ウツロウ嘘と想う夜 11


 瑞樹と言葉を交わすことなく家へ戻り、部屋のベッドへ寝転ぶ。

 目を閉じ、考えた。今日の事、そして・・・・・


「風邪ひいちゃいますよ?」

 振り向くと同時に瑞樹が羽織を掛けてくれる。お礼を言いつつ私は空を見上げた。


 満天の星が秋空に広がる。すべてを許してもらえるような、そんな気持ちになるのだ。

「部屋に戻ったんじゃないんですか?」

「うん、でも眠れなくて」

「へぇ・・・・・じゃあ、ちょっと付き合ってくれません?」

「付き合うって?どこに」

「僕の秘密の場所へご案内します」



 連れてこられたのは屋根の上。屋根裏から顔を出すと、瑞樹が手を取ってくれた。

「ここから見る空の方が気持ちがいいんですよ」

「わぁ・・・・・」

 下で見る時とは違う、星を掴めそうな感覚に思わず声が出た。

「そんな風に喜んでもらえると、招待した甲斐がありますね」


 瑞樹と一緒に座り、ただ星を見上げる。星の名前なんてわからないけれど、それでもいいような気がした。


 ふと、横を向くといつものように笑顔を見せる瑞樹。私はなんだかその事にほっとした。

「今日はごめんね、瑞樹」

 瑞樹は気づいていたのだ、多分最初から。私が騙されてるということに。

「気づいてたのに、私の我儘に付き合わせてごめん」

 もしかしたら瑞樹だって無事じゃすまなかったかもしれないのだ。それを考えると怖くなった。


 頭をさげるとふと、右手が温かくなる。彼の手袋越しの体温が伝わってきた。

「ゆずは悪い事なんてしてないでしょう」

「何も知らないことが悪い事だよ。知らないうちに誰かを傷つけて、イラつかせる。宮木くんだって・・・・・・」

 彼も多分傷ついたのだろう。あたしの愚直さに、イラついたに違いない。

 流れる涙をこらえると、瑞樹が指でそれを拭う。

「でもそんな貴方だからこそ、救われる人間だっているんですよ」

「いないよ、そんな人」

「少なくともゆずに救われた人間を一人、僕は知っていますから」

「・・・・・だれ?」

「それは秘密ですけど」

 もったいぶったように笑う彼に「なによそれ」と口に出す。

 彼の言葉が本当であれ嘘であれ、気持ちが軽くなるのがわかった。


「花ちゃんと翔くんは、どうなるんだろう。宮木くんはまた人を騙してお金を奪おうとするのかな・・・・・」

 あの二人の為に、宮木くんは自分を殺しながら私を騙していたのだ。それが失敗した今、あの家族はどうなるのだろう。

 心配する資格がない事はわかっていても、それでもやっぱり気がかりだった。


「あの二人がいる限り、ミヤギクンは道を外しすぎるという事はないと思いますよ」

「そうかな・・・・・」

「そういうものですよ。ま、あのしたたかさで何とかやっていくんじゃないですか」


「そっか。あ、そういえば瑞樹は兄弟とかいるの?」

「え・・・・・?」

「そういえばそういう話、聞いた事ないなぁって」

「僕の事を知りたいってことは、もしかして僕の愛が伝わって?」

「ない!そういう意味じゃないから!で、どうなのよ?瑞樹末っ子っぽいけどお兄さんかお姉さんいるの?」

「いましたよ。兄が一人」


 


 瑞樹は自分で気づいているだろうか。その顔は、迷子の子供のように不安定だという事に。


「そんな事より、覚悟はできてますよね?ゆず」

「え・・・・・覚悟って?」

「いやだなぁ、僕言ったじゃないですか。公園まで付いてきたら襲いますよ?って」


 不安そうな表情から、いつもの飄々とした表情に戻った彼に気を取られていたからだろう。身動きが取れなくなってしまった。


「ちょっちょっと待って、ストップ!ストップ瑞樹!!」

「安心してください。ちょっとお灸を据えるだけですから、ね?」

「全然安心できないっ。ひゃ・・・っ」

 ぴりっとした痛みが走った。

 強い力で抱きしめられているわけでもないのに、何故か動くことが出来ない。

 息がかかり、必死で声を漏らすまいと耐えていると、次の瞬間背筋がピンと伸びる。


 あろうことか、首を瑞樹に舐められたのだ。


「ふぁっ!?く、首舐めないで!!噛まないで!!犬かあんたは!」

「お、いい反応。これで<襲った>事にしてあげたんです。僕の理性に感謝して欲しいですね」


 涙目になりながら、瑞樹を睨みつける。

「瑞樹のばか!なに考えてるかぜんっぜんわかんない」

「僕のことなんてわからない方がいいですよ。どうせ幻滅させちゃいますから」

「今更幻滅なんてしないわよ。もう幻滅してるし」

「わーひどいなぁ」


 この時の私は、まだ知らなかったのだ。

 彼の言葉の真意を、遠くない未来に知ることを。


 瑞樹の本心をもっと聞くことが出来たのなら・・・・・

 そうしたら雪の積もる景色の中、一人後悔することもなかっただろうか。

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