第22話 リーフェの自室2

 そして、裁判当日がやってきた。


 朝食を食べ終えたリーフェは、自室で身支度をした。

 普段はほとんどしない化粧をして、支給された法服に腕を通す。ボタンを留めて姿見の前に立ってみれば、黒い衣に身を包んだ自分が映っていた。ひざ下まであるたっぷりしたガウンに、襟元からのぞく白いタイ。髪も服にあわせていつもの二本のお下げではなく、後ろで編んで一つにまとめた。

 その姿は、中身が伴っているかどうかはともかく凛々しく立派な弁護士に見える。


(これで準備は万端、のはずなんだけれども……)

 リーフェは昨日のうちに荷物を入れてまとめておいた肩掛け鞄を手に取った。

 できることはすべてやり終え、考えを述べるための原稿も納得のいくものを書き、自分が今日何をするのかという覚悟も決めた。

 しかしそれでも、初めての、しかも何重の意味でも重い真相を持つ殺人事件の裁判であるので、リーフェの迷いや不安はまったく消えることはなかった。


 リーフェは心を奮い立たせるために鏡に映る自分をのぞいた。鏡の中の自分は、決意をしようとしている瞳で、リーフェを見つめ返している。もう後には引けなかった。


 そのとき、ドアをノックする音がした。

「リーフェ君。もうすぐ迎えの馬車が来る時間だ。準備はいいか?」

 ドアの向こうに立っているのは、イグナーツであるようだ。

「はい、今行きます」

 リーフェは返事をすると、部屋を出た。


 廊下には、リーフェと同じように法服を着たイグナーツが立っていた。黒いガウンに金髪がよく映えて、それなりには格好良い。

「今日くらいは先生も連れて行こうと思ったんだが、すまない。起きてこなかった」

 イグナーツはあきらめた様子で、ハヴェルの部屋の方を見た。

「そうですか。来てはほしかったのですが、仕方がないですね」

(言うだけ言っといて、本番は見ないんだ。まぁ、そうたいして期待はしていなかったけど……)

 残念なふりをして、リーフェは言った。本当に残念な気持ちもあるにはあったが、それはほんのわずかだった。イグナーツほどではないにしろ、ハヴェルの理解しがたい行動基準にリーフェもだいぶ慣れてはきた。


 ハヴェルのことからすっぱりと頭を切り換えて、リーフェはイグナーツの方をまっすぐに向いた。そして、改めてかしこまって深々と頭を下げた。

「先輩、私の指導官になってくださり、本当にありがとうございました。今日の研修の裁判も、どうぞよろしくお願いいたします」

 イグナーツもリーフェの方をきちんと見て、微笑んだ。

「リーフェ君の大切な初舞台だ。俺も頑張るよ」

 特別なことは何もないごく普通の感謝と返答であったが、そういう関係でいられることはとても幸せなことだと、リーフェは思った。


 リーフェとイグナーツは一階に降りて、外で馬車を待った。天気は快晴で風は心地よく、待つのは苦にならなかった。

 青く晴れあがった空を見上げて、リーフェはイグナーツに尋ねた。

「先輩は、私が今日選ぶ弁護の方針について、どう思いますか?」

 真相がわかった日には相談できなかったが今はもう全て話してあるので、イグナーツはカリナの事件について概ね把握していた。裁判用の原稿の添削をしてくれたのも、イグナーツである。

 しかし振り返ってみると、イグナーツの個人的な意見をリーフェは聞いていなかった。


 直接的なリーフェの質問に、イグナーツは困ったような顔をした。だが少し間を置いて、ゆっくりと答える。

「リーフェ君がちゃんと考え抜いた結果だから、正しいとか間違っているとかとは違う意味があると、俺は思う」

 曖昧で逃げているようではあるが、きちんと相手のことを考えた、イグナーツらしい結論だった。

「そうですよね」

 リーフェは空を見つめたまま言った。

(たとえ正しくなくても、価値がないってわけじゃないよね)

 本当のところのイグナーツの考えははぐらかされたような気もした。だがリーフェは、イグナーツが自分を認めてくれたのだと解釈し、勇気づけられたことにした。


 話し終えるとちょうど、馬車が来た。二人は乗り込んで、裁判所へと向かった。

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