deux.綻ぶ気持ちと見えない心
綻ぶ気持ちと見えない心 1
「うーーーーん」
リビングで参考書を広げてからすでにもう、一時間が経過していた。
ゆずはとうとう机に突っ伏し悲鳴を上げる。
「もう無理!わからないー」
そもそも英語は苦手なのだ。呪文のような発音、呪文のような文字。それらすべてが受け付けない。
しかし苦手だとも言っていられない事情がある。どれだけ嫌いだろうと、三日後の学力テストはやってくるのだ。
「大変そうですね、ゆず」
お茶でも飲みます?と暖かい紅茶を注ぐ瑞樹につい愚痴をこぼした。
「ありがと・・・・・もう十二月なんだよねぇ。今度の学力テストの結果で三年生のクラスが決まるし、大学受験もあるからなるべくいい成績を取っておきたいんだけど・・・・・英語だけはどうにも理解できなくて」
「ふーん、大変なんですね学生さんも」
そう言いつつ事の深刻さをいまいちよく理解していないといった瑞樹を見上げ、ふとひらめいた。そうだ、彼に勉強を見て貰えばいいのではないか。
「ねぇ、瑞樹これ!ここ教えて?」
<次のことわざを英文から日本語へ訳しなさい。 Every dog has his day>
「私、英語だけは本当に苦手で。ことわざなんてわざわざ英語に訳さなくてもいいと思わない?」
「いーぶぃえーあーるわいどっぐえいちえーえすえいちあいえすでぃ??」
「・・・・・・は?」
「あれ?発音違いました?」
「違うってか、あんたドッグとディしか読めてないし。というかなんでそんな片言!?」
「いやぁ・・・・・それほどでも?」
「褒めてない。もしかして瑞樹、私より英語苦手なの?」
親近感を覚えていると、瑞樹がさらりとそれを否定した。
「苦手とかそういう問題じゃないというか。ゆず、僕に高校生の勉強の事を聞かれてもお役に立てませんよ」
「ん?なんで?」
「だって僕高校に行ってないですから」
「・・・・・え?」
「ついでに言うと中学校の卒業もぎりぎりでした。とにかく勉強が嫌いで、お情けで卒業させてもらったようなものなので、英語はもちろん習ったことすべて忘れてます」
こともなげに瑞樹がそう話すので言葉に詰まっていると、彼は珍しく困ったように頭をかいた。
「えーっと、びっくりさせちゃいました?」
「いや・・・・・別に偏見とかは無いんだけど、ただ珍しいなって。瑞樹はなんで高校に進学しなかったの?」
この執事は謎が多い。執事になる前は何をしていて、どんな風に過ごしていたのか。どうやって母と知り合ったのか、私は知らない。口は回る癖に自分の事となると彼は全く話さないのだ。
「僕にもちょっとやんちゃな時期がありまして、中学生の頃反抗期だったんですよ。その延長で高校にも行かなかったというか」
「瑞樹って不良だったの・・・・・?」
そう言えば、二ヶ月程前に複数相手に大立ち回りをしていた。それを思い返すと、喧嘩慣れしている理由にも合点がいく。
ゆずが大真面目に彼を見つめていると、瑞樹は噴き出して笑い始めた。
「ははっ!ふ、不良って言葉に出すとちょっと間抜けですよね。でもまぁ、そんな感じです。喧嘩とかふっかけふっかけられ、補導されたりもしたりして」
「不良の瑞樹って想像できない」
「そりゃもう改心してますもん。今はどこからどう見てもゆずが大好き!ゆず限定執事ですから」
胸を張りながらウィンクをするその姿は通常通りで、不良だったという頃の面影など一切ない。
瑞樹の意外な過去に驚きつつ、ゆずはいつもの軽口を聞き流した。
「あーはいはい。ところで瑞樹って、いつ頃お母さんと会ったのよ」
「千晴さん?あれ、話してませんでしたっけ」
「聞いてない。いきなりゆず限定執事になりましたからーって言われたけど
よくよく考えれば瑞樹とお母さんの接点が見当たらないなと思って」
私の言葉になるほど、と頷きながら瑞樹は少し考え、口を開いた。
「えーとですねぇ、話せば長くなるんですけど・・・・・」
ピンポーン
その瞬間、言葉が途切れる。玄関のインターホンがタイミングよく鳴ったのだ。
「お客様ですかね」
この話はまた改めて、と話を切り上げ、ゆずは瑞樹と共に玄関に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます