第3話 ボードゲームカフェだよ! バトルちゃん!

 突然、太一の許嫁だと宣言したユーカリが丘高校の王女こと華花零はなかれい。太一は華花から、バトルちゃんと忍者を加えて街コロバトルを挑まれるも、辛うじて勝利をおさめ晴れて自由の身となった。しかし、冴えない太一の下にまた一人、性格の変わった少女がやってくる。その子の名前は雨下雫あめしたしずく、引きもりの演劇部員である。



 ボードゲーマー! バトルちゃん!

 第3話 ボードゲームカフェだよ! バトルちゃん!



 ×  ×  ×



 華花零が襲撃してきた次の日、特に変わりなく高校の授業が終わり、HRの鐘が鳴る。今日も今日とて、気だるそうな担任は髪だけビッチリとオールバックに決めていた。相変わらずセンスが古い、そう太一は思った。

 担任は、「よし、今日は終わり! お前ら気を付けて帰れよ。最近は不審者が多いからな」と珍しく教師らしい言葉を残して教室から去っていった。まあ、教室にいる生徒は全員気が付いていたし、おそらくあのダメ教師も気が付いていたのだろう。

 明らかに不審な少女が教室の後ろの扉からこちらを覗いていたことに……。



「太一どの、白装束を着た幽霊のように髪が伸びきった少女が拙者たちを見つめているでござるよ。扉で半身隠れているうえ、石像のように一切微動だにしないなんて、忍びでも難しいですぞ」


 少女の瞳は室内で干された服のように陰気で、角から教室の中の一点を寂しそうに見つめている。その表情は、下りエレベーターで禿げたおっさんの頭をずっと眺めさせれられた時のように暗く、何を考えているか読み取れないため不気味だが、俺はその視線をどこかで見た気がした。英語で言えばデジャブを感じるというやつだ。だけど、何も思い出せない。モヤモヤ感だけが残留していく。


 クラスのみんなが見るもんだから、少女は威圧感を少なからず感じたのだろう、ばつが悪くなったようにその場を離れていった。

 彼女は一体何者で、何を見つめていたのだろうか?

 ほのかにミステリーの香りを残しながら、バトルちゃんの「あの子、すっごく寂しそうな顔をしていた」という言葉だけが、俺や忍者、そしてみんなの心の底にそっと積もった。



「ご機嫌麗しゅう! 私のライバル八神太一、今日こそボードゲームであなたに勝ってみせるわ……、って何よこの教室の暗さ! せっかく私がHR終わって遊びに来たのに……暗っ!」


「出たな僕の太一を狙うケダモノめ……」


「ケダモノとは何!? 未来から来たのに何も設定を生かせないエセ未来人が! 影薄ヒロイン! この偽乳にせちち!」


「に、にせちち!? この僕が偽乳!? にせ……、が、がぁあぁぁぁぁああ!! 嘘だ、1話では『凶悪的なプロポーション(上から80、61、83)』って言ったはずだ!」


 しゃなりしゃなりと教室に遊びにきた華花に軽くいなされるバトルちゃん。偽乳という真言マントラがかなり響いたらしく、虚乳きょにゅうを押さえながら膝を崩していった。

 エセ未来人は別にいいのか!?


「それで、なんでこんなに陰鬱いんうつな雰囲気が漂っているのかしら。忍者に恋人でもできたの?」


「なんで!? 拙者に彼女ができたら陰鬱になるの? むしろみんな喜びで祝福してくれるでござるよ。ねえ、太一どの、みんな。え? 何故に目を逸らしたでござるか? 我らがユーカリが丘高校1年D組の結束力は永遠に不滅ですぞ、ね? ねえ?」


「この際忍者に恋人ができようが、ホモ疑惑が起きようがどうでも良い。実はな――


 俺は華花に今日会ったことを伝えた。最近ふたたび「太一×忍者」派閥が増えてきたこと、バトルちゃんの胸囲について偽装説が浮上したこと、今週のキン肉マンが休載だったことを。


「そんなどうでもいい事(キン肉マン以外)じゃなくて、早く本題に入りなさい!」


「……はい」


 華花の蛇のような目で睨めつけられた太一は、弱々しく二つ返事で答えた。




「――なるほど、不思議な女の子が教室にね。話はだいたい分かったわ」


 華花は空いている椅子に座り、足を組んだままそう言った。バトルちゃんの嘘申告とは大違いのB87・W59・H85から繰り出される御御足おみあしを忍者はハァハァと見ていた。クラスの女の子も、バトルちゃんも引いていた。若干ではなく、引いていた。だが、太一も見ていた。クラスの男子も見ていた。引かれていた。


「それで、どうして太一はここにいるの?」


「存在しちゃダメなのか!?」


 突然の華花のブラックジョークに驚きを隠せない太一。だが、華花はすぐに「そうよ」、と冷たく言い放った。


「だって、その子は悲しい顔をしていたのでしょう? だったらすぐに追いかけなさいよ。私たちのボードゲームは何のためにあるの?」


 太一は気が付いた。

 いや、気が付かされたと言った方が正しかった。


 どうして悲しい顔をしていたのか、それをすぐに音にすれば良かった。そして、一緒に笑えば良かった。その表情を変化させる不思議なマジックアイテムを俺たちは知っていたのだから。

 隣では、既に立ち上がったバトルちゃんが俺の顔を見ていた。


「行こう、太一! まだ間に合う、僕たちがボードゲームの魅力を伝えてあげるんだ。嫌がってももう遅いよ。今日は夜も寝ないでボードゲームパーティだ。そして明日の授業は全部眠ろう!」


「おう! あいつをボコボコのケチョンケチョンの笑顔にしてやろうぜ!」



 ×  ×  × 



 今日もまたダメだった。

 少女はそう思った。家に帰る足取りが重い。


 彼女の名前は雨下雫。

 太一たちと同じ、ユーカリが丘高校1年D組のクラスメイトだ。だが、入学から一度も学校に行っておらず、引き篭もりの生活を続けている。今日こそは、今日こそはという思いと、母親の「一緒に学校に行ってあげようか?」という優しさに応えようとして一人で教室に向かったものの、結果は惨敗だった。脇汗びっしょりだ。見えないところとか、びっしょりだ。


「……伸びきった髪の毛だし、クラスのみんなとは初めて会うし、誰も私の事になんか気が付かなかった。残念……」


 ユーカリが丘高校からの下り坂が長く感じる。母親に何を伝えよう、こんなんだったら家に引き篭もっていた方が良かった。

 雨下の頭の中は後悔と心細さで埋まり、目から雫が溢れそうになったが、向かい風が吹いたので咄嗟に顔を背けて瞼を閉じた。


 目を開くと、汗だくのバカが4人立っていた。


「ハァ…ハァ、し、忍びとなれど、劣情れつじょうは忍ばせれず! ハァ、緑は邪悪な色ですぞ、忍者パープル! 只今推参!」


「ゼェー、ゼェ、知能・体力・容姿、この世の全てを平均化した男! ジ・アベレージ、太一グレー!」


「あーキツイ、キツ、キッッツ……。ふー、親の七光りだろうが使えるものは何でも使う! グラマラスガール、華花イエローよ!」


「ウッ! あっ、ダメっ……。ちょっ、タイム! ゲロゲロ……。未来からきたハートの使者、バトルピンク参上……。オェッ!」


「「「人呼んで! ユーカリが丘ボードゲーム愛好家!!」」」


「ゲロゲロ……」



 雨下は困惑した。必ず、かの朽木糞牆きゅうぼくふんしょうの生徒から離れねばならぬと決意した。雨下は引き篭もりである。飯を食い、部屋に篭って暮して来た。けれども、痴態に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明雨下は家を出発し、玄関を越え門越え、一里はなれた此のユーカリが丘の高校にやって来た。雨下には単位も、出席日も無い。教科書も無い。四六の、普通の両親と三人暮しだ。


「まずいわ! あの子、防犯ブザーを引き抜こうとしている! だ、誰か止めるのよ!」


「拙者に任せるでござる! へいそこの麗しいお嬢ちゃん! その手に持ったブザーをはな……、Stay、落ち着いて、深呼吸を一回しようか……、あっ、はな、離してえぇぇぇえぇぇ!」


 ビビビビビビビビビビ、と攻撃的な濁音が辺りを包んだ。


 とりあえず「最初が大事! キャラ設定を作って笑わせるの作戦よ!」とバトルちゃんが提案した第一次接触は失敗に終わったようなので、不審者では無いことを伝えて場所を変えることにした。忍者は警官に引き渡された。




 学校の帰り途中にいいお店があるんだ、と言うバトルちゃんに連れられて、俺たちは喫茶店「DiCE Cafe」の前にやってきた。赤土色と象牙色を基調としたレンガ造りの小洒落た外観と、それによく溶け混んだ扉をバトルちゃんが押すと、俺たちを出迎えるように、カランカラン、と心地よい鐘の音が響いた。若い店員と思われる女性が顔を覗かせた。


「いらっしゃいませー……、お、バトルか。よく来たな。奥にいるのは友達か? 今日は大勢だな」


「やっほ、春香。『今日は』は余計だよ! 甘いものだけじゃなくて、しっかりと遊びに来たんだからね」


 店員さんと挨拶するバトルちゃんの後ろから店内に入ると、まず華花が「わあ」と声を漏らした。続いて、離れられないよう手を握られた雨下の目が、ほんのりと輝いていた。


「すげぇ……。何だここは。壁一面に見た事のないボードゲームが飾ってある」


 そう、バトルちゃんが案内したその喫茶店は、日本ではまだ珍しい、ボードゲームカフェだった。

 クリーム色の温もりのある壁に並んだボードゲーム、手作りの腰くらいの高さの棚に丁寧に置かれたボードゲーム、すでに来ている客が机に広げているボードゲーム、そこはまるで機械化電子化された現代で、ゆっくりと時間が流れているような優しさがあった。


「それでは、ボードゲームの世界に、4名様ご招待〜」


 すっかり太一や華花そして雨下雫は、DiCE Cafeが作りだす不思議な空間に誘われていた。自分たちが生まれたこの町にはまだまだ知らないお店が、そこで暮らす人々がいるのかと。

 雨下の表情はまだ硬いけれど、雪解けを感じさせる笑みをバトルちゃんは見て嬉しく思った。



「そういえば、まだ名前を伝えていなかったわね。私の名前は華花零。こっちの抜けた子が東雲バトル。そして、この冴えない男が八神太一、私の許嫁よ」


「何から突っ込めばいいのか……。僕は零の紹介センスのなさにがっかりしたよ。これだからホルスタインは……。あ? 乳に知能を吸収されたか? あ?」


 ファイ! バトルちゃんと華花のおなじみのキャットファイトが始まった。やれやれと太一は思った。そして、冴えないは余計だと太一は深〜く深〜く思った。


「すまんな、いつもこうなんだ。気にしないでくれ。それで、名前を教えてもらってもいいか?」


「楽しそうでいい……。私の名前は雨下雫。みんなと同じ、ユーカリが丘高校の生徒、そして、二人と同じ1年D組……」


 雨下の言葉は少し震えていた。人前で話すのが慣れていなかったからではない。怖かったのだ。太一とバトルちゃんと同じ1年D組でありながら、自分を知らなかった、存在していなかったようにどうせ扱われていただろう、そんな事実を知りたくないから。

 だから、太一の言葉は雨下にとって何よりも嬉しかったのだ。


 ――やっぱり、雨下だったんだ。ずっとクラスのみんなも待っていたんだよ。



 ×  ×  ×



「雫! 次はこの『ごきぶりポーカー』をやろうよ!」


「なによ、東雲ぇ、『ごきぶりポーカー』だなんて名前が嫌だわ。雫もそう思うわよね?」


「いや……わたしは「なにおう、『ごきぶりポーカー』はボードゲームの本場ドイツの会社ドライ・マギア社の名作中の名作なんだぞ! ハエやクモ・ごきぶりといった嫌われ者のカードを、裏向きで誰かに押し付けるように次々回していき、嘘・本当の見抜き合いを重ねて、負ける人1名を決めるゲームで、あの伊⚪︎院光だってラジオ番組で『こんなもの何が面白いんだって思ったけど、異様に心理戦になる』と好評だったんだぞ!」


「同じドライ・マギア社だったら、この『ガイスター』の方が楽しいわよね、雫? 何て言ったって、1982年にドイツ年間ゲーム大賞にノミネートしているのよ! ルールも単純明快だから子供にも人気が高く、しかも、オバケコマは特徴的な形でボードや外箱も雰囲気のある、まさに芸術作品よ!」


 いやその前に、なんで未来人のバトルちゃんが伊⚪︎院光のことを知っているんだよ。なに? そのラジオ、未来でも流行っているの? それに「ガイスター」はパッケージに2人用って思いっきり書いてあるじゃねーか!


「そしたら零! この明らかにテトリスみたいな『ブロックス』で決着をつけるわよ!」


「望むところよ東雲! ググったら確実に『これテトリスじゃねーか!』という声が続出する『ブロックス』でボコボコにしてあげるわ!」



 ――――――――

 ――――

 ――



「――――じゃあ俺はここに最後のブロックを置くぜ! これで手持ち全てのブロックを使い切った、パーフェクトゲームだ!」


「「「がぁぁぁぁあああ」」」


「け、け、け、決ッ着〜〜〜〜〜!!! 10分にも渡る激闘の果てに、八神太一選手ッ、最後のブロックを置いて領土を完成させた!! これにて完 全 決 着!!」


 ワァァァァァァァァァァァアアアア!!


 いつの間にか、店員の春香さんの熱い司会によって、周りにいたお客さんに囲まれていた。そして、その中央で繰り広げられる熱い4人のブロックス。その頂点に八神太一は登りつめたのだ。惜しみのない拍手をする者、感動のあまり隣同士で抱き合う者、静かに涙だけを流し見守る者、お店の前でこちらを恨めしそうに眺める忍者。DiCE Cafeに居るものすべてが、太一を祝福していた――――


「だから! ボードゲームのシーンは!? またこのパターンかよ!」


「なにを言っているの太一? あの『こち亀』だって最後のページは大原部長の『両津のバカはいるか!!』で終わっていた時期があったじゃない。一度や二度の天丼で騒がないでよ!」


「そうだよ太一! もはや『ボードゲーマー! バトルちゃん!』でボードゲームシーンを期待するなんて間違っているんだよ!」


「太一……ばか」


「ぇぇぇぇええ!? 俺? 俺が違うの? Why? せっかく雨下のさ、ボードゲームを通じて共に遊ぶ楽しさから、精神的成長が描かれる感動的なストーリー展開が期待できるこのお膳立てでカット!? カットしちゃうの?」


 ふふ、と笑う雨下。

 また、筆者が技術を放り捨てたかと太一は思ったが、雨下のその笑顔を見て、くだらないことで言い張っていたことがバカバカしく思えた。俺たちは一緒にボードゲームを遊んだ、そして笑いあえた、その事実だけでいいじゃないかと。

 前髪をかきあげた雨下の顔を見て太一は思い出した。ああ、入学式の日、一人で門の前で高校を眺めていた少女がいたなと。あの少女がいま、こうして微笑んでくれている。そのためにバトルちゃんは過去に来てでも、未来を変えたいと思ったんだなと実感した。


 ボードゲームって凄い。



 ×  ×  ×



 その夜、雨下雫は日記を開いた。いつも書くことがなくて白紙になっているページ、今日はなんだか書けそうな気がした。

 勇気を出して行った学校、やっぱりダメで帰ってしまった自分、追いかけてくれた生徒、一緒に遊んだ友達、初めての友達。

 雨下の握るシャープペンシルは、思い出の雫をこぼさぬように、丁寧に、楽しそうに動いた。普段はもう寝ている時間になっても、動いた。いつまでも、いつまでも。



 ×  ×  ×



 朝のHRが始まった。右斜め後ろにはまだ主人を待ち続ける、寂しそうな席が残っていた。雨下は来なかった、俺がそう残念に思うと、教室の扉がゴロロ……と弱々しく開く音がした。なんだ、遅かったじゃ無いか。


「…………ち、遅刻した。ごめんなさい」


 優しい口調で「さっさと席に着きなさい」と話す担任に促され、おずおずと教室に入る少女。だがその足は真っ直ぐ自分の席に向かわず、わざわざ俺の机の前を通りすぎていった。長すぎた前髪を切り、陰気とはもう言えない熱を宿した瞳で、口角を僅かにあげながら。

 その視線を受けた俺の体温も少し上がった気がした。


 コツン、とどこからともなく俺の頭に消しゴムが投げつけられた。コロコロと転がった消しゴムには「ばか」と汚い字で書かれていた。



 次回、ユーカリが丘高校ボードゲーム部結成……か?。演劇部員はどこいったのか? 気にせずにまた読んでくれよ!

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