trois.不器用なワルツを貴方と共に
不器用なワルツを貴方と共に 1
「ゆず、いつまでそこに立ってるつもりですか?僕寒いんですけど」
「ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が出来てない」
「三十分この寒空の下に立っていて準備ができないのならこれ以上立ってても出来ませんよ。というわけで、強行突破です」
「わあああ、ちょっと、押さないで!」
瑞樹に背を押され、ずるずると引きずられる。
目の前には大きな門。
半年前に出た頃のまま、変わらない姿でそこに佇んでいた。
往生際が悪いと思いつつも、私は足を踏ん張り必死に抵抗を試みる。
「はーなーしーて!!一人で歩けるってば!」
「ふぅん。僕がいなくちゃ家から出ることもできなかったのに?」
「う・・・・・っ」
つい一時間前の事を思い出す。
緊張してなかなか家から出ることが出来なかった私を、瑞樹が抱えるようにして車へ乗せたのだ。
なぜ私がここまで緊張しているのか。それは今右手に持っている一通の手紙がきっかけだ。
「屋敷に一度戻るように・・・・・か」
一週間前、テスト明けの私の元に一通の手紙が届いた。
差出人は<高倉伸次郎>
私のお父さんの名前だった。
指定する日に屋敷へ戻ってくるように。そう用件のみ書かれていた手紙を開いてからというもの気が重い。
お母さんが亡くなってからお父さんとはほとんど会話をしていない。うまく話せる自信がないのだ。
「それにしても、なにも今日呼び出さなくたっていいですよね?」
うんざりだというように、瑞樹がため息を吐く。
「今日でも明日でも緊張することに変わりないわよ」
「そういう事じゃなくて、今日はクリスマスイブですよ?チキン食べたりケーキ食べたり、楽しい事だけしていたいじゃないですか」
瑞樹の言葉にはっと気づく。
そうか、この数日それどころじゃなかったから気が付かなかった。
「み、瑞樹は予定入ってたりするの?その・・・・・クリスマスに恋人とすごしたり、とか」
声が少し上ずった。横目で瑞樹を窺うと、目を丸くしている。
「気になりますか?」
「そ、そういうことじゃなくて!一緒に過ごす人がいるなら今日私に付き合ってもらうの、悪いなと思っただけ」
我ながら可愛くない言い方。
もうちょっと気の利いた言葉でも言えればいいのに。
「恋人なんていませんよ。ああ!もしかしてゆず、僕と一緒に甘いクリスマスを過ごしたいとか?やだなぁ、それなら早く言ってくれればいいのに」
「ば・・・・・馬鹿じゃないの!?」
こっちの気持ちも知らないで、と瑞樹を睨みつける。
つい最近執事である瑞樹に恋をしているのだと自覚してからというもの、彼のからかうような言葉を以前のように聞き流せなくなっている。
それが無性に恥ずかしいし、私だけ意識しているのだと思うと腹立たしくもある。
どんな表情をしていいのかわからず俯いていると、足音が近づいてきた。
「なんであんたらいつまでもこんな所に突っ立ってんの?」
「え・・・・・?」
顔を上げると、間の抜けたような声が出てしまう。
だって、目の前には・・・・・
「みやぎ、くん・・・・・?どうしてここに?」
「庭掃除してたらあんたらが見えたんだよ。一向に屋敷に入って来る様子がないから気になって来ただけ」
そう話す彼に出会った時のような気弱な印象はない。
ぶっきらぼうなその姿が本来の彼なのだな。そう思っていると、瑞樹が宮木くんの頭を軽く叩いた。
「ゆずに敬語で話しなさい。貴方が仕えてる家の娘なんですから」
「痛てぇな!あんただってこいつの事呼び捨てだろうが」
「僕はいいんです。ゆず限定の執事ですから、宮木クンと一緒にされると困ります」
「はぁ?」
「ちょっと待って瑞樹、どうして宮木くんが執事の恰好してるの!?まずそこから説明して!」
言い合いを続ける二人に割り込むようにゆずが声を上げる。
一体何がどうなっているのかわからない。
混乱していると、ため息を吐きながら宮木くんが面倒くさそうに話してくれた。
「あんたそこの執事から何も聞いてないわけ?」
「う、うん」
「・・・・・オレ、この屋敷で働いてんの。時給良いし、この人に紹介して貰って」
宮木くんがそう言うと、瑞樹が肩を竦める。
「少し前に彼から連絡がありまして。仕事を探してるというので紹介しただけです。屋敷に人が足りないので丁度いいかなと」
「そういうことなら教えてくれればよかったのに」
「だって宮木クンはゆずを一度裏切った人間ですよ?気に掛ける必要はありません」
「・・・・・ほんと大人げないよなあんた」
言い争ってはいるが、宮木くんも瑞樹には素の表情を出せるみたいだ。
その様子にほっとする。彼はきっと、自分の力で前に進んでいるのだろう。
「安心した。あの後どうしてるか、気になってたから・・・・・って言うと、また宮木くんに怒られそうだけど」
「別に。いつまでもあのままふらふらしてられないし」
「うん」
「・・・・・あの時は、悪かった」
バツが悪そうに、宮木くんが私に頭を下げる。
「み、宮木くん!?あの、私気にしてないから!顔上げて?」
慌ててそれを止めると、相変わらずお人よしだと笑われた。
「あんたらしいけどさ」
そう笑う彼に、以前のような棘はもう無い。
今の宮木くんの方が絶対にいい。
そう伝えると、彼は照れたようにそっぽを向いてしまった。
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