第30話

「若!あっちに家が見える!!」

ムタタイが指さす方向に目を向けると平屋の小さな建物が見えた。

「明かりが点いていないけど、誰か寝ているのかも。行ってみよう」

小走りで向かうと建物はひっそりと佇んでおり人の気配は皆無だった。フクタオを抱きかかえて窓から中を覗くと、月明かりにうっすらと積もる埃が見えた。

「ここで休ませて貰えるかと思ったのに残念だな。うん?若?」

室内の一点を見つめていたフクタオが口を開いた。

「ここ、…召喚士の生家だ」

「えーーー!!!召喚士様ってこんな辺鄙な場所に暮らしていたのか?!」

「うん。ここで、力を継承して、王子様と王宮へ行っている。えーっとこの気配は…術師、天塔圏…桔梗院?」

「桔梗院と天塔圏って仲悪いんだろ?召喚士様と関係あるのか」

「うーん、そこまでは解らないけど、どっちかの術師が女の人を殺したから召喚の能力が子供に継承されたみたい」

「殺人の現場?!」

ムタタイが窓から仰け反る。

「かなり昔の出来事だね。多分近くに村があるよ。行こう」

フクタオは月が上っている方向に歩き始めた。

しばらくすると集落が見えてきた。家に明かりが点いていたので一番大きな家を訪ねて宿を頼む。部屋に案内されるとムタタイはやっと重い荷物を下ろせて大の字で寝転ぶ。

食事を運んできてくれた家の者に雅羅南城への行き方を尋ねた。

「は?お前達芭荻国の方から来たのか?この村と王城は方向違うぞ」

フクタオとムタタイは咀嚼しながら顔を見合わせた。

「いいか。ここが芭荻国だとしたら、王城はこっち。俺等のレグ村はここ」

忙しなく口を動かしながら地図の上の指先を辿る。

「どうして間違ったんだ?」

「あそこで寝ちゃったから方向感覚が狂ったんだよ」

「若が寝るから」

「お前が先に鼾かいてたー!」

「今日は旅人が多かったから明日は晴れだ」

食後のお茶を準備しながら呟いた男にフクタオが反応する。

「僕達以外にもお客さんがいるの?」

「あぁ、どっかの姫様みたいな子と護衛の男が副村長の家に泊まっている」

ムタタイの目が期待に輝いた。


鳥の鳴き声で目が覚めた。勢いよく手足を伸ばしながら辺りを見回すと、隣に寝ていたはずのムタタイの姿が無かった。大きく息を吐きゆっくりと起き上がる。

「おはようございまーす」

家の者に元気よく挨拶しながら誘われて食卓に着いた。

「僕の連れは何処かな?」

「あの大きい兄ちゃんならさっさと飯食って副村長の家にいったぜ」

やっぱり、とフクタオはお茶を啜った。

「今日中に王城に着きたいのなら早く出た方がいいぞ」

「うん。そうするの。泊めてくれてありがとう」

「礼なら親父に言ってくれ。それより王城へ何の用だ?能力披露会を見に来たのか?」

「何?お城で何かやってるの?」

「今日王城を訪ねるならそれしかないだろう?」

謝礼を渡し挨拶をしているとムタタイが戻ってきた。

「若、珍しく早起きだ」

「早く荷物持って。行くよ」

「桃梨達も一緒だからよろしくな」

「うん?」

フクタオはムタタイの後について村の外れへ向かうと、小柄な女の子が一人で佇んでいた。

声を掛けられた女の子は軽快な足取りで近づいてくる。陽光を反射して金色の髪が揺れながら輝く。

「この子が桃梨。こっちがウチの若」

鼻の下が伸びきったムタタイに紹介された桃梨はニッコリと可憐に微笑む。吸い込まれそうな大きな瞳で見上げられフクタオの頬が赤くなった。

「一人なの?桃梨達って言ってなかった?」

「あー、本当は3人なんだ。他の2人は桃梨の護衛で俺もまだ見たことない」

「柘榴と蜜柑よ。危険が迫ると護ってくれるのよ」

可愛い顔に反して意外と低音声でフクタオは桃梨の顔を矯めつ眇めつしてしまった。

「若!いくら桃梨が可愛いからって見過ぎだぞ」

慌てて目を逸らすフクタオに桃梨は微笑む。

「じゃあ、しゅっぱーーつ!!」

ムタタイを先頭に雅羅南城へ向けて歩き出した。


「貴方達、術師ではないでしょう?」

フクタオとムタタイの足が止まり顔を見合わせる。

「バカね。大袈裟な反応するなんてそうですよって言っているも同然だわ」

クスクスと笑いながら桃梨も歩みを止めた。

「どうして分かるの?」

「だって術師は外ではむやみやたらに顔と肌を晒さないのよ。貴方達フードを被ってないじゃない。本当は何者なの?どこかの国の王子様?」

桃梨の言葉にムタタイが噴き出した。

「若がっ、王子様って」

腹を抱えるムタタイを小突きながら歩き出した桃梨の横に並んだ。

「僕達はただの田舎者だよ。都会が見たくて国を出てきたの。そういう桃梨は?何故允を目指すの?」

「ちょっと前に允の王子様が国へ来たわ。私、恋をしてしまったの!!王子様に!!」

足を止めたフクタオを振り返ると眉根に皺を寄せて怪訝そうな顔をしていた。

「……可哀想に。呪われている。今すぐにその呪いを解いてあげようか?」

「えぇ?!何を言っているの??」

追いついたムタタイも深刻な顔をしている。

「それは呪いだ。若、早く解呪を」

「ちょっとちょっと、どういう意味よ呪われているって」

「恋は呪われた病。息が苦しくなって眠れなくなって何も手に着かなくなるの。動悸も激しくなって体力と気力が消耗される。これは明らかな呪いなの」

「ちなみに欲は不治の病だよ」

満面の笑みのムタタイと鹿爪なフクタオを見て桃梨は噴き出してしまった。

「何なの貴方達ってぇ~、どれだけ田舎から出てきたの?恋が呪いだなんて!恋をしたことは無いの?!」

「僕達の国にそんな低俗な感情は存在しないの。自分を律することが大切なの」

「ワケ分かんないわ」

速足で歩き出す桃梨を慌てて主従は追いかけた。



騎士塔を囲むように人垣ができていた。今日は3年に一度の聖騎士団運動能力披露会である。

允前国王の呼びかけで始まった内輪の運動会である。東極・西極・南極・北極に分かれて瞬発力や持久力などの運動能力を競い合う。季緒は梔子と並んでメインステージの脇に座って応援している。警備当番や近衛に着いている者を除き聖騎士団全団員強制参加が義務付けられていた。

リレーのアンカーは東極のグラウリル、西極の那鳴、南極の琉韻、北極の雅樂。4人が横並びになると観客の歓声が一際大きくなった。

季緒の席の後ろからも黄色い歓声が飛んでいる。

「三銃士が揃っているわーー!!!」

「素敵素敵素敵!!誰を応援したらいいか迷っちゃうー!!」

三銃士という単語に季緒が反応する。

「イケメン三銃士って雅樂さんの事だったんだなー」

「殿下とグラウリル団長と雅樂殿ですか。皆さんご立派ですからね」

「でもぉ、雅樂さんも背が高いしナカナカな顔していると思うんですが、琉韻と団長に比べると地味ですよね~。団長は優しいからモテるの分かる。オレが忍び込んだの見つかっても笑って怒らなかった。」

「職務の邪魔をしてはいけませんよ」

呑気な会話をしている後ろから「那鳴様ぁぁぁーーーーー!!!」と熱烈な歓声が響いた。

季緒は両耳を押さえながら那鳴に目を向けると、艶冶と手を振る姿が見えた。

「素敵ぃぃぃいいいい!!流石三銃士様!!」

季緒と梔子は顔を見合わせた。

「イケメン三銃士って…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣と魔法と召喚士 @sakagami32

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ