第7話 リーフェの自室1

 被告人とほとんど話にならず、思ったよりも早く留置所での面会を終えたリーフェとイグナーツは、ハヴェルのためにお菓子を買って事務所に戻った。ハヴェルはなぜか今度は玄関の近くで酔って寝ていたので、リーフェとイグナーツでベッドに運んだ。

 その後イグナーツと二人で夕食を終え、一通りの家事を終えたリーフェは、自室で裁判の資料を読み直すことにした。


 ベッドの脇のランプを近くに寄せて、リーフェは机の上に資料を開いた。くすんだオレンジ色の光が、紙の上の文字をぼんやりと照らす。

(面会中じゃ、あんまりちゃんと読めなかったからなぁ。明日から裁判の準備を進めるためにも、しっかり頭に入れておかないと)

 リーフェは椅子に腰掛け、両手で資料を持って読み始めた。事件のあらましは、以下のようであった。


 五月十三日の午後七時過ぎ、クルク地区のアパートで、男性が腹部から血を流して死んでいるのが見つかった。死亡していたのは、この家に住んでいた男性ヤーヒム・バルトン。発見者は近くに住む女性で、彼女は作り過ぎた料理をバルトン家に分けようと訪問したところだった。

 家にはヤーヒムの二人の娘、カリナとサシャも住んでいた。遺体発見時、カリナは死んだ父親の側で血まみれのナイフを握って立っており、サシャは空き物件になっている隣の部屋で眠っていた。警察は姉のカリナを犯人として逮捕し、カリナも容疑を認めた。

 死因は腹部を刺されたことによる失血死で、死亡推定時刻は六時前後。カリナが持っていたナイフが凶器であり、ナイフには血の跡を遮る形でカリナの指紋が残されていた。


(うーん。これは、物証からカリナさんが犯人じゃないって方向に持っていくのはほぼ無理かな……)

 リーフェは資料を閉じ、改めて非常に不利な状況を確認した。

 まだ詳しくは調べていないものの、証拠は十分過ぎるほどにあるようだった。特にナイフに血の跡を遮る形で指紋が残されていたというのが、決定的に重大だ。

 カリナが動機や詳細を語らない以上、犯人ではない可能性を捨てることはできない。だがそれでも、カリナが犯人である場合を想定して動かなくてはならないのだろうとリーフェは思った。

 しかし、たとえカリナが犯人だったとしてもまだわからないことは多く、リーフェのやるべきことも山ほどあった。


 リーフェは留置所にいたカリナの様子を思い出した。かたく口を閉ざし、会話を拒絶していたカリナ。リーフェはカリナの弁護士として、カリナを嘘や決めつけから守りたかった。そのためには彼女が何を隠しているのか、それを明らかにしなくてはならない。

(最終的には、カリナさんに真実を話してもらわないと。明日からは、そのための材料集めを頑張ろう!)

 机の脇に掛けたカバンから手帳を取り出し、リーフェは今定めた当面の目標を書き留めた。手帳に書くことで、よりはっきりとやる気がわいてくる気がした。


 リーフェは手帳を鞄にしまい、再び資料を読みだした。何度も読むことが、重要だと思った。

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