綻ぶ気持ちと見えない心 5


「おはようございます、ゆず。具合はどうですか?」

「う、うん。もう平気。問題ないよ」

「それはよかった。今朝も食べやすいものを用意したので・・・・・ってあの、なにか?」

「え!?な、なにかって?」

「なんでそんなに離れてるんですか」

「・・・・・気のせいでしょ」


 そう言いつつゆずはもう一歩後ずさり、瑞樹から距離を取る。


『今までの僕の言葉に、好意に期待してくれました?』


 一晩たっても、瑞樹の言葉が頭から消える事は無かった。

 だからだろうか。彼と目を合わせられない。


「うぁっ!?ちょっと瑞樹!!」

「顔赤いですよ、やっぱり」

 長いまつ毛が触れそうなくらいの距離でじっと見つめられ、もう一歩後ずさる。しかしそれ以上逃げる事を許さないというように瑞樹に腰を掴まれた。

「ほら、逃げない。顔をこっちに向ける」

「ちょっ・・・・・!?」

 ぐいっと顎をまれ、そのまま彼の掌がおでこに触れる。

 なされるがままひんやりとした体温を感じていると、瑞樹はほっとしたような表情を浮かべた。

「よかった、熱はないみたいですね」

「う、うん」

「それにしたって様子がおかしいんですけど、学校行けますか?」

「行くよ、大丈夫!」

 そう言って私は急いで学校に行く準備を始めた。


 学校に行っている間は何も考えず、落ち着いて過ごせるだろう。

 そんな風に思っていたのだが、その日私は落ち着く暇もなく放課後を迎えることになったのだ。



「ゆずーー!!!」

「わ!何、どうしたの?」


 瑞樹と顔を合わせたくなくて帰る準備をゆっくりしていると、クラスメイトの一人が息を切らせて走ってきた。


「ゆず!お迎えが来てるわよ!」

「ああ、瑞樹?」

 瑞樹はこの学校でちょっとした有名人だ。

 中身はとにかく外見がいい瑞樹に憧れている生徒は多く、ファンクラブのようなものも出来ていると噂で聞いたことがある。

 彼女も瑞樹のファンなのだろうか?

 そう思っていたのだが、どうやら違うみたいだ。


「ううん、瑞樹さんじゃなくて。校門の前で男の人があなたを待ってたから知らせに来たのよ」

「・・・・・男の人?」

「ええ、確か逢坂さんと言っていたかしら。ねぇねぇ、あの人ゆずの恋人?」

「ち、違う!」

 違うから!と念を押し、私はすぐにその場所へ向かった。



 全速力で校門を目指すと、生徒達から遠巻きに見られている悠斗君がいた。

 そんな風に堂々と待っていられるとあらぬ誤解を受けそうだ。


「ゆ、悠斗君」

「ゆずちゃん!学校お疲れさま。昨日は突然倒れちゃったけど、具合はどう?」

「だ、大丈夫。それよりなんでここに!?」

 息を切らせながらなんとか声を出すと、悠斗くんが満面の笑みを浮かべ、爆弾を落としてきた。


「なに、って当然じゃない。婚約者を待っていたんだよ」

「わああああ!」

 周囲を見渡すと、帰りがけの生徒達が私達を見ている。

 このままでは噂になってしまう。

 私は悠斗君の手を取り、気が付いたら走り出していた。



「・・・・・はぁ、ここまでくればいいかな」

 周囲に人がいないことを確認してほっと一息つくと、きょとんとした表情の悠斗くんが口を開いた。

「俺、会いに来たの迷惑だった?」

「迷惑というか、その、婚約者って言われるのはちょっと・・・・・困るというか」

 わざわざアメリカから来てくれた悠斗くんが迷惑という意味ではない。婚約の話が進んでしまうのが困るのだ。そもそも、私は婚約を受けるとは言っていない。


「困る?ということは俺、フラれちゃったってこと?」

 それは想定外だと、悠人くんは困ったように呟いた。

「あの、なんで悠人くんは突然婚約だなんて言ったの?」

 昔から、決めたことはすぐに行動する悠斗くんのことだ。

 私の事が好きだというのなら、アメリカに留学する時にでもそう言いそうなものなのに、何故今になって?

 疑問をすべて彼に伝えると、悠斗君は一拍置いて答えた。


「だって、可哀想だと思ったから」


「可哀想・・・・?」

「うん、ゆずちゃんが可哀想だから」


彼の言葉をうまく呑み込めず戸惑っていると、悠斗君が続けて言う。


「仲の良かったお母さんが亡くなって、ゆずちゃん今一人ぼっちじゃない。俺、ゆずちゃんと婚約してあげて、その孤独から君を助けてあげようと思ったんだ。最近精力的にアメリカでボランティア活動してるんだけど、まぁこの件もボランティアの一環というか・・・・・」

「ちょっと待って、悠人くんは勘違いしてるよ。私、一人でも孤独でもない。屋敷では、確かにうまくいかなかった。でも学校にだって仲の良い子はいるし、家では瑞樹だって・・・・・」

「学校の友達ってほんとに友達?」


 彼は眉を下げ、困ったように笑った。

 

「僕らのような家で育つと、家の名前があるから寄ってくる人も多いじゃない。友達ですって言いながら悪気なくさ。その家の名前を抜きにして付き合ってくれる友達って、ゆずちゃんにいるの?」

「え・・・・・?」

「執事の瑞樹さんだってそうだよ」


 嫌悪するようにそう言う彼が怖い。

 いつの間にか震えている指先を隠すように握りしめる。


「だってあの人、ゆずちゃんのお母さんの知り合いなんでしょ?亡くなった人に君のことを頼まれたら断れないよね」

「・・・・・やめて」

「高倉の家に勤めないで君だけの執事って言うのも、本当は執事なんてやりたくないのに仕方がないからそうしてるって言う風に聞こえる。ほら、そう考えると瑞樹さんは君の世話なんてしたくないって結論になるね」

「やめてってば!」


 叫ぶような自分の声がいつまでも耳に残る。

 それ以上何も言い返せず俯くと、悠斗君にそっと肩を掴まれた。


「この婚約は、君の為なんだよ。俺なら一人ぼっちの君に、誰よりも寄り添ってあげることができる。だから・・・・・」


 温かいものがふと、掠めるように唇に触れた。


「だから早く、俺の傍に来なよ」

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