綻ぶ気持ちと見えない心 2

 扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは色素の薄い栗色の髪だった。

「We missed you,Yuzu!」

「うぇ・・・・・っ!?」

「How you have grown during my short absence!」

「ちょっ、ストップ!!日本語、日本語でプリーズ!!!」

 いきなりぺらぺらと英語を話し始めた男性に抱きしめられ、なにがなんだかわからない。


「ぱ、ぱーどん!!!!」

 困った時はとりあえず<pardon?>だ


 なんだか名前を呼ばれたような気がするが、外人の知り合いはいなかったはず。この人は一体・・・・・?

 力強い腕に抵抗するも虚しく途方に暮れていると、急に圧迫感から解放され、瑞樹の不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「どちら様?」


「君が例の執事君か!」

「・・・・・はぁ?」

「初めまして!ゆずちゃんの幼馴染で、逢坂悠斗おうさかゆうとと言います」

 眉間に皺を寄せ訝し気な表情の瑞樹に、彼は人好きのする笑みを浮かべる。


 逢坂悠斗って・・・・・もしかして

 

 髪の色が黒から金髪に変わっているが、そのたれ目がちな瞳には見覚えがある。


「えっと、ゆうと、くん?ってあの悠斗君!?」

「そうだよ。久しぶり、ゆずちゃん」

 私を呼ぶその声は少し低くなっているが、確かに悠斗君のものだった。

「久しぶり!すごいね、最初誰だかわからなかった」

「あはは、ゆずちゃんと最後に会ってから身長もだいぶ伸びたしね。あの頃はゆずちゃんより小さくて、ちょっとコンプレックスだったんだ」

 コンプレックスの発音がやけにいい。それもそのはずだ、だって悠斗くんは・・・・・


「ゆず、この方とお知り合いですか?」

「うん。一つ下の幼馴染。私が中学二年生の時からアメリカに留学してて、しばらく会ってなかったんだけど・・・・・」


「ふぅーん。どうも、ゆずの執事で瑞樹と言います」

「限定」とやけに強調しながら自己紹介をする肩を思い切り叩く。

「ちょっと瑞樹、しっかり立つ。あとちゃんと人の目を見て挨拶しなさいよ」

「嫌です」

「子供じゃないんだから・・・・・ってなんで毎回十歳年上の人間にそんなこと言わなくちゃいけないのよ」

「それはもちろん、愛ゆえに?」

「断じて違う」

 どうしてそう不可解な回答をするんだ。

 頭を抱えてると、悠斗くんが納得したように声をあげる。

「あ!噂には聞いてますよ。貴方が和恵さんの言っていた、ゆずちゃんの執事なんですよね」

「和恵さん・・・・・?」


 和恵さんというのは高倉家の執事やメイドの総責任者だ。彼女に聞いたという事は、悠斗君は高倉の屋敷に行ったのだろうか。


「ここに来る前、ゆずちゃんの家に寄ってきたんだ。そこで和恵さんに会ったんだけど、話を聞いて驚いたよ。ゆずちゃん屋敷を出たって言ってたから」

「ちょっと色々あって。あ、そうだ上がって悠斗君。玄関だと寒いし、中に入って話をしよう」

 何気なく私は悠斗君の手を取る。昔よりも大きい彼の右手。昔と違う男の人の手だと、そう思った。




「えぇ!?」

 瑞樹に入れて貰った紅茶を飲みつつ悠斗くんの話を聞いていると、カップを落としそうになる。

 彼は留学中に私のお母さんの訃報を聞き、それでわざわざ日本に帰ってきてくれたらしいのだ。

「父親から話を聞いたのが遅くてさ。結局半年経った今、ゆずちゃんのお母さんが亡くなった事を知ったんだ。俺、来るのが遅いよね」

「ううん!そんな事ない。嬉しいけど、大丈夫?留学先の学校の事とか・・・」


 悠斗くんのお父さんは大企業の社長さんで、彼は会社を継ぐために留学をしているのだ。今回の帰国が、大切な勉強の妨げになってしまっていたら申し訳ない。


「平気平気」

 そんな心配を拭うように、彼は腕を横に振った。

「そういっても今日から三日間しか日本に滞在出来ないんだけどね。俺、ゆずちゃんに伝えたいことがあったから急いで来ちゃったんだ」

「伝えたいこと?」


 どんなことだろうか、と机に置かれた瑞樹特製のクッキーを一口齧る。

 甘酸っぱい苺のジャムが入っていて、思わず顔が綻んだ。

 瑞樹の料理の腕は一級だ。普段の適当な仕事ぶりからは考えられないくらい、繊細な味がする。それが不思議で後ろにいる彼を振り返った瞬間、悠人くんの一言が聞こえ、ゆずはクッキーを喉に詰まらせそうになった。


「ゆずちゃん、僕と婚約しようよ」

「うぇ・・・・・・!?」


 今、悠斗君なんて言った・・・・・?


「これが伝えたくて、帰国したんだよ」


 こ、婚約ってあの婚約?

 わざわざ悠斗君はそれを言いにアメリカから帰国したの?

 なんで、だっていままでそんな風に言われたことは一度も・・・・・

 

「え、えっと、えっと・・・・・」

 ぐるぐると、頭が回る。


「え、ちょっとゆず!?」


 瑞樹の声が遠くに聞こえる。


 一面に広がる深い闇。

 そこから記憶は、ぷつんと途切れた。

 

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