ウツロウ嘘と想う夜 4


「・・・・・もう帰りましょうよー」

「瑞樹が付いてくるって言ったんでしょ」

 翌日の放課後、約束した公園で宮木くんを待つことに決めた。

 そう瑞樹に話すと、付いていくと言って譲らなかったのだ。

「お嬢様の行く場所に付き添うのが執事の仕事ですから。というか、ゆずが僕以外の男と一緒にいると思うと面白くないですしね。それこそ今日の夕飯をグリンピース御膳にしてしまいそうになるくらい」

「それは勘弁して・・・・・っ」

 昨日の夕飯を思い出すと、人参の味が甦ってきた。

 せっかく作ってもらった料理を残すこともできず、半ば飲み込むように食べきったのだ。


「ほんとに来てくれたんだ」

 瑞樹と言いあっていると、公園の入り口に宮木くんが現れた。

「宮木くんその痣・・・・・」

「ああ、これ?」

 やっぱり目立つよね、と言う彼の鼻と頬には、昨日までなかった痣が浮かんでいた。

 ゆずが慌てて宮木に近づくと、大丈夫だと制される。

「大した事ないから。それよりも、ええと・・・・・高倉さんの後ろにいるその人は?」

「どうも、ゆずの許嫁です」

「いや、ただの執事、執事だから」

 爽やかな笑顔で嘘を吐く瑞樹を睨み、慌てて訂正する。

「へぇ・・・・・やっぱり清和女子の人は庶民と違うなぁ。執事って、本当にいるんだね」

「ごめんね、勝手についてきちゃって」

「ううんそれはいいんだ。それよりオレの方こそ、お嬢様にこんな所まで足運ばせてごめん」

 言いづらそうに目を伏せる彼に、昨日からずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。

「あの、話したくなければいいんだけど・・・・・どうしてこんな酷い暴力を振るわれているの?」

 彼の腕や首にも古い傷跡や痣が残っている。一体いつからそんな生活が続いているのだろうか。

「いつだろう・・・・・始まりはずっと前のことだから覚えてないけど。でもきっかけはあったよ」

「きっかけ?」

「あいつらを裏切ったんだ、オレが」

 情けない話なんだけど、と宮木くんは話を続ける。

「オレ入学してしばらく友達がいなくってさ。でもあいつらが声をかけてくれて、つるむようになった」

「友達だったのにどうして・・・・」

「丁度一年前の今頃かな、あいつらと本屋で漫画を盗もうって話になって、実行したんだ」

「それって万引きじゃない」 

 うん、と彼は頷く。

「失敗したけどね。グループの中で、オレだけ盗めなかったんだ。オレ、小さい頃からそこによく通ってたから、店の人を裏切れなかった」

「どうしてそれが昨日の人達を裏切ることになるの。おかしいのはあの人達の方じゃない」

 万引きを思いとどまった事を失敗したと言いたげな彼に、ゆずは違和感を覚えた。

 どうして正しい事をしたのに、そんな風に後悔するのだろう。

「万引きがバレてオレ以外の全員が停学処分になったんだよ。そのことを、あいつらはまだ許してくれない。万引きを学校に告げたのはオレだと思ってるんだ」

「だから宮木君に暴力を・・・・?」

 そんなのあまりにも自分勝手だ。

 苛立つ感情をどこにぶつけていいのかわからず、拳を握りしめる。

「ひどい・・・・・」


 そう呟くと、遠くから子供の声が聞こえた。

「辰にぃちゃーーーん」

 男の子と女の子が小さな足で懸命に走ってきたのだ。

かける、花!どうしてここに・・・・」

 驚いたように宮木くんは小さな2人に駆け寄った。

「この子達、宮木くんの弟さんと妹さん?」

「みやぎかける!ななさいです!」

「み、みやぎはなです。ななさいです」

「初めまして。可愛い!双子なんだね」

 そっくりな二人の顔を見比べていると、翔くんがじぃーっと不思議そうに私と瑞樹を見つめる。

「なぁなぁ!おねーちゃん辰にぃのかのじょなの?」

「ちっちがうよ。昨日お友達になったの」

「えーなんだちがうのかぁ。辰にぃが女の子と一緒にいるところなんて見たことないから、かのじょだと思ったのになぁ」

「貴方のお兄様とゆずは友達未満、顔見知り程度の関係です。恋人なんてどの口が言ってます??え??」

「ご、ごめんなひゃい」

 翔くんが瑞樹に口を掴まれ怯えだす。

「瑞樹!一番年上が小学生と言い合うなっての」

 強引に瑞樹から翔くんを引き離すと、翔くんは宮木くんの後ろに隠れてしまった。

「ごめんねうちの瑞樹が・・・・・」

「調子に乗った翔も悪いよ。ごめんなさい、瑞樹さん」

 瑞樹はふーんとそっぽを向く。大きい子供かこいつは。


 頭を抱えていると、宮木くんが花ちゃんと翔くんに声をかけた。

「ところでおまえらどうしてここに?今日は授業参観だったんだろ。放課後は親と一緒にクラスの交流会があるんだって昨日言ってたじゃん」

「それは・・・・・」

 二人は互いの手を取り合い、俯いてしまった。

「・・・・・うっ」

 耐え切れないと、花ちゃんの大きな瞳から涙がこぼれ落ちていく。

「ど、どうしたの?どこか痛いの?」

 首を横に振る花ちゃんに、なんて声をかけてあげればいいかわからない。

 宮木くんを見れば、彼は何か考え込むように腕を組んでいた。

「翔、あの人授業参観に来てないわけ?」

「うん・・・・・親が見にきてくれなかったの、うちだけだった」

「あのね、せんせいがね、お母さんがきてくれないなら放課後は帰っていいって」

「こーりゅうかいは親がいないとだめなんだってさ」

「はな、お、おかーさんにきてほしかったんだ・・・・・」

 花ちゃんがさらに泣き出すと、宮木くんは苛立ちながら息を吐いた。

「泣くな、花。今度にーちゃんが必ず授業参観に行ってやるから」

「・・・・・ほんと?」

「ほんとほんと。だから泣き止め、な?」

 彼は袖で花ちゃんの涙を拭く。すると今度は翔くんが頬を膨らませた。

「いいよな。クラスのみんな今ごろたのしく遊んでるんだろうな」

「しょうがないだろ、翔。今日はオレが家で一緒に遊んでやるから、我慢しろって」

「お、おねーちゃんも花たちのうち、くる?花たちとあそんでくれる?」

「え?」

「人数多いほうがたのしいもんな!おねーさんも家に来いよ!そこのお兄さんはちょっと怖いからこなくてもいいけどな!」

「何言ってるんです。男のいる家にゆず一人で行かせるわけないでしょ。ゆず、男はみんな獣ですよ獣」

「取り合えず瑞樹は黙ってて」

 小さい二人が期待の視線を送っている。それを見てしまうと、断ることはできなかった。


「えっと、宮木くんさえよければ」

「・・・・・付き合わせてごめんね」

 こうして私達は、宮木くんの家におじゃますることになったのだ。


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