綻ぶ気持ちと見えない心 4
「しゅん、さ・・・・・」
ゆっくりと瞼を開ける。
見覚えのある天井。窓の外はもう暗い。
一体いつのまにベッドで寝てしまっていたのだろう。
記憶を辿っていると、衝撃的な言葉がふと浮かぶ。
『ゆずちゃん、僕と婚約しようよ』
「うわあああああーーー!!」
大声を上げながら飛び起きた途端、すごい力で瑞樹に肩を押され、再びベッドに沈んだ。
状況を理解しようとすると、呆れたような声が聞こえてくる。
「なぁにやってるんですかゆず。熱がまた上がりますよ」
「熱・・・・・?」
ああ、そうか。私が意識を失ったのは、熱があったからなのか。
そう自覚すると、身体が重く感じた。
「う・・・・・頭痛い」
「知恵熱ですね、食欲は?」
「・・・・・ない」
「なくても薬は飲まないと。おかゆを作ってありますから食べてください」
瑞樹はそう言うと、手際よく食事の準備をはじめる。
ベッド横にある小さな机にお粥の入った土鍋を置くと、ふわりと出汁のいい匂いがしてきた。
「美味しそう・・・・・」
「たまご粥です、熱にはこれが一番。はい、あーん」
さも当然のように瑞樹がレンゲを口元へ持ってくるので、思わず口を開きかけた。
口元にレンゲが当たった瞬間、ふと我に返る。
「い、いい!自分で食べられる」
「だめです。看病であーんはもう様式美みたいなものです、諦めてください。はい、口開く」
なんだそのめちゃくちゃな理論は。
いつもならそう反論する所だが、今日はそんな元気が無い。ゆずは仕方なく再び口を開いた。
「どうですか?」
優しい味がする。これじゃあ文句が言えないじゃないか。
「ごちそうさまでした」
薬を飲み終えた後、瑞樹はとうとうその話題を口にした。
「どうするんです?悠斗さんのコト」
「・・・・ううううう」
「なにも呻かなくてもいいじゃないですか」
「・・・・・呻くよそりゃ。なんで悠人くんが突然あんなこと言ったのかわからないもん」
「ずっと好きだったからじゃないんですか」
「アメリカに留学する前はそんなこと一言も言ってなかったのよ!?」
「ゆずはこの手のコトに鈍いですからねぇ。好意に気づかなかっただけじゃないですか?」
あっさりと瑞樹がそう言うので、途方に暮れてしまう。
どうしようとゆずが呟くと、彼が意外な一言を口にした。
「前向きに考えてみたらどうです?」
「・・・・・え?」
淡々とデザートのリンゴを剥く瑞樹に、ゆずは違和感を覚えた。
なんだろう、この感じ。
ぽかんと彼を見つめると、さらに言葉が続いた。
「だってゆずを心配してわざわざアメリカから来てくれたんでしょう?それに彼、あの逢坂グループの会社を継ぐっていうんですから、将来有望じゃないですか」
「・・・・・瑞樹、もしかして熱でもあるんじゃない?」
「なんですか急に」
「いや、だって・・・・・」
「そんなジロジロ見ないで下さいって。言いたいことがあるなら聞きますよ」
言いたいことなら山ほどある。
「だっていつも、そんな事言わないくせに」
嫉妬しちゃいます、だとかすぐに言うくせに。どうしてこのタイミングで私の婚約に賛成するんだ。
私は瑞樹を責めるようにそう言った。
「こういう時、いつも瑞樹は機嫌が悪くなるくせに」
話していたら、なんだか無性に腹が立ってきた。
瑞樹から視線を逸らすと、彼は当然だと言う風に口を開く。
「こうみえて自分の立場くらい、わかってますよ。ゆず限定の執事は、ゆずの幸せの為に尽くすのが仕事ですから」
「・・・・・なにそれ」
「個人の感情より優先するものがあるってことです」
どうしてだろう。
いつも近くにいる瑞樹が今日はとても遠くにいるみたいだ。
一人取り残されたような気持ちでいると、瑞樹は意外そうな様子でこう言った。
「もしかしてゆず、期待してくれてました・・・・・?」
「期待?期待って何を・・・・・」
「今までの僕の言葉に、好意に、期待してくれました?」
はっと息が漏れる。
「もし、そうだったとしたら・・・・・」
そう言葉を切った彼を窺うと、大きな黒い瞳と目が合う。
沈黙に耐え切れない。
気が付いたら私は、横に置いてある枕を瑞樹の顔面めがけて投げつけていた。
バシッと、いい音が鳴る。
「痛っ・・・・・」
「―っもう寝るっ」
何か言いたげな瑞樹を部屋から追い出し、ゆずは頭から布団を被る。
これはきっと、熱のせいだ。
こんなにも心臓がうるさいのも、婚約を勧められたことが悲しいのも、全部全部熱のせい。
そう思うのに、どうして瑞樹の言葉が頭から離れないんだ。
名前の無い感情に目を背けながら、私はきつく目を閉じた。
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