綻ぶ気持ちと見えない心 9


「ゆず、ハンカチ」

「・・・・・ありがと」


 逃げ込むように転がり込んだ先は、友人の沙紀の家。

 高校に入学してからずっと同じクラスで、気の許せる友人である彼女の傍にいると、少し気が楽になった。

 沙紀にこれまでの経緯を話し終えると、そっと頭を撫でられる。


「だいたい理解した。大変なことに巻き込まれちゃってるね」

「・・・・・うん」

「逢坂くんだっけ?彼の言葉を鵜呑みにすることないと思う。少なくともゆずは一人じゃないじゃん、あたしもいるし。まさかあたしがゆずの家柄だけで仲良くしてるなんて思ってないよね?」

 そう思ってるんだったら怒るよ、と言われ思わず笑ってしまう。

「うん、ごめん沙紀」

「謝るってことはちょっとはそう思ってたってわけ!?」

「え、う・・・・それはあの・・・・・・悠斗くんの言葉に迫力があったから納得してしまったというか、なんというか」

「はぁ・・・・・ゆずのその素直さは、長所だけど短所でもあるよね」

「ごめん。そうだよね、沙紀は・・・・・違うよね」

 足を抱え俯くと、沙紀にずっと考えてたことを言い当てられた。


「瑞樹さんの事、気がかりなわけだ」


 びくっと身体が跳ねる。


 そう、沙紀の言う通り瑞樹の事がどうしても頭から離れてくれない。

「だって私は、瑞樹のことほとんど知らない。悠人くんが言うように、瑞樹が執事なんて本当はやりたくないんだとしたら」

「だから家を出てなんて言ったわけ」

「・・・・・だって嫌だもん。やりたくない仕事をやらせて、瑞樹の時間を奪うようなことをするの」

 だから私は、納得しなくちゃいけない。

 そう自分に言い聞かせると、沙紀がため息を吐いた。


「そんなに泣く程辛いなら、傍にいてって言えばいいのに。我儘を言うのは自由じゃない。あの人、ゆず大好きだから喜んで我儘くらい聞いてくれそうだけど」

「からかわれてるだけだよ、本気で好きなんて言ってるわけじゃない。瑞樹はいつもそうやってはぐらかすの」

「でも、ゆずは瑞樹さんが好きなわけでしょ?だったら・・・・・」


「え?」


 沙紀の言葉に身体が固まる。

 好き?あたしが・・・・・・瑞樹を?


「え・・・・えええええ!?」

「え、自覚してなかったの!?好きだからそんな辛いんでしょうが」

「まって!一回整理させて」

目を閉じ頭を抱え考える。

確かに、瑞樹はなんだかんだ優しい。それは認める。でもあの瑞樹だ。

いつもからかって好きだとか言ってくるその言葉を、私はいつの間にか鵜呑みにしてしまっていたのだろうか。


「これ、好きっていうことなの?」

 男の人を好きになった経験なんてない。だから恋というものが、どんなものなのかいまいちよくわからないのだ。


 動揺しているゆずに沙紀が問いかけた。

「瑞樹さんに逢坂君との婚約を勧められて、もやもやしたって言ってたよね」

「う、うん」

「それで瑞樹さんからの好意に期待したかって聞かれて動揺したんだっけ」

「・・・・うん」

「自分から瑞樹さんの事を手放したのに、悲しいんでしょ」

「そう、だね・・・・・」


 言葉に出すと、自分の気持ちが整理できていく。

 ああ、そうか。私は瑞樹の事が・・・・・・・


 この感情に名前が付いたと自覚すると同時に、部屋の扉がノックされた。


「はーい、だれ?」

 沙紀が部屋の扉を開けると、彼女の家のお手伝いさんが顔を覗かせる。

「お話中失礼します。沙紀さん、高倉様の迎えの方が玄関にいらしているのですが、いかがいたしましょうか?」

「迎えの者?」

「ええ、なんでも高倉様の限定執事とおっしゃっていましたが・・・・・・」

 怪訝そうな瞳でお手伝いさんがそう言うと、ゆずはパニックに陥った。


「執事って・・・・・瑞樹、だよね!?」

「限定の執事なんて堂々と言う人、多分瑞樹さんだけだよ。どうするのゆず?」

「どうするって・・・・・・」


 どうして瑞樹は私に会いに来たのだろう。

 出ていってくれと頼んだのは私だ。別れの挨拶にでも来たのだろうか。

 思考がどんどん良くない方向に流れていくのを止められない。

 私は意を決し、沙紀の部屋の窓を見ながら頷いた。


「とりあえず逃げる」

「え!?ちょっと、ゆず!?」

 鞄を抱え、そのまま窓枠を掴んで勢いよく外へ飛び出す。

沙紀の部屋が一階でよかった。

 思ったよりも地面まで距離があり、着地の時に膝を擦りむいたが、そんな事を気にしている場合ではない。


「話を聞いてくれてありがとう!沙紀」

「・・・・・あんた行動が瑞樹さんに似てきたわよね」

 沙紀の言葉を最後まで聞く事なく走る。


 とにかく今は、顔を合わせたくない。

 その一心で家の門を出たその時だった。


「ゆず」


 振り向くと、不機嫌な表情の執事がそこに立っていたのだった。

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