終章
最終話 法律事務所8
馬車が事務所の前についたので、リーフェとハヴェルは降りて御者にお礼を言った。ハヴェルは気前よくチップも渡していた。
「今、戻りました」
「ただいまー」
玄関から上がって帰りを告げる。
イグナーツは、事務所の机で仕事をしていた。
「おかえりなさい。二人とも一緒だったんですね」
不思議そうな顔をして、イグナーツはリーフェとハヴェルを交互に見た。
「えぇ、まぁ……」
リーフェはあいまいに頷いた。イグナーツに変に勘違いされていないことを願った。
「それじゃ早起きして眠いから、僕は寝るよ」
ハヴェルの方は、何も気にせずにさっさとソファで横になった。いつの間にか上着は脱ぎ捨てられて、シャツのボタンも外され肌が大きく露出していた。先ほどまでの礼服による正装とはまったく違う、いつも通りのいかがわしい姿である。
「あ、ちょっと俺、ここで今から依頼人と会う予定があるんですけど!」
イグナーツの抗議はすでに遅く、ハヴェルは安らかに寝息をたてていた。
「あとで一緒に上に運びましょうか」
ソファの上で丸くなっているハヴェルを見下ろし、リーフェは言った。
「だな」
イグナーツもため息まじりで同意した。
やるべき事務仕事もないので、リーフェは掃除道具を取りに部屋を出ようとした。
「じゃあ私は、朝にできなかったので今からここの掃除をしますね」
「あ、そうだリーフェ君」
そこをイグナーツは立ち上がってリーフェを呼び止め、封書を差し出した。
「また、新しい研修の裁判の案内が届いていたよ。今日の午後三時ごろに留置所に来てほしいそうだ」
「本当ですか? 毎回急ですね」
突然の連絡に、リーフェは驚いて声を上げた。イグナーツから案内を受け取り、紙を開く。場所と時間しか書かれていない、相変わらずの情報不足な内容であった。
(でもこれで、また始まるんだ。私が弁護する、新しい裁判が)
リーフェは胸を高鳴らせながら、紙を折りたたんで元に戻した。
まだ相手も事件もわからない裁判である。今回もまた、リーフェを迷わせるいろんな問題が多くあるはずだった。
それでもきっと、自分の後悔しない道を進んでみせるとリーフェは自分自身に強く誓った。
ずっとリーフェは、トマーシュの教え子としてふさわしい人間でありたいと思っていた。その気持ちは今も変わらない。
だがこれからは、ハヴェルにもう一度真面目な気持ちを思い出させることのできる人間でもありたかった。
「三時なら依頼人との面談も終わってるだろうから、今日も俺が同行しようか」
イグナーツが親切に、リーフェの指導官代理として申し出てくれた。ありがたい話である。
だがリーフェは、今回はイグナーツに頼らないようにしようと思った。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
リーフェはにっこりと笑って、決意を示した。
「先輩ではなく、師匠にお願いしますから。嫌がっても寝てても、むりやり起こして連れて行きます」
新しい裁判が始まる。
ハヴェルとの戦いもまた、次の局面を迎えようとしていた。
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