第4話 部室強奪戦だよ! バトルちゃん!

 太一のクラスにやってきた不思議な少女は、同じクラスメイトで引き篭もりの少女、雨下雫だった。雨下は引っ込み思案の性格から、教室に入るのすら躊躇とまどってしまい学校を去るが、華花の助言とボードゲームの力によって、次第に打ち解けていく。初めてできた友達、その事実が雨下を後押しし、翌日から学校に登校するようになる。その心の底に淡い気持ちを宿し始めていることに、雨下自身が気がつくのはまだまだ遠そうだ。



 ボードゲーマー! バトルちゃん!

 第4話 部室強奪戦だよ! バトルちゃん!



 ×  ×  ×



 ピピッ、ガーー、録音件数1件アリマス。再生シマスカ?


『ウッ! アッ、ダメっ……。チョッ、タイム! ゲロゲロ……。未来カラキタハートノ使者、バトルピンク参上……。オェッ!


『『『人呼ンデ! ユーカリガ丘ボードゲーム愛好家!!』』』


 ゲロゲロ……』


 コノ録音ヲ、モウ一度再生シマスカ? 再生スル場合ハ1ヲ、削除スル場合ハ9ヲ押シテクダサイ……。


『『『人呼ンデ! ユーカリガ丘ボードゲーム愛好家!!』』』ゲロゲロ……。


 コノ録音ヲ……。


『『『人呼ンデ! ユーカリガ丘ボードゲーム愛好家!!』』』ゲロゲ……。


『『『人呼ンデ! ユーカリガ丘ボードゲーム愛好家!!』』』ゲ……。


『『『人呼ンデ! ユーカリガ――――



「怖いよ!! バトルちゃん!! あと吐いてる音のカットに失敗するな!!」


 教室で寝ていると、バトルちゃんは先日いつの間にか録音していた音声を俺の耳元で何回もリピートしていた。「太一もついにボドゲ愛好家派閥に入ったか」、とバトルちゃんの琴線きんせんに触れたらしく。ニヤニヤしながら俺の睡眠を妨害してくる。

 仕方ないので机に突っ伏していた体を起き上がらせて顔を上げると、バトルちゃんだけではなく、雨下も近くにいた。雨下は学校に来るようになったとはいえ、相変わらず動物園にいるカピバラのように表情筋が動かない。笑えばバトルちゃんや華花にも劣らない容姿なのに、もったいないと思う。


「……いつも東雲バトルと太一はこんな感じなのか」


「こんな感じってどんな感じだよ? まあ、いつも睡眠を妨害されたり、消しゴムの欠片を投げられたり、筆箱の中身を『カルカソンヌ』のコマに変えられる程度の仲だな」


「ぐぬぬ……」


 雨下の眉間が1ミリほど寄った気がする。こいつもこいつで、普段、忍者と俺がするようなバカバカしいやり取りがしてみたいのだろう。もう既に俺たちは友達なのだから、そんなに遠慮する必要はないのだが……。忍者とはこれ以上近づきたくはないが、雨下ならどんな男子だって歓迎だろう。


「で、僕を無視するなんて、そんなに太一はユーカリが丘ボードゲーム愛好家としての自覚がないのかな? ン?」


「いやいや、雨下のために愛好家名乗っただけで、俺は別にボードゲーム愛好家になった覚えは別にないからな」


「ガァ――――ン!!」


 このワザとらしい大げさなリアクション! とツッコミを入れて欲しいとでも言わんばかりに、バトルちゃんは体を後ろに仰け反らしながら嘆いた。感性が古い未来人だ。というか、このアホは本当に未来から来たのだろうか?

 隣にいた雨下は何故か「……太一のばか」と小さな声で呟き、忍者が「……太一どの不許で候」と壁を叩いていた。お前そこにいたのか。

 メンバーは増えたものの、いつもと変わらない日常が過ぎていく午後、そろそろ理解したことだが、こうなると扉が勢い良く開かれてTo L⚪︎VEるがやってくる。

 


「あ、そういえばさっき廊下でこんな張り紙があったよ」


 バトルちゃんが思い出したように取り出した、それはそれはもうゴミのように丸められた状態のビラ。思うに、この子の部屋は汚いだろう。事実確認は次回以降の「バトルちゃんの実家だよ! 太一くん!」の回に任せよう。

 くしゃくしゃになったビラを広げると、それは生徒会の記事のようで、そこには「急募! ユーカリが丘高校で新しい部活を始めよう♡」の文字が大きく書かれていた。なんでも部室棟の空いている部屋を有効活用できそうな部活動を募集しているようだ。なんだこの♡は、スイーツ脳か!


「太一! これを見て僕はピンときたよ! ボードゲーム部の設立だ!」


 なるほど、今回の災いはこういうパターンでやってくるのか。

 平成初期の少女漫画のように目を大きく輝かせるバトルちゃん。……眩しい。何にも汚された事のないこの眼差し、そう、バトルちゃんはバカだ。


「オーケー、オーケー、バトルちゃん。ヒゲ部、SOS団、隣人部、木工ボンド部……、『学園モノ×変わった部活動』、確かにこれは切っても切り離せない存在だろう。『納豆×ネギ』くらいオーソドックスな組み合わせだ。第一、高校生といえば何かしら部活動に所属しているのが一般的で、当然その年齢を対象とした小説を書いたのならば、部活動が関わってくるのは当たり前だ。読者だってそんな学生時代を過ごしたに違いないだろう、あれ? なんだか視界がにじんできたぞ。筆者? 帰宅部? ウッ……。まさか記憶改変……?」


「……何故太一が頭を抱えている?」


 八神太一と東雲バトルが通うユーカリが丘高校は千葉県佐倉市にあり、学校の名前にもなったユーカリが丘は、佐倉市の田園調布と呼ばれるほどの人気住宅地である。そこは千葉県では珍しいホテルと隣接した小洒落た駅で、二駅先でも見える5棟もの高層マンション、京成線沿線で最も大きいショッピングモールが建てられ、更にはコアラ号というモノレールが走っている。その生活のしやすさから若い夫婦も多くなり、子供たちで賑わう街だ。そんな千葉県のエルドラドにあるユーカリが丘高校に空き部室がある、これは学生でも分かる、一大事だと。ならば太一が出す結論は当然――


「却下だ」


「あれれー? おかしい、おかしいよ太一。僕らはもうボードゲームによって永遠に離れることのない絆を結んだんじゃなかったっけ。全話の感動は何処へいっちゃったのかな? ……始めようよ! 僕らのボードゲームを! ……雫だってボードゲーム部があったら入部するよね?」


「……家に帰って最終幻想ファイナルファンタ11プレイしないと」


「クソ、この引きこもりが!」


「……罵倒しながらハグするのは止めて……暑いから」


 ギュッと雨下を抱きしめるバトルちゃん。雨下の眉間が3ミリほど寄った気がする。これは不快指数が高そうだ。

 それにしても、新しい部活動の募集か……。確かに部室があればお菓子や遊び道具を置くことができるし、何かと便利かもしれない、太一はそう思ったが、バトルちゃんの目がまたベル薔薇のように輝くので言葉にはしなかった。その健闘も来訪者によってすぐ虚しく終わることになるのだが。


「話は聞かせてもらったわ!」


 太一とバトルちゃん、それにバトルちゃんに頬擦りを受けている雨下が振り向くと、華花が腕を組んで立っていた。


「あ、これダメなやつだ。空気でわかる。わかるよ」



 ×  ×  ×



「太一、面白そうじゃない。折角だから応募しましょうよ。部活名は当然『華花の部屋』で」


「ふざけるなよホルスタイン華花、お前の頭は乳で出来ているのか? 普段は大人しい僕でもそれだけは許さないよ」


「あらぁ、でも東雲が部長じゃあ『偽乳ぎにゅう特戦隊』になっちゃうわよ。いやよそんなの私は」


「ヌァンだとー! 離せ! 離せ太一! 僕は目の前にいる乳牛の息の根を止めないと! 雫! 何故止める! 止めれば向こうの派閥に入れる訳じゃ無いのよ! 悪は征伐しないといけないんだ!」


 華花の軽口にけたたましく反応するバトルちゃん、今にも襲いかからんとするバトルちゃんを太一は背中で「ディーフェンス! ディーフェンス!」のポーズで抑え、雨下は無表情のまま「どうどう」と呟いていた。



 ×  ×  ×



「それで、この生徒会に部室の申請に来たという訳か……」


 ユーカリが丘高校2年生にして生徒会長の黒川涙くろかわるいは重々しく口を開いた。

 しっとりと濡れたように艶のある長い黒髪、右目尻の下にある小さな涙ボクロが色っぽい。バトルちゃんや雨下が可愛いタイプならば、この人は華花のように大人びた綺麗さがある。

 ……もっとも、威圧感は華花の比ではない。扉の向こう側では魔王が待っていました、とでも言わんばかりのオーラだ。


 つまり、俺たち4人は部室願いと書かれた申請書を前にして固まっていた。

 あと、忍者はオレがおいてきた。変態だったがハッキリ言ってこの闘いにはついていけない。


「太一、不味いわね。僕はまさか生徒会長さんが覇王色だったとは思いもしなかったよ……。ビラに♡の装飾があったから、こいつはとんだスイーツと甘く見てたわ。スイーツだけに」


「いや、もう使い古された言い回しだからな」


 バトルちゃんが寒いギャグを飛ばす。部屋の温度が若干下がり、生徒会長の口元が強張る。


「ちょっと太一、貴方が何とかしなさいよ。ほら、いつもの鼻から『カルカソンヌ』のコマを出しながら『古代ローマ〜』って言うやつとか」


「いや、そんなことやったことないからな、意味もわからないし。2001年のドイツ年間ゲーム大賞とドイツゲーム大賞を受賞した『カルカソンヌ』のコマなんか出さないからな」


 華花が場を和まそうとバトルちゃんの追撃をする。相変わらず生徒会長は微動だにしない。


「……いまの会話で黒川会長の眉間にシワがよった。一刻も早くボードゲームの魅力を伝えるべき……。残りの文字数的にも早くするべき」


「だからな、雫、文字数とか言っちゃいけないから。俺は良くわからないよ、でも、それは言っちゃいけないって決まっているんだ」


「伝えたいことはそれで全てか?」


「「ヒエッ……」」


 全員声にならないような声を揃えて出した。仲良し四人組。


「なんなんだ今日はいったい……。先ほども『流しそうめん部』、『仮眠部』、『甲賀×伊賀部』と頭を抱える申請が来たばかりだ。私はこれをどう先生たちに推せばよいのか……まず部活動すら想像できん」


 忍者、あのクソヤロー裏切りやがったな!!


「ボ、ボードゲームは部活動が分かりやすいですよね? 将棋部や囲碁部だってあるのならば、ボードゲーム部だってあっても良いのでは……」


 バトルちゃんがチワワのように怖気つきながら、ボードゲーム部の申請に触れ始めた。確かに、一風変わった部活申請の後ならば、ボードゲーム部も比較的まともに思える。ここら辺のしたたかさは、戦略的ゲームをしてきたバトルちゃんに一日の長がある!


「部室の数が限られた高校の中で、卓上遊戯という似たような部活が複数あるのは頂けないな。現に将棋部と囲碁部は、同じ部室を共有して活動を行っている。おかげで二つの部活動に交流が図られ、我がユーカリが丘高校の中でも活気のある文化部の一つとなっている」


「ぬぬぬぬ……」


 東雲バトル、あっさり撃沈!! かと思われたが、黒川会長が不意に漏らした、


「それに、ボードゲームって何?」


 という一言に、東雲バトルは魂を震わせて再度奮起した。ボードゲームは何か? 尊敬する両親が未来で必死に築いた地位が、こんなにも現代では無残なものなのか、骨に冷たい刃を突きつけられたように、感情が逼迫ひっぱくする。第1話で同じことを言われても何も考えず笑っていたバトルだったが、今回はシリアスな雰囲気を読み取って怒り、あわせるように太一、華花、雨下の感情も高ぶるかと思われたが、別にそんなことはなかった。全くの烏合の集である。個人を尊重する現代教育の悪い面の一部が醜く露呈した。


「太一〜〜、生徒会長がいじめる! 大好きなボードゲームをバカにされた!」


 結局涙目になりながら太一に抱きつこうとするバトルちゃん。子供か! と太一は心の中でつっこみをいれた。華花と雨下がバトルちゃんにWアイアンクローをかけている。スゴいね人体。


「あわわわあわ、べ、べ、別にボードゲームが魅力的じゃないって言った訳じゃあないのよ。わ、私があまりそのような娯楽の知識が少なかっただけでして……。ほら、このハンカチで涙を拭いて、可愛い顔が台無しよ。はい……チーンして、チーン」


「あら、誇り高き生徒会長様が明らかに動揺しているわ」


「ああ、気高き生徒会長様が見事なまでに動揺しているな」


 バトルちゃんの涙と鼻水をよしよしと拭く黒川会長。その姿は、5分前まで近寄りがたいオーラを放っていた方と同じ人物だとは思えないほど、慈愛に満ちていた。ああ、立場上しっかりとしないと気を張っているだけで、本来は優しい人なんだなぁと太一は思った。


 めそめそと下を向きながら目こするバトルちゃん。


「じゃあ……、一緒にシよ……?」


 その右手には一つのボードゲーム、DiXit(ディクシット)が持たれていた。策士。



 ×  ×  ×



「さあ、始まりました! ユーカリが丘高校の部室を手にするのは、未来型アイドルこと東雲バトルか? それとも、黒髪の生徒会長こと黒川涙が部室を見事守り通すことができるのか!? 実況は私、説明四太郎せつめいしたろうと……」


「助手の実恭子じつきょうこがお送りします!」


「またこのパターンかよ!!」



 ――――――ワァァアアアア!!


 気がつくと太一たちと黒川しかいなかった生徒会室の周りはギャラリーで囲まれ、扉の向こう側も窓の外も生徒たちで一杯になっていた。当然狭い生徒会室だけで収まることはなく、カメラが導入されて体育館や校庭に中継されていた。みんなの注目の先はもちろん、部屋の中心に座っている太一たちと黒川、そしてDiXitだ。


「Dixit is a card game created by Jean-Louis Roubira, and published by Libellud. Using a deck of cards illustrated with dreamlike images, players select cards that match a title suggested by the "storyteller", and attempt to guess which card the "storyteller" selected. The game was introduced in 2008. Dixit won the 2010 Spiel des Jahres award……、はい! DiXitのWikipediaが英語版しかなくて全く読めないですね!」


「解説者としては最悪な出だしですが、ここでルールを説明させていただきます」


 DiXit――2010年ドイツ年間ゲーム大賞に輝いたコミュニケーション・ボードゲーム。ボードゲームと聞いて、どのような遊び方を思い浮かべるだろうか。サイコロを振ってコマを動かす? はたまた「俺のターン、ドロー!」のようなカードゲーム? DiXitは今までのボードゲームとは全然違う推理型ゲームだ。使用する84枚のカードには、全て異なる絵画のようなイラストが描かれている。全てだ。プレイヤーは一人の語り部とその他に分かれ、語り部は「春」のようにお題を指定して、それに沿ったカードを6枚の手札から取り出す。他のプレイヤーもカードを取り出し、どのカードが語り部が出したカードであるか推理するボードゲームだ。さあ、今すぐAmaz⚪︎nでクリックだ!


「このゲームの真髄は、お題のセンスと、なぜ各々のプレイヤーがそのイラストを選んだのか、その人の世界観や深層心理に触れることができる、パーティで盛り上がる系のボードゲームであります!」



「なにが『パーティで盛り上がる系のボードゲームであります!』だ。結局俺たちは見世物じゃないか」


「そう言うなよ太一! 僕はボードゲームの力でこれだけ皆が集まってくれて嬉しいよ。これはもうボードゲームの時代が来ちゃったかな? 未来変わった?」


 嬉しそうにピョンピョンと跳ねながら喜ぶバトルちゃん。はしたないから座っていなさい! 華花も王女と呼ばれるだけはあって目立つことは好きらしく、長いブロンドの髪をファサァとなびかせながら、フフンと満更でもなさそうな表情をしている。これがアイドルと王女の余裕か、一般人Aの俺には耐えられないぜ。


「……たたたた、太一、人がいぱい。みんな私みてる。お家帰って最終幻想11やりたい……World of 最終幻想でもいい……」


 ……こいつがいたか。元引きこもり少女、雨下雫。そしてWorld of 最終幻想、発売中じゃわい。

 雨下は膝をガクガクと揺らしながら、華花と手をつなぎ、もう片方の手で俺の制服の裾を引っ張っていた。怖がっている時のほうがこいつは可愛い。今度おばけ屋敷にでも連れて行ってやろう。


「ずいぶん騒がしいが、ルールは分かった。生徒会長の実力というのを見せてあげよう」


 黒川会長が優雅に席に着き、俺たちのDiXit〜部室争奪戦〜が始まった。いちいち絵になる人だな、まったく。


「ついに試合が動きましたね、実況の実恭子さん。この試合どう捉えますか?」


「そうですね、解説四太郎さん。このDiXitはただお題を出すだけではなく、語り部が出したカードを誰か一人には選んで貰わないとポイントが入らないため、判りやすいお題を出したいところ。しかし、全員に選ばれると逆にポイントを取られてしまうので、少しお題から遠ざける必要があります。ここは各々のセンスが問われ、黒川会長はボードゲーム初心者ですから厳しいものはあるでしょうね」


「う〜ん、奥深いルールがあるのですね、詳細はGo⚪︎gle先生に任せましょう! 実際に遊んでみると、単純なルールかつ大人数でワイワイ遊べるボードゲームなので、是非とも年末年始はDiXitで遊んで欲しいものですね。おっと、試合が動き始めました! 最初の語り部は黒川会長のようです」


 全員が6枚のイラストカードを手札に持ち、黒川会長の目線がススっと俺たちの顔をなぞった。その瞳は猛禽類のように鋭く、俺たちの呼吸のリズムまで読まれているかのようだった。そして、最初のお題が、冷笑を浮かばせている黒川会長の唇から発せられた。


 ――お題は「ねこちゃん」


 俺は雨下の固めた拳を止めた。よせ。


「太一、太一、クールな生徒会長の口からファンシーな言葉が出てきたわよ。これって勝負しなくても押し通せば部室認めてもらえるんじゃない?」


 俺の首筋に顔を近づけ、ボソッと耳打ちをする華花。俺も雨下もきっと生徒会長の感性が一瞬で分かった気がする。DiXit恐るべし……。問題なのは目の前で頭を抱えているアホだ。おそらくお題に沿うイラストカードが手札に無かったのだろう。思考がだだ漏れだ。とりあえず黒川会長とバトルちゃんに負けることはまず……あ? 猫っぽいイラストがないじゃないか! おいカメラ止めろ!


「……太一も役に立たなさそう。零だけが頼り……」


 雨下は「はぁ」と男子高校生の心に直接舌で触れるような、艶めかしい溜息をそっとついていた。だけど、たかたがカード数枚と向き合いながら一喜一憂しているバトルたちや黒川会長、そして何より自分自身が織り成すこの空気が楽しいなんて、引きこもりの頃は知らなかったな、と雨下は小さく笑っていた。



  ×  ×  ×



「遊びは終わりだ(CV.安井邦彦)! くらえ! 生徒会長ドロー!」


「「がああああああ」」


 バトルちゃんが出したお題「超兄貴」に沿って出された、マッチョが描かれた5枚のイラストカードに対し、黒川会長は難なくバトルちゃんのカードを選び出した。毎度毎度バトルちゃんが何を考えているか読める人がいるなんて……この人、エスパーか?


「ば、ばかな、僕らのボードゲーム描写を棄てただけではなく、明らかに黒川会長が負ける流れまで消し去るなんて! いったい筆者は何を考えているんだろうか!?」


「……4人も居るのに1人も会長の得点を超えられなかった。太一バカ……」


「いや一番冷静に遊んでた雨下が一番ポイント低いからな」


 実況四太郎の「決ッッ着〜〜!!」のお決まりの台詞とともに、いつもの紙吹雪が舞い、クラッカーの音が響き、感極まり抱き合って涙する女子高校生たちが見える。そんな熱気が渦巻く中心では、黒川会長が「やったわ!」と胸の前で両手を握って喜び、4人組は対照的に椅子に座ったまま灰になっていた。



  ×  ×  ×



「あーあ、負けちゃったね、太一! 僕、部室欲しかったなぁ」


「またしばらくはDiCE Cafeにお世話になるしか無いわね。それにしても、この一分の隙の無い王女である私があっさり敗北するなんて、あの黒川涙って生徒会長は要チェックだわ」


「……DiXit楽しかった。結果は残念だったけど、満足」


 DiXit〜部室争奪戦〜が終わった帰り道、陽はすっかり傾いていて、ユーカリが丘の住宅街を茜色に染めていた。結局試合は黒川会長が勝ち、俺たちは部室を手にいれることは出来なかった。口を3の文字のようにして子供っぽく不満を漏らすバトルちゃん、新たな宿敵を見つけ復讐に燃え上がる華花、ボードゲームを囲んだ思い出に耽る雨下、色々と言ってはいるが、みんな笑っている。俺はどうかって? そんなの言わなくたって分かるだろう。最高だ。


「あ〜〜〜!!」


 不意に大声を上げるバトルちゃん。なんだよ?


「今日はずっと椅子に座ってボードゲームしたから、なんだか体動かしたくなっちゃった! あそこの公園までレースだ、レース! 一番遅かった人はジュース奢りだからね、よーい、ドン!!」


「お、おおい、おい。いきなり過ぎるだろ……って雨下も華花もすんなり走るなよ! まさかお前ら打ち合わせしてたな!!」


 勝手に決めて勝手に走り出す少女3人組と、少し遅れて追いかける1人の少年を夕日が照らしていた。



 次回、東雲バトルは本当にメインヒロインなのか? ボドゲ同好会の日常を楽しみにしていてくれよ!

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ボードゲーマー! バトルちゃん! 星野涼 @Tangaro

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