ウツロウ嘘と想う夜 10

 タクシーが公園前に止まり、急いで私は彼らの元へ走る。


 もしかしたら入れ違いになってしまうかもしれない。それでも・・・・・

 公園の奥に進んでいくと、見慣れた燕尾服姿の彼が立っていた。


「瑞樹!」


 慌てて駆け寄ると、彼が驚いたように振り向く。

 ゆずは目の前に広がる光景に混乱し、足を止めた。


 人が、何十人という人が倒れている。

 うめき声をあげ、あるいは気絶している。中には、見たことのある顔もあった。

 この人たちは、宮木くんに暴力を振るっていた人達だ。


「瑞樹・・・・・!血が・・・・・」

 彼の手や頬に、血がべっとりと付いている。

 怪我をしているのだ。

 慌ててハンカチを取り出し血を拭おうとするが、瑞樹はそれをさせてくれない。

「ダメです。僕、汚いので」

「汚くない!早く手当てしないと・・・・・」

「手当ても必要ありません。これ、返り血なんで」

 珍しく言いにくそうに顔を背けると、ゆずはぽかんと口を開いた。


「返り血?ってことはこれ、この倒れてる人達の血・・・・・?」

「ええまぁ、そうですね」

「瑞樹がこの人達を倒したの?」

「ええ・・・・・」

「・・・・・隙あり!」

「え!?」

 傷を見せてくれない瑞樹の隙をつき、頬に飛んだ血をハンカチで拭う。

「ゆず、汚いからやめてください」

「汚くない」

「この状況を見たら怖いでしょう。僕なんかに触るの」

「怖くない!」

 そんな風に距離を取る瑞樹に段々と不安になる。

 今の彼は、全然知らない人みたいだ。


「私、瑞樹が殴られて倒れていたらどうしようかと思った」

 だから瑞樹を見た時、心底安心した。

「帰ってこないと思ったの」

 倒れている人達を見た時私は思ってしまった。

 瑞樹じゃなくてよかったと。


 幻滅しただろうかと、彼を窺う。するとふと背後に人の気配を感じた。

「ゆずっ」

 瑞樹の声と同時に何かが振り落とされるような、風を切る音が聞こえる。

 腕を引かれ一瞬、後ろを振り向いた。

 燕尾服が舞うように風を切る。

 瑞樹が誰かを蹴り飛ばしたのだ。


「まったく、まだ懲りませんか」

「ふざけんなくっそ・・・・・っ」

「弱いくせに」

 倒れている彼に近づくと、瑞樹が笑みを浮かべる。

 片手に鉄パイプを持ちながら地面に寝ころぶ彼を見て、私は唖然としてしまった。

「宮木くん・・・・・?」

宮木くんが私を殴ろうとした・・・・・?

 様子のおかしい宮木くんに近づくと、彼は自嘲したように笑った。


「なんだよその顔、理解できねぇって顔してんな」

「宮木くん?花ちゃんと翔くんが危ないって話じゃ・・・・・」

「だからぁ、それ嘘。俺は最初からお前に金をせびろうと思ってたわけ。だからお前の目の前で殴られてみせたし、脅されたって嘯いてみせた。お優しいお嬢様は、まんまとそれに騙されて金を奪われそうになった。ま、もう少しってところであんたの番犬に気づかれてオレは返り討ちにされたけどね」

「なんで、そんな事」

「金が必要だったから。お前だって見ただろ?うちのあの様子。花と翔の学費もろくに払えてねぇんだよ。それでたまたまあんたの噂聞いて、金でも奪ってやろうかなって思ったわけ」

「・・・・・花ちゃんと翔くんは知ってるの?最初から、あの二人も全部知ってて私を巻き込んだの?」

 その言葉に宮木くんは微かに表情を崩し、目を伏せた。

「知らねぇよ。ちっやっぱりあいつらに会わせたのは失敗だったな。手の内晒したようなもんだ」


 悔しい、恥ずかしい、情けない。

 彼の言葉を聞く度涙でにじむ視界をどうにか抑え、ゆずは唇を噛み締めた。


「へぇ・・・・・じゃああの二人にミヤギクンの事を話したら、どうなるんでしょうねぇ」

「てめぇっふざけんな!ぶっ殺すぞ」

「啖呵は実現できそうな時に切ってくださいよ。別にいいんじゃないですか?お兄様が幼い兄妹二人の為に他人を騙して金を奪う。美談ですよね、きっとあのお二人も涙を流して喜んでくれるでしょうよ」

「やめろっ!あいつらは関係ねぇよ」

「関係ない僕らを巻き込んでおいて何を今更」


「・・・・・やめて瑞樹」

 ゆずが瑞樹の背中を引っ張る。

「もういいよ。あたしが世間知らずで、馬鹿で、迷惑かけただけ。それだけ」

 そうだ、それだけだ。だから彼を、宮木くんを責めるのは違う。

 ゆずは宮木に近づき、頭を下げた。

「ごめんなさい」

「・・・・・は?何が」

「騙すなんて事、本当はやりたくないと思う。なのに私がしっかりしてなかったからそれが出来てしまった。だから、ごめんね」

「・・・・・とことん<いい人>だなお前って。なんで責めねぇんだよ、恨まねぇんだよ」


「兄妹を大切に想ってる人のことを、本当に悪い人とは思えないから」


 夜風が静かに、木々を揺らす。

 目を閉じていると、瑞樹に背中を優しく押された。


「行きましょう、ゆず」

「え、でも宮木くんが。あと他にも倒れてる人達がいるし・・・・・」

「勝手に起きて勝手に帰りますよ」

「いや、あんたが倒したんでしょう」

 一体どんな風にこの人数を相手にしたのだろう。想像もできないが、とにかくこのまま放っておいていいものなのだろうか

「・・・・・早く帰れよ、こっちの事なんて気にする馬鹿がいるか?」

「当事者もそう言っている事ですし、帰りましょうゆず。ああ、そうだ」


 瑞樹は車に向かう足を止め、ポケットから一枚の紙を取り出し、万年筆で文字を書く。

 そしてそのメモを宮木くんに投げつけたのだ。


「今の生き方が嫌だと思うことがあれば、連絡してください。気が向いたら話相手になってあげます」

「は・・・・・?何言って」


 宮木くんの言葉を最後まで聞く事なく、瑞樹はそのまま車に乗り込む。

 瑞樹が何を思って彼に連絡先を渡したのか、理由はわからない。

 けれど、叶うことならば・・・・・


「連絡、くればいいね」

「さぁ、どうでしょうね」


 静かに流れる風景を、車窓から眺める。

 長い一日だった。

 そう思いながら、私は静かに目を閉じた

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