②曇り空の街

「それじゃ、行ってきます」


 髪をきっちりと編み直し、書類の入った肩掛け鞄を持って、リーフェは予定通り午後に出掛けた。


「ああ、いってらっしゃい」


 見送るのはイグナーツだけで、ハヴェルは夜の外出のために自室で昼寝をしている。


(うっ。厚着したつもりだったけど、顔が冷たい……)


 玄関のドアを開けて出れば、吹き付ける風が家の中とは違う鋭さで凍えさせる。


 灰色のボックスプリーツのスカートに黒地のフリルブラウスを合わせ、ダブルの赤いチェスターコートを着込んでいた。さらに裏地付のレザーブーツを履いて手には手袋をはめたが、寒いものは寒かった。


 しんと静かな住宅地を抜けて、店の立ち並ぶ街へと出る。

 空は低く暗く雲が垂れこんだ曇天で、道行く人の厚着のシルエットを濃い色彩に滲ませていた。


(弁護士協会の事務所へ行くには、まずは地下鉄に乗らないとね)


 リーフェは目的地である協会の事務所への道順を考えながら歩いた。

 研修生の弁護士見習いは、自分が担当した裁判について中間報告書と最終報告書を書き、協会に提出する義務がある。今回提出するのは、二度目の裁判の最終報告書だ。


 協会の事務所へ行くのはこれで四度目であるので、リーフェは慣れた足どりで煉瓦敷きの歩道を進んだ。


 コーヒーの良い香りがするカフェにキッシュが名物のレストラン、シックな紳士靴を取り扱う靴屋に最新式の腕時計の並ぶ時計店。

 砂糖菓子みたいに白い建物が並ぶ街角のショーウィンドーはにぎやかで、贅を凝らした金や銀の装飾のついた突出看板と共にきらきらと目を楽しませる。


(ここの階段を下に降りて……っと)


 リーフェは人ごみのなかでも迷わずに地下鉄の駅の入り口を見つけ、長い階段を降りた。


 ティルキスの地下鉄の駅は万が一の戦争にも備えた丈夫な作りで、高くゆるやかなアーチを描く天井はモザイク状に幾何学模様を描くタイルに覆われている。


 駅員からチケットを買ったリーフェは、ちょうどホームにやってきた車両に乗り込んだ。それは赤塗りに金属の装飾が可愛らしい車体だった。


(昔は上りと下り間違えて大変な目にあったけど、今はもうばっちりわかってるもんね)


 田舎で生まれ育ったリーフェだが、半年暮らした結果都会の暮らしというものをそれなりに理解してきている。


 リーフェは空いていた座席に座り、車窓の外を流れていくトンネルの壁を眺めながら目的の駅に着くのを待った。

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