不器用なワルツを貴方と共に 7

 直人兄さんが出て行った後、再び扉は固く閉じられた。

 錠がかけられているのか、内側から何度開こうとしてもびくともしない。


「死ぬ・・・・・瑞樹が?」


 それは直人兄さんの嘘だろうか。

 私にお金を用意させるための、卑怯な嘘・・・・・・


 瞳を閉じ、父の部屋から戻った時の事を思い出す。

 あの時、瑞樹は部屋にいなかったのだ。


 心臓がぎゅっと、締め付けられる。

 私が今するべきことは一つしかないように感じた。


「早くここから出て、瑞樹を探さないと」


 考えていても埒が明かない。とにかく瑞樹に会って、確かめなくちゃ。

 そう決めるとすぐに私は周りを注意深く見渡した。


 倉庫の中は雑多で、たくさんの段ボールが敷き詰められている。

 錠をかけられ出入り口が塞がれているなら、それ以外に外へ出る方法を考えなければいけない。


「よし・・・・・っと」


 体を拘束されていなくてよかった。

 自由に動けることに感謝しながら、私は段ボールの山を崩していく。

 

「あ・・・・・」


 重なっていた段ボールを二十個ほど下ろし終えると、倉庫内に一筋の光が漏れ、赤い光が広がる。

 段ボールの山に隠れるように、ガラス窓があったのだ。


「もしかして、これなら」


 外に出られるかもしれない。急いで段ボールで足場を作り、窓枠に手を伸ばすと不安定に足場が揺れた。


「・・・・・開いて」


 元々古く、立て付けが悪いのか鍵を解除してもなかなか開かない。

 あと少しなのに。


 ガタンッ


 その時、扉が軋むような音がした。


、俺はまたここに来る。その時にもう一度、あの女の遺産を俺達に渡す覚悟が出来たか聞いてやる


 直人兄さんがここを離れてからどれくらい時間が経ったのだろう。

 ここには時計も、携帯電話もない。

 

 時間を知る術がないと動揺していると、ガタンっともう一度扉が鳴った。


「・・・・・大丈夫」


 誰かが入って来る気配はない。きっと風の音だ。


 落ち着いて・・・・・とにかく窓から出る方法を考えなくちゃ。


 思い切り窓を開こうとしても窓枠が揺れるだけ。こうしているうちに、直人兄さんが帰ってきてしまう。


 切れた唇を噛み締め、口内に血の味が広がったその時だ。


「あ・・・・・」


 我ながら大胆な案が頭をよぎる。大胆で、危ない思いつき。

 だけど、思いついてしまったらもう方法はこれ以外ないような気がした。


 右手で思い切り窓ガラスを叩く。

 揺れる窓ガラスを見つめ、覚悟が決まっていく。

 

「死ぬことはない・・・・・よね。多分」


 大丈夫と声に出し、私は急いで段ボールを持ち上げた。


 今立っている場所から、窓までは三メートル程あるだろうか。

 ここには窓を壊せるような道具はない。だったら・・・・・

 

 一段、二段、三段と窓に近づく為、段ボールの階段を作った。

 ゆっくりと慎重にその階段を上り、一番上まで辿りつく。


 ここから勢いをつけて身体を窓にぶつければ、きっとガラスが割れてくれるはず。


 震える手を必死で抑え、思い出したのはお母さんの口癖だった。


―ゆず、人生ここぞという時は気合と、それから


「度胸でなんとかなるもの、だよね」

 頬を叩き気合を入れた後、窓に背を向け深呼吸する。


 いち、に、の・・・・・


「さん!」


力いっぱい、足場にしていた段ボールを蹴る。


「い・・・・・っけぇーーーー!!!」


 ガシャンと高い音が耳に響いたその時だった。


 パラパラと透明なガラスが降り注ぐ中、身体が宙に浮き、落下する。

 

 スローモーションで、目の前の景色が動いてく。


「わ・・・・・っ!」


 ギュッと目を瞑ると、お尻から地面に着地した。


 上手くいった・・・・・のだろうか?


 恐る恐る目を開けると、夕暮れの赤い光が辺りを包んでいた。


「出られた、の?」


 改めて自分の姿を見ると手には所々切り傷、髪にはガラスの破片が絡まっていた。

 それでも、動けない程の怪我はしていない。


「瑞樹・・・・・」


―俺らの望む通りにしてくれないと、あいつ死んじゃうかもね


 頭を過ぎる最悪の事態を考えないように、私は夢中で駆けだした。

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