第19話 法律事務所6

 裁判を四日後に控えた日の午後、リーフェは事務所で一人資料を読み直していた。


 イグナーツは仕事で外に出ており、ハヴェルは自室にこもって新しく買った古典の全集の一気読みを始めたので、事務所はとても静かである。


 まぶしい西日に照らされた部屋で、リーフェは机の上いっぱいに書類を広げ一つ一つ丁寧に読んだ。

(それじゃあ、次はこの地下鉄の記録にしようかな)

 積み上げられた書類の山から、リーフェは先日交通局まで行って写しをもらった地下鉄の運行記録を引っ張り出した。開いて読んでみると、何を意味するのかわからない数字やグラフが並んでいて、欲しい情報を探すのはなかなか難しかった。

 それでも何とか読み進めて、リーフェは事件に関わる時間帯の部分を見つけ出した。

(ザーパット線は、午後四時から六時の間は人身事故で運転見合わせ……。んん、ということは……? カリナさんが退勤したのは、何時のことだったかな?)

 うっすらと矛盾を感じたリーフェは、証言を確認するために、鞄の中の手帳に手を伸ばした。


 そのとき、ドアベルが鳴り響いた。

「郵便局で、書き留めです!」

 配達員の声が、外から聞こえる。どうやら何か、急ぎの大切なものが届いたらしい。

 リーフェは資料にふせんをして閉じると、玄関に向かった。

 ドアを開けると、若い配達員は元気よく封書と伝票を差し出した。

「リーフェ・ミシュカ様宛です。ここにサインをお願いします」

「はい。ありがとうございます。ここですね」

 リーフェは伝票にサインし、封書を受け取った。

「では、失礼します!」

 配達員は挨拶をすると自転車にまたがり、次の場所へと出発した。


 リーフェは封筒の差出人を確認しながら、事務所の机に戻った。

(あ、これ鑑識課からだ!)

 それが先日鑑識課に依頼したナイフの鑑定結果だと気づいたリーフェは、急いで封筒を破り中を見た。

(ええっと、なになに、このナイフはヤーヒム・バルトン殺害に関わる重大な物証で……)

 どうやらかなり重大な真相が書かれているような出だしであったので、リーフェは胸騒ぎを覚えながら読み進めた。


 報告書によれば、ヤーヒムの遺体からは正体不明の金属の破片が発見されていたが、今まで凶器とされていたナイフと一致するものではなかったので、解剖室内で別の事件の証拠が混入したものとして処理されていたらしい。

 今回発見された二つ目のナイフは折れた切っ先がその破片と一致しており、事件に関わっているのはほぼ確定的であると述べられていた。


 そしてその次に書かれた情報に、リーフェは自分の目を疑った。同時に、今までまったく掴めていなかった事件の全容が見えてくる。


(そうか……そういうことか……)


 リーフェは椅子からふらふらと立ち上がった。机に手をついて、鑑定結果を何度も読み返す。


(カリナさんに、会って確かめないと……!)


 今すぐにカリナと話をする必要があると、リーフェは思った。

 リーフェはカリナに見せる必要がありそうな資料を鞄に突っ込み適当に机の上を片付け、事務所を飛び出した。

 ハヴェルに行き先を告げることも忘れたまま、リーフェは駆けた。

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