綻ぶ気持ちと見えない心 8


 名残惜しむように最後の煙を吐き出す。

 さぁ、これからどうするべきか。そんなことを考えていると見覚えのある顔がこちらに近づいてきた。


「逢坂悠斗さんじゃないですか」


「こんにちは、車が見えたので来ちゃいました。ゆずちゃん、いますか?」

「ゆずなら今日、お友達の家に泊りに行くそうですよ」


 俺がそう言うと、人好きする笑みを浮かべていた彼の表情が崩れる。

「・・・・・何か御用でしたか?」

「実は少し前にゆずちゃんと会っていたんですけど、彼女途中で帰っちゃって。話が出来ればなと思ってたんです」

「ゆずに会ってた?」

「あれ?気になりますか」

「ええ、少し。昨日あれだけ立派なプロポーズをされた逢坂さんのことです。また何か、素敵なアプローチでもされたのでしょうね。後学の為に、僕も聞いておきたいなと思って」


 我ながら白々しい。そう自嘲しながら続きを話すよう促すと、逢坂悠斗は満更でもない様子で続けた。


「俺、アメリカでボランティア活動をしていて、その活動の中で親が戦争で死んだ子供や、飢餓や病気に苦しんでいる人をたくさん見てきたんですよ」

「へぇ、そうなんですか」

「そういった活動をする中で、自分のような人間は恵まれていると改めて感じました。そしてその恵まれている人間は、不幸で可哀想な人達を助けてあげなきゃいけないって思ったんです」


「へぇ・・・・・」


 舌打ちしたい気持ちを抑えるのはこんなにも大変なことだったか。

 価値を押し売りするような逢坂悠斗の言い分に吐き気がする。


 さっさと本題に入れと適当に相槌していたその時、彼が彼女の名前を口にした。

「だからゆずちゃんがお母さんを亡くして、あの家にいられなくなったと聞いた時に俺は思ったんです。ああ、可哀想だと。俺が助けてあげなきゃって」

「だから婚約なんて言い出したんですか?可哀想な人を救うような感覚で」

「僕だって不幸な人達全員を助けてあげるなんてできないですよ。ただ幼馴染のゆずちゃんが一人ぼっちになったのなら、助けてあげたいと思うのが普通じゃないですか。まぁこれも、ボランティアの一環ってところですかね」


 その台詞を聞いたら、もう我慢なんてできなかった。

 そもそも、何かを我慢するなんて性に合わないのだ。


「ふざけんな自己満足野郎が」


 吸い終えた煙草を勢いよく投げつける。

 人に敵意を向けられたことが無いのだろう。逢坂悠斗は小さく声を上げた。


「それ、ゆずに言ったんだ?」

「言った、けど」

「あーそう。救世主にでもなったつもりなのお前。可哀想だなんてあの子自分で思ってなかっただろうが、勝手にその偏った考えを押し付けんな」

 壁際に追い詰め胸倉をつかむと、逢坂悠斗は理解できないと言うように反論した。

「貴方だって同じじゃないんですか。ゆずちゃんの母親に頼まれて、断れなくて仕方なく彼女の面倒を見ているんでしょ?死者に頼まれたことを断ったら、目覚め悪いですもんね」

「は・・・・・?」 

「それなのに、ゆずちゃんの事にどうしてそこまで必死なんですか?俺にはその考え、理解できない」


 理解してもらわなくて構わない。

 きっとこいつに、この感情は一生かけてもわからないだろう。


「好きだからに決まってる」


 不機嫌そうに顔を歪める逢坂悠斗に、俺ははっきりそう告げた。


「それは恋愛感情ということ・・・・・?貴方が?ゆずちゃんのことを?」


「恋愛、だけじゃないよ。妹のような存在としての好意、同士としての敬愛、女としての愛情。あの子に対しては、いろんな感情が混ざってる」


 なんにせよ、俺はあの子が大切だ。

 自分みたいな人間には綺麗すぎて、傍に居てもいいのかと戸惑う程に大切なのだ。


「俺はゆずが好きだから彼女の手を取った。お前みたいに押し付けからじゃない。一緒にすんな胸糞悪い」


 もう二度と、ゆずの前に姿現すなよと釘を刺し、車に乗り込む。 

 長いため息が、思わず口から洩れた。


「・・・・そういうこと、ね」


 よかった、俺はあの子に嫌われたわけじゃなかったのか


 情けない程、緊張していた力が抜ける。

 彼女の顔を早く見たい。

 その一心で、俺はめいいっぱいアクセルを踏み込んだ。

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