がここに来て一年後、<ゆず>という女が生まれた。
確かこの時は五歳くらいの歳だっただろうか。
「見てないけど。なに?」
「ちょっと目を離した隙にあの子どこかに行っちゃってね。多分この家から出てないと思うんだけど探すのを手伝って欲しくて・・・・・」
「悪いけど他あたって。俺今から学校」
「ちょっと待った!」
「なに・・・・・」
彼女を無視して歩き出すと、急に腕を引かれた。
驚いて振り向くと、真っ直ぐに俺を見るあの瞳と目が合ってしまう。
「そんなに私が嫌いかな、直人君は。目も合わせてくれないほど?」
「嫌いだね。俺も、ツグミもあんたのことなんて」
「素直だなぁ。私は君たちが好きなんだけどね」
「・・・・・あんたのそういう所が嫌い。俺らにまで媚び売ってどうしたいわけ?」
「どうしたいって・・・・・家族になりたいよ。あたしは君らと、ゆずと清次郎さんと五人で家族になりたい」
彼女があまりにも突拍子もない事を言うので、俺は言葉を失った。
家族だって?この女が・・・・・俺らと?
乾いた笑いが口からこぼれた。
「ばっかじゃねぇ?お前は父親のおかげでこの屋敷に暮らすことができてる一般人なんだよ。お前も、お前の娘も誰一人屋敷の人間は認めてない。オレとツグミだって認めてない。それなのに、家族?笑わせんなよ」
家族なんて、俺は知らない。所詮そんなのフィクションの世界だけで成立してるものだろう。
それなのにこの女は恥ずかし気もなく<家族>なんて言葉を口にする。
無性に腹が立ち、思わず舌打ちをすると彼女は俺を気にした様子なく続けた。
「寂しいんでしょ。直人君も、ツグミちゃんも」
「・・・・・は?」
「伸次郎さんと上手くいかなくて。他人の私が伸次郎さんと結婚して、どうしたらいいのかわからない。違う?」
「あんた、父親に気に入られてるからっていい気になってる?」
俺達の母親は、俺らが小学生の頃に屋敷から出て行った。
家の都合で見合いをし、勧められるがままこの家に嫁いだ母。
そしてその母は、他に男を作って出ていた。
ツグミと俺は母親に懐いていたから彼女の方に付いていきたかった。でも・・・・・
―彼、子供が好きじゃないのよ。それに貴方達もここにいた方が何不自由なく生活できるでしょう
要するに捨てられたのだ、俺達は。
「寂しいわけないだろう。ガキじゃあるまいし、父親と上手くいかないくらいで」
「誰かと上手くいかない事を寂しいと思うのは子供とか大人とか関係ないわよ。上手くいかなければ寂しいしつらい。あたしは寂しかったけどな。実の両親と上手くいかなくて、勘当されて寂しかった」
その言葉に息を呑む。思わず気圧されていると、彼女は続けた。
「家族ってどういうものなのかあたしもわからない。ただ憧れてた、伸次郎さんと出会うまでずっと」
「だ・・・・・からなんだよ。俺はあんたの事情なんて知らない、関係ない」
居心地が悪くなり、彼女から背を向ける。
逃げるように歩き出そうとしたその瞬間、高科千晴は大きな声で叫ぶように言ったのだ。
「直人君だって、本当は家族に憧れてるんでしょう」
その声を振り払いながら必死に走りだす。
胸の中に異物が入り込んだような圧迫感に耐えていると、真横を小さい子供が通り過ぎた。
あれは・・・・・
振り返ると、娘を抱きしめている母親の姿があった。
「家族・・・・・・」
あの小さい子供は、それを知ってる。
俺たちは知らないのに、生まれた時から<ゆず>は与えられている。
俺もツグミも、求めていたもの。手に入らないもの。
なにが家族だ。お前が大事なのはその娘だけなんだろう。
「本当に、親子揃ってムカつくな」
「直人?何言ってんの?」
ツグミが不機嫌そうに煙草の煙を吐き出した。
「いや、別に」
雪の降りそうな乾いた空気に、白い煙が吸い込まれていく。
あの女はいなくなった。死んだのだ。
―ああ、清々する
清々するはずなのに時々思い出すのは何故だろう。
彼女が叫ぶように言った、<家族>というその言葉を。
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