綻ぶ気持ちと見えない心 6


 悠斗君の言葉をかき消すように走っていると、私を呼ぶ声に引き留められた。

「遅かったですね、ゆず」


 いつも車で待っているのに、今日に限って瑞樹が校門の前に立っていたのだ。


「待ちくたびれちゃいましたよ。どこか買い物にでも行ってました?」

「うん、ちょっと・・・・・人と会ってて」


 悠人くんの言葉が呪いのように消えてくれない。

 どんな顔をしたらいいのか、わからなくなってしまう。


「ゆず?顔、真っ青ですよ。やっぱり具合悪いんじゃないですか?」

 心配そうな表情をした瑞樹と、距離が近づく。

「やだ・・・・・っ」


 反射的に私は両手で彼の身体を押し返した。 

 こうして心配してくれるのも、優しくしてくれるのも、全部嘘?お母さんとの約束があるから、仕方なくやっているだけなのだろうか。


「・・・・・ゆず?」


 悠斗君の言葉を否定したくても、否定できるだけのものが何もない。

 その事実に、ゆずは絶望的な気持ちになった。


「瑞樹は、さ・・・・・どうして私の執事なんてやってるの?」

「前にも言いましたけど、千晴さんと約束したからですよ」

「約束ってなに?瑞樹はお母さんとなにを約束したの?その約束があるから・・・・・だから私をあの屋敷から連れ出してくれたの?」


 どうしても瑞樹を責めるような口調になってしまう。

 そんな私に戸惑ったように、瑞樹が声を上げた。


「ちょっとゆず、落ち着いてください。どうしたんですか本当に」


 瑞樹は優しい。

 あの屋敷から連れ出してくれて、私を一人にしないでいてくれた。

 それだけで私はとても救われた。

 だからこれ以上、瑞樹を私やお母さんに付き合わせちゃいけないのかもしれない。


「ねぇ瑞樹。お母さんとの約束が瑞樹を縛っているなら・・・・・本当は私の執事なんてやりたくないのなら、無理、しなくていいよ」



 ゆずは前を向いて、瑞樹に笑いかけた。


「今日、沙紀の家に泊まる事になって家に戻らないから。だから瑞樹はその間に、荷物をまとめてあの家を出ていって」

「ちょっと待ってください、何を勝手に・・・・・」


 私は瑞樹から逃げるように背を向ける。

 引き留めるように触れられた手をおもいきり振り払った。


「いままでありがと、瑞樹」


 彼の顔を見ることなく、私はその場から逃げ出した。


 これできっと、いいのだろう。本当はもっと早くこうするべきだったのかもしれない。


「・・・・・っ」


 瑞樹と過ごした半年間が、終わった。

 私の一言であっけなく終わってしまった。


 自分で言いだしたことなのに、胸に穴が空いてしまったように苦しくなった。

 

「・・・・・酷い顔」

 ショーウィンドウに映った自分の顔を強引に拭う。


 このまま瑞樹のやさしさに甘えてしまえば、私はきっといつまでも彼に甘え続けてしまっただろう。

 そんな勝手が、許されるわけがない。だから彼の手を放したのだ。


 自力で離せなくなる・・・・・その前に。

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