ウツロウ嘘と想う夜 6


 着信音が鳴り響いたのは、それから三日後のことだった。


「はい、もしもし。宮木くん?」

 彼の家に行って以来、宮木くんとは会っていない。

 今度会った時、どんな顔をしたらいいのかわからない。そんなことを考えているうちに三日という時間が過ぎてしまったのだ。

「・・・・・もし、もし」

 掠れるような彼の声に、嫌な予感がした。

「もしもし、宮木くん!?どうしたの、なにかあったの?」

「・・・・・・」

 ひゅーひゅーと、息が漏れる音がする。

「ねぇ、いまどこにいるの?誰かと一緒にいるの?」

「・・・・・公園に、いるんだ」

「公園?え、ちょっと!宮木くん!」

 突然、通話がきれる。

 彼の尋常じゃないその様子に、私は急いで部屋を飛び出した。


「わっ・・・・・っ」

「ゆず、どうしました」

 二階の自室から玄関に向かう途中で、瑞樹にぶつかってしまう。

 ぶつけた鼻を押さえながら、宮木くんからの電話を伝えると、瑞樹は僅かに眉をひそめた。

「今何時だと思ってます?」

 携帯電話を取り出すと、もうすぐ日付が変わる時間。

「はぁー、いつの間に連絡先交換なんてしてたんですか。油断も隙もない」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!別に瑞樹は来なくていいからっ」 

 急いでいるんだと訴えると、諦めたように彼が肩を竦める。

「わかりました、今車を出します。まったく、人騒がせな人ですね」


 公園と言われ、心当たりがあるのは彼と出会ったあの場所だった。

 制限速度ぎりぎりのスピードで車を走らせ、二十分とかからず到着する。

 急いで車を降りると、一つの人影が見えた。


「宮木くん・・・・・!」

 駆け寄ると、宮木くんが木陰に倒れている。

 顔や手首からは、誰かに傷つけられたものなのか切り傷が目立つ。

 大きな出血ではないが、それでも所々血が出ていた。

「宮木くん、宮木くん、しっかりして!」

「・・・・・」

「ど、どうしよう、瑞樹。きゅ、救急車!」

「落ち着いてください。こういうのは大抵こうすれば起きるんですよ」

「は・・・・・!?」

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 瑞樹が宮木くんの頬を全力で叩く。容赦のない力で叩いたのだろう、公園には場違いにパンっという綺麗な音が響いた。 

「あんたなにやってんのーー!!!」

 助けるどころかとどめをさしている瑞樹に混乱していると、小さな声が聞こえた。

「・・・・・ぅ」

「大げさですよゆず、気を失ってるだけです。その証拠にほら、起きたじゃないですか」

「起こすにしたってもっといい方法があったでしょうが!宮木くん、大丈夫?」 

「高倉、さん?」

 ようやく目を覚ました宮木くんにひとまずほっとする。

 彼は唇が切れているのか、話しにくそうにしていた。

「喉・・・・・痛い」

「瑞樹、水、水買ってきて!」

「ええー・・・・・自販機ちょっと遠いじゃないですか」

「いいから行ってきなさい!」

「はぁ、かしこまりました」

 渋る瑞樹をようやく買い物に行かせると、彼はゆっくりと話し始めた。


「来て、くれたんだ・・・・・」

「そりゃあんな電話があったんだもの。心配するよ」

「そっか、よかった。母親が失礼なことを言ったから、もうオレと関わりたくないのかもしれないって・・・・・・」

「そんなわけない。それよりも、どうしたのその傷?まさか、あの人達に?」

「うん、そう。今日あいつらに金を渡さないといけない日だったんだけど・・・・・どうしても渡す金が間に合わなくてさ。そうしたらこのざま」

「渡すお金って・・・・・なんであの人たちにお金なんて渡してるの」

「停学処になったのはオレのせいだから誠意をみせろって。無茶苦茶だとは思うけど、払わないと今日みたいに酷く殴られる」

 そんなの勝手な理屈だ。

「ねぇ、やっぱりこんな状態よくないと思う。学校とか、お母さんとかお父さんとか、とにかく助けてくれる人に話した方がいいよ」

「この前言ったように学校は見てみぬふりだよ。それにオレ、父親には会ったこともないし、母親も、あんな感じだろ?助けてなんて誰もしてくれないよ」

「だったらっ警察に行くとか・・・・」

 これはもう、立派な暴力事件だ。警察に訴えればなんとかしてくれるのではないか。

 突破口が見えたような気がしていると、宮木くんは首を横に振った。

「今日あいつらに言われたんだ。明日までに金を用意できないと、花や翔にも手を出すって。警察になんて相談したら俺だけじゃない、あの二人にも被害が及ぶよ」

「そんな!そんなの卑怯じゃない」

「卑怯だけど頭は回る。そんなこと言われたら用意するしかないじゃないか。明日までに、二十万円」

「できるの、用意?」

「難しいけどそれでもやらなきゃ」

「・・・・・だったら私が用意する」

 

 今私に唯一できる方法は、これしかないような気がしたのだ。

「そんな!迷惑かけられないよ」

「迷惑じゃないよ。でも一つ、お願いがあるの」

「お願い・・・・・?」

「うん。お金を受け渡すときに、私も一緒に連れていって欲しい」

 彼は驚いたように目を大きく開くと、なにか言いたげに声を発した。

 しかし、彼の言葉を最後まで聞く事はできなかった。  


「買ってきましたよー。ってあれ?どうしたんです、ゆず。深刻そうな顔をして」

「瑞樹・・・・・」

「ミヤギクンほら、水。あとその格好、見るに耐えないんで救急箱持ってきましたよ。本当はゆず以外に触れるなんて気が進まないんですけどねー」

 そう言いながらも、慣れた手つきで瑞樹は宮木くんの傷を消毒し、包帯を巻いていく。

 手当てされる宮木くんを眺めながら、私は小さく息を吐いた。



 宮木くんの手当ての後、家に着いた時には午前二時を回っていた。

「今日は疲れたでしょう。もうこんな時間ですけど、はやく寝てくださいね。あ、添い寝が必要なら喜んで引き受けますよ」

 いつも通りの瑞樹の言葉に普段と同じ反応ができない私は、心のどこかできっと疚しいことをしている自覚があるのだろうか。

「みず、き」

「・・・・・なんて顔してるんですか」

 緊張のせいだろうか。冷たくなっている手を取られると、決心した言葉が上手く出せなくなる。

 それでもと、私は意を決して彼に言った。

「瑞樹、明日までに二十万円って用意できる?」

 瑞樹は私の財産の管理も仕事としている。普段の生活費や私が持つお金の事は全て彼が知っているのだ。だからまず、瑞樹がお金を持ち出すことを許さないと宮木くんに渡す事もできない。

「それはまた突然ですね。何に使うつもりです?」

 私は宮木くんから聞いたことを包み隠さず全て話した。明日までにお金を用意しないと、花ちゃんと翔くんが危ないということを。

「ここで、欲しい洋服があるからだとか嘘をつかない所がゆずらしいですよね」

「瑞樹・・・・・」

「そんな顔をしてもだめですよ。僕が管理しているお金は高倉家からいただいているもの。脅されてる人を助ける為のものではありません」

 瑞樹の言う事はもっともだ。

 それでも、私にだって譲れないものがある。

「だったらお母さんのお金、使って。私が使えるのはそれしかないから」

 瑞樹が珍しく、不意をつかれたような表情に変わる。

 そして怒ったように声が一段低くなった。

「どうしてそこまでするんです。理由はなんですか?」

 私が助けたい理由、それは綺麗な感情からではないのだ。

「・・・・・羨ましいからかな」

「羨ましい?」

「宮木くんは、妹や弟を守るために必死になってるでしょう。私には、必死になってくれる兄弟がいない。だから、宮木くんに守られる花ちゃんと翔くんが羨ましい。そんな二人が危険だというなら、私に出来ることをしたいの」

「その為なら、千晴さんが貴方に遺したものを使ってもかまわないんですか?」

「・・・・・うん、それでいい」


 瑞樹は右手で顔を覆い、長いため息を吐いた。

 そして一つ提案をしてきたのだ。

「そこまで言うのならわかりました。明日手続きをしてきましょう、ただし」

 瑞樹の人差し指が、私の目の前に現れる。

「お金をゆずからミヤギクンに渡さないで下さい。これが条件です」

「え、どうして?」

「受け渡しの時、ゆずが暴力を振るうグループに何かされたらどうするんですか。少しは自分の身の安全のことも考えてください」

「じゃあ、どうやって渡すのよ」

「僕がミヤギクンにお渡ししますよ。責任を持って見届けます。これ、僕の最大の譲歩。どうしますゆず?」


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