ウツロウ嘘と想う夜 8
陽が落ちるのがはやくなった、と夜に変わる空を見る。
宮木はいつもの公園で彼女を待っていた。これから起きる事を想像し、重い気持ちになりながら。それでもこの決断を後悔はしていないのだと言い聞かせる。
「そろそろかな」
何年も使っている時計に視線を移すと、場違いなほど明るい声が公園に響いた。
「早いですねぇ、もしかしてお待たせしちゃいましたか」
「貴方は・・・・・」
彼女が来るのではなかったのか。思わずそう口にしてしまいそうになると、彼は先を読んだように答えた。
「ゆずなら来ませんよ。事情は聞きました、僕があの子の代りを務めますので」
それで構わないだろうと有無を言わせない雰囲気のこの男は少し苦手だ。
出会った時から、何故か落ち着かないような気持ちにさせる。
「そうですか・・・・・すみません、巻き込んでしまって」
「いいえ。貴方が謝る必要はありません。ああ、そうだこれ」
厚い封筒を掌に乗せられ、その重さに場違いにも笑いそうになってしまう。
オレが欲しかったものは、こんなに一瞬で手に入るものなのか。
「・・・・・ありがとうございます」
安堵すると、「瑞樹」と彼女が親し気に呼んでいる彼の顔から笑顔が消える。
「甘いね」
「え・・・・・?」
「ねぇ、ミヤギクン。その傷、まだ痛む?」
首と手首の古傷を指され、思わず首を横に振る。
「心配をかけてすみません。大丈夫です、この傷はもう治ってるので」
「そりゃそうだ、最近付けた傷じゃないでしょそれ。もっと古い、子供の時につけられたような古い傷。母親、それとも父親・・・・・あるいは友達か。君は誰にそれを付けられたのかな?子供の時からいじめられっ子な体質だったわけ?」
そうは見えないなぁとわざとらしい口調の彼に身体の奥が冷えていく。
この人は、もしかして
「それと、年長者からの忠告。大切なものを貰ったのなら、必ずその場で中身を確認するコト。そうじゃないと・・・・・」
彼の言葉に吸い寄せられるように、宮木は封筒の中身を開く。
そして、そこにあったものをただ、ただ凝視することしかできない。
「なんですか、これ」
手の中を封筒がすり抜け、中身が地面に散らばる。
新聞紙で作られた札束を、現実味がなく見つめた。
「最初から、妙だったよねキミは」
「妙って・・・・」
「公園でいじめられたりってさ、それってよっぽど間抜けだよ。いじめる方も芸がない。普通、人目につかないところで蹴るなり殴るなりしない?」
「そんなこと、考えてる余裕ないですよ」
「へぇ、そういうものなの。でも僕は思ったよ?これじゃ誰かに見せたくて、暴力を振るってみせるみたいだって」
胃の中がせり上がってくるような感覚に耐える。
この人は、わかっているのか。
「その誰かって・・・・・優しい世間知らずなお嬢様だったりするのかな?」
声を張り上げ怒鳴るわけでもなく、静かに怒っている瑞樹から目をそらす。
「・・・・・バレちゃってたか。しかも最初から、あんたもタチが悪いね。気づいてたのならこんな所まで来なきゃいいのに」
「あの子がお前を信じてたからね」
「はっ、バカじゃん?あいつ」
初めて高倉ゆずの話を聞いた時に思った。「利用できるかもしれない」と。
実際会ってみたら、想像以上にお人好しで、バカだった。そんな高倉ゆずに会うたび、オレは惨めになったのだ。
「あの人、高倉ゆず見てるとイライラすんだよ。母親死んで、財産たんまり貰ってさぁ、お前みたいな番犬つけてボランティア気取りかよ。吐き気がする」
「ガキがギャーギャー喚くんじゃねーよ。てめぇはあの子が羨ましいだけだろうが」
「ガキ?ガキだってオレが?」
生ぬるい生活の中で暮らしてるあいつよりガキだってのか?
「もういいよあんた。ここで死ねよ、苦しめよ」
疲れた。こいつの説教にも、金が入らない事にも、ほんとうになにもかもに。
だからこれは、腹いせなのだ。
「お前らぁ!こいつで遊ぼうぜー」
遠くから心地いい笑い声が聞こえる。
その声を全身で感じながら、オレは強引に目の前にある胸ぐらを掴んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます